第二十七幕 怨霊―ドウマン―

 そこから先は一方的な展開であった。

 大抵の大蜘蛛たちは睦が作り出した氷柱の雨により押しつぶされ近づく事さえ許されない。

 ごく稀に掻い潜り睦に近づけたものがいたとしても。


 「無駄です!!」


 卓越した薙刀の技により両断されるのであった。

 そんな圧倒的な睦の戦闘を見つつ叶夜と八重は長い戦闘で乱れた息を整えていた。


 「…凄いな。」

 「ええ。…手を抜いてたのだろうけど、それでも勝てたのが不思議なぐらいよね。」

 「我も本気を出せるんじゃったらあれぐらい余裕なんじゃが。」


 周りは睦が作り出した氷の障壁により安全に身を休めていた。

 そして八重は叶夜より先に回復すると札を取り出す。


 「何をする気だ?」

 「この状況でも出来る事をするのよ。幸いここは雪女がいれば安全だし式を使って周りの状況を確認するわ。」


 八重はそう言って鳥のような式神を呼び出し四方八方に飛ばす。

 小さな式神の鳥たちは氷柱の雨を縫うように抜けていき飛んでいく。


 「っ!!」


 すると大蜘蛛たちがやって来た方角に向かわせた式神の反応が消えるのを確認する。


 「叶夜くん!雪女も気を付けて!何かが近づいて来る!」


 八重のその言葉と同時に睦の作り出した氷壁の一部が壊され何者かが入って来る。


 「カーッ!カッカッカッ!!これはまさかのどんでん返し!!これほどの力を持った雪女がいようとは!!」


 特徴的な笑い声と共に入って来たそれは明らかに【陰陽機】に似た姿をしていた。

 だが叶夜も八重も、そして玉藻も睦もそれを一見して【陰陽機】だとは思えなかった。

 何故なら存在するだけで分かるほどそれは禍々しい雰囲気を出していた。

 関節部からは青白い炎が噴き出しておりより不気味であった。

 大蜘蛛たちはその存在を恐れてか睦にも八重や叶夜にも近づこうとしない。


 「お前が元凶…だな。」

 「…カカッ。カーッ!カッカッカッカッ!!」


 叶夜が思わずそう問うと謎の人物(?)は不気味な声で笑い出す。


 「カカッ!小僧!この状況で問いかける胆力は見事!じゃが愚か!どう見ても儂が元凶じゃろうて!!」

 「だったら貴方は一体何者だと言うの。」


 八重がそう質問するとそれは更に声高らかに笑い出す。


 「カーカッカッカッ!!より愚かな問いじゃな!その様な事を聞いて答える者が何処にいる!!」

 「っ!!」


 悔しそうに唇を噛む八重に謎の人物(?)は意外な事を言い出す。


 「じゃが!愛らしい後進の問いには答えてやろう!!」

 「後進…?」

 「…やはりのう。」


 謎の言葉に八重が混乱していると玉藻はどこか納得した声を出す。


 「何か分かったのか玉藻?」

 「お主らには分からんかも知れんが我には良く分かる。…妖からしても吐き気を及ぼすようなこの特有の匂い。この世の摂理を乱す禁忌の術である反魂術、お主…死者じゃな。」

 「カカッ!!カーカッカッカッ!カーカッカッカッ!流石は玉藻前!ご明察じゃ!!」

 「そんな!?反魂術なんてあり得ない!?」

 「空気壊す様で悪いけど反魂術って何だ?」


 叶夜がそう質問すると黙り込む玉藻や八重でなく睦が答える。


 「反魂香というのは死者を蘇らせる術の事です叶夜様。…といっても伝説上のものですが。」

 「カカッ!じゃが儂は今ここにいる!この儂!蘆屋道満がのう!!」

 「な、ん…ですって?」


 思わぬ名前に八重は思考が鈍くなるのを感じる。

 それに対し玉藻は蘆屋道満に関しての情報を口に出す。


 「蘆屋道満…名は知っておる。名の知れた陰陽師じゃったらしいが。」

 「カカッ!光栄じゃな!妖にも我が名は轟いておるか!」

 「そうですね。では気分よく地獄にお帰り下さい。」


 そう言って睦は薙刀を道満に振るうが。

 ガキン!

 という音と共に手にしていた錫杖で薙刀を受け止める。


 「甘い!甘いのう雪女!この年寄りに反応されるなどと!」

 「クッ!」


 睦はすぐさま薙刀を引き叶夜と八重の下に移動する。


 「すみません。簡単にはやれませんでした。」

 「まあしょうがないのう。奴をどう思う陰陽師、…陰陽師?」

 「そんな…ありえる訳が…。」


 玉藻の声も聞こえていない様で八重は否定の言葉を呟き続けている。


 「しっかりしろ八重!!」

 「!…か、叶夜くん?」


 自分を怒鳴りつける叶夜の声にようやく八重は反応する。


 「相手が死者だろうが陰陽師だろうが迎え撃つって言ったのは自分だろう!」

 「…そうね。考えるのは後にする。」

 「よし!」


 そう叶夜が言うと道満はまた笑い出す。


 「カカッ!いいのう!若いのう!じゃがそんな若い者たちに試練を与えるのも老人の務めじゃな!」


 道満が何事か唱えると周囲を囲んでいた大蜘蛛たちは一斉に方向を変え先へと向かい始める。


 「っ!まずい!」


 この先には結界は張っているがそれでも未だ大群の大蜘蛛たちを防ぎきれるほどの強度は無い。

 八重が法眼を大蜘蛛たちの迎撃に向かわせようとするが。


 「危ない!!」


 法眼に向かっていた道満の錫杖を叶夜が刀で受け止める。


 「ッ!はぁ!!」


 八重は状況を確認するとすぐさま道満に錫杖を振るうが躱されてしまう。


 「どうやら先に行かせるつもりは無いらしいのう。」

 「けど大蜘蛛たちもほっとけないわ!速くここを突破しないと!」

 「…そう簡単に行けばいいけど。」

 「皆さま、誰か忘れてはいませんか?」


 そう睦が言うと大蜘蛛たちの進行上に先ほどより巨大な氷の壁を作り出す。

 そして戸惑い始める大蜘蛛たちの頭上に一度は止んでいた氷柱の雨を再び降り始める。


 「睦!」

 「大蜘蛛たちは私が押さえます。ですから皆さまは元凶を叩いてください。壁を作り出してる間は動けませんので。」


 そう言うと睦は自分自身を氷の壁で覆いつくす。


 「カカッ!雪女がおったか!年寄りになると物忘れが激しくていかん!じゃが未熟な陰陽師と三尾の狐で儂を倒せるかのう!」


 関節部を覆う炎が激しくなり道満が戦闘態勢に入った事が分かる。


 「っ!!」

 「落ち着け叶夜。死人ぐらい越えていけ。」

 「簡単に言うな玉藻。…けどまあやるしかないよな!」

 「そうね。その通りよね。」


 不穏な雰囲気を出す道満を前に二人も戦闘態勢に入る。


 「カカッ!カーッカッカッカッ!!若いというのは見てるだけで力を貰えるのう!じゃが育った若い芽は摘まれるのが世の常というものじゃ!」


 そう言うと道満の【陰陽機】のようなものは宙に浮かび始める。


 「我が名は蘆屋道満!そしてこれなるは【怨霊機―道満】!止められるものなら止めてみせよ!」

 「っ!上等よ!」


 八重の言葉が口火となり道満との戦いが始まった。

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