第二十四幕 異変―レイド―

 「急げ!…急げ!」


 朝か夜かも分からぬ暗闇に包まれている【裏世界】。

 その【裏世界】をひたすら栄介は疾走していた。

 【裏世界】だけでなく【表世界】をも揺るがしかねないある情報を持って。

 だがいつものようにスピードが出せずにいた。


 「クソォ!何なんだアレは!?」


 自慢の脚からは血が流れている。

 いや脚だけではなく栄介は傷だらけの状態でそれでも追っ手を振り切ろうとしていた。

 妖の栄介から見ても不気味な者。

 それによって栄介は傷を負ったのである。


 「カーッ、カッカッ!!」

 「!もう追いついて来やがった!?」


 不気味な笑い声と共に追ってが近づくのを察し栄介は考える。

 このまま逃げるのか、それとも一度戦うか。

 僅か数秒の思案をした後に栄介は【鉄ノ器】となる。

 傷が反映されているため装甲は傷だらけである。

 追っ手の姿を確認し栄介は鉄の体で疾走する。


 (待っててくれよ!兄貴!)



 学校の終礼のベルはとうに鳴り終わり叶夜と八重は【妖怪研究同好会】の部室にいた。


 「叶夜君、そっちの資料取って。」

 「ん、これか?ほい。」


 現在【妖怪研究同好会】では先んじて秋の文化祭に向けての展示物を製作していた。

 事の発端は数日前、部長の信二が二人に向かって。


 「てかさ、面倒だから文化祭の出し物さ今から決めとかね?」


 と発言した事から始まる。

 意外と信二はこういった事は早めに済ませておく性格であった。

 だが二人とも部活時間は比較的暇であったため信二の意見に乗り話し合いが行われた。

 だが部費が出ない同好会では派手な事は出来ず結局自作資料の展示に落ち着いたのは昨日の事。

 そのため今日は信二が図書館から借りた必要な資料の内容を簡単に纏めているところである。


 「…それにしても信二の奴。資料を持ってきたのはいいが家の事情とはいえ自分はエスケープとはな。」

 「まあしょうがないんじゃないかしら。本人が申し訳なさそうにしてたし。」

 「責めてる訳じゃないけどさ。納得しずらいってだけだって。」


 そのような会話をしつつ二人は資料を捲り続け重要な箇所をメモしていく。

 だがその途中で叶夜は陰陽師に関する資料を見続ける。

 八重はそれを咎める訳でもなく不思議に問いかける。


 「どうしたの?」

 「いや、当たり前だけど陰陽師として有名な人って結構居るんだなってさ。」


 その言葉に八重はペンを回しつつ微笑む。


 「そうね。安倍晴明様が有名だけどそれ以外にも世間に名の馳せた陰陽師はいるわね。」

 「まあ我にとってはどうでもいい奴らじゃがな。」


 と我関せず姿勢で家から持ってきた叶夜の漫画を見ていた玉藻が口を挟む。

 清明の名が出た為かどこか不機嫌そうにしてるが漫画から視線を逸らさないところを見るとそこまででは無いらしい。


 「大妖怪の目から見たらそうかも知れないけれどそれでも人の記録に残った陰陽師がいるって事は現代の陰陽師からすれば誇りだわ。」

 「…フン。」


 八重がそう自慢気に言うのに対し玉藻はそう鼻を鳴らすのみで何も言おうとはしなかった。


 「折角だから陰陽師の事も書いておくか?こうして資料もある訳だし。」

 「そうね。佐藤君には言っておいてね。」

 「全く。二人ともよくやる気に…。」


 そこで玉藻は一瞬ピクッと動きを止める。

 するとパタンと漫画を閉じスクッと立ち上がり鼻を鳴らしつつ周りを見渡す。


 「どうした玉藻?」


 玉藻の挙動不審な動きが気になったのか叶夜が作業を止めて質問をする。

 八重も視線を資料から外し玉藻を怪訝な顔で見る。

 それに対して玉藻は真剣な顔である一点を見つめる。


 「血の匂いじゃ。それも妖のかなり濃い。」

 「…場所は?」


 八重が女子高生の顔から陰陽師としての顔で玉藻に聞く。


 「近い。それに近づいて来よる。」


 それを聞き八重は服に隠し持っていた札たちを手に取り壁に貼り付ける。


 「防音と気配遮断の札よ。これで何が起きても大丈夫、」

 「準備がいいのう。…来るぞ。」


 玉藻と八重は叶夜を守るように立ち来るであろう妖を待ち受ける。

 それから数秒後、壁をすり抜けるように現れたのは…。


 「よ…よう兄貴。」

 「栄介!?どうしたそんなに血だらけで!?」


 現れた傷だらけの栄介を見るや否や傍に駆け寄る叶夜。

 それに続くように八重が傍により傷の状態を見る。

 玉藻は周りを引き続き警戒している。


 「あ、兄貴…。」

 「喋るな!八重!」

 「…傷が酷い。とりあえず治癒の札で応急処置するけど間に合うかどうか。」


 あるだけの治癒の札を栄介に張りつつ八重は真剣な面持ちをしている。

 叶夜は傷だらけの栄介を見つつある事を考えていた。

 奇しくも同じタイミングで八重と玉藻も同じことを考えていた。


 ―栄介をここまで痛めつけたのは何者なのか。



 「ともかく、ここだと身動きが取りずらいわね。家に戻りましょ。」


 八重の言葉に従い叶夜は栄介を連れ自宅に急いで戻った。

 留守番をしていた椿も協力して治療し始めて数十分が経ちようやく栄介はまともに喋れるほどまで回復した。


 「栄介…。」

 「す、済まねえ兄貴。それに姉御に嬢ちゃんも。」

 「子ども扱いは止め…なさい!」

 「痛って!!ほ、包帯締めすぎるなって!!」


 その様子を笑って見ていた八重だったが気持ちを切り替え真剣な様子で栄介に問いかける。


 「…鎌鼬。一体どうしてそうなったのか、話すわよね。」

 「ああ。そのために俺は生き残ったんだからな。」


 そう言うと栄介も真剣な様子で皆を見渡す。


 「兄貴。それに龍宮寺の姉御も落ち着いて聞いてくれ。…大蜘蛛の数えきれない大群がもうすぐこの地域にやってきて【表世界】に現れる。」

 「…目的は?」


 そう言われて八重は冷静に状況を判断しようと更に栄介に問いかける。

 だが栄介はその質問に首を横に振る。


 「それが全く分からねえんだ。あれだけ大群なら目的の一つや二つありそうなんだが。」

 「じゃが全く無意味に【表世界】には小物じゃろうとせんじゃろ?」


 玉藻が訝しむように栄介に質問する。


 「だな。だから俺はそれを探ろうと探りを入れたんだ。」

 「そして大蜘蛛にやられたのか。」


 そう叶夜は結論づけるが栄介はそれを否定する。


 「おいおい兄貴。いくら大群でも俺が大蜘蛛なんかに遅れを取る訳無いだろ。」

 「それじゃ何にやられたのよ。」


 そう質問する八重に対し栄介は言葉を選ぶようにしながらも答える。


 「分からねえ。とにかく不気味な相手だったとしか言えねえ。…ただ。」

 「「「「ただ?」」」」


 全員の問いかけに栄介は意を決したように八重の方を見て言葉を放つ。


 「そいつは【陰陽機】にみたいなのに乗っていた事だけは確かだ。」

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