第三十一幕 合宿―シン―
―昔も昔。
ある若者が一匹の亀を助けました。
亀は助けて貰ったお礼に彼を海にあるという竜宮城に連れて行きました。
その竜宮城の主である乙姫も若者を気に入り城を挙げてその若者をもてなしました。
されど若者は故郷が恋しくなり地上へ帰ると言い出しました。
乙姫は帰ろうとする若者に一つの箱を渡しました。
若者が地上に戻ると彼の故郷は見る影も無く、そして彼を覚えてる人もいませんでした。
若者は大層悲しみましたが乙姫に渡された箱を思い出すと開けてみる事にしました。
すると箱の中から煙に包まれ若者は老人となってしまいました。
やがてその老人は千年を生きる鶴となり、やがては神となりました。
めでたしめでたし。
―本当に?
この問いを一体何度繰り返してきたでしょうか?
この結末が正しいのかどうか何度考えて来たでしょうか?
あの日、あの若者を送り出したあの日から何度も何度も考えます。
やがて一つの結論に達したのはどれほど昔だったでしょうか?
―正しいはずがない。これは間違いなく罪である。
__様、気づくのが遅くなってしまいましたが罪を償いたいと思います。
きっと優しいあなた様は気に止む事でしょう。
ですが、私は自分を許せない。
このような結末にしてしまった私を罰せなければいけない。
―どうかこの乙姫をお許し下さい__様。
「叶夜さん!調理実習でクッキー焼いたんです!是非ご賞味下さい!」
「あ、ありがとう。睦さん。」
睦の勢いに押され叶夜は引き気味になりながらも渡されたクッキーを口に運ぶ。
「どうですか?」
「う、うん美味しいよ。」
それを聞くと睦は嬉しそうにしながら席に戻って行く。
そして叶夜の耳に入って来たのは睦とそして八重の関係を考察するヒソヒソ声であった。
睦が転入してきてから日にちが経ち季節は六月に入った。
その間にも睦は叶夜にアタックし続けたため周りに新たな誤解が生まれた。
「朧 叶夜と龍宮寺 八重、そして安藤 睦はドロドロの三角関係である。」
その噂が生まれてから叶夜がどちらを選ぶか秘密裏に賭けが行われたりしたりして叶夜と八重は憔悴しきっていた。
睦は逆にこの状況を楽しんでいるらしく思わせぶりなセリフを周りに言いふらしてたりもする。
そんな日々を過ごしていた六月の中盤であった。
「「はぁ~~。」」
「どうしました二人とも。気苦労が絶えないようなため息を出して。」
「ええ。どっかの誰かが余計な事を言いふらすから後処理が大変なのよ。」
「そうですか。八重さんも大変ですね。」
「…(イラッ)」
「八重、ストップストップ。」
睦に殴り掛からんばかりに拳を握る八重を叶夜が必死に止める。
だが当の本人である睦は気にしてない様で鼻歌交じりに【妖怪研究同好会】の部室の掃除をしている。
「…はぁ。もういいわ。けどあまり引っ掻き回さないで欲しいのだけど。」
「ごめんなさい。けどこうして学校生活というのが新鮮で。」
「まあ、そうだろうけど。」
叶夜がそう言うと調理実習のクッキーをつまんでいた玉藻が話し出す。
「見るだけで十分じゃろうに。物好きな奴じゃ。」
「活動的と言って欲しいですね九尾。それにただ食べてるよりは健康的だと思いますよ。太りますよ。」
「べ、別に動いとらん訳じゃない!そ、それに我は何時でもナイスバディーじゃろうが!?」
慌てたように自己弁護する玉藻であったがそこに八重の追撃が入る。
「そうかしら?初めて見た時よりお腹が出てるように見えるけど?」
「な、なんじゃ陰陽師まで!?の、のう叶夜!違うじゃろ!違うと言うてくれ!」
「え、えっ~と…。」
叶夜からしたら八重たちに乗っかるかどうか迷っての言葉だったが、玉藻からしたらその声は肯定に感じたようで。
「う、嘘じゃろ。そんな…そんな…。」
と体育座りしながら何かを呟き続けている。
「やり過ぎなんじゃ?」
「普段からかわれ続けてるんだからこの位いいでしょ?」
八重がそう叶夜にウインクしながら言うと睦が思い出したように言う。
「動いていないと言えば、あの日以来まともに【裏世界】で動きはありませんね。」
「まあアレと同じぐらいの規模の敵が来ても困るけどな。その辺どうなってるんだ八重。」
叶夜がそう聞くと八重は頭を抱えつつ答える。
「一応陰陽師のネットワークを使ってあの道満を名乗った奴を追ってるけど何も収穫は無いわね。」
「そうか。…栄介も【裏世界】で何も掴めてない無いし、お手上げだな。」
傷を治した栄介は今まで以上に【裏世界】での情報収集に力を入れているがそれでも行動範囲に限りがあるため有力な情報は掴めないでいた。
「よ~し。【妖怪研究同好会】全員いるな。」
更に突っ込んだ話をしようとした時に信二が入って来たため話は打ち切りになった。
ちなみにだが睦は転入初日に入部している。
信二は席に座ると皆を見渡す。
「さて本題に入る前に少し悲しいニュースからだ。高梨の奴が驚異的な回復で退院したが転校するらしい。」
「へぇ。…この地区には居られないって?」
叶夜が推論を言うが信二は首を横に振る。
「いや?何でも久しぶりに教室を覗いたら急に気絶して震えだしたらしくて親が無理やり転校させたって。何でもある女子生徒を見てなったらしいけどな。」
「「…あ~~。」」
「?何でしょうか。」
自分を殺しかけた睦を見た事で拒否反応が起こったのであろうと推察する叶夜と八重であったが、当の本人である睦には何の事か分かっていないようだ。
「で、信二。本題って一体なんだよ。」
伝えなくても良い事だと判断した叶夜は取り敢えず話を先に進める事にする。
「フフフ。知りたいか?知りたいだろう?知りたいよなぁ?」
「はいお疲れさん。今日の活動はここまでという事で。」
「「お疲れさまでした~。」」
「待ってくれ!勿体ぶって悪かった!最後まで聞けって!いや聞いて下さい!」
必死に帰ろうとする三人を引き留める信二にため息を吐きながら叶夜たちは再び椅子に座る。
「ったく。さっさと話せ信二。」
「あ、ああ。じゃあ真面目に(コホン)。お陰で早くも文化祭の準備も後は仕上げをするのみになった。それに人数も増えた事だしここらで結束を固めるべきだと思うだ。」
「結束を固める…と言っても何をする気なの?合宿でもする気?」
「龍宮寺、ビンゴ!」
八重にそう言う信二を叶夜は可哀そうなモノを見る目で見ている。
「そんな金どうやって作るってんだ?まさか全額負担しろって言うのか?」
「その辺は任せろ。今度の創立記念日を含めた三連休を使って超格安で合宿すんぞ!」
「あの。それで佐藤さん?何処に行く予定なんですか?」
「そりゃあ安藤、決まってるだろ?」
そう言って信二は地図をホワイトボードに貼り付ける。
「合宿場所は、海だ!!」
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