第三十二幕 海妖―ファン《遊び》―
「流石にこの時期だと人も居ないな。」
「だな。けどまあそれっぽさは感じるだろ?」
そう言って信二は知り合いと思われる人物に呼ばれ離れていった。
与人たち【妖怪研究同好会】の一同は現在合宿の一環としてある海水浴場に来ていた。
六月であるこの日は海開きになっていない為に人もおらず広々とした海を堪能できた。
「なんじゃ。水着とやらを着て見たかったのにのう。」
「玉藻は着ても意味ないだろうに。」
「む。そんな事言うて、少しは叶夜も少しは期待してたのではないか?」
「…まあどんなのでも似合うだろうな、とは思ったけどな。」
「……。」
「ん?どうした玉藻。」
「いや、そう言うてくれるとは思わなかったのでな。少し気持ちがときめいたぞ。」
そう言う玉藻に叶夜はため息を吐きつつ返事を返す。
「美人だとは思ってるさ。頭の方に残念が付くけど。」
「何じゃと!?我のどこが残念じゃと。」
「じゃあ聞くけど水着着れるなら一体どんなのにするつもりだったんだ?」
「それは勿論こういった紐な感じの水着をじゃな。」
「うん。やっぱりお前は残念だ。」
「何でじゃ~~!!」
海に来ても変わらないやり取りをする二人に八重が近づいて来る。
「海にまで来て何やってるのよ二人とも。」
「ああ八重。
「運転に疲れたからって宿で先に休んでるわ。」
叶夜は顧問と保護者を兼ねてここまで連れて来てくれた谷田貝先生に感謝しつつ八重を見る。
「ん?どうしたの叶夜君。」
「いやいつもより軽装だなって。」
普段八重は非常時に備えて札を隠し持つために家にいる時でも軽装にならないのであった。
そう叶夜が言うと八重は呆れたように返事を言うのであった。
「流石にTPOは考えるわよ。まあこれからは家でも軽装になるとは思うけど。」
「そうか。けどまあそういった服装も似合ってるよ八重。」
「…どうしたの叶夜君。海に来て少し軟派になった?」
「うん?まあ知らないうちに浮かれてるかも知れないかな。」
実際叶夜は海に来た経験が少ないため本人が知らない内に浮かれているところはあった。
「けどまあ、そういった言葉は睦さんに言ってあげる事ね。」
「悪かったよ。けど似合ってるのは本当だから。」
「本当にいいから!まったく…。ありがとう(ボソッ)。」
そう言って八重は海に近づいていった。
「全く八重の奴も素直じゃないよな。」
「まあそう言うでない叶夜。あ奴も微妙なお年頃という奴じゃて。」
「まあそりゃ、そうなんだろうけど…うぉ!」
「誰でしょう~か?」
突然視界を塞がれ驚く叶夜であったが聞こえてきた声に安堵する。
「心臓に悪いよ睦。」
「フフ、すみません。一度やってみたくて。」
そう言うと睦は視界を遮っていた手を外したため叶夜が振り返ると軽装になった睦がいた。
「い、如何でしょうか。こういった肌を出す服装はあまり着た事が無いのですが。」
「問題なく似合ってるよ。やっぱり美人は何着ても似合うな。」
「あ、ありがとうございます叶夜様!で、ですけどやっぱり恥ずかしいですね。」
「うんうん。その恥じらいをとある狐の大妖怪に見習わせたい。」
「どう言う意味じゃ叶夜。」
玉藻から抗議の声が上がるが二人ともそれを無視し会話を続ける。
「私、海は初めてなんです。良ければ与人様、ご教授いただけますか?」
「まあ海に入れない以上限られてくるけど。ちょうど戻って来たし信二と八重も誘ってビーチバレーでもするか?」
「いいですね!早速やりましょう!」
そう言って叶夜の腕を引きながら睦は他の二人を誘いに行くのであった。
「おい!我を置いて行くな!!」
そして一人取り残された玉藻も急いで追うのであった。
「いや~。結構遊んだな。」
「ですね。」
海に入れないながらもかなり遊んだ四人は砂場に腰かけ休んでいた。
そこで叶夜は来る前から気になっていた事を聞くことにした。
「それにしても信二。時期外れだから格安なのは分かるがそれにしても安すぎやしないか?」
今回の合宿、実際ほとんど料金が掛かっていないに等しいほど個人負担が少なく心配していたほどである。
「いまそれを聞くのかよ。まあいいけど。」
信二は立ち上がると今回お世話になる民宿を指さす。
「あの民宿を経営してるの家の親戚でな。何でもいいから来てくれっていいからさちょうどいいと思ったのさ。」
「何故でしょうか?無理に呼ばなくても夏になれば自然とお客が来るのでは?」
「あ~。それが~。」
「何なの?サメでも出るの?」
「いやそうじゃないだけどな。う~ん。」
「何だよ信二。言えよ。」
叶夜にそう言われて観念したのか信二はポツポツと喋り出す。
「出るって噂なんだよ。」
「何が?」
「海坊主が。」
「「「海坊主?」」」
信二の言葉に三人が繰り返しで聞き返す。
神妙に頷く信二に対し専門家である八重が胡散臭そうに質問する。
「何かの勘違いじゃない?そういった事はよくある事でしょ?」
陰陽師として幾つもの海坊主の噂話を対処してきたであろう八重からしたらこれも同じに聞こえるのであろう。
「いや俺も本気で信じてる訳じゃ無いんだけどさ。ここの海坊主の噂はちょっと他のと違うんだよ。」
「違う?」
「ああ。」
信二曰く。
夜この海岸を歩いていると海の方から何やら唸り声のような音が聞こえる。
その方向を向くと山のように大きい何かが海から出ていた。
そんな目撃情報が何十件もあり警察沙汰にもなっているが未だに原因は不明らしい。
「それで誰かが海坊主の祟りだって言い出してな。このまま噂が広がったら海水浴客も逃げそうなんだとさ。」
「…そう。」
八重はそう言ったきり黙り込んで何か考え込んでいるようである。
「それで少しでも収益を得るために呼んだ訳か。」
「そう言う事だな。おっと、ちょっと呼ばれたから行ってくるぜ。」
信二が走り出して場を離れるのを見て叶夜は玉藻に聞くことにする。
「で、今の聞いてどう思うよ玉藻。」
「ガセ、と言うには奇妙な点があるのう。」
「そうですね。確かにここには大きな妖気を感じます。…口を出すのはどうかと思い黙っていましたが。」
「だけど海坊主と決まった訳じゃ無いわ。それに行動も違い過ぎる。」
「確かにのう。じゃが陰陽師娘、このまま放置しておく気も無いんじゃろ?」
玉藻がそう言うと八重は立ち上がり頷く。
「当然よ。幸いここを管轄としている陰陽師はいないわ。活動しても問題ないでしょ。」
「そういう事じゃったら手伝わんといかんのう叶夜。」
「だな。」
「ちょっ!何もこんな事まで手伝わなくても!」
「まあまあ。こうして一緒になって聞いた以上は私たちも他人事ではありませんし。それに八重さん、海坊主相手に一人で戦うおつもりで?」
「そ、それは…。」
「決まりだな。」
「…そうね。」
八重が渋々といった様子で頷き四人は海を見る。
まるであざ笑うかのように海は穏やかであった。
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