第九幕 決着―コラプス―

 常に暗闇の帳が下りるこの【裏世界】。

 この世界で激しい戦闘音が鳴り響く。


 「破ぁ!」


 龍宮寺が札を取り出し何かしらを唱えると札から火球が飛び出す。

 その火球は真っ直ぐに飛翔し謎の陰陽機たちに迫る。

 それを避ける陰陽機に刀を二本構えた玉藻が接近する。


 「取った!」


 仕留める事を確信する叶夜であったがその攻撃は別の陰陽機によって止められる。


 「チィ!」


 そうしながら叶夜が龍宮寺の方を確認すると三機の陰陽機に囲まれつつあった。

 それを見た叶夜はその内の二機に刀を投げつける。

 その攻撃は簡単に防がれるがその間に龍宮寺は囲みを脱する。

 だがその隙に五機の陰陽機が玉藻に迫ろうとしていた。

 しかし五機が集まっている所に今度は龍宮寺が札を投げつける。

 その札は風の刃となって謎の陰陽機たちに肉薄するが寸前にて躱される。

 だが五機は散りじりになり玉藻への攻撃は中止される。

 再び八機の陰陽機は一列に集まり龍宮寺と叶夜に相対する。


 「…ハァハァ。…数の差っていうのは本当に厄介だな。」

 「そうね。それに一機ずつの練度も高い、長引けば不利よ。」


 近づきながらそう確認しあう二人。

 謎の陰陽機らと戦闘を開始して十分。

 この短時間で二人は良い連携を見せるようになっていたがそれでも数の差は中々埋められない。

 特に水虎との戦いから連続して戦闘をしている叶夜の消耗は激しい。


 (おい、小娘。聞こえとったら声には出さずに返事せよ。)

 (…何なの九尾、突然念話でなんて。言っておくけどあなたと馴れ馴れしくする気は無いから。)


 念話とはテレパシーの事であり口や身振りで会話するのではなく頭の中に直接話しかける能力である。

 【怪機】となった玉藻が叶夜に話かけている方法もこの念話である。


 (それでよいから聞け。…叶夜がそろそろ限界じゃ。)

 (っ!…そう。)


 ここでようやく龍宮寺は玉藻が念話で話しかけて来た理由を察する。

 叶夜に聞かれればさらに無理をするに違いない為である。

 現在叶夜は玉藻が密かに掛けた妖術によって時間の感覚を狂わされているため二人が話し込んでいるのに気づいていない。


 (…要件はなんなの玉藻前。あなたの為でなくクラスメイトを守る為なら囮を引き受けるけど?)


 引けない一線を強調しながら龍宮寺は叶夜が撤退するための囮を買ってでる。

 しかしその提案は玉藻に一蹴される。


 (無理じゃな。恐らく奴らの狙いは我じゃ。こちらを追いかけてくる可能性が高いじゃろ。)

 (…それで、何が言いたいの玉藻前。)

 (お主を一角の陰陽師と見込んで一つ聞く。…式神で陰陽機を操るのは可能か?)

 (!…何故そんな事を。)

 (お主も薄々気づいとるじゃろ?やけに奴らの動きが無機質すぎる。こちらが初撃以降こちらが動かねば攻撃もしてこん。)


 玉藻の言う通り先ほどから話し込んでいても謎の陰陽機らは一定の距離を保ったまま動こうとしない。


 (…。)


 龍宮寺は苦い顔で何も答えようとしなかったがその沈黙こそが玉藻の言葉を肯定していた。


 (で、問いの答えは如何に?陰陽師。)


 あくまで私情は挟まず陰陽師として答えよ。

 そう暗に問う玉藻に龍宮寺は陰陽師としての答えを出す。


 (…可能よ。)

 (…やはりのう。)

 (ええ、けど限りなく不可能に近い可能よ。)

 (ほう何故じゃ。)

 (…本来なら機密で妖に言うなど問題外なのだけど。)


 非常事態です。と付け加え龍宮寺は玉藻に陰陽機の説明をする。


 (陰陽機というのは動力こそ陰陽師の術式を扱う力、呪力によって動いているけど動作そのものはロボット技術の塊で細かな操作が必要なの。それを式神でだなんて相当の力量が無ければ無理よ。ましてそれが八人もなんて…。あり得ない。)


 そう説明を打ち切ると龍宮寺はそれ以降黙ってしまう。


 (…じゃが奴らは恐らく式神じゃ。で、あるなら逆転の目も出てくる。)

 (!本当に?)

 (ああ、じゃがその前に確認しておかんといかん。…陰陽師の龍宮寺 八重。お主は叶夜のために真に我を信じる事ができるか?)

 (…。)


 それはある意味龍宮寺にとっては決断の時であった。

 これまでその場の勢いで誤魔化していたが陰陽師の立場からすれば人を守る為とはいえやっている事は裏切り行為以外の何物でもない。

 だがここで叶夜を見捨てる事は龍宮寺にとって大切である人を守るという陰陽師の誇りを捨てる事になる。

 いきなり襲い掛かって来た謎の陰陽機らにそれを期待するのは無理であろう。

 それが玉藻の言う通り本当に式神であるならばなおさらである。

 先ほどから汗が止まらない。

 己が運命を懸ける決断を迫まれ気持ち悪さがこみ上げて来る。

 その時昔の事がふと龍宮寺の頭の中に過る。



 それは龍宮寺が幼い頃、陰陽師としての修行で無理をしすぎて倒れ布団で寝込んでいた時の記憶。

 龍宮寺家は陰陽師としては歴史は浅く江戸時代初期の頃から活躍してたが数多くの陰陽師を輩出してきた家系である。

 その中でも彼女の母親は一族の中でも一二を争う実力者であった。

 故に方々を飛び回り偶にしか会えなかったがその時は付きっきりで看病をした。

 そんな母親に罪悪感を抱いた彼女は母親にこう言った。


 「ごめんなさい母上。陰陽師として情けないです。」


 そう言われた母親は彼女の頬を優しく撫で語り掛ける。


 「謝るのはこっちよ八重。こんなに苦しい思いをさせて。」


 彼女は驚いた、普段厳格な母親がこんなに優しく謝った事が。


 「…ねぇ八重。何故私が陰陽師になったか、分かる?」

 「そ、それは我が家が代々続く陰陽師だから…。」

 「フフ、そうじゃないのむしろ私は若いころ陰陽師を嫌ってたわ。」

 「え…?」


 彼女は先ほどより驚いた。

 陰陽師として名を馳せた母親が陰陽師を嫌っていたなんて彼女は思えなかった。


 「…私の母、八重のおばあちゃんは本当に厳しくてね。自由なんて本当に無かった。だから私は陰陽師を止めたくて止めたくてしょうがなかった。」


 彼女の祖母は既に他界しており話した事は無かったが飾られている写真を見れば確かに厳格そうな顔をしている。


 「けどね。そんな時唯一自由だった学校の友達が妖に襲われたの。偶々居合わせて倒せたから良かったけどそうじゃなかったらその友達を失ってたでしょうね。」


 何故そのような話をしているか分からなかったが母親の話に彼女はただ耳を傾けていた。


 「…八重。私は無理にあなたに陰陽師になれとは言わないわ。修行を止めて別の道を行くとしても応援する。」

 「母上、私は…。」

 「けどね八重。もしあなたが本気で陰陽師になると言うのであれば一つ、たった一つの事を守って欲しいの。」

 「一つ?」

 「そう一つ。」

 「妖を倒す事?」

 「違う。」

 「掟を守る事?」

 「違う。」

 「…分からない。」


 彼女が白旗を上げると母親は微笑みながら言う。


 「それはね八重。人を守る事を第一にして欲しいの。その為なら陰陽師としての掟なんてそこら辺の犬にでも喰わしておきなさい。」

 「そ、それって大丈夫なのですか?」


 彼女は慌てながら母親に聞く。

 陰陽師にとって掟は重要である。

 この話を聞かれたら母親は陰陽師としての信用を完全に無くすだろう。


 「いいのよ。上が何て言おうと他の陰陽師が何て言おうと私にとって大切なのはその一点よ。」

 「母上…。」

 「だからね八重。もし何かと人の命を天秤にかける事があったなら迷わず人の命を取りなさい。後の事なんてどうとでもなるわ。」

 「…分かりました母上。」

 「よろしい。あと実の母親に敬語はやめなさい。家族でいる時ぐらい気を楽になさい。」

 「…分かりま…分かったよ。お、お母さん。」


 その時見せた母親の顔はどこまでも透明で美しい笑顔だった。



 「…そうだよね。お母さん(ボソッ)。」

 (ん?何か言うたか?)

 (いや、何でも…。先ほどの答えだけど聞くまでも無い事よ。一番大事なのは人命を守る事。その為ならあなたを信じる事くらい大したことじゃない。)

 (そうか…では叶夜に掛けた術を解く。あくまでも疲労には気づかない振りをせい。)

 (言われなくても。)


 そのようなやり取りをした後、叶夜が喋りだす。


 「…っとすまんちょっと気を抜いてた。」

 「しっかりせい叶夜。…陰陽師も聞け、場を打開する案が浮かんだ。」

 「…だったら早く話して狐。相手も何時までも待ってくれないわよ。」

 「フム、作戦は単純じゃ。…。」

 「…。」

 「…。」

 「…それって本当に出来るのか?というか失敗したら俺に掛かる負担が多くないか?」

 「そうじゃな。第一段階で陰陽師が躓けばそれまでじゃが…逆に言えばそれさえ上手く行けば後はなし崩しじゃ。」

 「…それより相手の陰陽師の命も危なく無いか?流石に人殺しは勘弁して欲しいだけど。」

 「陰陽師その辺どうなんじゃ?」

 「…説明は出来ないけどそこは大丈夫よ。」

 「そうか?なら俺に文句はない。」

 「そうね。私も問題ないわ。」

 「決まりじゃな。…では叶夜、取り敢えず飛ぶぞ。」

 「了解!」


 そう言って叶夜は玉藻を大きく跳躍し八機の頭上を飛び越える。

 陰陽機らは目の前の龍宮寺を無視し玉藻に向かって襲い掛かる。

 その隙に龍宮寺は札を取り出し強力な術式を組み上げてゆく。

 龍宮寺が術式を組み上げてる間、八機の陰陽機の攻撃を捌いていく叶夜。

 だが徐々に動きが鈍くなり攻撃が幾つか掠り始め痛みで顔が歪み始めた時、術式を組み上げた龍宮寺から合図が送られる。


 「!!」


 それを見逃さなかった叶夜は再び大きく跳躍する。

 そして龍宮寺は先ほどの札を陰陽機らの中心の地面に飛ばす。

 すると。

 ゴォォォォ…。

 その音と同時に大地が大きく陥没した。

 突如の出来事に慌てふためく陰陽機らに追い打ちが上から降って来る。

 それは日本刀の雨。

 叶夜がひたすら可能な限り作りだした刀を降り注いでいた。

 一機、また一機と刀の雨を防ぎきれず突き刺さっていき倒れていく。

 その雨が止んだ時、残っていた陰陽機らは三機であった。


 「よし!これで二対三!」

 「ちょっとそれは違うわよ朧君。」


 地面に着地しながら叶夜は喜ぶが龍宮寺から訂正が入る。


 「二対三じゃなくて四対三だから。」


 そう言って龍宮寺は札を取り出す。

 その札は叶夜が先ほどの戦闘で見たものであった。


 「もう一度出なさい!牛頭!馬頭!」


 そう言って宙に放つと再び牛頭と馬頭が元気な姿を現す。

 ブモォォォォ!!

 ブルルゥゥゥゥ!!

 二体ともやる気に満ちた嘶きを上げ陰陽機に突撃していく。

 牛頭が薙ぎ払った棍棒で一機の陰陽機が遠くに吹き飛ばされ。

 馬頭が大斧を切りつけ別の陰陽機は切り裂かれる。

 そして二体の攻撃が最後の陰陽師に振り下ろされるが錫杖によって受け止められる。

 だがその頭上には凄まじい速度で降下して錫杖を振り下ろそうとしている龍宮寺の陰陽機の姿があった。


 「これで!最後ぉぉぉ!!」


 振り下ろされた錫杖は最後の陰陽機に大きくめり込みダウンさせる。


 「…やり過ぎじゃねぇ?」


 叶夜は思わずそう呟くが龍宮寺は堂々としたものであった。


 「コックピットは避けたわ。むしろ死にかけたんだからこのぐらいは当然よ。」

 「…ハイハイそうですね。」

 「どうでも良いからさっさと襲撃者らの顔を拝むとするかのう。」


 そうような事を玉藻が言った時であった。

 全ての陰陽機が跡形も無く爆発した。


 「なっ!自爆!?」

 「…これでは襲撃者を特定するのは無理そうじゃのう。」

 「…。」

 「…朧君気にすることは無いわ。…彼らの選択よ。」

 (実際は証拠隠滅じゃろうがな。)


 そう思いつつも玉藻は口にはしない。

 陰陽師の暗部を叶夜が知る必要は無いのだから。


 「そ、うか。なら…いい、け…ど…。」

 「朧君?」

 「…。」

 「朧君!?大丈夫!?」

 「安心せい。気を失っただけじゃ。」

 「そう…良かったわ。」


 そう玉藻が言うと龍宮寺は胸をなでおろす。


 「…よく頑張ったのう。叶夜。」


 誰にも聞かれない労いの言葉を掛ける玉藻の声はとても優しいものであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る