第三十幕 激震―フェロー―

 激戦となった道満との戦いの次の日。

 世界は変わらず同じように過ぎて、叶夜と八重は学校に来ていた。

 今日も今日とて二人の関係性を考察する声が教室に聞こえる中で玉藻を含めた三人は念話で会話していた。


 「…調べた結果。予想した通りに増援要望で送った式は誰一人にも届いて無かった事が分かったわ。」

 「ま、そんな事じゃろうと思うたがな。相手が道満を名乗るほどの力を持った敵じゃったしな。」

 「勝てたからいいけど今後はそんな事が無いように対策しといた方がいいんじゃないか?」

 「もちろん手は打つわ。あんな事態が二度と起こって欲しくは無いけどね。」


 念話越しでもため息を吐いているのが分かるような八重の様子に叶夜は思わず苦笑を顔に出しそうになる。


 「それで陰陽師?お主の母親には連絡したのかのう?」

 「ええ、ひと段落着いた後に連絡入れたらすぐに出たわ。」

 「そうか。…陰陽師、耳が痛い言葉じゃろうが。」

 「全部言わなくても分かるわよ。母があの騒動に関わっている可能性があるかも知れないって言いたいんでしょう九尾。」

 「八重…。」


 サラッと自分の母親を疑う言葉を言う八重に叶夜は何とも言えない声を出す。


 「冷静に考えれば雪女…睦さんを送り出したタイミングが完璧すぎる。それに私に対して隠し事もしてるしね。疑って当然よね。」

 「で、お主の考えは?」

 「…黒に近い白、と信じたいところ。」

 「つまりかなり怪しい、と?」

 「ええ。」


 叶夜の言葉を肯定し八重は考えを二人に伝える。


 「母は独自に【陰陽機】の開発もしてるの。だからあの【怨霊機】と名乗る機体を造るのも技術的には可能なの。」

 「じゃがその中で白の可能性がある考えておるのは、お主が娘じゃからか?」

 「少しはね。だけど大部分は二つの疑問があるからよ。」

 「二つの疑問?」


 八重は叶夜の質問に若干の間を開けて答え始める。


 「一つは母の性格。母はかなり力押しと言うか強引なところがあるの。もし騒動を起こすとしても反魂の術を使って、もしくはそう見せかけてまで手の込んだ真似はしないと思う。」

 「な、なるほど?」

 「二つ目はもし母が黒幕だったとしたら睦さんを向かわせる意味が分からなくなる。あの道満の言葉を信じるのなら奴らの目的は九尾を始めとした力を持った妖だしね。」

 「確かにそれじゃと矛盾じゃな。あの雪女の力量を見れば状況が変わる事は十分に理解出来るはずじゃしの。」


 玉藻の言葉に八重は心の中で頷くと最終的なまとめを言う。


 「ええ。だから母は何かを知っている可能性は十二分にある。だけど。」

 「奴らに加担しているかどうかは不明である。…そう言う事か?」

 「そんなところね。勿論私情が含まれてるから完全に公平な意見とは言えないけどね。」

 「だけどその…志乃さん?の事を一番良く知っている訳だしな。俺や玉藻じゃ判断つかないだろ。」

 「じゃな。ここは素直に陰陽師娘の言う事を信じる事にするかの。」


 叶夜の言葉に玉藻は肯定するがそれでも八重に釘を刺しておく。


 「じゃが怪しい事には違いない。しっかり用心はしとくんじゃぞ。」

 「ええ、珍しく配慮してもらって助かるわ。」

 「お主ら我をイジメんといかん病気にでも掛かっておるんか?」

 「はは。まあ今夜は肉多めのメニューにしとくから。」

 「…今回は許してやろう。」


 玉藻の言葉に微笑んでいた八重であったが何かを思い出したように質問する。


 「九尾?どうでもいい話だけれども油揚げとかどうなの?」

 「陰陽師娘。言っておくが我は稲荷では無い。アレはアレで好きじゃが一番は肉じゃ。そもそも狐は雑食じゃ。」

 「ホントにどうでもいい話が終わったところでさ、そう言えば今日、睦を見たか?」

 「朝起きた時にはおらんかったのう。」

 「荷物は置いていたし朝食の準備もしてあったから逃げたとは思わないけど。…もうすぐ朝礼よ、この件は放課後話し合いましょ。」


 そう言い残すと八重が念話を切る。

 その数秒後、朝礼のチャイムがなり仲村先生(合コンで一人余る)が入ってきた。


 「は~い皆さん!今日はサプライズがありますよ~!何と!このクラスに新たな転校生が入る事になりました!」


 仲村先生(一人寂しく泣く)の言葉に教室が動揺する中で叶夜と八重は静かであった。


 「何時ぞや見たような状況じゃな。また陰陽師でも来るのかのう?」

 「八重一人で十分だって。それにしても何だか背筋が寒く感じるんだけど気のせいか?」


 その様な会話をしていると教室の扉から一人の女子高生が入って来た。

 教室は(特に男子)新たなクラスメイトに沸き立つ中で叶夜と八重、そして玉藻ですら口を開けて愕然としていた。

 その女子高生は優雅に一礼すると黒板に自分の名前を綺麗な字で書き出す。

 そこには確かに。


 安藤 睦。


 と書かれていた。

 というよりその顔も雪女である睦そのものであった。


 「本日より皆さまと同じ学友となりました安藤 睦と申します。なにぶん山育ちなため疎い事が多いですが皆さまよろしくお願いします。」


 そう皆に挨拶する睦であったがその視線は未だ愕然としている叶夜に向けられていた。



 「さぁ、一体どういう事かキッチリ説明してもらえるかしら?クラスメイトの睦さん?」

 「そう声を荒げないでください八重さん。…黙っていた事は謝りますけど。」


 放課後、叶夜と八重そして玉藻はクラスメイトに囲まれていた睦を引きずり出すように【妖怪研究同好会】の部室まで連行した。

 睦は慌てる様子もなく言い聞かせるように答える。


 「志乃さんから報酬を貰っていると昨日いいましたよね?これがそうです。」

 「っ~~~!?あの人は気軽にもう!!」


 八重が地団駄を踏みながらここにはいない母親に文句を言っている中、叶夜は朝から思ってた事を聞く。


 「と言うか皆に睦の姿が見えてたけど一体?」

 「今の私は【義体】という入れ物に魂が入っている状態なので他の皆さんにも見えるんですよ。本来は陰陽師たちが【表世界】で式神で情報収集する時などに使うみたいですが。」

 「ほう?その様なものがあるのか。我にも一つ欲しいものじゃな。」

 「出来る訳ないでしょ。それ一つ作るのにどれだけお金が掛かるか。」


 大分落ち着いてきたのか八重が玉藻の要望を却下する。


 「手続きも何もかも志乃さんがやってくれました。」

 「…そ、そう。それは良いとして、いえ全然良くは無いのだけど。わざわざ勉強する為に来たのかしら。」

 「多少の興味はありますが一番の目的は言ってしまえば叶夜様と仲を深めたいのです。」

 「え、俺?」


 睦の言葉に叶夜が動揺する中、睦は一冊の本を取り出す。


 「漫画?」

 「はい。この書にありました。同じクラスになった男女が深い仲になる物語が。」

 「…つまりその漫画みたいにしたい為にワザワザこんな事をした訳?」

 「はい!」


 あまりに曇りの無い笑顔での返しに二人が何も言えなくなる中。八重の肩を玉藻が突く。


 「…何。」

 「強力なライバル出現!という奴じゃな。今の気分はどうじゃ?」

 「…あ~~もう!!」


 八重が癇癪をおこす中、叶夜はただこれからより騒がしくなる事を予感していた。

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