第二十二幕 代償―ハピネス―

 高級住宅地に存在する一軒の家。

 それを遠く見渡せる高台に一人の和服を着た幼女が憎悪をその目に宿して見下ろしていた。


 「…。」


 その幼女は言うまでも無く座敷わらしである。

 座敷わらしはその家が燃える姿を想像する。

 自分がそう願えばその想像は実現する事は間違いないのは当然の事実なのだから。

 そしてそうなる事に彼女は何の戸惑いも無い。


 「大切に出来ぬ者には災いを。これはお前らの罪である。」


 そう言い座敷わらしはそっと目を閉じその家が燃える姿を想像する。

 だが突如として世界が切り替わるようなそんな感覚が襲う。

 それは妖と生まれたからには当然理解できる感覚であった。


 「!?」


 座敷わらしがその目を開けるとそこには確かに願った通りの家が燃えてる。

 だが人が慌てて出て来るような気配は全く無い。

 そして何より先ほどの感覚が正しければ答えはすぐに出てくる。


 「【裏世界】…。一体誰が…。」

 「それは当然これ以上被害を出したくない人間よ座敷わらし。」


 座敷わらしは声がする後ろに振り向く。

 そこには二人に陰陽師と何故か九尾がいた。

 だが誰がいようと座敷わらしにとっては関係無かった。

 誰であろうと邪魔をするならば。


 「敵。」


 座敷わらしは敵意を持って三人を睨みつける。



 「…どうするんだ八重。思いっきり敵意を込めて睨んできてるけど。」


 叶夜は八重にそう耳打ちする。

 想定では陰陽師を見て座敷わらしが降伏する想定をしていたのであるがそうは行きそうにない。


 「けど無駄に戦う必要は無いわ。座敷わらしに戦闘力は無いはず、説得すれば諦めさせる事が出来るはずよ。」

 「そう簡単に行けばいいがのう。」


 八重の言葉に玉藻がそう不吉な言葉を挟むが八重は一歩進むと座敷わらしの説得に掛かる。


 「座敷わらし。これ以上は見過ごせないわ。ですから大人しく帰って、そうすれば何もしない。」

 「嫌よ。」


 八重の説得にも全く耳を貸さない様子の座敷わらしはこちらをひたすら睨みつけている。


 「もう十分でしょ。あの一族はもう立ち直れないはず。これ以上は無意味よ。」

 「駄目、もっと不幸にしないと。生きた事を後悔するまでどん底にまで貶めないと。」

 「…それは山崎さんのため?それともあなたの復讐心のため?」

 「知っているのなら分かるでしょ?あいつらがどれだけ最低か。」


 座敷わらしはその小さな手を燃やした家に向ける。


 「あいつらはお爺さんに寄生するだけしといて亡くなったら笑うような奴らなの!誰かが罰を与えないと!!」

 「だとしてもそれはあなたがやる事ではないしやりすぎよ。…もう一度言うわ。大人しく帰って。」

 「何度言っても答えは変わらない。…止めたければ実力で止めれば?おススメはしないけど。」

 「…仕方ないわね。」


 そう言って八重はもう一歩座敷わらしに近づいた時。

 ビリッ!

 という何かが裂けるような音が八重の耳に入った。

 だが周りを見渡してもそのような音がなるような物は見えない。

 八重が不思議に思っていると突如叶夜が何故か目を塞ぎながら叫んでいる。


 「や、八重!!下!下!!」

 「下?」


 八重が言われた通り下を見ればそこには結び目が切れた狩衣の袴が地面に落下していた。

 そして八重は狩衣の下には下着以外何もつけてはいない。

 そこから導かれる現在の八重の姿は…。


 「…。」


 八重は何も言わず無表情で再び袴を結び直すとツカツカと叶夜の眼前にまで近づいていく。


 「叶夜君?」

 「な、何?」

 「…見た?」

 「み、見てないよ?」

 「そう。…普段より地味だったのだけど。」

 「え?結構エグイ感じだった…あ。」

 「…。」

 「…。」


 パチン。

 という音と共に叶夜に紅葉が咲いた。

 ちなみに玉藻はひたすら笑い転げていた。

 八重は深呼吸を一回すると再び座敷わらしに向き直る。


 「残念ね。たまたま狩衣の結び目がたまたま切れるなんて。」

 「…あなたの仕業でしょう座敷わらし。」

 「まあそうね。けど本気で戦う気ならさっき程度じゃ済まさないから。」


 そう言って座敷わらしはこちらを睨みつける。


 「そう。…でもこれ以上はこっちも見逃せないのよ。」


 そう言って八重は陰陽機を呼び出す札を懐から取り出す。

 それを見た座敷わらしの体が輝き出す。

 座敷わらしとの戦いが今ここに始まろうとしていた。



 「破ッ!!」


 そう気合を入れつつ八重は法眼を座敷わらしの【怪機】に右から突撃させる。

 逆側からは叶夜が刀を持って玉藻の【怪機】を突撃させる。

 座敷わらしはひたすらその場を動かず勝負は決したかのように思われるが。


 「っ!!」


 突如足が躓き叶夜は玉藻の【怪機】を転ばせてしまう。

 同時に手を離れた刀が真っ直ぐ八重の方に向かっていく。


 「また!?」


 そう言って八重は間一髪の所で致命傷は躱すが肩に当たってしまう。

 二人は体勢を立て直すために一度座敷わらしから離れる。

 この行為を十回は繰り返しただろうか?

 二人も息が絶え絶えであった。


 「ざ、座敷わらしとの戦いがこんなに困難だなんて。」

 「どうするんだ八重。正直かなりしんどいんだが。」


 二人は息を整えつつ相談する。

 座敷わらしの【怪機】はこけしに大きな輪が付いているような見た目で戦闘力は想像どうり無かった。

 しかし何度攻撃しようとあらゆる不幸がこちらに襲いことごとく失敗するのである。


 「近づけば何故か転び、遠距離なら強風が吹いて向きを変えられる。…どうすればいいか分かないわね。」


 八重が思わずそうぼやいてしまう。

 実力差での劣勢は何度かあるが幸運での劣勢の覆し方など分かるはずも無かった。


 「…いい加減諦めたら?あなた達に止める義務は無いでしょ?」


 座敷わらしがそう退屈そうに言うのに二人はイラつきながらもどうすべきを考えていると今まで黙っていた玉藻が声を出す。


 「座敷わらし。一つ聞きたい事があるんじゃが?」

 「何?九尾。」

 「先ほどの質問の答え、ハッキリと聞かせては貰えんか?」

 「何のこと?」

 「ほれ、先ほどの老人のためかお主の復讐心のためかと言う質問じゃ。」

 「…。言うまでも無いでしょお爺さんのためよ。」


 玉藻の質問に座敷わらしはそう答えるが玉藻の追及は止まらなかった。


 「じゃがその老人は別に呪いたいと願った訳じゃないんじゃろ?」

 「っ!!…願わなくても現状を見ればそう思うに違いないでしょ。何が言いたいの?」

 「つまりお主はそう違いないと想像で勝手に老人を悪霊にしてる訳じゃな。」

 「それどういう意味。」


 座敷わらしが明らかにイラついた様子で声を絞るように出す。


 (おい。どういうつもりだ玉藻。)

 (まあ任せておけ。…陰陽師娘もそれで良いな。)

 (ええ。…けど危険だと思ったら止めるから。)

 (大丈夫じゃ。危険かどうかはともかく事態は動くじゃろ。)


 そう言うと玉藻は座敷わらしに言い寄る。


 「そうじゃろ?お主があの一族に不幸を撒くほどその老人の持っていた恨みは強いと思われるじゃろうな。」

 「それはただの憶測でしょ?…お爺さんが悪霊だなんて。」

 「お主も妖なら分かるじゃろ?人間の想像によって歪められた存在は幾らでもあると言う事を。」

 「っ!!」

 「あえて聞くぞ座敷わらし。お主はその老人を悪霊にしたいのか?」

 「…!!何も知らないくせに偉そうな口を開くな九尾!!」


 座敷わらしの周りの大地が浮かび上がり弾丸のように玉藻に向かうが狙いがデタラメであったのか横を通り過ぎるのみであった。


 「ええそう!!これは私の復讐!あの優しいお爺さんの思いを踏みにじった奴らを許せるものか!!」

 「…その一言が聞きたかったんじゃ。」

 「何を言って!?」

 「叶夜、そして陰陽師。二人とももう突っ込んでよいぞ。…もう奴に先ほどまでの禍福を操る力は無い。」

 「ほ、本当か?」


 そう言って叶夜は玉藻の【怪機】を前進する。


 「…そんな訳あるはずが!」


 座敷わらしは先ほどと同じように躓くのを強く願う。

 そうしただけで勝手に相手は自滅する…はずなのだが。


 「どうして!?どうして平然と進めるの!?」


 玉藻の【怪機】は一切躓く様子もなく座敷わらしに近づいていく。

 座敷わらしは先ほどより強く願うが結果は変わらない。

 近づいてくる玉藻の【怪機】から距離を取る座敷わらしだが頭の中は混乱していた。


 「何故か全然分かっておらんようじゃな。お主は自分自身で座敷わらしである事を否定したというのに。」

 「一体何を言ってるの!?」

 「…はぁじゃあ説明してやるかのう。座敷わらしは良き者には幸福を悪しき者には災いを与えるものじゃ。」

 「そう!だから私は!」

 「じゃがそこに妖の思考は入れてはならんじゃろ。まして勝手な考えで復讐のために力を使う…それはもう座敷わらしとは言えん。」

 「っ!!」

 「つまり今のお主はただの力の弱いただの名の無い妖じゃ。」

 「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 座敷わらしはそう叫ぶと周りの石やコンクリートの塊が宙に浮かび玉藻の【怪機】に襲い掛かる。

 だがそれら全てを結界で防ぐと八重が追い付いて横に並ぶ。


 「確かに何とかなったわね。危険かどうかは判断がしにくいけど。」

 「じゃな。じゃが後は任せるぞ叶夜に陰陽師。」

 「よし。じゃあ八重、援護よろしく。」


 そう言うと叶夜は結界を解き座敷わらしに突撃する。

 当然そうなると石などが玉藻の【怪機】に向かって飛ばされるがそれを八重は札を使って全て弾く。

 そして叶夜は刀を作り出すと座敷わらしの首に突き付ける。

 浮かんでいた石やコンクリートが地面に落ちていく。

 勝負がついた事は誰の目にも明らかであった。


 「…どうしたの?さっさと首を撥ねれば?」


 座敷わらしは諦めたようにそう言うが叶夜は刀を消す。


 「こっちの目的は復讐を止める事だ。もうその力が無いのなら倒す意味は無いだろ。」

 「…そう?もうどうでもいいわ。私には何も残っていない。」


 座敷わらしはそう言うと【鉄ノ器】を解いて元の養女に戻る。

 それを見て玉藻も元の姿に戻り叶夜と共に座敷わらしに近づく。


 「…これからどうするつもりだ。」

 「さあ?もう力も残っていない以上は誰かの家に住み込むのもね…。」

 「理由はどうあれあなたは悪意をもって人を傷つけようとした。出来れば陰陽師の目の届く範囲にいて欲しいのだけど。」


 と法眼から降りて近づいて来た八重が言う。

 それに対し座敷わらしは胡散臭そうな目で八重を見る。


 「この力の無い座敷わらしを?本気?」

 「力を取り戻す可能性もあるでしょ?そうなった場合の対処よ。」

 「そう。…でももうその気も失せたわ。結局私の行為は誰の為でも無かったのだから。」

 「なぁ座敷わらし。良かったら家に来るか?」

 「「「はぁ!?」」」


 座敷わらしと八重、そして玉藻の声が見事に重なる。


 「ちょっと叶夜君。自分が何を言ってるか分かってる?」

 「いや既に玉藻と栄介も居るから何人増えても同じかなって。」

 「なんじゃ叶夜。お主幼児体型にも興味が…痛った!」

 「幼児体型って言うな九尾。座敷わらしは成長しないの。」


 玉藻と座敷わらしがそのようなやり取りをしている中、八重は叶夜に思いとどまるよう説得している。


 「無茶する訳じゃないしいいじゃないか。それに玉藻と一緒だから八重も監視がやりやすいだろ?」

 「それはそうだけど何か問題が起きたらどうするつもりなの?そこまでカバーできないし。」

 「確かにそうだけど他の陰陽師に任せるのもな~。」

 「…本気なの?わざわざ力の使えない座敷わらしを家に迎えたいなんて。…利益は無いでしょ。」

 「別に利益を得ようとは考えてないよ。単に見捨てられないから誘ってるだけ。嫌だったら断ってくれていいけど?」


 そう言う叶夜の目をジッと見ていたがしばらくしてハァとため息を吐く。


 「分かった。けど雑な扱いしたら力が無くても祟るから。」

 「よし。承諾を得たしこれで決定だな。」

 「こっちは納得してないけど!?」

 「名前は椿よ。どれほどの付き合いになるかは知らないけどよろしく。」

 「ん。よろしく。」

 「聞きなさいよ!!」


 八重はそう叫ぶが既に叶夜と椿は握手をして一緒に暮らす雰囲気になっている。


 「諦めた方がよいぞ。ああなったら止められんのは以前の件で学んだじゃろ?」

 「はぁ。九尾に鎌鼬に座敷わらしだなんて…目が離せなくなるじゃない。」

 「そうじゃ。じゃったら…(ボソボソ)。」

 「そ!そんな事出来る訳無いでしょ!?何考えてるのよ!?」


 八重がそう叫ぶのに反応して叶夜と椿が何事かと見ているが玉藻は気にせず八重に話しかけ続ける。


 「なんでじゃ?…ああなるほど。叶夜を男として気になるからじゃろう?」

 「そ、そんな事ないわよ!」

 「隠すな隠すな。恥ずべき事では無いからのう。じゃたら無理にする事は無い。」

 「っ~~~~~!!」

 「あ、あの玉藻?何の話か分からないけどその辺に…。」


 そう叶夜が止めようとしたが時すでに遅し、八重は顔を真っ赤にして叫ぶ。


 「わ、分かったわよ!!私も一緒に住む!!」

 「…はい?」


 息を切らせながら叫んだ八重。

 何故か満足そうにしている玉藻。

 そしてポカンとしている叶夜を見て椿は一言呟くのであった。


 「…変な奴ら。」

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