第二十五幕 防衛―ストラッグル―

 本来【裏世界】に朝も夜も無いが、叶夜はやけにいつもより暗いように感じていた。


 「なんじゃ?緊張しておるのか叶夜。」

 「まあちょっと。栄介の言う通りなら物凄い大群だろうしな。」


 玉藻が変化した【怪機】の中で叶夜は緊張の為か手のひらを握っては開きを繰り返していた。

 一方で玉藻は普段どうりの口調で叶夜に語り掛ける。


 「我が全力を出せるんじゃったら大蜘蛛ぐらい何百匹来ようと敵では無いんじゃがな。まあ気負うな何かあっても叶夜の責では無い。」

 「…全く気休めにならないな、それ。」

 「そうかのう?まあ隣の陰陽師はそうは行かんじゃろうがな。」


 そう言われて叶夜は隣に仁王立ちしている八重の【陰陽機】である法眼を見る。


 「…。」


 八重は【裏世界】に来てから何も言いはしないがその分、気迫のようなものが見え隠れしている。


 「やっぱり栄介が言ってた事が気になっているのかな?」

 「そうじゃったとしても戦って初めて分かる事じゃからな。奴もそれは気づいておるじゃろ。」


 玉藻の言葉に頷きながら叶夜は数時間前の事を思い出す。



 「…冗談でしょ。」

 「この状況で嘘を吐くほど落ちぶれちゃあいねえぜ龍宮寺の姉御。」


 【陰陽機】らしきものが大蜘蛛たちと行動を共にしていると聞き八重は静かに怒っていた。


 「じゃあ何?陰陽師の誰かが妖を使って騒動を引き起こそうとしている。そう言いたいの?」

 「八重、少し落ち着いて。」


 今にも栄介に掴み掛らんばかりの八重を叶夜は抑えようとするが怒りは収まりそうに無い。

 彼女からしたら嘘だろうと本当だろうと誰かが陰陽師としての誇りを傷つけようとしているのだから無理も無いのかも知れない。


 「違う、違うんだ姉御。そんな小さな話じゃねぇんだ。」

 「どう言う意味じゃ?」


 傷の手当をしている椿に断りを入れてから栄介は立ち上がり八重を真っ直ぐ見て否定する。

 玉藻が疑問を口にすると栄介は恐ろしいのか震えだしながら語り始める。


 「そいつは見た目は確かに【陰陽機】だ。だが動かしているのは式の力じゃ無く明らかに妖力だった。」

 「「「!?」」」

 「それってどういう意味だ?」


 玉藻に八重、そして椿が言葉にならないほど驚くのに対しイマイチその辺が分かっていない叶夜が疑問を口にする。

 それに玉藻が考えながら答える。


 「…例えばじゃがイとロ、それぞれの人物がいるとするじゃろ?イは力が強くロは弱いと仮定する。」

 「うん。それで?」

 「そこでロはイに対抗するために道具を開発するがそれを使ってもイと同じ力しか出せん。じゃったらイはその道具を使うかのう?」

 「それは…使わないだろうな。」

 「何故じゃ?」

 「…ああ。なるほど。」


 叶夜が納得すると玉藻は満足したかのように答え合わせをする。


 「そうじゃ使っても使わなくても同じじゃったら使う必要は無い。イとロ、どっちが妖か人間か言う気は無いが陰陽師じゃったら妖気で動かす意味が無い。式で十分じゃからな。」

 「妖だったらわざわざ【陰陽機】を動かす理由が無い。【鉄ノ器】、そっち的には【怪機】だったっけ?それで充分だから。」

 「う~ん。」


 玉藻と椿の説明に理解を示しながらも叶夜は腕組みをして考え始める。

 どっちであろうと矛盾した敵の正体に栄介が恐れを抱くのも無理はなかった。


 「…どっちにしても関係無いわ。」


 先ほど黙っていた八重がようやくここで口を開く。

 その目には明らかに決意が宿っていた。


 「敵の正体が何であろうと大群が攻めて来るなら迎え撃たないと。…ごめんなさい叶夜君。また力を貸してくれる?」

 「まあそれが条件だからな。陰陽師補佐として頑張るよ。」

 「…ありがとう。」


 八重は叶夜に向けて礼を言うと玉藻に確認を取る。


 「九尾もいいわね。」

 「それは良いが、我と叶夜で扱いが違いすぎじゃないかのう?」

 「椿ちゃんはこの鎌鼬をお願いね。一応今回の功労者だから。」

 「ちゃんは止めて。けどまあ居候だしね、それぐらいは。」


 玉藻の訴えを八重は無視し椿に栄介を任せると窓を開けて札を何枚も取り出し外へと飛ばしていく。


 「近くの陰陽師に協力依頼を送ったわ。どれほど来てくれるか分からないけど陰陽師である以上は何人かは来てくれるはず。それまでは…。」

 「それまでは?」

 「二人で耐えるわよ。その数えきれない大蜘蛛の大群を。」


 どこまでも真剣な目で八重は叶夜を見ていた。



 「…そろそろ推定時間ね。」


 叶夜が思い返していると八重がそう口に出す。

 そしてこちらの返事を待たずに作戦の最終確認を始める。


 「この先には結界を張っているけど当然ここを突破する敵が多くなれば破られるわ。だからやるべき事は多くの大蜘蛛を引き付ける事、相手の目的が何であれ増援が来るまでここで食い止めるわよ。」

 「分かった。…無理するなよ八重。」

 「間違っているわよ叶夜君。ここが無茶のしどころよ。」

 「二人ともそこまでじゃ。…見えて来たぞ。」


 玉藻がそう言うと同時に二人が正面を見ると一面に土煙が上がっていた。

 叶夜は刀を二本手に持ち火球を玉藻の周囲に浮かべている。

 八重は錫杖を構え既に牛頭と馬頭を出して何時でも戦闘が出来るようにしている。

 しばらくすると鉄で出来た蜘蛛も大群が押し寄せて来るのが目視で確認出来た。


 「これは…確かに大群だな。」

 「ええ、そろそろ相手がA地点に入る。そうしたら突撃よ。」


 大蜘蛛たちが二人を確認したのかこちらに向かうスピードが速くなった時であった。

 地面が突如爆発し大蜘蛛の【怪機】たちは爆風と共に吹き飛ばされる。

 当然これは八重の仕込みであり爆発の札の式を弄り地雷のようにして一面にばら撒いたのである。

 これが功を奏したのか大蜘蛛たちのスピードが少し緩まる。


 「今!!」


 その言葉と同時に叶夜と八重は大蜘蛛たちに向けて突進していった。


 「破ァ!!」


 その掛け声と共に八重は錫杖を横に薙ぎ払う。

 バラバラになる同類にも目もくれず法眼に襲い掛かろうとする大蜘蛛たちであったが。


 ブフォー!!

 ヒーーン!!


 後から追いかけて来た牛頭と馬頭がそうはさせまいと襲い掛かってくる大蜘蛛を叩きのめす。

 一方で叶夜は二刀流で次々と大蜘蛛たちを薙ぎ払っており隙を縫い近づく敵は火球で焼き払った。


 「このぉ!!」

 「気張り過ぎるでない叶夜。まだまだ居るんじゃからな。」


 興奮気味の叶夜を抑えつつ今回は玉藻も妖術のフォローをしている。

 そうして二人がそれぞれ戦っている間にいつの間にか背中合わせで戦っていた。


 「叶夜君、平気?」

 「だ、大丈夫。そうそう簡単にやられてたまるか。」


 大蜘蛛たちは先に進むよりも障害を排除する事を優先したらしく二人を囲んでいる。


 「こちらとしては有難いわね。…玉藻前、しっかりと叶夜君を守りなさいよ。」

 「分かっとるわ。お主も倒れるでないぞ。」

 「当たり前よ。…じゃあ、行くわ。」

 「おう!」


 そう言うが早いか二人は再び大蜘蛛に突撃していく。


 二人の長い夜は始まったばかりである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る