第六幕 勝負―エネミー―

 波乱の昼休みが終わり瞬く間に放課後になった。

 未だ転入生の龍宮寺を横目に叶夜は行きつけのスーパーへの道へと急ぐ。

 前回結局手に入らなかった卵を始めとして様々な食材に目移りする玉藻を抑えながら二人分の食料を買い物カゴに入れていく。

 レジにて以前よりも明らかに増大している食費に頭を悩ませながらも取り敢えず二人は帰宅の途につく。


 「む~、結局『ちょこ菓子』とやらは買わんかったのう。」

 「誰かさんのお陰で食費が右肩上がりでね。余分な費用は出来るだけカットしたいんだよ。」

 「…悪いのは我では無い。悪いのは人間の文明じゃ。」

 「大妖怪がそれを言うとシャレにならないな。」


 その様なやり取りをしながら朧家に着くと冷蔵庫に次々に戦利品を入れてゆく叶夜とそれを見続ける玉藻。


 「それで?」

 「ん?」

 「いや、ん?じゃ無くて。一体修行って何するつもりなんだ?」

 「ああ、その件か。」


 そう言いながら玉藻は食卓の椅子に座り足を組む。

 やけに似合ってる上に色気があるが叶夜はそれに目を背ける。


 「まあ武者修行みたいなものじゃな。【裏世界】を巡ってとにかく【鉄ノ器】、いや【怪機】と戦う。簡単じゃろ。」

 「一歩間違えれば即死亡じゃねぇか。修行と言うかただのカチコミだろ、それ?」

 「なんじゃ、不満なのかえ?」

 「…不満は不満だ。…けどやるよ。」


 実際叶夜には怪機を操縦するのが上手くなる方法など知る訳が無い。

 何だかんだで大妖怪の提案なのだから何かしら根拠があって言っている事なのだろうと叶夜は決断する。


 「…ホウ?随分素直に受け入れるのう。まさか褒美に我にエロい事して貰えると思うて…。」

 「ねぇよ!このエロ妖怪!!」


 叶夜は自分の選択が正しかったかどうか悩みながら冷蔵庫の扉を閉める。


 「武者修行はいいけれどそう簡単に相手が見つかるものなのか?曲がりなりにも歴史に名を残す大妖怪だというのに。」

 「…どこか引っかかる言い方をするのう。まあよいか、寧ろ我が大妖怪じゃから相手が寄って来るのじゃ。」

 「?どう言う事だ。」


 叶夜が質問すると玉藻は足を組み替えながら説明をしだす。


 「前にも言うたかも知れんが妖というのはどいつもこいつも本能に忠実じゃからな。下剋上など人間の間で流行る前から行っとったわ。」

 「はぁ…。つまり相手には事欠かない、と?」

 「そう言う事じゃな。恐らく【裏世界】に行ったら我らモテモテじゃぞ?」

 「…そのモテモテは遠慮しときたいな。」

 「さて、そろそろ行こうかの。」

 「あ、もうちょっと待って。晩飯の準備しておくから。」

 「…もう少し待つかの。」


 結局二人が【裏世界】への向かったのは三十分後であった。



 叶夜にとっては二度目となる【裏世界】。

 相変わらず暗いというのに建物などの輪郭はハッキリしている。


 (観光場所として見れば意外と楽しいかもな、ここ。)


 そう思いながらも叶夜の口は別の事を玉藻に問いかけていた。


 「玉藻様?ちょっと宜しいですか?」

 「…なんじゃ?」

 「あなた言いましたよね。【裏世界】に入ったら相手には事欠かないって。」

 「…言ったのう。」

 「では玉藻様?もう一つ聞きます。この現状あなた様はどうお思いで?」


 叶夜と玉藻、二人が裏世界に入ってから既に三十分が経過していた。

 だというのに未だ別の妖怪とのエンカウント率…ゼロ。


 「…。」

 「…。」


 気まずい沈黙が二人の間を流れる。

 元々雑音が無い【裏世界】だけあってそれはもう見事に無音であった。

 そしてようやく玉藻が口を開く。


 「…テヘッ。」

 「テヘッ。じゃねえよこの駄目妖怪!!」


 ようやく叶夜が心の内を叫ぶ。

 叶夜は【裏世界】に入るまでに凄まじい葛藤や恐怖と戦っていたのだ。

 死ぬ事まで考えて授業や料理の準備の間に遺書まで書いたのだ。

 だが実際蓋を開けてみればこの状況である。

 押し寄せるどころか人っ子、いや妖っ子一人いやしない。


 「お、おかしいのう?こんなはずでは…。」

 「まぁ、せ・い・か・くに言えば妖怪は周りにいるけど、どいつもこいつも遠巻きに見てるだけじゃねぇか。」


 そう言って叶夜は建物内に視線を向ける。

 何かしらの妖がいるが叶夜の視線を避けるように逃げて行く。

 その様子に一番慌てているのは玉藻であった。


 「な、何故逃げる!妖なら戦わんか!ほれ!玉藻前がここにおるぞ!い、今ならもれなく弱体化じゃぞ!勝てるかも知れんぞ!」


 シーン。

 玉藻の必死の呼びかけに答える妖はおらず沈黙だけが返ってくる。


 「…。」

 「…。」


 叶夜の冷たい視線が玉藻に突き刺さる。

 その視線の痛さは今まで玉藻が受けて来たどのような痛みより痛かったと後に玉藻は供述している。


 「…テヘッ。」

 「笑いの天丼はもういいって言ってるだろ!」


 ここで玉藻をフォローしておくと別段彼女だけの責ではない。

 玉藻の言う通り妖というのは本能に忠実である。

 全くの初見であれば玉藻の言う通り群がって来たであろう。

 だが同時に妖は聡い生き物でもある。

 足長手長との戦いを見て殆どの妖は己が実力との差を感じ取ってしまっていた。

 その上この辺の武闘派である妖は幅を利かせていた足長手長が倒してしまっていた。

 その様な訳で好き好んで大妖怪である玉藻前に突っ込んでいくもの好きは居なかったのである。


 「大体無計画にするからこんな事になるんだよ!事前に声を掛けとくとかやり方は色々あっただろ!」

 「そ、そうは言うても、我この辺にやってきて日が浅くて知り合いおらんし。」

 「あんたそれでも大妖怪!?」


 それに加えて今や叶夜も妖にとって恐怖の対象である。

 大妖怪玉藻前にため口でその上説教まで垂れるこの人間は何者だ!

 という空気が妖内に広がっていったのだ。

 故に厳密に言えば叶夜も原因の一つである。

 …飽くまで厳密に言えば、であるが。


 「…で、大妖怪である玉藻前様はこれからどうなさるおつもりで?」


 叶夜の冷たい言の葉が玉藻を切り裂きながら今後の予定を聞く。


 「…相手がおらんのじゃからどうしようも無かろう。今日は帰って明日にでも別の場所にでも行こうかの。」


 明らかに肩を落とした様子で玉藻が言う。

 妖である玉藻はこのまま大移動をしても問題はないが人間である叶夜はそうもいかない。


 「…分かった。」


 叶夜は呆れながらも玉藻の提案に頷く。

 二人が朧家に足を向けたその時。


 「ちょっと待った~!!」


 そう大きな声が二人に掛けられる。

 二人が振り向くと何者かが何故か宙返りしながら近くに着地した。


 「そんなに戦いたいんだったらこの旅する妖!水虎すいこ様とやろうじゃねぇか!」


 そう喧しく言うのは水色をした虎人間であった。

 明らかに強者というのが見て取れ大柄で筋肉がついておりその肉体は傷だらけである。


 (な、難易度高くないか。いきなり。)


 そうビビる叶夜であったが、玉藻はというと…。


 「よう来てくれた!よう来てくれた!ろう!ろう!今すぐろう!ほれ叶夜!言うた通りじゃろう!」


 そう水虎に近づき手を取りブンブン振り回す。


 「はぁ…。」


 その玉藻の様子に叶夜は言葉は出ず最早ため息しか吐けなかった。

 「…変わった関係だなお前ら。」


 そう呟くほか無い水虎であった。


 ―水虎。

 中国からやって来たとされるその妖怪はその姿が謎に包まれている妖怪である。

 日本においては古くからの妖である河童と混同されており人間を襲う妖とされている。

 だが身を隠す術に長けておりその姿を見た者はいないとされている。

 そのため明確な姿は持っていないとされている。



 「ウオォォォォ!いい加減喰らいやがれ!」


 そう言って水虎の【怪機】は槍を玉藻に向けて大きく振るう。


 「誰が喰らうか!!」


 叶夜は玉藻の【怪機】を何とか動かし水虎の一振りを紙一重で躱す。

 そして手にしている刀で水虎に切りかかる。

 だがそれを水虎は槍にて軽々と受け止める。


 「ハッ!軽いな!」

 「チィ!」


 そう悪態を吐きつつ大きく玉藻を後退させる。

 その様なやり取りが何度も繰り返されていた。


 「ハハハ!よくやるじゃねえか見直したぜ人間!」

 「ハァ…ハァ…。そりゃどうも。」


 まだまだ余裕といった様子の水虎に対し叶夜は息も絶え絶えである。


 「ほれどうした叶夜。もっと頑張らんか。」

 「五月蠅い玉藻。こっちも必死なんだよ。」


 そう怒鳴りつつも叶夜はどう水虎を倒すか距離を取りながら頭を巡らす。

 戦闘経験で言えば圧倒的に水虎が有利なのは違いない。

 だが妖の格でいえば玉藻の方が上である。


 (っ!自分の無力さが嫌になるな。)


 現在のところ叶夜が引き出せている玉藻の尾は三本、つまりは九尾としての力は三分の一しか引き出せていない事になる。

 それでも並みの妖には勝てるだろうが目の前にいる妖は並では無い。


 (だからって、引くわけにはいかないよな。)


 ここで引けば何のために戦っているか分からなくなる。

 かといって正攻法で水虎に勝てる気がしない叶夜。

 その為に勝つ算段を考える叶夜であるが水虎はそれを待ってはくれない。


 「長引かせるのは趣味じゃねぇ。これで決めてやるぜ!」


 そう吠えると水虎は突きを連続して繰り出してゆく。

 その突きが速すぎて幾つもの槍があるかのようであった。


 「まずっ!」


 咄嗟に回避が出来ないと直感した叶夜はとにかく防御する。

 数多の突きが玉藻の【怪機】の装甲を削る。


 「…痛った。」


 叶夜はそう呟くのが限界であった。

 初めて敵意をもって皮膚を切り裂かれるという感覚に恐怖を感じる。


 「叶夜、大丈夫か。」

 「な、何とか…。生きてる。」


 玉藻の問いかけに叶夜は何とかそう答える。


 「ハハハ!しぶてぇな人間!それでこそ戦いがいがあるってものだぜ!」


 そう言って再び水虎は突きの構えを取る。


 「っ!」


 叶夜は思わず恐怖で身構える。

 先ほどは何とか防げたが次は恐らく防ぎきれないであろう事は素人である叶夜にも理解出来ていた。


 「安心しな!殺しはしねぇからよ!まぁ!死ぬほど痛ってとは思うがな!」

 (それ聞いて安心できると思ったか!?)


 そう心の中で水虎に突っ込んでいると玉藻が話かけてくる。


 「フム…叶夜。痛いのは嫌か?」

 「当たり前だ。痛いのが好きなんて奴は少数だ!…多分。」


 世の中にどれほど被虐趣味の人間がいるか分からないので歯切れの悪い感じになってしまう。


 「いい事を教えておこう。叶夜、防ぐ事を強く想像せよ。」

 「ハァ?それってどう言う…。」

 「ほれ、来るぞ。」


 その言葉に反応して前を見てみれば水虎が既に槍を突き出そうとしている。


 「喰らえ!『水虎猛襲撃』!!」

 「技名あるのかよ!?」


 そう突っ込めたのは奇跡としか言いようがなかったであろうがその様な奇跡、叶夜にとってはどうでもいい事であった。

 叶夜は徐々に槍が迫って来るのがやけにスローモーションのように感じていた。


 (ああ、これ喰らったら本当に死ぬほど痛いんだろうな。)


 と思いつつも体はしっかりと急所を守る体勢に入る。

 だがそこで玉藻の助言と昔見たアニメが急激に思い出される。

 正に槍が玉藻に突き刺さろうとした瞬間、何かが槍を大きく弾いた。


 「ウオッ!」


 槍を落としそうになるのを必死に防ぎながら水虎は大きく後退する。

 そしてそのチャンスを叶夜は見逃さなかった。


 「ハァ!!」


 叶夜は距離を一気に詰めると日本刀を大きく振るう。

 ただし水虎にではなく槍に対して。

 カキン、と大きな音がしたと思えば槍の矛先が遠くの建物に突き刺さった。

 そして水虎は首に当てられた刀の感触で自らの負けを悟る。


 「…やるじゃねぇか、人間。」


 水虎がそう言うと叶夜は日本刀を下げる。


 「命は取らねぇのか?それとも取る価値が無いってか?」

 「アホか。こんなにギリギリの戦いをしといてそんな訳ねぇだろ。」

 「ハァ?じゃなんでだ?」

 「だってそっちもこっちの命取る気は無かったんだろ?こっちも別に命が欲しい訳じゃない。」

 「…ハハ!そうか!なら仕方ねえな!」


 水虎は辺りに響く大爆笑をする。

 その笑いは実に爽やかなものであった。


 「それにしてもよくやったのう叶夜。よく結界をものにした。まあ我の助言のお陰じゃがのう。」

 「あ、ああそうだな。」

 (どっちかと言えば玉藻の助言より昔見たロボ物のアニメを思い出した事の方が大きいけど…まあ機嫌が良さそうだしいいか。)


 そう結論づけると叶夜は水虎に手を伸ばす。


 「勝負、ありがとう。水虎。」

 「へっ!いいって事よこっちも戦いたかったからな!だが俺もしぶてぇからよ!またリベンジに来るぜ!」


 そう言って水虎も手を伸ばし握手をする。

 だがその時チリンと何かが鳴る音が聞こえた。


 「!あぶねぇ!!」


 そして水虎が玉藻を突き飛ばした瞬間何かが水虎に引っ付き爆発する。


 「ガッ!!」

 「水虎!大丈夫か!?」

 「…死にやしねぇけど腕をやられた。こりゃ当分戦えねぇな。」


 とやられた右腕を擦りながら水虎は攻撃してきた方向を睨む。


 「やってくれるじゃねぇか。陰陽師!」


 その視線の先には錫杖をもった巨大ロボがこちらを向いていた。


 「えっ、あれが陰陽師の?」

 「そうじゃ、陰陽師共が操る【陰陽機】。いずれ戦う相手じゃが…今は間が悪いのう。」


 陰陽機はこちらを見つめたまま動こうとしない。


 「水虎、ここはこっちに任せてさっさと逃げろ。」

 「冗談じゃねぇ!と普段なら言うところだが戦えねぇならここにいても邪魔だな。仕方ねぇ。」


 そう言って水虎は離れようとするが一度こちらを振り返る。


 「人間!お前の名は!?」

 「…叶夜。朧 叶夜。」

 「そうか。…死ぬなよ。」


 そう言って水虎は完全にその姿を消した。

 叶夜は改めて陰陽機に向き合う。

 緊張感が辺りを包む中、陰陽機から声が聞こえる。

 その声は叶夜の記憶に新しい凛としたものであった。


 「昼以来ね。朧君。」

 「…龍宮寺か?」


 陰陽機は何も答えなかったがその沈黙が何よりの答えである事を叶夜は理解出来ていた。

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