第十幕 落着―フォロー―

 叶夜が目を覚ましその視界に入って来たのは木材の天井であった。


 「…ここは?」


 思わず某有名アニメのセリフが出て来そうになるがどのような状況かも分からないので自重する。

 首を回して周りを見るがカーテンが仕切られており何も見えない。

 ただ薬品と思われる匂いが充満している為恐らく病院だろうと叶夜は結論づけた。

 一先ず病院だと分かり息を吐きながらベットに身を任せる。

 するとコツコツとこちらへ向かってくる足音が聞こえるとカーテンに人影が見えた。

 カーテンが開けられる音がすると同時に現れたのは何やら巫女服のようなものを着こんだ龍宮寺であった。


 「あ…目を覚ましたの?朧君。もう土曜の午後よ。」

 「龍宮寺か…ここは?」

 「安心して。ここは陰陽師と関係が深い病院よ。…どこまで憶えてる?」

 「ええと龍宮寺が玉藻の挑発に乗って胸について熱く語ってそれから…。」

 「そこは忘れて!!…全く冗談が言えるぐらいなら安心そうね。」


 呆れたようにため息を吐きながらも安心したような顔を龍宮寺はした。

 それに笑みを浮かべながらも叶夜は一つづつ疑問を潰してゆく。


 「俺が気絶した後どうなったんだ?」

 「特に何も無かったわ。朧君が意識を失った後そのまま君の家に帰ろうとしていた玉藻前を止めて無理やり病院に連れて来た…それだけよ。」

 「…まさか二人で揉めて無いだろうな。まあ揉めていたらそっちも無事じゃないだろうけど。」


 人間に近い状態の玉藻がどれほどの力を出せるかどうかは叶夜にも不明であるがそれでも三尾状態の【怪機】より弱いとは思わなかった。


 「してないわよ。悔しいけど玉藻前の全力には到底敵わないぐらい解るわよ。言葉で説得したわ。…ある意味戦闘より疲れたけど。」

 「ハハ…。」


 若干輝きの失った目で言う龍宮寺に愛想笑いしか返せない叶夜だが、気持ちを切り替え別の事を聞く事にする。


 「それで、その玉藻はどこにいる?まさか大人しく一人で帰らないだろ。」


 叶夜が聞くと疲れたように龍宮寺はため息をつき首を縦に振り肯定する。


 「ええ、陰陽師に関係が深い病院だから大人しく帰ってと言ったのに着いてくって聞かなくて。だからこれで譲歩したわ。」


 龍宮寺が叶夜がいるベットの近くにある窓を開けるとそこには不貞腐れた様子の玉藻がこちらを見ていた。


 「うおっ!え?もしかしてずっとそこにいたの?」

 「そうじゃ、ずっと寝よったお主を見守っとたぞ。どれだけ腹が減ろうと忠犬のようにな。」

 「そ、そうか…。」


 こちらを恨みがましく睨んでくる玉藻に怯えながら叶夜はとりあえず話題を変える。


 「と、ところで何でこれが条件?ここまで来たなら入っても同じじゃないか?」

 「全然違うわよ。同じただ見ているのでもね。」


 龍宮寺は何度目か分からないため息を吐きながらも説明をする。


 「何度も言う通りここは陰陽師と関係が深い病院なの。だから中には妖よけの結界が張ってあるわ。勿論玉藻前ぐらいになれば破るのは余裕でしょうけど、そんな事をすれば近くの他の陰陽師らが大挙して侵入した玉藻前を討伐しに来るでしょうね。だからそこで待機して貰ってるの。…朧君も覚えておいてね、ただでさえ微妙な立場なんだから無茶はしないでね。」

 「立場って?高校生以外に何かあったけ?」


 それを聞くと龍宮寺は頭を抱えながらため息を吐く。

 そして呆れたように説明をする。


 「いい朧君?ハッキリ言うけどあなたと玉藻前は陰陽師にとって大きな脅威よ。大妖怪の【怪機】を動かす人間がいた。それがどれだけ陰陽師らに驚きと恐怖を与えてるか分からないでしょう。」

 「…アレが?」


 叶夜が指を指す方には暇が極限に達したのか外でアリの観察をしだす大妖怪の姿があった。


 「……。アレでもよ。」


 大妖怪のあのような姿から目を逸らしながら言う龍宮寺。

 叶夜の言わんとしたい事は分かるらしい。


 「と、とにかく!」


 そう言って叶夜に向き直すと顔をグッと顔に寄せる龍宮寺。

 同時に龍宮寺の巨大な山が近くに迫りドギマギしてしまう叶夜。


 「あなた達はこれより私の監視下に置かれる事になったわ。それと同時に私の陰陽師としての仕事を手伝う陰陽師補佐って事になったから。」

 「はぁ?何だいきなり?」

 「…戸惑う気持ちは分かるわ。けどこれは決定事項よ、受け入れなければこれから先ずっと陰陽師らに狙われる事になるわ。」

 「…玉藻が何て言うか。」

 「それに関しては問題ないわ。既に玉藻前には話を通してあるから。」

 「え?てっきり玉藻は反対するかと思ったけど…。」

 「それが…私もビックリするほど簡単に受け入れてくれたわ。」

 「…本人に理由を聞くか。お~い玉藻。」


 呼ばれてこちらに近寄ってきた玉藻は『その様な事か。』と言うと説明をする。


 「簡単じゃ。そちらの方が修行になるからじゃ。」

 「は?何で?」

 「嘆かわしい事に最近の妖は軟弱な者が多い事が昨日判明した訳じゃが。」


 昨日の件は玉藻にも責任が多々あるのでは?

 と思いつつも叶夜は口に出さず玉藻の言葉に耳を傾ける。


 「じゃが既に暴れまわっとる妖じゃったら我を見ても抵抗するに違い無い!そう思うて陰陽師の提案を受けた訳じゃ。それにいざという時この陰陽師がおった方がお主も安心じゃろ?」

 「いざという時って…。あの陰陽機らがまた襲って来るみたいな事そうそう無いだろ?なぁ龍宮寺。」

 「…ええ。その通りね。」


 そう言う龍宮寺は昨日の母とのやり取りを思い出すのであった。

 


 「監視?本当に監視止まりなの母さん。そして二人を陰陽師補佐に?」

 「そうよ。そして監視するのは八重、あなたよ。」


 叶夜を病院に連れて行くと龍宮寺はまず先に自分の母親に連絡を入れた。

 だがそこで言われたのは自分があの二人の監視をするという母親の言では無く仕事の上司としての言葉であった。


 「何故なの?後々の事を考えれば玉藻前と朧 叶夜は引き離すべきだと思うけど。」

 「そうね八重。陰陽師としてその判断は正しいと思うわ。本来ならその提案を受け入れるべきでしょうね。」

 「なら。」

 「けどね八重、これは未来を考えての事なの。他の陰陽師は気にしなくてもいいわ私が何とかする。」

 「…その訳は?」

 「…ごめんなさい八重。今は言えないわ。」

 (またそれか。)


 八重は母親に聞こえない様にため息を吐く。

 今回の事にしかり急にこちらの高校に転入しろと理由を言わず手続きをしたりするなどと最近の彼女の母親は謎な行動が多くなり他の陰陽師らかも反感を買っている。

 八重は母親を信じている、だがここ最近の行動は不可解な事が多く娘である彼女も混乱している。


 「それでお母さん。襲って来た八機の陰陽機、何者か分かった?」

 「ごめんなさいすぐには分からないわ。けど何より先に私に連絡を入れたのは正解よ。」

 「…襲って来た陰陽機が観勒みろくじゃなかったらお母さんの手を借りなくても良かったんだけど。」


 陰陽機の中にも役割がありその中でも観勒は陰陽師らの本拠地あり【表世界】と【裏世界】の中間にある【裏京】。

 その防衛を任される精鋭が乗り込む陰陽機、それが観勒である。

 それが襲っていたのである、彼女が通常の報告よりも先に母親に連絡を入れるのも納得であろう。


 「…何か分かったら連絡して。」

 「あ、待って八重。」


 話を切ろうとする彼女を止めて母親は今度は母としての言葉を掛ける。


 「八重、報告を聞いて本当に嬉しかったわ。難しい状況を判断して人を救った、それは何と言おうと素晴らしい事よ。」

 「!…うん、分かっているよ。ありがとうお母さん。」


 母親に褒められ嬉しくなる彼女は同時に確信する。

 自分の母親は昔と何も変わっていない、と。


 「…ごめんなさい八重(ボソッ)」

 「えっ?お母さん何か言った?」

 「何でもないわ。…ねぇ八重。」

 「何?」

 「これから先あなたは大きな決断を迫られるかも知れない。けどその時は陰陽師の龍宮寺 八重では無く人間の龍宮寺 八重としての決断をしてちょうだい。そしてあなた専用に造った陰陽機、法眼を託した意味もね。」

 「…お母さん?意味がよく分からないんだけど。」

 「分からなければそれでいいわ。…ずっとね。」

 「?」


 母親の話す意味が解らず混乱する彼女であったが母親は話を締めに掛かる。


 「…とにかく玉藻前については私に報告してちょうだい。その内に私も顔を出すから。気を付けてね八重。」

 「う、うん。お母さんも。」


 こうして龍宮寺は玉藻前と叶夜の監視をする事になったのである。



 (お母さん…何が伝えたかったんだろう。)


 一晩考えても分からなかった母親の問いに龍宮寺は頭を悩ましていた。


 「…寺?…龍宮寺!」

 「!な、何なの朧君。いきなり大声出して。」

 「いやお主が考えごとしよって話を聞いとらんからじゃろ。」

 「え?ご、ごめん。それで何?」

 「いやそっちの手伝いをやるのは問題は無いって話なんだけど。」


 玉藻と話し合い陰陽師補佐の仕事を受け入れる事にした叶夜。

 それを聞き龍宮寺は安心する。


 「…玉藻前。少し朧君と話があるから、窓を閉めてもらえる?」

 「なんじゃまた仲間はずれか?」

 「二人で話したいの。お願い。」

 「仕方ないのう。じゃが一つ言うておく事がある。」

 「「…(ゴクリ)。」」


 いたく真剣な顔をした玉藻に緊張が走る中その口が開かれる。


 「初めては痛いじゃろうからよく体を」


 玉藻が全てを言い切る前に叶夜と龍宮寺、二人による全力で窓が閉められる。

 二人の間に気まずい沈黙が流れる中、叶夜がそれを断ち切る。


 「そ、それで話って何だ?龍宮寺。」

 「え、ええそうね。その事よね。」


 そう言うと龍宮寺はその体を曲げて頭を下げ謝罪した。


 「ごめんなさい。朧君。」

 「え?な、何が?」

 「色々な事よ。あなたがいるのにも関わらず玉藻前を攻撃した事、陰陽機らの攻撃から守ってくれた事、そして戦いで無理をさせた事。」

 「…。」

 「謝ってすむ事じゃ無いのは分かってる。私に出来る事があれば何でもするから。」

 「…いい年齢をした女子がそんな事を言んじゃない。」


 そう頭を下げたままの龍宮寺に言う叶夜には怒りの感情は見えなかった。


 「けれどこうして朧君は倒れた訳で…。」

 「仕事なんだろ。それに俺を救おうとしてやった事だし恨みはない。それに…。」


 そう言うと叶夜は龍宮寺の方を見ながら言う。


 「後ろの二つは謝る前にありがとうって言うべきだと思うけど?」


 叶夜の発言に驚いた龍宮寺であったがその顔は徐々に笑みが浮かんでくる。


 「そうね、その通り。」


 龍宮寺は顔を上げると手を差し伸べる。


 「ありがとう朧君。よければ握手、してもらえるかしら。友好の証として。」

 「勿論。」


 そう言って二人は固い握手をする。


 「ああそうそう龍宮寺。その朧君って呼び方だけど。」

 「?何か?」

 「いや苗字で呼ばれるの好きじゃなくてさ。出来れば名前で呼んでくれない?」

 「な、名前で?」

 「ん?嫌なら別にいいけど。」

 「い、嫌では無いけど…。男の人を名前で呼んだ事は無いから。」


 そう言いながらも龍宮寺は首を振り頬を叩く。


 「…いえ提案受け入れるわ、よろしくか…叶夜君。」


 そう名前を言うと顔を赤くしながら慌てたように言葉を出す。


 「そ、それならそっちも名前で言ってもらわないと不公平よね!だ、だから…。」

 「ん?ああじゃあ八重。こっちからもよろしく。」

 「っ!!!!」


 叶夜が名前を言うと八重の顔は一気に赤くなる。


 「あ、さんをつけた方が良かった?」

 「い、いえ。も、問題、ない、わ。」


 途切れ途切れになりながらもそう言う八重に後ろから声が掛けられる。


 「なんじゃ、くんずほぐれつでもしとるかと思うておったのに。」

 「する訳ねえだろ!」

 「って何で中に入って来てるんですか玉藻前!結界内には入らないって!」


 二人の激怒を受け流しながら玉藻は余裕そうである。


 「ん?結界内には入っておらんぞ。ほれ。」


 八重が冷静に見ると結界が玉藻を避けるように動いているのが見える。


 「…確かに結界内には入ってないようね。」

 「そうじゃ。我に掛かればこの程度余裕じゃ。」


 そう胸を張る玉藻に人間二人のため息が重なる。


 「なんじゃ二人そろってため息つきよって。大体お互い名前を呼ぶくらい仲良くなったなら。」


 そう言いつつ玉藻は八重の服に手を掛ける。


 「「?」」


 二人が疑問に思っていると玉藻は…やらかした。


 「かみしもを脱いで話合わん…か!」


 そう言いつつ玉藻は八重の服を剥いだ。

 その結果どうなるかなど言うまでもないだろうが後に叶夜が言うには

 『山が…暴れていた。』

 と発言した模様である。

 いい事をしたというような顔をした玉藻をよそに二人は固まった。

 八重の首が自身の体と叶夜の顔をギギギと音がしそうな動きで見比べる。

 そしてようやく自身の現状を理解すると。


 「き、きゃぁああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 と声を上げながらフリーズしたまの叶夜にビンタをクリーンヒットさせる。


 (意外と可愛らしい悲鳴をだすな。)


 と見当はずれの事思いつつ言い争う玉藻と八重を横目に叶夜は再び気を失うのであった。

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