第十三幕 疾風―トラップ―

 「…ともかく覚悟する事ね鎌鼬。逃げられないわよ。」

 「下手に逃げたら死ぬよりつらい目に逢わされると思うぞ。」


 玉藻の怒りはともかくとして八重は札を取り出し戦闘態勢に、叶夜は玉藻に近づきいつでも玉藻の【怪機】に乗れるようにする。

 二人とも哀れな生贄を見るような目で鎌鼬に降伏を進める。


 「グ、ググ…そ、そんな脅しで俺の芸術が止められると思うなよ!」


 そう鎌鼬が言うとその体が光輝いていき巨大化していく。

 そして現れたのは先ほどの姿と殆ど変わらないが鉄の体となった【怪機】の鎌鼬である。


 「俺の芸術は誰にも止められねぇぜ!!」


 そう言って無理やり結界を突破しようとする鎌鼬であったが。


 「ガッ!!」


 【怪機】となった姿でも結界を突破するには至らなかった。


 「な、なんだこの結界!【怪機】となった俺の刃でも突破出来ねぇ!?」

 「そりゃそうじゃ。その結界は変態鼬を捕まえるため陰陽師娘と我が作り上げた結界じゃ。…逃げ切れると思わぬ事じゃ。」

 「そんなに笑顔で言うなよ、こっちが怖い。」


 満面の笑みを浮かべる玉藻に距離を置きたい叶夜であったが近づかない訳にもいかないので苦情で済ます。


 「ハァ…叶夜君。とにかく玉藻前の【怪機】に乗り込んで。手早く済ませるわよ。」


 八重は先ほどとは別の札を取り出し天高く掲げる。


 「顕現せよ!法眼!」


 そう八重が高らかに言うと八重の陰陽機である法眼が光と共に現れる。

 そしてまた別の札を取り出し自分に張ると八重は法眼のコックピットへと移動した。


 「さぁ!叶夜!我らもやるぞ!あの鼬に格の差を!そして我の『ふぁしょんせんす』を認めさせてやるのじゃ!」

 「…何だかとてもやる気が薄くなってきたんだけど。しょうがないか。」


 そういって叶夜は玉藻に触れると玉藻の体が光輝き【怪機】となった。


 「フフフ。鼬、年貢の収め時じゃぞ。今すぐ我への暴言を謝罪するなら手加減を考えてやらんこともないぞ。」

 「どの道やられる事には違ねぇのかよ!あとさっきのは一般論だぜ露出狐!」

 「よし!その魂ごと灰にしてくれるわ!!」

 「え!?ちょっ!玉藻!?」


 そう言って玉藻は叶夜の思考とは別に動き出し足長手長の時に見せた《狐火・炎哭》を前とは比較にならない威力で繰り出す。


 「ウオ!危ねぇ!」


 だが鎌鼬は持ち前のスピードを生かしてギリギリのところで回避する。


 「小癪な!ならこれはどうじゃ!《狐火・鳳千花》!」


 玉藻から大きな火球が飛び出し一定距離進んだ所で爆発し無数の火球が方々に散る。

 確かにこれなら逃げ場は無く鎌鼬にも火球が降り注いでいく。


 「しゃらくせぇ!!」


 しかし鎌鼬は自らの体を高速回転させると降り注ぐ火球をかき消してゆく。


 「っ!!…叶夜!もっと我の力を引き出せ!結界内を焼き尽くしてくれるわ!!」

 「そんないきなり言われて出来るか!!」

 「それにそんな事したらあなたは良くても私が持たないでしょうが!」

 「ウッ!?」


 叶夜と八重に双方に突っ込まれ言葉に詰まる玉藻は放っておき二人で作戦会議をする。


 「それにしてもあの鼬、思ってたより強いな。」

 「ええ、ただの変態鎌鼬じゃなさそうね。」


 その二人の話を聞いて鎌鼬は得意げに説明する。


 「そりゃそうよ。この鎌鼬の栄介、四百年生きて返り討ちにした同族や陰陽師は数知れず!元は九尾とはいえ三尾の狐の【怪機】とただの陰陽師の二機にやられるほど甘くはねぇぜ!」


 何故か四足歩行から二足歩行になり歌舞伎みたいに見得を切る鎌鼬の栄介。


 「…そんな鎌鼬が今や屈折した変態に。やられた奴が草葉の陰で泣くぞ多分。」


 叶夜が思わず思った事を口にするがそれに対し栄介はまるで教師の如く叶夜に言い聞かせる。


 「フ、お前もいつか分かる時が来るさ。男っていう生き物は何時でもどんな奴でも変態なんだ。一つの真理を追い求め追及し極める変態、それが男って奴さ。それが俺はたまたま女性の服を切り裂く事だった。…それだけさ。」

 「…なんだろ。人間が言ったらただの犯罪者の戯言だけど鎌鼬が言ったら何かカッコ良く聞こえる不思議。」

 「叶夜君!?騙されないで!アレはただの変態よ!?」

 「どうでもいいんじゃが我を揺らすのは止めよ陰陽師!気分が悪くなる!」


 栄介の言に微妙に感銘を受ける叶夜に八重は動揺し玉藻の【怪機】を揺らして目を覚まさせようとするが揺らされる玉藻はたまったものではない。


 「っな訳でここでやられる訳には行かねぇんだよ俺は!」


 そう言って栄介は自らを縦回転しながら二人に突撃していく。


 「「「!!」」」


 それに八重と叶夜、そして玉藻が気が付きその場所から離れる事によって突撃を回避する。

 だが栄介が通った後の地面には深い傷が残っておりその切れ味が如何なるものかは伺いしれた。


 「さすが鎌鼬。刃の切れ味は一流だな。」

 「感心は後よ叶夜君!次来るわよ!」


 栄介は円を描きながら引き返し今度は玉藻に狙いをつけて突撃する。

 叶夜は今度も避けようとするが足場が悪かったためかすぐには動けなかった。


 「叶夜君!!」


 八重は爆炎の札を取り出し栄介に投げつけるが高速回転する栄介には届かず風の刃でズタズタになる。

 栄介はスピードを落とさず玉藻にあと僅かまで迫る。


 「ええい!なるようになれ!」


 叶夜は刀を作り出すと鎌鼬を軌道を逸らすように刀を振るう。


 「!?」


 結果として刀は使い物にならない程ボロボロになったが玉藻はその装甲に傷をつくことは無かった。


 「ここ何日かで何回死にかけてんだ俺。」

 「叶夜君は戦い方がまだ荒いわ。もっと避ける先なんかも考えて動いて。」

 「…そんなに頭良くないんだよ。」


 そう言いつつ二人は再び合流する。

 栄介は少し離れた位置で止まり回転も止めて二人に対峙する。


 「やるじゃねぇか男の陰陽師。…いや陰陽師じゃねぇな。だったらその九尾が協力する訳がねえ。…何者だ。」

 「朧 叶夜。ただの高校一年生だが今は陰陽師補佐もやっている。」

 「へ。じゃあ改めて言うぜ。やるじゃねえか朧、俺の刃を逸らした奴は陰陽師でもそうはいなかったぜ。」


 すると栄介は玉藻に、いや叶夜にその指を突きつける。


 「おい兄弟!そんな狐や陰陽師に見切りをつけて俺と一緒に道を極めようぜ!変態という果てしない道をな!」

 「すみません遠慮させて頂きます。あと兄弟ではありません。」

 「丁寧な言葉で拒絶しやがった!」


 ショックを受ける栄介であったがすぐに立て直し叶夜を説得する。


 「そんな事いうなよ!お前には才能があるぜ!そう俺と同じドSの才能が!」

 「初めてだ。才能があると言われてこんなに殴りたくなったのは。」


 玉藻の【怪機】の中でワナワナと拳を震わせる叶夜。

 人の性癖を勝手に決めつけられたんだから当然といえば当然である。


 (随分と気に入られたのう叶夜。)

 (嬉しくない。それより八重、作戦の準備は出来たのか?)


 そう栄介の会話をしている裏で三人は念話を使い作戦を決めてその準備を行っていた。

 ちなみに今回の作戦立案者は叶夜である。


 (え?ええ勿論よ!?)

 (何でお主の方が動揺しとるんじゃ。)

 (そ、そういった話題は苦手なの!)

 (そうか…じゃ今度そっち方面の耐久特訓しなくちゃな。)

 (何でよ!!)

 (苦手を苦手のままにするのは良くないだろ?)

 (…性癖云々に関してはあ奴の見る目は確かかも知れんな。)

 「おいさっきから黙り込んでるんじゃねぇ!結局どうするんだ!」


 長い事放置された栄介が叫ぶ事によってようやく三人の頭が再び戦闘モードになる。


 「残念だが鎌鼬の栄介、これはこれで気に入ってるんでね。」

 「…そうかい。じゃあ死んでも文句言うなよ!!」


 そう言って再び栄介は縦回転を始める。


 (よし!じゃあ作戦開始だ!八重!)

 (任せて!)


 そう念話で会話すると八重は一枚の札を取り出し宙に放り出す。

 すると札から真っ黒な煙が生み出され結界内を包む。

 視界がゼロになり玉藻と八重を見失う栄介だがその顔には余裕があった。


 「ハ!煙幕ってか!?獣の妖の嗅覚舐めんじゃねえ!丸わかりだぜ!」


 栄介の言う通り視界がゼロになっても嗅覚によって大体の位置が分かっていた。

 特に玉藻の匂いは同族にとっては強烈に感じていた。

 その匂いが一か所に集まろうとしていた。


 「そこだ!!」


 そう言って栄介は最大速度で突撃をしていく。

 この一撃が決まり陰陽師と玉藻を倒す事が出来ればこの厄介な結界も解け栄介は再び芸術と言う名の変態行為を出来ると心の中で確信する。

 そんな栄介の心の中が読めていたのなら叶夜はこう返していたであろう。

 『捕らぬ狸ならぬ、捕らぬ狐の皮算用だな』と。

 その瞬間栄介の刃に何かが当たる感触がした。


 「はぁ!?」


 だがそれに栄介が気付いた時は遅かった。

 回転が止まりその何かに当たった所から何かしら引っ付いている。


 「な、何だ!?どうなってんだこりゃ!?」

 「上手く引っかかってくるれたわね。」


 八重がそう言うと黒い煙が消えていき徐々に視界がクリアになっていく。

 そしてそこで栄介が見たものは。


 「はぁ!?と、とりもちの壁!?」


 そうそこには粘着性が高い事で知られるとりもちで出来た巨大な壁が玉藻と法眼を守るように存在していた。


 「ま、動きが速くて触れられない相手なら絡め取ってしまおうと思って妖術で造り出した。悪く思うなよ。」


 そう言って壁の向こうから叶夜の声が聞こえると栄介は諦めたように抵抗を止める。


 「やるじゃねぇか兄弟。黒い煙で視界を潰したのは俺の動きを単調にして成功率を上げるためか?」

 「そういう事だな。あと兄弟じゃねぇて。」

 「フフ、やはりな。俺の見る目に狂いは無かったぜ。」

 「そんな事より鼬よ。覚悟はよいな。」


 そう言いつつ玉藻は火球を作り出していつでも栄介を焼き尽くす気満々である。


 「はっ!俺も男だ!やるんだったらさっさとやってくれや!」

 「ほう。良い覚悟じゃ。では遠慮なく。」

 「ちょっと待った玉藻。」

 「…なんじゃ叶夜。今からいい所なんじゃが。」

 「いやちょっと多分反対されるけど考え付いた事があって。」


 そう言うと八重の方に向き一つの質問をする。


 「なあ八重。式神って素人でも扱えるか。」

 「え?ええ術式さえ組めば後は…って叶夜君まさか!?」

 「そう。こいつを俺の式神にする。」

 「絶対嫌じゃ!!」


 叶夜の発現に反射的に反対する玉藻と開いた口が塞がらない状態の八重。


 「だいたい何でこの鼬なんじゃ!式神にするにしても妖は考えて選ばんか!?」

 「私も今回は玉藻前に同意見よ。なぜこの鎌鼬へんたいなの?」

 「いやだってこいつの性癖はともかく実力は見ての通りだし、スピードも速い。」

 「…つまり?」

 「これから先を考えたら【表世界】で情報を集めるのにも限界がある。そこでこいつが俺たちの使い走りになって【裏世界】での情報取集をして貰うって訳。」

 「…思ってたよりまともな考えね。滅するのが可哀そうと言うもんならひっぱたくところだったけど。」

 「待たんか陰陽師!我は嫌じゃぞ!こ奴と一緒に暮らすなんぞ!それにいつ同じことを繰り返すか…!!」

 「ああ、その辺は大丈夫よ。術式に勝手に動いたらこいつの内側から爆発するように仕込むから。」

 「だいぶエグイな!!」

 「ま、ま、待て陰陽師!」


 最早栄介を式神にするのは決定のような流れに玉藻が待ったを掛ける。


 「いくら術式が良くても素人である叶夜に式神の扱いはまだ早いであろう!扱いを間違えて殺されるやも知れんぞ!」


 その玉藻の発現に今まで黙っていた栄介が食って掛かる。


 「バカにすんじゃねぇぜ九尾。この鎌鼬の栄介、助けて貰った恩を仇で返すなんて卑劣な真似は絶対にしねぇぜ。」

 「女子の服を切り裂くのは卑劣では無いと!?」


 栄介は玉藻のツッコミを無視して叶夜の目を見て確認する。


 「それよりいいのかい兄弟。一度は殺そうとした俺を式神なんかにして。」

 「まあなってから殺そうとするのは問題があるけど。これまでの事は式神になるんだったら水に流すよ。」

 「フ、思ったより器が大きい男だったようだな兄弟。いや兄貴。」

 「…兄弟もいやだけどお前から兄貴って呼ばれるのも凄い嫌だな。」

 「ええい!我を無視するでない!大体【裏世界】での情報収集なら我に任せれば良いではないか!」

 「いや、無理だろ。」

 「無理でしょ。」

 「無理だな。」

 「なんじゃ急に一つになって!ぐれるぞ!我ぐれるぞ!」


 叶夜、八重、栄介の重なった声に反論する玉藻であったがついには八重ですら無視をしだす。


 「はぁ…そこまでしっかりした理由があるなら止めはしないわ。けど手綱はちゃんと繋いといてよ。」

 「ま、努力するよ。」

 「心配すんな陰陽師の姐さん!おとこ栄介、兄貴のためなら情報収集だろうが特異な性癖の相談だろうが纏めて面倒見てやるからよ!」

 「…やっぱり少し早まったかな。」

 「我の話を聞かんかぁぁぁぁぁぁ!!」


 その後、玉藻の機嫌は夕飯のカレーうどんを食べると少しは良くなったという。

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