第二十九幕 疑問―フィーリング―

 「とりあえず…勝ちでいいんだよな?」

 「ええそうね。今はそれで良しとしましょう。」

 「…は~!良かった!!」


 道満の気配が消え叶夜は緊張の糸が解けたように大きく息を吐く。

 八重はその様子に軽く笑いつつ自身の息を整える。

 程度に差はあれど強敵であった道満を退けた事により場には弛緩した空気が流れていた。


 「残念じゃが完全に気を抜くのは早いようじゃぞ。」

 「?それってどう意味だ玉藻。」

 「…どうもこうもアレを見れば分かるわよ。」


 指を指された方向に叶夜が視線を向けるとその方向から大量の土煙が見えた。


 「…大蜘蛛の大群!」

 「指示を出す者がいなくなり暴走するかも知れんのう。」

 「まだまだ気は抜けそうに無いわね。」

 「いいえ。もう大丈夫ですよ。」


 突如掛けられた声に反応し振り向くとそこには睦が立っていた。


 「睦?それってどういう意味だ?」

 「見てれば分かります叶夜様。とにかく手を出さないように。」

 「…分かったわ。」


 睦の言葉どうりそのまま大蜘蛛たちに攻撃をせずにいると、大蜘蛛たちは叶夜たちを気にする様子も無く一目散に逃げていった。


 「大蜘蛛たちは洗脳されていたようです。あの道満を名乗る者を退けた瞬間に逃げ始めました。」

 「あの様子なら再び来る可能性も低そうね。」


 今度こそこの騒動が終わった事に八重は心から安堵する。

 だが落ち着いたからこそ調べなくてはいけない事が大量にあった。

 あの蘆屋道満を名乗る者は一体何者なのか?

 蘇らせたとしたら一体誰が何のために蘇らせたのか等。


 (それに…お母さん。一体何を考えてるの?)


 流石にこの騒動の黒幕とまでは考えてはいないが、それでも自分の母親が騒動について何かを知ってる可能性に八重は嫌な気分にならざるを得なかった。


 「…ありがとう雪女。おかげで助かったわ。」


 八重は一先ず問題を棚上げし救援に来てくれた睦に礼を言う事にした。

 睦は【鉄ノ器】を解き元の姿に戻ると微笑んだ。


 「いえ、皆様に掛けたご迷惑を考えれば。それに志乃さんから報酬は貰っていますし。」

 「報酬?どんな?」

 「フフ。今はまだ内緒です。」

 「なんじゃ、けち臭いのう。」


 玉藻も【鉄ノ器】を解き、叶夜と共に近づいて来る。

 八重も法眼から降り会話の輪に加わる。


 「それで雪女。私の母の事だけど。」

 「八重さんも是非名前で呼んで下さい。これからしばらく行動を共にするのですから。」

 「?それってどういう意味?」


 八重だけでなく叶夜や玉藻も不思議そうにしてるのを見て睦はクスクスと笑いつつ質問に答える。


 「どうもこうも先ほどの札で説明していませんでしたか?これからしばらく叶夜様の家に住むことになりました。」

 「はい?」


 思わぬ言葉に八重から思わず声が漏れると睦は不思議そうにしている。


 「…本当に聞いていないのですか?」

 「全くね。…本当にあの人は。」


 八重は頭を抱えつつ、この事も追及しなくてはと心に誓うのであった。


 「本当に家が妖屋敷になってきたな。」

 「…ご迷惑ですか?」


 睦の不安そうな顔を見て叶夜はため息を吐きつつ彼女の肩に手を置く。


 「一人二人増えても同じだよ。歓迎するよ睦。」

 「ありがとうございます叶夜様。」

 「我としてはこれ以上増えるのはどうかと思うんじゃが。叶夜の負担が増えるじゃろ。」

 「一番家事を手伝わない奴が何を言うか。」


 玉藻に雪女並みの冷たい視線を叶夜が送ると途端に目を逸らす大妖怪。

 言い訳をしない当たり悪いとは思っているらしい。


 「そ、その事よりもじゃ陰陽師。少し真剣な話をしようかのう。」

 「何かしら玉藻前。」


 玉藻の様子に感じ取るものがあったのか八重も真剣な様子で対峙する。


 「あの道満の言葉が本当であるならば奴、もしくは奴らの目的は我という事になる。より正確に言えば目標の一つ…じゃがな。」

 「ええ、そうね。」

 「つまり我が居なくなれば少なくともこの一帯の安全は確保される訳じゃ。…どうする。我を追い出すか?それとも今のうちに討つか?今なら抵抗せんぞ?」

 「…おい玉藻。」

 「叶夜くん。いいから。」


 玉藻の挑発めいた言葉に叶夜が反応するがそれを八重が止める。


 「ここであなたを討ったとしてあいつらの攻撃が本当に来ないとも限らないわ。そもそも本当かどうかも怪しいのに。」

 「まあそれはそうじゃな。」

 「それに遠くで問題を起こされるより近くの方が制御できるでしょ。叶夜くんと一緒にいる限りはその方がまだいいわ。」


 肩を竦めながら言う八重の様子に玉藻は軽く笑みを浮かべる。


 「ではこれからもこの関係を続ける…という訳じゃな。」

 「そうなるわね。あなたが叶夜くんと契約とやらを切るなら話は別だけど。」

 「それは無いのう。互いの命運が尽きるまでは付き合ってもらうつもりじゃ。じゃろ叶夜。」

 「まあそうだな。…命の恩人の気のすむまでは付き合わないとな。」


 玉藻に突然話を振られた叶夜がそう返すと玉藻は笑みを浮かべ、八重は苦い顔をしながらため息を吐く。


 「とにかく今は起こるかどうか分からない事より、明日に向けて体を休めましょう。正直クタクタよ。」

 「同じく。さっさとベッドで寝たい。」

 「では帰りましょうか。八重さんに叶夜様、案内をお願いします。」


 そう言って三人が帰ろうとする中で玉藻は一人あらぬ方向を睨みつけていた。


 (…まさか、のう。幾ら何度も奴が生きてるなどとは。ありえん話じゃ。)

 「玉藻?どうした?」

 「いや何でもない。今行く。」


 玉藻は胸に沸いた疑念に蓋をしながら皆の下に戻るのであった。



 何処かも分からぬ暗き空間の中。

 そこで先ほど叶夜たちと戦っていた道満は誰かと会話をしていた。


 「カーカッカッカッ!!そうじゃ!上手くしてやられたわい!玉藻前を討つのはしばらく先になりそうじゃな。」

 「…。」

 「カーカッカッ!!そう怒るな!__!いくらお主の計画の邪魔になる可能性があってもお主にとっては些事じゃろ?」

 「…。」

 「ん?そうではなく儂の力量に怒っておる?…カーカッカッカッ!!それは痛い所を突く!じゃが黄泉から甦らしたばかりの儂に【怨霊機】を与え命令したのはお主じゃろ?全く年寄りには優しくして欲しいものじゃて。」

 「…。」


 道満の様子に相手は怒りも消えたのか次の命令を下す。


 「フム、承った。…して玉藻前と行動を共にしておった陰陽師。何もしないで良いのか?」

 「…。」

 「お主と比べれば虫も同じ…のう。まあ確かにそうかも知れんが。」

 「…。」

 「っというだけ言って念話を切りよった。全く相も変わらず礼儀がなっておらん。」


 道満は誰もいない空間の中で一人誰かに向けて忠告する。


 「どのように堅牢な城壁じゃろうと虫の抵抗で落ちる事もあるんじゃがのう。果たして奴らが城壁を喰いつくす者となりえるか見ものじゃのう。そう思わんか?__。」


 そうして道満は闇の中に消えていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る