第二十六幕 氷嵐―ヘルパー―
【裏世界】に激しい戦闘音が鳴り響いてから既に二十分以上が経過しようとしていた。
「ハァ…ハァ…。幾ら切っても焼いてもキリがないな。」
「叶夜、集中力を切らしたら一気に飲み込まれるぞ。」
そう会話している間にも二匹の大蜘蛛が跳びかかって襲ってくるのを狐火で焼き払う。
同類が火に焼かれ藻掻く横を通り他の大蜘蛛たちはじりじりと玉藻と叶夜、そして八重の周囲を取り囲んでいる。
「ッ!…ダメ。やっぱり連絡が付かない!」
大蜘蛛たちから吐き出される糸を結界で防ぎながら八重は悔しそうに顔を歪ませる。
戦闘が始まり十分が経過した時点で八重は一切の他の陰陽師からの援軍が来る様子が無いのに焦り始めていた。
それから戦闘の合間を縫っては連絡を取ろうとしてはいるが、何故か誰一人として連絡が付かないでいた。
(まさか妨害されている?…違う、そんな事がある訳が。)
自分の心の底から湧き上がる仮説を必死に否定する八重。
もしこの仮説を認めてしまえば陰陽師が裏を引いているという事を認めてしまう事になる。
八重は栄介をそれなりに信用しているがそれでもこの一線だけは譲れないでいた。
「八重!右!!」
その言葉に八重は右から大蜘蛛が三匹襲い掛かって来るのを認識した。
「くっ!このぉ!!」
苦し紛れに振るった錫杖が功を奏し、二匹の大蜘蛛に当たり遠くへ吹き飛ばす。
だが残った一匹が法眼の右腕に噛みつく。
「この!離しなさい!」
「八重!動くな!!」
法眼の腕に噛みついた大蜘蛛を振り払おうとする八重であったが、刀を構えた玉藻がカバーに入る。
叶夜は噛みついていた大蜘蛛を切り裂くと、近づこうとしていた大蜘蛛を狐火で威嚇する。
「大丈夫か?」
「ええ。少し装甲が剥がれたけど動かせるわ。…ありがとう叶夜君。」
「どういたしまして。牛頭馬頭も今は休んでいるんだから集中してくれ。」
戦闘開始時に猛威を振るっていた牛頭と馬頭は終盤に温存するために現在は札に戻っていた。
八重が礼を言うのに対し叶夜は苦言で返す。
「…何を考え込んでいるかは分からないでもないけどさ、生き残ってから考えよう。…こんな所で死ぬ気も無いし、八重に死んで欲しく無いしな。」
「叶夜君。…そうね、まずは目の前の事を片づけましょう。」
そう言って未だにこちらを取り囲んでいる大蜘蛛たちを警戒しつつ二人は背中を預け合う。
「で、イチャイチャするのはいいんじゃが。現実問題どうする気なんじゃ?」
「イチャイチャなんてしてないわよ!!…確かに援軍も望めない以上は撤退も視野に入れるべきかも知れないわね。」
玉藻にツッコミを入れつつ八重は冷静に現状を考える。
撤退するだけなら決死になればこの囲いを突破できるかも知れないと考えていた。
「撤退するとなると一体どうなる?」
「…分からないわ。そもそも敵の詳細すら分かっていないのだから。」
そう叶夜たちに分かっている事はあまりにも少ない。
だが何を企んでいるにせよ、放っておけば絶対に良い事にならない事だけは確かであろう。
「確かにのう。…じゃが叶夜、命の掛け時はここでは無いと思うぞ。」
「分かってるって。けど最後まで足掻いてからでもいいだろ?」
「そうね。このまま簡単には引き下がれないわね。」
「…やれやれ。知らぬうちに戦闘狂になってしもうたのう。」
「それは絶対、玉藻のせいだと思う。」
「同感ね。」
叶夜と八重は二人揃って笑いあう。
だがその笑みを引っ込めると二人は再び眼前の大蜘蛛たちに集中する。
二人が再び大蜘蛛たちに突撃しようとした時であった。
突如何かが大蜘蛛たちに降り注ぎ、押しつぶしていく。
「何!?」
「援軍が来たのか!?」
「そうとは言い切れんのう。二人ともよく降り注いでいるものをよく見てみい。」
二人は玉藻にそう言われてよく見てみるとそれは巨大な氷柱であった。
「氷柱?」
「そうじゃ。こんな事が出来るだけの氷の使い手は直近で一人しかおらんじゃろ?」
「まさか!?」
八重の驚きの言葉と共に後ろから何かが近づいて来るのが分かる。
叶夜と八重が振り向くとそこには懐かしい【怪機】がそこにいた。
「お久しぶりです、叶夜様。不肖の身でありますが睦が参りました。」
「む、睦!?」
「はい、雪女の睦ですよ叶夜様。それとも旦那様と呼ばれる方が思い出されますか?」
「い、いや。そうじゃなくて。」
「…そこで止まりなさい雪女。」
突然の出会いに混乱する叶夜に近づこうとする睦を八重が静止する。
明らかに睦を警戒している様子であった。
「何故ここに居るの?あなたは…。」
「あなたの母親である龍宮寺 志乃がいる陰陽師の本拠地である【裏都】にいる筈…そう言いたいのですか?」
「…。」
「そう警戒しないで下さい。その志乃さんに頼まれて私は今ここにいるのです。」
「なっ!?」
そう驚く八重に対し睦は一枚の札を取り出す。
「この札をあなたが持てば全てが分かると志乃さんはおしゃっていました。」
「…。」
睦が差し出した札を法眼が握ると八重の脳内に志乃の声が流れてきた。
『八重?いつもみたいに説明出来ずにごめんなさい。本当は自分で助けに行きたいのだけど動けないので睦ちゃんを送ります。大丈夫、本人は反省しているし危険性は無いわ。』
「お母さん…。」
『…本当は言いたいことが沢山あるのだけど時間も無いから一言だけ言うわね。必ず生きて戻りなさい。』
「…。」
そう伝え終わると札は自然と燃え始め灰となってしまった。
「納得していただけましたか?」
「…ええ。けど完全に信用した訳じゃないから警戒はさせてもらうわ。」
「十分です。許されない事をした事は分かっていますから。」
そう言うと睦は薙刀を構え二人の前に出る。
「叶夜様、そして八重さん。ここは私にお任せを。」
「じゃが雪女。お主一人でこの状況を覆せるのか?」
「少なくとも力が弱まっている狐よりは。」
「何か我だけ当たりがキツくないかのう!?」
「玉藻はともかく本当に大丈夫か睦。」
そう心配する叶夜に睦は自信満々に答えるのであった。
「フフ、安心してください。こう見えて一対多は得意とするところです。」
そう話していると氷柱の雨を掻い潜った一匹の大蜘蛛が睦に襲い掛かる。
「危ない!?」
八重がそれに気づき札を取り出そうとするが。
「甘い!」
睦は振り向きながらの一閃で大蜘蛛を両断する。
(!、前よりも動きの切れがいい!?)
(あ奴。前は手を抜いておったな。)
八重と玉藻がそう思っている間にも睦は周囲を眼前の一か所残し氷の壁を作り出す。
そして降っているものよりも巨大な氷柱を作り出すと弾丸のように撃ち出す。
ただでさえ氷柱の雨に戸惑っていた大蜘蛛たちは躱す事が出来ずに【怪機】である鉄の体を撃ちぬかれる。
「雪女、睦の力。その身に刻みますよう!」
そう見得を切る睦の姿は、叶夜の目にはどこまでも頼もしく見えた。
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