第十一幕 噂話―アフィニティー―

 ―それは暗い夜の日曜日の事。

 ある女子生徒はその日、部活の終わりが遅くなり帰宅の道を急いでいた。

 ふとその女子生徒は誰かに付けられてるような気がして後ろを振り向くがそこには誰もいない。

 気のせいだと思ったが気味が悪くなり再び家へ急ごうとした時、強い一陣の突風が彼女を襲う。

 急に襲い掛かった突風に驚くが女子生徒は気にせず歩こうとした。

 だが突然、反対方向から来た帰宅するサラリーマンが彼女を見ると驚いて声を出す。

 不思議に思い彼女が自身の体を見ると。


 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ―少女の絹の裂くような声が夜の住宅街に響くのであった。

 


 「…のう、叶夜。いい加減機嫌を直せ。」

 「…。」


 雨がしとしと降る憂鬱な月曜日。

 叶夜はいつもの通学路を玉藻の言葉を無視しながら歩いていた。


 「…のう叶夜。悪かったと言うとるじゃろ?」

 「悪いで済むか。お陰で無駄にもう一日病院で過ごさなくちゃいけなくなったんだからな。」


 叶夜が玉藻に怒っているのは先日の土曜日の事件。

 八重の服を剥ぎそのせいで混乱した彼女が叶夜に全力のビンタを繰り出して気絶した事によりもう一日病院で過ごさなければならなくなった件についてである。

 叩いた本人からは何度も謝られたがお陰で宿題や家事を日曜日の限られた時間でしなければならなくなった。


 「…じゃから『かみしもを脱いで』と言う言葉が比喩的な意味じゃと思わんかったんじゃて。」

 「寧ろ何で直接的な意味だと思った!?お前生まれてきてこれまで何学んできたんだよ!!」

 「自慢では無いが興味のある事しか学んでおらん!!」

 「本当に自慢になるかバカ狐!!」


 傍から見れば叶夜一人で道路で騒いでるだけなので周囲の目が痛いがそれを気にする余裕は今の彼には無かった。


 「我じゃて被害を受けとるんじゃぞ。叶夜が昨日も我の夕餉を作らなかったもんじゃからもう腹が減って減って。」

 「…ハァ。もういいや、もうしない事と改めて八重に謝るのを誓ってくれるなら今日はちゃんと晩御飯作る。約束だ。」

 「しょうがないのう。やれやれ全く我が儘なものじゃのう。」

 「…この女が大妖怪でなければ。」


 拳をワナワナと震わせるが必死に我慢する叶夜。

 玉藻と喧嘩をしても負ける事は目に見えている。

 いつか必ずこの怒りをぶつけてやると誓いながら叶夜は先を歩いていた信二を見つける。


 「…よ、信二。」

 「お!誰かと思ったら時の人の叶夜じゃねぇか!中々隅に置けないなお前も!」

 「は?時の人?どうしたついに頭が壊れたか?」

 「隠すな隠すな。むしろ誇っていい事なんだぜマジな話。」

 「は??」


 どうにも叶夜と信二の会話が噛み合っていない。

 信二が暴走するのは時々ある事ではあるがここまで話が噛み合わないのは久しぶりだと叶夜は思う。


 「…あのさ信二。本気で何言ってる意味が分からないんだけど。」

 「?何ってこれだよ、これ。」


 そう言って信二はスマホを取り出すと一つの画像を取り出す。


 「…は!?」


 そこには病院から出ていく叶夜に八重が頭を下げて謝っている画像であった。


 (しまった。早く帰りたくて全然周囲の事とか考えてなかった。)

 「あ、あ~。信二、これはな。」

 「隠すな隠すな!俺には全部解ってる。叶夜、お前は…。」


 ゴクリと叶夜の喉が鳴る。

 別段叶夜は玉藻の事がバレても問題無いと思ってるが八重の事やこれからを考えればバレるのは不味いと緊張が襲っていた。


 「襲われている彼女を我が身を顧みず助けたんだな!」

 「……は?」


 思っていたとは違う方向の発言に思わず叶夜から間抜けな声が出てしまう。

 その後信二の発言を聞く限りでは噂は。


 八重が質の悪い男たちに絡まれる。

      ↓

 そこに通りがかった叶夜が間に入る。

      ↓

 乱闘になり傷を負いながらも辛くも男たちを退ける。

      ↓

 八重が病院に連れて行き謝るところで写真が撮られる。

      ↓

 二人は両想い。


 といった流れのようだ。



 (いや、何でだぁぁぁぁぁぁ!!!)


 叶夜は心の中で絶叫する。


 (ふむ、面白い。いや面倒な方向に話がねじ曲がっとるのう。)

 (今言い切ったよな!面白いって!)


 玉藻に突っ込みを入れながらもどうしてこうなってしまったのか叶夜は考える。

 確かに妖の事や陰陽師の事がバレるより圧倒的に平和な着地点なのかも知れない。

 だが最後の一つはどうしてそうなったのかが全く分からないと頭を抱える。

 考えれば邪推したコメントの投稿が拡散した結果であろうがそれを考えつくには今の叶夜には冷静さが足りなかった。

 そんな叶夜の心中も知らず信二は一人納得している。


 「うんうん俺は応援してるぞ。初見で見た時からお前らはお似合いだと思ってたしな。」

 「い、いや信二?怪我をしたのは事実だがな…。」

 「それに他の奴らの話も聞いたけどそこまで出来事があるなら付き合うのはしょうがないって意見が大半だぞ!学園公認カップル誕生だな!」

 「え!?だ、だからな信二。俺たちは別に…。」

 「安心しろ!同好会でも二人きりになれるよう空気読んでやるからさ!」

 「空気読む前に人の話聞けよ信二!だから別に付き合って…!」

 「じゃあ俺、先に行くからな!おっ、そうだ!放課後、龍宮寺と一緒に時間空けといてくれよな!じゃ叶夜、放課後でな!」

 「ちょっ!まっ…!」


 叶夜が止める間もなく信二は一足早く学校へと急いで行った。

 彼を止めようと伸ばした手が空しく空を切る。


 「人の話を聞かん奴じゃな。」


 その通りではあるがそれを玉藻が言うのにイラッとする叶夜はチクリと一言を言う。


 「…どっかの誰かと一緒だな。」

 「ん?他にも居るのか?」

 「っ~~!!」


 ここが【裏世界】であったなら思いっきり叫べるのにと思いながらも全力で叫ぶのを我慢する叶夜であった。



 「「はぁ~…。」」


 時は巡り放課後。

 教室には既に生徒は叶夜と八重の二人しかおらずため息のシンクロは聞かれる事は無かった。

 二人とも精も根も尽き果てたように机に突っ伏していた。

 何せ二人とも朝から例の噂話の件で質問攻めであった。

 しかもほとんどが好意的な反応であった為に反論しづらかった上に八重が不用意に『叶夜君』と呼んだ為に噂に拍車が掛かってしまった。

 それはもう凄まじい反応で高梨の射殺すような視線が全く気にならない程であったと叶夜は思い返していた。

 しかも。


 「何じゃ二人とも。もう疲れたのかのう?若いのが情けない。」

 「…八重さんや。どうにか五月蝿い野獣を黙らせる方法は無いか?」

 「…それが出来たら苦労はしないわよ叶夜君。」


 それに付随ふずいして事の元凶が無意識に煽るために二人の精神はボロボロであった。


 「お、二人ともちゃんといたな!」


 そんな二人を教室に入って来た信二が発見する。


 「…悪い信二。今日は疲れたから早く家に帰りたいんだが。」


 その叶夜の言葉に大きく頷く八重。

 凄腕の陰陽師であっても恋路という人参を目の前にぶら下げられた年頃の女子の波状攻撃には耐えかねたようである。


 「まあそう言うなって。二人ともちょっとこっち来い!」


 そう言って信二が歩き出すのに合わせ二人はフラフラになりながら付いて行く。

 途中で他の生徒たちがこちらを見て噂しあうのを感じながら三人はある部屋の前につく。


 「じゃじゃ~ん!」

 「いや、じゃじゃ~ん。って言われても。」

 「此処ただの部屋じゃない?」


 二人がそう言うのに対して信二は笑みを浮かべながらその部屋の扉を開ける。


 「それが今日から此処は我々【妖怪研究同好会】の物となったのだ!」

 「「はぁ?」」


 二人は改めてその部屋を見渡す。

 少し埃ぽいが十分に活動が出来そうな上に何やら古そうな資料が本棚に並んでいる。


 「おい、どうしたんだよこの部屋。って言うかマジで作ったのかよ。」

 「マジに決まってるだろ?まあ少し話は長いんだが…。」


 本当に長くなった信二の話を纏めるとつまり部員一人の文芸部の先輩を説得し部室と顧問を丸ごと頂いたらしい。

 顧問の谷田貝先生(五十三歳・男性)も快く引き受け僅か数日で【妖怪研究同好会】の部室が誕生したのである。


 「…はぁ。何と言うか、無駄に高い行動力だな。」

 「そう褒めるなよ。照れるじゃんか。」

 「佐藤君。褒められてないわよ。」


 そう会話しつつどうこの件を断ろうかと叶夜が考えてる時であった。


 「…けどいい部室ね。気に入ったわ。」

 (はぁ!?)


 八重のまさかの肯定的な意見に内心で驚く叶夜。


 (どういうつもりだよ八重。)


 という視線を叶夜が送り続けているとそれを察したのか八重は叶夜の肩を叩き外へ誘う。


 「佐藤君?ちょっと叶夜君をちょっと借りてもいいかしら。」

 「勿論。なんだったらプレゼントしてもいいぜ。」

 「…二人揃って人を物扱いすんな。」


 そう言いつつ八重と一緒に部室を出る叶夜。


 「…でどういうつもりだよ。まさか本気で妖怪研究したい訳じゃないだろ陰陽師さま?」

 「別に本気で部活動がしたい訳じゃないわ叶夜君。」


 お互い周りに人がいないのを確認して上で八重が防音の札を張ってから二人は本音を語りだす。


 「けどここなら隠れ蓑に十分だと思ったから受け入れただけ。」

 「隠れ蓑?」

 「そう。」


 叶夜の言葉に頷くと深く、それはもうとても深くため息を吐いた。


 「噂の一件は予想外だったけど真実に至ったものでは無いから別にいいわ。それより問題はこれから先も行動を共にするからには噂は途切れないでしょう?最初はよくてもこれから先、疑う人も出てくるでしょうね。」

 「それはまあ…そうだな。」


 陰陽師としての仕事がどれほどの頻度かは叶夜には分からなかった。

 だがその度に噂になれば仲を疑う者も出てくるだろう。


 「けれど一緒の部活に入っているのなら?噂は軽減されるでしょうね。」

 「…そう簡単にいくか?」

 「飽くまでも軽減よ。この間のようなミスはもうしないわ、周りに人がいれば気づく。」

 「それを補助するための予防線って所か。」

 「まあそうね。それにこの同好会は全くの無駄にはならないわよ。」

 「何で?」

 「…恥ずかしい話なんだけどね。」


 そうため息を吐きながら八重は陰陽師の裏事情を話す。


 「上から討伐指令が下りるのは凄く遅いの。それこそ自分の足で探した方が速いぐらいには。」

 「ああ、だからここで情報を集めて先に動こうと。」

 「ええ、噂話には事欠かないでしょうね。」

 「…分かったよ俺も入る。玉藻もそれでいいだろ?」

 「ん?我は最初から異論は無いぞ。」

 「よし。…ああそう言えば。」


 玉藻の了解を得てから部屋に戻ろうとする叶夜であったが何か思い出したように八重の方を向く。


 「済まないな八重。こんな冴えない男と付き合ってるなんて噂が立って。迷惑だったろ?」

 「め、迷惑ってほどじゃ無いわ。それにそこまで冴えなくは…(ボソッ)。」

 「ん?」

 「な、何でもないわ!さ、佐藤君が待ってるから早く入りましょう!」

 「あ、ああ。」

 「…青いのう。」


 二人の様子を見て玉藻はそう呟くのであった。



 「さて!改めてここに【妖怪研究同好会】が結成された訳だが!」


 部長である信二が指揮を執りつつ初の同好会の活動が始まる。

 本来ならば妖に詳しい叶夜か八重が成るべきであろうが二人とも辞退したため信二がなし崩し的に部長になった。


 「っても今日はもう帰るしか無くね?もう下校時間近いし。」

 「まあそうなんだが。明日の話し合うテーマを簡単に話しておこうと思ってな。」

 「?と言うからにはもうテーマが決まってるの佐藤君?」

 「ああ、ここ最近騒がれてる事件を話し合おうと思ってる!」

 「「事件?」」

 「そう題して!」


 信二が備えられていたホワイトボードを裏返して既に大きく書かれたテーマを発表する。


 「怪奇!女性の服のみを切り裂く謎の鎌鼬を追え!だ!」

 「「…はい?」」


 本日何度目になるか分からない二人のシンクロが部室内に重なり合うのであった。

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