第十二幕 鎌鼬―デコイ―
―鎌鼬。
日本に伝わる妖、そしてそれが引き起こす現象の名である。
地方によっては飯綱や野鎌など様々な名によって呼ばれる妖。
そしてその名の数の如く通説があるが共通しているのは刃物で切られたのような怪我を負うが血は出ず同時に痛みは無いというもの。
現在においては真空によって生じる傷というものが通説とされてもいるがそれを否定し気化熱によって皮膚が切れる生理学的現象とするという説もあるが立証はされていない。
今では冬の季語とされる身近な名でもある。
「…ホントにニュースになってるよ。」
叶夜はグツグツと煮込まれているカレーが入った鍋をかき混ぜながらスマホでネットニュースを覗いていた。
曰く、その事件は一週間前から夜に四件起こっているらしい。
被害者は必ずといっていいほど若い綺麗な、あるいは可愛らしい女性であり奇妙な事に衣服のみを切り裂かれるというものである。
流石に写真などは掲載していなかったが記事によれば怪我などは一切なく服やスカートなどが見るも無残な姿になっていたとされている。
警察も変質者の仕業として動いているが目撃証言などの証拠が全く無いため捜査は難航している模様である。
直前に突風が吹いてたと証言もある為ネットでは現代の鎌鼬の仕業と噂されている。
「これで鎌鼬の仕業じゃなかったら酷いとばっちりだなホント。」
「まあじゃが犯人は鎌鼬で間違いないじゃろ。」
叶夜の呟きを否定し後ろから特有のいい匂いがするカレーが煮込まれている鍋を覗き込む玉藻。
「同じ妖怪が言うと説得力が半端ないな。」
その位置だと背中に玉藻の色々な箇所が背中に当たるため止めて欲しいと思いつつも言えば必ず
「たわけ、このような変態と一緒にするでない。」
珍しく不機嫌になりながら玉藻は叶夜に対し文句を言う。
流石にこのような事をしでかすような輩を同族とは言われたくないらしい。
「で?そう言い切るからには根拠があるんだろうな。」
「無論じゃ。帰り道に被害現場を通ったじゃろ?」
確かに近くだった事もあり帰り道に最近の被害現場に寄ってみたが警察が居たために碌に現場を見る事はできなかったが玉藻にはそれで充分だった模様である。
「臭いほど匂ったわ、発情した獣の匂いがな。」
「…大妖怪がそう言いのけるんだから間違いないんだろうな。」
得意げになる玉藻を横目に叶夜は別の事を思っていた。
(服装だけ見れば変態度は玉藻もその妖の事言えないけどな。)
玉藻の服装は『これって和服?』と言えるような露出度である。
これが玉藻に聞かれていたなら大揉めは間違いなかったであろうが現在玉藻は尾を振りながらカレーに興味深々であるためその心の声が聞かれる事は無かった。
「それにじゃ、今頃あの陰陽師娘が調べとるじゃろ。」
「…それが一番心配事なんだけどな。」
調べ物があると言って叶夜らより先に帰っていた本職の陰陽師である八重ならばそうするであろうと叶夜も思うが狙われる対象ど真ん中であろう彼女にあまり無理はしないで欲しいと思う。
そんな思いを知ってか知らずか…多分知りつつ玉藻は笑いながらその心配を否定する。
「ん?なんじゃ。愛しの彼女が心配かのう?」
「…晩飯抜きにすんぞ。」
「わ、我は何も言うとらんぞ!ほ、本当に!」
「ハァ…。」
仮にも人を化かすのが本業の妖がこんなに分かりやすい嘘をついていいものかと思いながら大分仕上がってきたカレーに叶夜は我が家秘伝の隠し味であるコーヒーを入れる。
大量に作られたカレーであるがどうせ玉藻がたくさん食べるであろうと叶夜は思っていた。
(余ったら出汁で引き延ばしてカレーうどんにしても良いしな。)
と思いつつ焦げ付かない様に回し続けると玉藻が我慢しきれない様に言う。
「そ、そんな事よりも!叶夜!その『かれー』とやらはまだかの!?良い匂いが充満しとるんじゃが!」
「もう少しだから大人しく待ってろ。…あと引っ付くな熱い。」
ついに我慢しきれずそう言う叶夜であるが玉藻は少し考えた後に。
「人間はこういう時に確かこう言うんじゃろ?『当てとるんじゃよ。』。」
「…ハァ。」
玉藻にため息を吐きながらも叶夜は彼女の為に大盛りのカレーを皿に盛るであった。
「この一連の犯行はやはり妖によるものよ。」
翌日の放課後、【妖怪研究同好会】の部室にて信二が居ないのを確認してからの八重の開口一番がその言葉であった。
置かれた机に荷物を置くと八重は叶夜の対面に座る。
「昨日、事件現場を見て回ったけど妖の仕業っていう証拠がゴロゴロしてたわ。その事と被害者の供述で風が吹いていたとある事から見ても妖は鎌鼬、あるいはそれに類する妖ってなるわね。」
「ああ、昨日俺も寄ってみたら玉藻もそう言ってたよ。」
「…まあ当然ね。ところで佐藤君は?」
「あいつなら正式に同好会設立の手続きをしに職員室に行ったよ。…これだけでもあいつに部長を押し付けた甲斐があったな。」
フフと笑う八重であったがその顔は学生から陰陽師のものと切り替わる。
「真面目な話、深刻な問題よ。怪我が無いとはいえ人的被害が既に四件。もうこれは笑って済ませられる問題じゃない。」
「…だな。」
実際今は服を切り裂くだけで済んでいるがいつこれ以上の被害が出ても可笑しく無い。
「で、どうするつもりなんじゃ?【裏世界】で手当たり次第に探すのか?」
「…そんな事してたら何日かかるか分からないわよ。」
ある意味大妖怪らしい玉藻の発現に呆れながら八重はため息を吐く。
「鎌鼬が【表世界】に居る時に補足しないと捕まえるのは難しいでしょうね。」
「そんなに都合よく行くか?文字通り風に乗って動くような奴を。」
「その辺は問題ないわ。昨日の内に捕らえる準備をしてきた。」
「それは流石じゃが、問題はどうおびき出すか。じゃろ。」
「…悔しいけどその通りよ。幾ら準備してもその場に鎌鼬が居合わせなければ意味がないわ。」
玉藻に痛い所を突かれ頭を悩ませる八重。
だがその八重に叶夜が不思議そうに声を掛ける。
「そう悩む事か?何処に来るか分からないならおびき出せばいいだろ。囮で。」
「…簡単に言うけど叶夜君。どう女子生徒に囮を頼むの?わざわざ服を切り裂かれたいなんて子はいないわよ。かと言って他の女性の陰陽師を呼んだら時間が…。」
「は?いやいや。いるだろ引き受ける女子生徒で事情を知っている奴が。」
「だ、誰なのその子!?」
八重が身を乗り出して叶夜に接近する。
突然八重の顔がアップになり驚く叶夜であったが八重に指を指す。
「ん?」
八重が後ろを振り向くがそこには当然誰もいない。
となると叶夜が指し示す相手は一人しかいない。
「…え?私?」
そう八重が思わず吐いた言葉に叶夜は大きく頷く。
「む、むむむむむむむ無理よ!」
すると八重は顔を真っ赤にしながら叶夜を否定する。
「は?何で?」
「に、ニュース見たでしょ!?被害にあった子はみんな容姿が優れていたのよ!?」
「どの面下げて言ってんだお前は。」
そう真顔で八重に突っ込む叶夜。
実際、八重が容姿が優れていないのであったら殆どの女性が優れていない事になってしまうだろう。
「あ、あう…。」
更に煙を上げそうなほど顔を赤くして最早言語化不可能になってくる八重。
「か、叶夜君は…私の事…その…か、可愛いと…思う?」
そう照れくさそうに問う八重に対し叶夜は真顔で答える。
「ん?まあそりゃそうだろ。あ、可愛いよりは綺麗寄りだと思ってるけどな。」
「…。」
そう言われた八重は黙って机に突っ伏してしまう。
「…どうした?お前ぐらいになれば他の奴らからも言われ馴れてるだろ?」
「…無いの。」
「え、何?」
「だから、異性にそんな…容姿を褒められる事なんて一度も無かったの。」
「はぁ?いやいやそれは嘘だろ?」
そう否定する叶夜であったが八重は突っ伏したままボソボソと口を開く。
「嘘じゃ無いわ。今まで陰陽師として褒められた事はあってもその…女性として褒められた事は…無いわ。」
「マジか。」
よっぽど陰陽師らが戦闘民族なのか容姿に優れた者が多いのか、はたまた見る目が無いのか。
そう思わざるえない叶夜であったが未だ突っ伏したままの八重を見て徐々に自分も恥ずかしくなってくる。
気まずい空気が場を支配するがお互い何と言えば分からないまま時間が過ぎる。
この青春らしい雰囲気を壊したのはやはり大妖怪玉藻であった。
「…で、いつまで我はお主らのいちゃいちゃを見せつけられるんじゃ。」
「「イチャついて無い!!」」
そう二人で突っ込むが今回の件に限ってみれば多くの者が玉藻に頷くだろう。
「こ、コホン。と、とにかく私が囮をするのは問題ないわ。」
未だ顔が赤いままであるが取り敢えずは回復したのか八重が仕切り直す。
「じ、じゃあ作戦は出没すると言われる八時に。集合は一回家に戻って七時で…ああそれと渡す物があるから大きな袋を用意しといて。」
「分かった。」
「なあその囮なんじゃが…我がやってもよいぞ。」
「…玉藻が?」
「そうじゃ、我とてこの変態を捨て置く気は無いしのう。化けるのは狐の十八番じゃし。」
「…悪くないわね。」
確かに玉藻であれば容姿という面も問題は無い。
問題があるとするならば。
「…ところでだ玉藻?恰好、というか服装はどうするつもりなんだ。」
「無論これと同じ和服じゃが?」
「「…。」」
叶夜と八重は顔を見合わせると図ったの如く同時に頷く。
「やっぱり囮は私がやるわ。」
「ああ、頼んだ八重。」
「な、なんじゃ二人して!!我の容姿に文句でもあるのか!?」
「いや、容姿は問題ないけど…なぁ。」
「ええ、その…衣装が…言いずらいけど…露出過多すぎて…切られるところが…。」
「何じゃと!!」
二人の言葉にショックを受ける玉藻。
以前にも言われたというのに何故再びそこまでショックを受けれるのか叶夜は不思議であった。
「あ、妖の中では普通なんじゃて!ほ、ホントじゃぞ!そ、それに今どきは『こすぷれ』とやらが流行っておるんじゃろ!似たようなものじゃろ!」
「「…。」」
「黙るなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
玉藻の言い訳は信二が戻ってくるまで続くのであった。
その獣は今日も暗闇に紛れて獲物を待つ。
ただジッと。
夜の帳が落ち一人で歩く女性を。
すると歩いてくる音がする。
獣がその姿を見て舌なめずりをする。
今までに比べても極上の獲物である。
獣はすぐさま一陣の風となって獲物に襲い掛かる。
その獲物は気づく事無く服を切り裂かれる。
「!?!?」
だが獣はすぐさま異変に気付く。
切り裂いた感触に違和感がある。
獣が獲物を見ると服の下に切れなかった服が見えている。
罠だと気づいた獣はすぐさまその場を去ろうとするが。
「!?」
壁にぶつかったような衝撃に獣は思わずその姿を現す。
同時に周りが【表世界】から【裏世界】へと切り替わる。
「随分簡単に引っかかってくれて嬉しいわ鎌鼬。」
「…チィ。陰陽師か。しくじったぜ。」
そう言葉を発した獣は体のあちらこちらに刃があった。
獲物、いや八重は切り裂かれた服を脱ぐとそこには陰陽師としての服装である狩衣のようなが姿を現す。
この衣装は普通の糸で織り込まれたものでなく陰陽師の技術が詰まった防刃に優れた戦闘服である。
「ホントにな。何日か張り込まないとって思ってたのに。」
そう言って現れたのは同じ衣装に身を包んだ叶夜であった。
『補助とはいえ陰陽師として働くのに普段の恰好じゃ心許ないでしょ。』と言って八重が渡してきた物である。
「そうじゃのう。見事に結界にて捕らえる事ができたしのう。」
と玉藻が張り込み用の菓子パンを食べながら現れる。
「…ここまでよ変態鎌鼬。大人しく滅っられなさい。」
「変態?…それは違うね陰陽師。俺は芸術家さ。」
「いや芸術って。服を切り裂いてただけじゃん。」
そう叶夜が突っ込むが鎌鼬はチィチィチィと指を振りながら否定する。
「若けっな男の陰陽師。俺が言う芸術って奴は服を切り裂かれた女の顔の事だぜ。」
「ん?どういう事じゃ?」
玉藻が問うと鎌鼬は高らかに犯行の理由を語る。
「分かるか?服を切り裂かれた時の女の表情。何が起こったか分からない恐怖心と服が切れて素肌が露わになった事実による羞恥心が織り交ざったあの何とも言えない表情!…ああ思い出しただけでゾクゾクするぜ!なぁ!お前さんも男なら分かるだろ!」
「いや?一切分からん。」
「…。」
あまりにズバッと否定されたために鎌鼬は黙り込むが復活すると同情するような顔で言う。
「フ、いつかお前さんにも分かる時が来るさ。いつかな、なあ兄弟。」
「勝手に兄弟にするな。その時は多分来ないから。」
「絶対とは言わんのじゃな。」
そんなやり取りをしてると焦れたのか八重が咳払いして話題を戻す。
「…鎌鼬、如何なる理由があろうとここであなたは滅します。」
「そうじゃのう。この服が切り刻まれる前にさっさと終わらせようかのう。」
「いや狐お前のはねぇわ。」
「…。」
場が凍った気がするほどの冷たさが叶夜と八重に襲い掛かる。
その空気に気付かないのか鎌鼬は言いたいことを言う。
「大体なんだその服、いやもう服じゃねえなただの布だぜ布。羞恥心の欠片もねえじゃねえか。花魁だってもうちょい慎みがあるぜ。同じ妖として恥ずかしぜホント…!?」
空気が重い。
比喩的な意味でなく文字通りに。
玉藻が放つ威圧がズシンと鎌鼬を含めた三人に襲い掛かる。
「フフ…よくもこの玉藻前に恥をかかせたのう。鼬の分際で。」
「い、いやその…。」
鎌鼬が自分が貶した相手が何者か知り慌てるが時既に遅し。
「叶夜、そして陰陽師。我が許可する!こ奴を一片も逃さず消滅させよ!!」
((服装に関しては自業自得な気が…。))
そう二人は思いつつ、そして鎌鼬に少し同情しながら戦闘準備を開始するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます