第十六幕 斑雪―ミーティング―

 ゴールデンウイークと聞いて皆は何を思うであろうか。

 大抵の学生にとってゴールデンウイークは喜ぶ事であろう。

 祝日が続く最低でも三日ある日々に期待して様々な予定を立てている事だろう。


 旅行に行く?

 休みが続くゴールデンウイークらしい過ごし方だろう。


 ずっと家にいる?

 それもまた良いであろう。

 休日の過ごし方に規定など無い、溜まった疲れを解消するのもいいだろう。


 勉強をする?

 それも悪くない。

 学んだ事が全て力になるとは言わないが学習した事が意外なところで役に立つ事もままある事である。


 部活に精を出す?

 部活動に力を出す事によってそこで得られる沢山の事が将来の君を輝かせるかも知れない。


 …登山?

 確かに山を登る事はいい事だ。

 足腰も鍛えられる上に山で見る景色はとても美しいものであろう。

 だが叶夜が、より正確に言うのであれば現在の叶夜がそれを聞けばただ一言。

 「止めておけ、山はヤバい。」

 と死んだような目で言うであろう。


 ―特に如何に何やらの技術で防寒に優れていようと薄着一枚で。

 それも仲間もおらず猛吹雪の中、あてもなく彷徨い歩く事を彼は強く静止するであろう。


 …え?そんなバカな事をする奴なんていない?

 そもそもゴールデンウイークの時期に吹雪く事なんて日本ではあり得ない?

 ―正論である。

 だがごく、ホントにごくまれな条件が重なった場合は無いとは言い切れないのである。


 ん?そもそも何故このような話をしているか?

 ―それはもちろん。


 ゴォォォォォォォォォォォォ!!

 「が、がおがいだい。…ざむいどうりごしでいだい。」


 ゴールデンウイーク初日。

 朧 叶夜はその状態真っ只中なのだから。

 何故彼がこのような目に合っているのか。

 それを語る為にはゴールデンウイーク二日前に起きたある事件まで時を戻さなければならない。



 「クソッ!!」


 叶夜のクラスメイトである高梨は悪態をつきながら近くの石を蹴り飛ばす。

 その石がゴミ箱を漁ろうとしていた猫にぶつかるが高梨は気にも留めない。

 一年生にしてサッカー部のエース候補であり学力優秀、そして女子にモテまくっている高梨が何をそんなにイラついているか。

 その原因は八重と叶夜の二人にあった。


 「あいつら絶対に許さねぇ!!」


 そもそも高梨は自他共に認める女好きである。

 高校に入っては勿論の事だが中学の頃から告白してきた女子を受け入れては飽きたら捨てるという行為を繰り返していた。

 例え告白をされていない女子であろうと取り巻きを使っての情報操作や最悪の場合には弱みを握り無理やり付き合って、やはり捨てる。

 最低な行為であるがそれを止めようとする者は彼の周りにはいなかった。

 両親は一人っ子である彼を極限まで甘やかすため怒るという行為をせず。

 取り巻きではない彼の行為を知っている者も実家が近所では有名な金持ちなためあまり表だって言えずにいた。

 そんな彼にも思い道理にならない女子が現れた。


 ―龍宮寺 八重。

 スタイル抜群な八重に早速目をつけた高梨は初日からあらゆるモーションを掛けていく。

 だが結果は全敗どころか逆にナンパな男として認識され今では出来るだけ視界に入らない様にすらされている始末。

 それだけならばまだいい。

 いつも通り時間を掛けて、取り巻きを使いつつ自分のモノにするだけである。

 だがそこに高梨にとっては最悪なニュースが飛び込んでくる。


 ―龍宮寺 八重と朧 叶夜が付き合っている。

 何でもある女子生徒がある町医者を出て行こうとする叶夜に何度も頭を下げる八重を写真に撮り近しい友達に発信した事が始まりらしい。

 噂はどんどん広がっていき今では結婚秒読みだとか既に顔合わせは済んでいる、【妖怪研究同好会】は二人が隠れてイチャイチャする為に作られたなどなど様々な噂が生まれていく。

 そのことを聞かれるたびに二人は否定するが寧ろ内緒で付き合っていると曲解され逆に盛り上がる始末である。

 …まあ同好会の噂に関してはコソコソと別の事をしている為あながち嘘では無いのだが。


 だが高梨にとってその様な事実も噂も関係なかった。

 肝心なのは彼を無視する八重がパッとしないと思っている叶夜と仲良くしているいう一点である。

 まるで自分が叶夜より下だと言われているようで高梨の歪んだプライドは悲鳴を上げていた。

 今までは部活が忙しくなっていた為に静観をしていたが高梨はこのゴールデンウイークに行動を起こす事を決めていた。

 まずは取り巻きを使って叶夜の悪い噂を流しまくる。

 それで別れればよし、最悪の場合は休学や謹慎、退学させられる可能性もあるが寧ろその方が邪魔ものがいなくなるため好都合であった。

 邪悪な笑みを浮かべる高梨は既に八重を手に入れた気になり脳内で彼女を弄ぶシュミレーションを開始していた。


 「…醜いですね。」


 そんな高梨に澄んだ女の声が掛けられる。

 振り向くとそこには薄暗い街灯のためあまり見えないが和服を着こんだ女が立っていた。

 女と分かると高梨はその顔が見える近くまで寄ろうとするが突如この季節には珍しい肌寒さを感じ思わず立ち止まる。

 

 「本当に醜いですね…あなたの心。」

 「な、何の事か分からないな。それより君は…。」


 その続きを高梨が話す事は無かった。

 凄まじい冷気が彼を襲ったからである。

 今まで経験した事の無い冷たさに口を開く事すら出来ずにいると再び女から声が掛けられる。


 「本来ならあまり【表世界】に介入するのは不本意ですが…あなたに捨てられた女の子たちの無念は聞いていられなかったもので。」

 「…!!…!!」

 「ああ口は開かない方がいいと思いますよ。死にたく無いのなら。」


 高梨は既にこの女の話を聞くほどの余裕はない。

 分かっているのはこのままでは自分は死んでしまうであろうという事だけだ。

 必死になって後退しようとするが冷たすぎて体が思うように動かない。

 サッカーで華麗なフットワークを見せた足も全く活躍出来ないでいた。


 「安心してください。殺す事まではしませんから。」


 ここに来てようやく女が高梨に向けて歩き出す。

 それと同時に冷気が段々と強くなっていく。

 既に周りは【表世界】から【裏世界】へとシフトしていたが目を開けられなくなるほどの冷気に襲われている高梨がそれに気づく事は無かった。


 「…ただし。」


 高梨の目の前に立ち止まった女は耳打ちするかのように耳に口を近づける。


 「この後を考えれば死んだほうがマシなのかも知れませんが。」


 そう言うと女は高梨の耳にフーと息を掛ける。

 ―高梨の記憶はそこで止まった。



 翌日、学校ではある話で持ち切りであった。

 サッカー部のエース候補であった高梨が何故かこの季節にしかも道端で凍死寸前の状態で見つかったのである。

 その話は当然クラスメイトである噂に疎い叶夜の耳にも届いた。

 突如の事に職員たちも大慌てのようで担任の仲村先生(実家暮らし)もHRで自習を言い渡すと他の先生と一緒に昼近い現在も職員室に籠って会議中である。

 長く続く自習の中で叶夜は八重に視線を送る。

 その視線に気づき八重は考える素振りを見せて机をコンコンと二回叩く。

 これは二人の間で決めた合図で叩くのが一回ならば否定、そして二回なら肯定と取り決めていた。

 そして叶夜が何を聞きたいかなど八重でなくとも察しがついた。

 八重が鳴らした音は二回、つまりは肯定。

 それをもって叶夜も確信する。

 高梨を襲ったのは妖であると。



 「…で?実際目星はついているのか?」

 「正直に言うと全然よ。現場に証拠は殆ど残っていなかったわ。」


 放課後、教師たちから部活動をせずに真っ直ぐ帰宅を命じられた生徒たちであったが二人はいつもの【妖怪研究同好会】の部室にいた。

 掃除を理由に短時間だけという条件で使わせて貰ったのだ。

 無論掃除ではなくこうやって話し合うためなのだが。


 「けど間違いないわ。昼休みの内に入院している病院に行って詳細を聞いてきたから。」

 「昼休みにいないと思ったら…。というよりよく教えてくれたな。」

 「叶夜君。何も陰陽師と関わりの深い病院は一つじゃ無いわよ。」

 「…なるほど。で?何が分かった?」


 そう叶夜が聞くとメモしてきたらしいノートを取り出し説明しだす。


 「まず注目すべき点が一つ。彼は冷蔵庫に入れられたように徐々に冷凍された訳じゃ無い。急速に冷凍されたの。」

 「人間の急速冷凍?確かに人間業じゃ無さそうだけど。」

 「それだけじゃないわ。彼の着ていた服を調べたけど僅かに妖力を感知できた。間違いなく妖、それも大妖怪クラスの仕業よ。」

 「その心は?」

 「簡単よこれだけの事をしといて証拠を殆ど残さないのはそこらの妖では無理。少なくと八百年は生きている妖でないと。」

 「ほう?妖と言えどそこまで生きるのは容易でない。確かに大妖怪と言えるじゃろうな。我のように。」


 用意していた茶菓子のミニまんじゅうを口に入れながら玉藻が自慢気にその胸を張る。

 だが二人はそれを無視して会話を続ける。


 「凍らす事で有名な妖と言えば…雪女、とか?」

 「確かにそれが有名どころね。ただこれだけの力を持った妖がいたなら上の方から情報があるはずなのだけど…残念だけど雪女でそこまでの妖は。」

 「知っているぜ。一人な。」


 そう言って割り込んできたのはミニまんじゅうを口いっぱいにして喋れなくなっていた栄介であった。


 「何か知ってるの?」


 チーノウヤの一件以来、栄介の評価を少し改めたのか当たりが柔らくなった八重。

 ちなみに玉藻も鼬呼びは変わらないが前みたいに無視することは無かった。


 「ああ、噂だがな。何でも千年も生きてる雪女が全国を渡って何かを探しているってな。」

 「初耳よそれ。…上は何してるのよ。」


 聞こえないのを良い事に上への愚痴を零す八重。

 それをフォローしたのは栄介であった。


 「まあ仕方ねえと思うぜ、そいつ今まで【表世界】で悪さした事ねぇみたいだしな。」

 「?だったら何しに全国を回ってるんだ?旅行趣味?」

 「分からねぇ、分かっているのは奴が人間に手を出したのはコレが初めてだ。」

 「…初犯であろうと常習犯だろうとここまでの事をされた以上黙っている訳にはいかないわ。」


 八重はそう立ち上がると叶夜に決定事項を告げる。


 「幸いにも明日からゴールデンウイークよ。遠くに行かない内に行動するわよ。明日から捜索開始で集合場所は叶夜君の内の前で。」

 「了解。は~けど長丁場になりそうな予感がするな。」



 「…すぐに居場所は見つかったな。」

 「…ええ。居場所は見つかったわね。」


 二人は【裏世界】の住宅街に突如そびえる吹雪いている雪山を見上げながら確認しあっていた。

 確かに雪女といえば山が有名だろうがこれだと明らかにいますよと言っているようなものである。


 「そもそも何でこんな住宅街に雪山がそびえているのさ。」

 「ん?言うておらんかったか?ある程度力をもった妖であるなら地形などをいじって自分の狩場にできるのじゃ。それに我と初めて会った場所もそこにあるはずの無い神社じゃったろう?」

 「ああそういえば。」


 そう話しつつ三人は雪山のテリトリーの一歩手前まで到着した。

 栄介は寒いのは苦手なのか雪山を見た途端に札に籠った。


 「いい叶夜君、ここからは雪女の狩場よ。付かず離れずを意識してね。玉藻前もよく護衛しなさいよ。」

 「分かっとる。二度も同じ轍は踏まん。」

 (何だろう二人が言えば言うほどフラグが立つような…。)


 叶夜が一抹の不安を感じてる事など知らず八重は指示をしだす。


 「いい?奇襲があるかも知れないから入るのは同時によ。」

 「ふむ。三人同時にじゃな。」

 (アレ?不安が増して…)

 「行くわよ。三・ニ・一・ゼロ!」


 それと同時に三人が入ろうとして叶夜だけが雪山に入った。

 …そう叶夜だけが。


 「アレ?」


 叶夜が隣を見ても二人がいない事に気付き後ろを見てみれば二人とも鼻を擦った状態でまだ外にいた。


 「カウントダウンの意味は!?」

 「ち、違うのわざとじゃないの!?何故か弾かれて!?」


 そう言いつつ八重は肩からタックルするが確かに壁のようなモノに弾かれているのが分かる。


 「玉藻もか?」

 「うむ。止めよ陰陽師娘、これは単なる結界では無く概念を付与した結界じゃ。そう簡単には崩せん。」

 「概念?」

 「分かりやすく言えば特定の者しか入れないようにしとる訳じゃな。」

 「ハァ…ハァ…とにかく一度戻って来て。一人でいるのは危険よ。」

 「ああ分かっ、た!?」


 叶夜が戻ろうとすると何故か八重のように弾かれてぶつかった鼻を擦る。


 「どうやら帰す気は無さそうじゃのう。」

 「…そのようね。…ごめんなさい叶夜君。どうにかするまで周りを見てきてくれる?」

 「…分かった。」


 不承不承ながら叶夜はこうして一人で雪山を探索する事になったのだ。



 「…もう無理。」


 そう言って叶夜は雪の中に倒れる。

 二人を見れる位置で止めておこうとしていたのだが突如強くなった吹雪によって前後すら分からなくなってしまったのだ。

 限界まで歩いていた叶夜であったが体力が尽き果てもう一歩も指先一つ動けなかった。

 意識が薄れゆく中で最後に叶夜が見たものは和服を着た女であった。

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