第二十一幕 禍福―バットラック―

 ―思い出が崩れていく。

 ―私とお爺さんの家が重機によってあっけなく、容赦なく。

 ―あいつらはそれを笑いながら見ている。


 「許せない。」


 ―お爺さんが生きてる間は散々お金を要求していた癖に死んだらまるで価値が無くなったように話すあいつらが。


 「許せない。」


 ―お爺さんの功績をまるで自分たちの物のように扱うあいつらが。


 「絶対に許しはしない。」


 ―大して力の無い私でもあいつらに出来る事はある。

 ―私の、座敷わらしの大切な思い出を踏みにじるとどうなるか思い知らせてやる。



 「は~。結局ゴールデンウイークギリギリまで入院だったな。」

 「中々酷い怪我じゃったからな。これに懲りたら無鉄砲な真似はせん事じゃな。」


 無事先日、病院から家に戻ってきた叶夜は学校の準備をしつつ朝食を食べていた。

 本来であるならば数日で退院できるような怪我では無いのであるが、八重による術式によって驚異的な回復が可能となり何とか学校には間に合ったのである。


 「善処するよ、俺も死にたい訳じゃないしな…。あ、玉藻。テレビ点けて。」

 「人の一生は短いんじゃから気をつけることじゃな。このチャンネルでよいのか?」


 叶夜と玉藻が同棲状態になってまだ一ヵ月も経ってはいないがすっかりお互いに今の生活が馴染み始めている模様である。

 玉藻が点けたテレビではニュースが流れておりそれを見ながら叶夜は朝食を完食し洗い物をし始める。


 「…今日も今日とて代り映えのしない内容じゃのう。叶夜、これを毎日見てて面白いのか?」

 「最低限世の中の流れは把握しときたいんだよ。テレビのニュースなら聞き流せるし…ん?悪い玉藻ボリューム上げて。」


 玉藻がリモコンを使いボリュームを上げる。

 それはある大会社の不祥事が見つかったとの内容であった。


 「なんじゃ?この会社に興味でもあったのか?」

 「いや興味というか…。この会社って元々地元で有名だったんだよ。確か創業者の実家もこの近くだったと思うけど。」


 よくニュースを聞いてみるとどうやら不祥事も一つではなくパワハラに始まり税金関係まで多種多様な負の巣窟のようである。


 「あ~あ。ここまでやらかしたら復活は難しそうだな。」

 「じゃがやけに創業者の一族とやらしか出て来んがその創業者はどうしたんじゃろうな。高跳びかのう?」

 「…いや、どうやら最近心筋梗塞で亡くなったらしいな。それにこれらの不祥事には関わっていなかったみたいだな。」

 「なるほどのう。そやつは良くてもその一族は…という奴じゃな。人間過ぎた欲を持つと身を滅ぼすというに。」


 玉藻が呆れ返るように嘆息を吐く。

 大妖怪である玉藻が言うと説得力が違うと思いつつ洗い物が済み時間も迫ってきたので登校をしようとする叶夜。

 この事件に大きく関わろうとはその時は夢にも思って無かったのである。



 「おお、叶夜!!ゴールデンウイーク中全く連絡もしないで。いつもだったら一日ぐらい遊びの誘いがあるのに。」

 「…信二。まあこっちも色々あったんだよ。」

 「ああやっぱり龍宮寺と…。やっぱ彼女持ちは違うよな。」

 「はいはい。勝手に言ってろ。」


 もはやこの話題になっても大きなリアクションを取らなくなった叶夜をそのままに信二は勝手に盛り上がっていく。


 「あ、ところでよ叶夜。例のニュース聞いたか?」

 「ん?例のってあの会社の不祥事の事か?」

 「それそれ!あの会社の創業者の爺さんいい人だったからさ、何か見てて辛いぜ。」

 「知り合いだったのか?」

 「知り合いって程じゃないけどさ。あの爺さん近所の人にも気さくに接していてさ。偉ぶらないしホントにいい人だったんだ。」

 「ふ~ん。」


 信二が懐かしむように言うのに対して叶夜はそう返す他なかったがとにかくいい人であった事はよく分かった。

 まだまだ思い出は止まらないようで信二はまだまだ話す。


 「一代で会社を大会社にまでしたんだけど一人一人を大切にしててさ。ああそうそう!近所の人の話だとあの座敷わらしが居るって噂らしいぜ。」

 「座敷わらし?」

 「そう。俺でも知ってるあの座敷わらし。まあ、あの急成長ぶり見たらそう言いたくなるのも分からなくは無いけどな。」


 座敷わらし。

 知らない人の方が少ないかも知れない有名な妖。

 家に住み込みその家に幸福をもたらすと言われる存在である。


 (…おい、叶夜。)

 (何だ玉藻。)

 (少し興味が湧いた。放課後その者の実家に行くぞ。)

 (…俺その場所知らないんだけど。)

 (信二とやらに案内してもらえばいいじゃろ?何のための【妖怪研究同好会】じゃ。)


 強気に進める玉藻に少し違和感を覚える叶夜。

 今までこうして玉藻が自らこうしようとは言ってこなかったからである。


 (座敷わらしになんか恨みでもあるのか?)

 (そうではない、そうではないが…あえて言葉にするならそうじゃな。対岸の火がこちらに降りかからないように…じゃな。)


 玉藻は叶夜を見つめながら言うのであった。



 その後、話を聞いた八重と共に創業者のお爺さんの家へ三人で向かっていた。

 信二が記憶を頼りに先頭を歩く中、叶夜と八重は話をしていた。


 「そう言えばいいのか?陰陽師さま的に座敷わらしって。」

 「人間に害をなさない妖を退治して回るほど陰陽師は暇じゃないわよ。まあ座敷わらしのもう一つの面が出れば話は別だけど。」

 「それはまあそうじゃろうな。」

 「もう一つの面?」


 八重と玉藻の話がいまいち分からない叶夜。

 だが八重は首を横に振り説明をしようとはしない。


 「まあ特に知らなくても良い事よ。滅多に出るものではないし。」

 「はぁ。けどだったら何でわざわざついて来てくれるんだ?」


 それを聞いたとたんにジト目で見つめる八重に思わずたじろぐ叶夜。


 「…それを叶夜君が言う?目を離してなくても大けがをする人間から目を離せると思う?」

 「そ、その件に関しては大変ご迷惑を…。」

 「何度も言うけど生きて帰ったのはただの運よ。同じことが続くとは思わない様にね。」

 「肝に銘じておきます。…心配してくれてありがとうな八重。」

 「…別に。大した事じゃないわよ。」

 「けど玉藻から聞いたけど俺が雪山で見えなくなった途端に心配でしょうがない様子だったって聞いたけど?」

 「…た・ま・も・の・ま・え!!」


 顔を真っ赤にしつつ後ろを歩いていた玉藻を睨みつける八重であるが当の本人は平然としている。


 「なんじゃ?真実じゃろう?」

 「それは!…そうだとしても!それを本人に言うとか…空気読みなさいよ!!」

 「我は人間じゃないからのう。空気を読むと言う芸当が出来んのじゃ。」

 「嘘つけ!ワザとでしょ絶対!!」

 「や、八重静かに。信二に気付かれる!」


 八重が咄嗟に口を塞ぐが信二は周りをキョロキョロして気づいてはいない様である。

 それに安心して八重は信二に声を掛ける。


 「どうしたの佐藤君?道に迷った?」

 「い、いや~。多分あそこだった気がするんだけどな…。」

 「あそこって…平地なんだが。」


 叶夜が言う通り信二が指さした先には何もない平地のみであった。

 だが二人が確認すると確かにそこが目的地なのは間違いない模様である。


 「不祥事が続いたから引っ越したのかしら。」

 「だからってこんなに早く平地になるか?」

 「それに爺さんあの家を気に入ってたし解体するとは思えないだけどな。」

 「亡くなったから遺族が壊したんじゃないか?」


 と三人が話し合っている途中で近くの家のおばあさんが出てきた。


 「ん?若いのが三人でどうしたのかい?」

 「い、いえ。ある家を探してたんですけど見つからなくて…。」

 「それって山崎さんの家かい?それなら山崎さんが亡くなってすぐに取り壊されたよ。」

 「そうですか…。」


 三人が顔を見合わせてどうするか考えているとおばあさんから思わぬ提案が出される。


 「山崎さんの事だったら少しは知っているから家に上がるかい?」

 「い、いえ!そんなご迷惑!」

 「子どもがそんな気をつかわんでもええ。さぁ、お上がり。」


 そう言って家の中に入っていくおばあさんの好意に甘え三人は家に上がるのであった。



 「は~、妖怪の研究をな~。若いのに珍しい。」

 「興味を持つのに歳は関係ないと思いますよ。あ、お茶すみません。」


 三人は客間に通され出されたお茶を啜っているとおばあさんは叶夜の言葉に何度も頷く。


 「全くじゃな。…山崎さんのところももう少し信心深かかったらあんな事にはならなかったかも知れんのにな。」

 「…失礼。何かあったんですか?」


 八重が踏み込んだ質問するとおばあさんはため息を吐きながら取り壊された家の方を向く。


 「山崎さんは遺言で『あの家には座敷わらしがいるから取り壊すな。そうすれば遺産は好きに分けていい。』と書いてたようなんじゃが…息子たちはそれを無視して家を取り壊したんじゃ。」

 「…座敷わらしが?」

 「まあ本当にいるとは思えんが山崎さんのとこじゃったら居ても可笑しくないじゃろうな。…じゃが山崎さんの息子たちが家を更地にした途端に不幸が重なっていったみたいじゃな。」

 「え、不祥事が発覚した以外にも何かあるんすか?」


 信二がそう聞くとおばあさんは深く頷き事細かに説明をしだす。


 「そうなんじゃよ。お孫さんが交通事故にあったり食べ物にあたるのは序の口。親戚の子どもは謎に包まれた凍死寸前事件にあったしのう。」

 「ああ高梨の奴、爺さんの親戚だったのか…ん?二人ともどうした?」

 「「別に何も。」」


 まさかその犯人を知っているとは言えず二人は何とも言えない表情をしている。


 「まあとにかく山崎さんの家を壊して以来、親戚を含めて酷い不幸続きのようでな。近所の人たちは座敷わらしの祟りじゃと噂しとるよ。」

 「座敷わらしの祟り?」

 「ん?知らんか?座敷わらしがいる家は幸福が降り注ぐがその座敷わらしが出ていくとその家には不幸が訪れる。とな。」

 「不幸が…。」


 叶夜がそう呟くとおばあさんは天井を見上げ懐かしむように語る。


 「山崎さんはええ人でな。近所のボランティア活動にも積極的に参加したりして笑顔の絶えない人じゃった。…じゃがその子どもらは揃って金にしか興味がなかってな。家族の集まりではいつも肩身が狭かったと言うておったよ。人の不幸をこう言うのはなんじゃがこれも親の言う事を全く聞かなかったツケかも知れんのう。」



 「…で、どうするつもり何だ陰陽師どのは。」


 おばあさんの話をその後も聞いていたが外が薄暗くなり帰宅する事にした三人。

 途中で信二は別れ八重と玉藻のみになってから叶夜はその口を開く。

 その質問に少し悩んでから八重は答える。


 「…どうもこうもないわ、と言いたい所ではあるけれどね。別に座敷わらしが悪意をもってしてるとは思えないから放置しか無いと思う。元をただせばその一族の問題だしね。」

 「いや、すぐに対処すべきじゃと思うぞ我は。」

 「玉藻前?何か私が見落としてる事でもあったと?」


 珍しく意見を言う玉藻に対し八重が問いかけると玉藻は首を縦に振る。


 「お主らが話を聞いてる間に更地になった家を見て来たんじゃが…凄まじい妖気が混じった怨念を感じた。間違いなく噂の座敷わらしの怨念じゃ。」

 「…噓でしょ?座敷わらしがそんな怨念を残すなんて聞いた事ないわ。」

 「珍しい事じゃがない事はない。数回見たことがあるが…祟られた一族は皆死に絶えた。」

 「「!?」」


 玉藻の発言に叶夜は勿論であるが八重も驚きを隠せないでいた。


 「あ奴らはある程度じゃが禍福を操作する事が出来る。間違いなく件の座敷わらしはかの一族を滅ぼす為じゃったら手段を選ばんじゃろ。周りの人間にも被害が出るじゃろうな。」

 「…それって間違いなく危ないんじゃないか。」

 「そうじゃろうな。…妖としてあのように復讐に狂う妖は見るにたえんし叶夜にも被害が出るやも知れんからな。まあ決めるのは陰陽師しだいじゃがな。」

 「だ、そうだが?どうする八重。」

 「…。」


 八重はしばらく顎に手をあて考えていたが数分後、決意した顔で言うのであった。


 「七時に集合ね。」

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