第十七幕 衾雪―カンヴァセイション―
(あれ?…俺なにしてたっけ?)
ぼんやりとする意識の中で叶夜はフッとそのような事を思う。
今日の出来事を一つ一つ思い出していき出した答えは。
(ああ。俺…死んだんだな。)
何せ叶夜は吹雪く雪山で倒れたのだ。
だというのに今感じてるのは程よい温かさであった。
(どこに行くのかな。まあ多分天国では無いと思うけど…)
叶夜はどこか不思議と落ち着いた気持ちでこの先の事を考えていた。
(ああ段々と何かの音が近づいて来る。トントントンって…え?トントントン?)
余りにあの世には似つかわしくないような軽い音に叶夜は疑問に思う。
そこでようやく自分が寝ていた、あるいは気絶していた可能性に気付き目に意識を集中する。
目の焦点がようやく合ってきて目に入ったのは木製の天井であった。
また何時ぞやみたいに病院かと思ったが見渡してみると病院とは違い古民家の一軒家のようであった。
「え?…俺…い、生きてる?」
「ああ。お目覚めになられたのですね。」
そこに扉を開けて現れたのは和服を着た少女であった。
淡い水色が装飾された白い着物が彼女の青みを帯びたセミロングの黒髪によく似合っていた。
「あ、あの~。いきなりですが質問いいですか?」
「ええ勿論。何なりと。」
そう言いながらその少女は滑らかに正座をし叶夜の質問を待つ。
「じ、じゃあ。まずは…あなたが助けて下さったのですか?」
もっと先に聞くべき事があるはずであったが未だぼんやりする頭で先に出てきたのはこの質問であった。
「フフ…もっと他に聞くべき問いがあるでしょうに。真っ先にその質問だなんて…面白い方ですね。」
そう口元を袖で隠しつつ上品に笑う少女は質問の答えを返す。
「そうです。外がうるさいので見てみれば人が倒れていたもので、勝手ながら我が家にて暖をとって貰いました。」
「勝手だなんて…あなたがいなければ死んでいました。ありがとうございます。」
そう言って頭を下げる叶夜に驚いた顔をする少女は逆に問いかける。
「いいのですか?服装からしてあなたは陰陽師のはず。妖に頭を下げるなどと。」
「ああ良いんですよ。俺は正式には陰陽師のお手伝いをしてるだけなので。それに助けて貰ったのに礼を言わないのは妖相手でも流石にどうかと…。」
「…フフ。あなたは良き心の持ち主なのですね。ではその礼を受け取らせてもらいます。」
見る者を魅了するような柔らかな笑みを浮かべる。
それに少し見惚れながらも叶夜は別の質問をする。
「それで…この雪山はあなたが?」
「ええ。ああ、申し訳ございません。名乗るのが遅れました。
(…やっぱりな。)
叶夜もただぼんやりとしていた訳では無い。
この少女が件の雪女である可能性を考えて無かった訳ではない。
ただこの睦と名乗った柔らかい笑みの雪女が人を凍死寸前にまでするような妖には見えなかったのである。
ここは遠回しに聞くべきだと思う叶夜であったが苦手なので直球で聞く事にする。
「…遠回しに聞くのは苦手なのでハッキリ聞きます。何故人を凍死寸前にまで追い込んだんですか?」
「…本当に真っ直ぐですね。…何故と問われれば声を聞いてしまったから。ですかね。」
「声?」
「そうです。…あの人間に弄ばれた女の子たちの恨みの声です。」
「…。」
雪女特有の能力なのか、それともこの睦が特別なのかは不明であるが一先ず叶夜は信じる事にする。
相手が妖である以上はどのような事が起きても不思議では無いのだから。
「無論、その全ての子らがあそこまでの恨みを持っていたと言えませんし自分の行為を正当化する気もありません。ですからやらずにはいられなかった、としか言えませんね。」
「…そうですか。」
「責めないのですね。」
「一々妖に責任求めてたらキリがないって学んだだけです。それにあなたが言う事が本当なら彼にも多少の責任がある事ですし。…凍死寸前はやり過ぎだと思いますが。」
「…そうですか。」
叶夜の言葉に何かを思いながら睦はそう言うと立ち上がる。
「さて、そのような事をしでかした妖の作ったお食事で良ければ簡単なものですがお作りしましたのでよろしければどうぞ。」
「い、いえ!お気遣いなく!」
「フフ…でしたらお食事の代わりに楽しいお話を聞かせては貰いませんか?何せ【表世界】の事には鈍くて。」
「…まあそういう事だったら。」
(二人が聞いたら怒るだろうな~。)
一方その頃、八重と玉藻は。
「破ぁぁ!!!!」
そう手に持っている札を結界にばら撒くとその全てが爆発して凄まじい煙が辺りを覆う。
だがそこまでの火力をもってしても結界にはヒビ一つ入ってはいなかった。
「クッ!まだまだ!」
「落ち着かんか陰陽師。」
さらに術を使おうとする八重に玉藻は膝カックンをして止める。
「っ!止めないで玉藻前!」
思わぬ不意打ちに崩れ落ちた八重は玉藻に怒鳴りつける。
だがその玉藻はどこ行く風のようで。
「じゃが陰陽師。さっきから無理のやり過ぎじゃぞ。それでは本番に疲れ果ててしまうぞ?」
「っ!あなたは心配じゃないの!?」
正論を突かれ頭に血が上った八重は玉藻相手に突っかかる。
既に叶夜がこちら側から見えなくなって二時間が経とうとしていた。
如何に狩衣が様々な状況に対応できるように作られてるとしても限度がある。
だが結界の中にも入れない今の状況では助けに行くことも出来ない。
何よりまた一般人である叶夜を危険な目に合わせてしまった罪悪感が八重を焦らせていた。
「彼は元々一般人なんですよ!あなたのような妖でも無ければ、私にように訓練を受けた者でも無い!…本来は守られるべきただの人なのよ!なのに!」
「陰陽師。…それ以上口を開くな。喰らうぞ。」
八重の怒りは突如滲みだした玉藻の殺気にかき消された。
まだ年若いとはいえそれなりに経験を積んだ八重が言葉が出なくなるほどの威圧感を出しながら玉藻は言葉を放つ。
「確かに叶夜は一般人じゃった。じゃがその上で奴はこの道を進むと決めたのじゃ。お主の言葉はその覚悟を汚す事と思え。」
「…っ!それでも、私は。」
悔しさに唇を噛みしめる八重に今度は玉藻は優しく声を掛ける。
「分かっとる。お主が心から叶夜を心配しとるのもな。…じゃが少しは守るだけでなく信頼もしてやれ。」
「…たまには大妖怪らしいところもあるんですね。」
「我は何時でも大妖怪なんじゃが!?その証拠に叶夜が生きとるかどうかも把握しとる!!」
「…はぁ?」
玉藻の発現に引っかかった八重がその様な声を上げると玉藻が説明をしだす。
「じゃから!叶夜と契約しとる我はどんなに障害があろうとその位置を把握しとるし生きとるかどうかも分かる!今叶夜は…。」
「ちょっと待ちなさい玉藻前。それはつまりあなたは叶夜君が生きてるのを分かってたけどそれをあえて黙ってた…って事?」
「ま、まあそうなる。…かのう?」
プルプルと体を震わせる八重に叶夜が自分に対して怒る時を思い出し少しビビる玉藻。
そしてその予感は当たり、八重は爆発する。
「言いなさいよそれを早く!!そうすれば少しは冷静でいられたのに!!危うくあなたの評価を上げるところだったじゃない!!」
「い、いや。確かに命はあるが危機的状況には変わらんのじゃが。」
「それはどう言う意味ですか!早く具体的に言いなさい!ほらhurry!hurry!!hurry up!!!」
「じ、人格変わっとるぞ陰陽師。」
思わずそう突っ込む玉藻であったが八重に睨まれ仕方なく説明をする。
「少し前に叶夜の反応が止まったんじゃがその後すぐに頂上付近まで動いた。その時に妖気を感じた。故に叶夜は件の雪女と一緒にいるんじゃろ。」
「なるほど…私が言いたいのは一つよ。…もっと早く言いなさいバカ狐!!最悪のパターンじゃない!!」
叶夜が雪女に囚われている。
八重が考えられる内では最悪の状態である。
人質になっているならまだいい。
拷問を受けている可能性だって考えられなくはない。
急いで救出しなければならないが結界が破れない以上はどうする事も出来ない。
「ダメ狐。この結界に付与されてる概念は分からないの?仮にも大妖怪でしょ!仮にも!」
「仮じゃなくとも大妖怪じゃ!そのくらいもう調べたわ!お主が聞かずに暴走しとっただけじゃ!」
「う!…この件はあとで話し合いましょう。それで?」
このままではお互いに傷つくだけだと思い一旦話を元に戻す八重。
玉藻も同意見なのか大人しく説明をする。
「うむ。この結界に付与されとる概念は単純じゃ。まず一つある程度の妖力、そして呪力をもったものを通さない。二つ目は敵意ある攻撃には強固になる。最後は入ったものは雪女を見ないで出てはいけないじゃな。」
「…最後の条件がよく分からないのだけど。」
「理由は分からんが一目見ときたいんじゃろ?千年生きとるんじゃ、偶には交流したいんじゃろう。」
どこか実感の籠った玉藻の言葉は気になるが今優先するべきは叶夜の救出であると八重は考え、そして案が浮かぶ。
「これなら救出できる!…雪女退治はまた今度になるでしょうけど。」
そう言って八重は二枚の札を取り出す。
「無事でいて叶夜君。」
アハハハ…!!
「それでその時に信二の奴がさ…」
「フフ、もう!あんまり笑わせないでください。」
八重の想像とは裏腹に二人の間にはとても和やかな雰囲気が流れていた。
叶夜の前に出された食事は味噌汁と卵焼きと白御飯とシンプルであったが思わずものの数分で食べきるほど美味しいものであった。
(ああ、こういうのが和服美人って言うんだろうな。)
と心の底で叶夜は思っていた。
ん?玉藻も和服だろうって?
あれは和服に近づけた痴女服であると叶夜は考えてるため必然的に玉藻は和服美人には当たらない。
料理が出来て美人で聞き上手で。
文句の付けようがないほどのこの雪女にすっかり叶夜は気を許していた。
(ああ、こういう人が彼女だったら幸せなんだろうな。」
「…叶夜様。今何とおしゃられましたか?」
「え!?(しまった口に出てたか!?)ええっと…。」
「私を彼女にしたい…そう申されましたね。」
「そ、そこまでは言ってないんじゃないかな。」
「それはつまり私は彼女にしたいと思える女である。…そう思っていらっしゃると?」
「ま、まあそれは。まあ。」
(や、やばい。怒らせたか?)
態度が急変した睦の問いかけに曖昧な返事を返す叶夜。
その答えを聞いた睦の反応は…涙であった。
「ちょ、ちょっと大丈夫ですか!?何か傷つけるような事を言ってしまいましたか!?」
「い、いえ悲しいのではありません。寧ろ嬉しいのです。」
「嬉しい?」
「ええ。知っているかも知れませんが雪女は人間との恋を夢見る妖です。ですが他の雪女が恋を夢見る中私は恋が出来ませんでした。」
「…どうして?」
「何故かは自分でも分かりません。ですが恋が出来ずに私は千年も生きてしまいました。もう恋をする事は無いだろうと諦めていました。」
「…睦さん。」
「ですがこのような私を彼女にしたい。そうおしゃられるのですね叶夜様。」
「…ん?」
話が妙な方向に行き始めたのを感じ叶夜の最近になって鍛えられた危機察知レーダーが反応を示す。
「あ、あの…む、睦さん?」
「安心してください。ここにいる以上あらゆる世話は私が行います。
「いや、呼び方が気になるけどそうじゃなくて。」
「やはり子どもも欲しいですね。古いかも知れませんがやはり一姫二太郎が理想かと。」
「未来の設計してるとこ悪いんですけど話聞いて下さい。」
「そうなると家も手狭ですね。いっその事近代的な家に改装しましょうか。旦那様はどう思います?」
「もう隠さなくなったし!!とにかく一旦話を!!」
「…そうですね。気が焦りすぎました。」
「い、いや。分かってくれれば。」
「そうですよね。まずは!!」
そう言って睦は不意打ちで叶夜を布団に押し倒して自分はその上に馬乗りになる。
「まずは夫婦の契りを交わすのが肝要ですよね!大丈夫です。経験はありませんがやり遂げてみせます!」
「…全然聞いて無いし。」
まずは口づけをしようと睦の顔が接近する中で叶夜はここ最近の事を思い出し心の中で思った。
(あれ?俺の周りって基本話を聞かないのばっかり?)
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