第七幕 敵対―プレジュディス―

 ―陰陽師

 古き日本の官職名の一つであり古代中国にて生まれた陰陽五行思想を元として密接な天文学などを司る日本独自の役職名である。

 最も有名な所では安倍晴明が挙げられるだろうがそれ以外にも数多の陰陽師がいたとされる。

 だが一時は栄華を極めていた陰陽師も時代の流れと共にその名は歴史に描かれる事は無くなった。

 しかし歴史の陰に隠れるように彼らは常に存在していた。

 今現在においては政府直轄の秘密裏の組織として。

 古からの陰陽道の知識と新しき最高技術によって生まれた巨大ロボ【陰陽機】をもって今なお妖と対峙しているのである。



 「…なるほどね。最初から狩る獲物として俺を見ていた訳だ。」


 水虎との対決中に突如攻撃してきた陰陽機に叶夜は話しかける。

 そしてその陰陽機に乗っているのは本日叶夜のクラスに転入してきた少女である龍宮寺 八重。


 「こんな状況で言っても信じてもらえないと思うけど、あの学校に転入してきたのは偶然だし友達になりたいのは…嘘じゃない。」


 龍宮寺は学校の時と同じように凛とした声で叶夜に話しかける。

 その発せられる言葉には確かに叶夜に対する敵意があるとは思えない。

 だが。


 「の、割には躊躇なくこっちの隙を攻撃してくれたな龍宮寺。」


 そう水虎が庇わなければ叶夜は手痛い思いをしていたはずである。


 「例えどのような状況であっても私は陰陽師としての責務を果たすまでよ。まして水虎という凶暴な妖に襲われていたなら当然よ。」

 「は?水虎とは正々堂々と勝負していただけだけど?」

 「え?あれは襲われていたんじゃないの?」

 「は?」

 「え?」

 「…。」

 「…。」


 気まずい空気が場に流れる。

 あの状況をどこをどう見れば襲われているように見えたのかと口にはしないものの叶夜は龍宮寺を非難するように見つめる。


 「た、例えどのような状況であっても私は陰陽師としての責務を果たすまで…よ。」

 「おい、こっち見て言え龍宮寺。」


 陰陽機の顔ごと横に向け視線から逃れようとする龍宮寺であったが、コホンと咳払いすると叶夜の方に向き直す。


 「そ、そのような事よりも。…朧君、あなたは狐に取りつかれているわ。言葉が通じるのであれば今すぐそこから逃げなさい。」


 先ほどまでの様子が嘘の如く叶夜に玉藻から降りるように促す龍宮寺。

 それに対して叶夜は。


 「嫌だと言ったらどうする気だ?…俺を殺すのか?」


 と龍宮寺を挑発するようにそう言ってのける。


 「そんな事はしないわ。陰陽師はあくまで妖を祓う者、人を殺す者ではないのだから。」


 叶夜の言葉を受け流し龍宮寺はそう断言すると今度は玉藻に語り掛ける。


 「…狐、聞こえてるんでしょう?早く彼を解放しなさい。」

 「って言ってるけど玉藻。」


 そう叶夜が聞くと玉藻はめんどくさそうな声を出す。


 「聞こえとる。お主は確か…胸がデカ美じゃったか?」

 「む、むね!?だ、誰がそんな名前だって言うの!!私には八重という母がつけてくれた立派な名があるわよ!!」


 玉藻の挑発が思わぬクリーンヒットしたのか龍宮寺はさらにヒートアップしていく。


 「だ、大体何なの皆して胸が大きいだの何だのと!!この胸のせいでどれだけ嫌な思いをしてきたか!!気持ち悪い視線は毎日のように向けられるし!同性は同性でこちらの気も知らず羨ましいだの何だのと言うし!これのせいで肩がこるだなんて歳不相応な悩みも抱えなければいけないし!下着だってオーダーメイドしなければ大人向けのしか無いし!私だって可愛らしいもの身に着けたいし!!」

 「…あ~龍宮寺?盛り上がってるとこ悪いんだが。…それを聞かされて俺はどうすればいい?」

 「…は!?」

 「…。」

 「…。」


 再び沈黙が場を支配する。

 叶夜からは龍宮寺の顔は見えないが恐らく真っ赤であろうことは簡単に予想ができた。


 「あ~。すまんかったのう陰陽師。トラウマとやらを突いて。」

 「あ、謝らないで!!逆に恥ずかしい!!」


 ハァ…ハァ…という息を切らした龍宮寺の荒い声が叶夜にも聞こえる。

 そして落ち着くためなのか深く深呼吸を吐くと龍宮寺は再び玉藻に語り掛ける。


 「妖、そのような挑発は無意味よ。邪悪な存在の言葉など耳に入りません。」

 「いや、思いっきり動揺してたじゃん。」


 龍宮寺の丸わかりの嘘に思わずツッコんでしまう叶夜。


 「な、何を言っているか分からないわ朧君。あ、妖の言葉に陰陽師である私がど、動揺する訳ないじゃない。」

 「いやでも…。」

 「な・い・じゃ・な・い!!」

 「あ、はい。」


 龍宮寺の気迫に押され思わず頷いてしまう叶夜は置いておき三度龍宮寺は玉藻に語り掛ける。


 「…妖、玉藻前。今すぐ彼を解放しなさい。そして大人しく滅っされなさい。」

 「ほう?…小娘一人で我をどうにかできると思うてか?」


 流石に挑発することなく大妖怪に相応しい貫禄で玉藻は龍宮寺に逆に問いかける。


 「確かに…通常のあなたであればあれば手練れの陰陽師が束になっても滅する事は難しいでしょうね。…けど。」


 そう言うと龍宮寺は陰陽機が手にしている錫杖を玉藻に、いや玉藻の【怪機】に向ける。


 「三本の力しか引き出せていないあなたであるならば。いかに伝説の妖であろうと私には勝てないわ。」

 「…かも知れんな。」

 「玉藻?」


 素直に自分が負ける可能性を受け入れる玉藻に思わず叶夜は動揺する。


 「お主が並みの大人の陰陽師より腕が立つ事は学校での初見で理解しとった。確かにこの状況では我が不利じゃのう。」

 「…負けを認めるのね。」

 「ハハ、笑わせるのう小娘。我は不利を認めただけじゃ。それに戦うのは我では無い、叶夜じゃ。我は力を貸しとるにすぎん。」

 「つ!!言わせておけば!!」

 「…あ~すまん。龍宮寺、ちょっとタイム。」


 一触即発のこの状況で叶夜は龍宮寺に待ったをかける。


 「なんなの朧君。今重要な…。」

 「本当にすまん。出来るだけ手短に済ますからちょっとだけ時間をくれ。」

 「…ちょっとだけよ。」

 「恩にきる。」

 「なんじゃ叶夜。今緊迫した状況なのは分かるじゃろうに。」

 「…玉藻。」


 叶夜はやけに低い声で玉藻に声をかける。


 「な、なんじゃそんな声を出しおって。」

 「玉藻、さっき言ってたよな?学校の時から龍宮寺の実力は分かってたって。」

 「い、言うたが…そ、それが?」

 「それはつまり初見で龍宮寺が陰陽師である事が分かってたって事だよな。」

 「ま、まあそうなるかのう。」


 叶夜は体を震わせながら問いかけていたがついに爆発する。


 「言えよそれを俺によ!!最初から龍宮寺が陰陽師だと分かってたなら!!こっちにも覚悟ってもんが必要だろうが!!」

 「い、いや。こんなにすぐにここで会うとは思わんかったし。」

 「だとしても分かった時に言えよ!もし龍宮寺が俺ごと消すような奴だったら食堂の時点で死んでたかも知れないんだぞ!!」

 「そ、それはそうなんじゃが…。」

 「大体玉藻のそのいつでも時間あるから後回しでいいや。みたいな態度が気に入らない!こちとら光陰矢の如しの人間なんだよ!もう今夜晩飯抜きな!」

 「そ、それはいくら何でも殺生じゃろう!大体人間は生き急ぎすぎなんじゃ!もう少し余裕をもって…。」

 「余裕をもった結果がこの現状だろうがぁぁぁぁ!!」


 叶夜の全力の叫びが【裏世界】に木霊する。


 「スゥ~…ハァ~。…玉藻、この件は後で話し合うからな。」

 「わ、分かった。じゃから夕餉抜きは後生じゃから勘弁して下さい。」


 全力で息を切らせた叶夜は大きく深呼吸して玉藻に言っておくと改めて龍宮寺に相対する。


 「待たせたな龍宮寺。」

 「…随分その妖と仲が良いのね朧君。」

 「どこをどう見たらそう思えるんだよ。一度眼科か耳鼻科行け、それか脳外科。」

 「…朧君、一つ言っておくわ。」


 叶夜の言葉を無視して龍宮寺は真剣な様子で叶夜に語る。


 「妖は人のように話しても、人のような姿をしていても人外なのは違いないわ。」

 「…。」


 龍宮寺の話に叶夜は口を挟む事は無かった。


 「寧ろ言葉を使い人を惑わし人を喰らうのが妖。妖はどんなに理知的に見えても本能に忠実な奴らなの。」


 それは偶然かそれとも人間と妖の共通認識か。

 玉藻も妖は本能に忠実だと断言している。

 それは躊躇なく人間を喰おうした足長手長や戦闘を欲した水虎を見れば叶夜も納得する。


 「今からでも遅くない。早くその怪機から降りて?クラスメイトに怪我をさせたくない。」

 「…そうじゃな。叶夜、我から降りるといい。」

 「玉藻?」


 意外な事に玉藻自らが叶夜に降りるように促す。


 「あ奴の言う通りじゃ所詮妖と人間は相容れぬものじゃ。それにお主がおらん方が力を出せるしのう。」

 「…。」

 「ではな、叶夜。本当に短い時間じゃったがそれなりに楽しかった。」


 玉藻はそう言うと叶夜を降ろそうとする。

 それに対する叶夜の答えは。


 「…ソイ!」

 「痛った!な、何するんじゃ叶夜!思いっきり蹴りつけよってからに!」


 とにかく全力で蹴りつける事であった。


 「フン!そっちで勝手に決めつけて降ろそうとするからだろ。」


 玉藻にそう言うと叶夜は龍宮寺に返事を返す。


 「悪いな龍宮寺。答えはNoだ。」

 「…何故なの?妖は危険なのよ。」

 「まあそうだな。俺も一度襲われたから分かるよ。それにお前の言う通り妖って奴らは本能で動いて我が儘だし無駄に誘惑するしなのに頭五歳児だし。」

 「そこまではあ奴言うとらんのじゃが!?絶対私怨入っとるじゃろ!?」

 「けど…。」


 玉藻の抗議を無視しつつ叶夜は龍宮寺に断言する。


 「そうでなければ俺は生きてなかった。」

 「…。」

 「俺が襲われた時、誰も助けてくれなかった。助けてくれたのは気まぐれで助けてくれたこの大妖怪だけだ。」

 「っ!それは…。」


 そう実際に叶夜のピンチを助けたのは陰陽師ではない、玉藻である。


 「だから俺は誰がなんて言おうとコイツを信じる。それが俺を助けてくれた大妖怪に出来る唯一の信頼の証だ。」

 「叶夜…。」


 叶夜の言葉に玉藻は名前を呟く以外に何も言わなかった。


 「その信頼はいつか裏切られる。それでもいいの?」


 龍宮寺は厳しい声で問うが叶夜は揺るがない。


 「元々拾われた命だ。だからその時はその時で諦めるさ。」

 「…そう言う訳じゃ陰陽師。我と叶夜は熱く情熱的に繋がっておる。」

 「…元の調子が戻って来たのはいいけど微妙に変な方面に聞こえる言葉のチョイス止めてくれない?」

 「…そう。あなたの意思が固い事は理解したわ。」


 龍宮寺はそう言うと錫杖を頭上にて回した後に玉藻に突き付ける。


 「だったら無理やりにでも引きはがす!龍宮寺 八重、陰陽機【法眼】…押していくわ!」


 そう啖呵を切ると龍宮寺は陰陽機を突撃させる。

 そして錫杖を玉藻に向けて突き出す。

 その勢いはさながら水面に現れた魚を取る鳥のようであった。


 「させるか!」


 だがその突きは他でもない叶夜の操縦によって躱される。


 「まだまだ!ハァ!」


 龍宮寺は今度は突きを連続で繰り出してゆく。

 その動きは初見であれば叶夜に対処は無理であったろう。

 しかし、龍宮寺にとっては残念な事にこれ以上の突きを叶夜は既に経験をしている。


 (このスピードなら水虎の突きの方が速い!)


 そう水虎が最後に繰り出したあの突きの連撃。

 もう既に叶夜の頭からは例の技名は抜けていたがそれでもあの突きの速さは忘れようが無かった。


 「クッ!」


 躱され続ける事に動揺してきたのか突きのスピードがブレてくる。


 「!もらった!」


 その隙を逃さず叶夜は玉藻の左腕で錫杖を掴んで見せる。


 「なっ!」


 その事実に驚いてしまった龍宮寺の陰陽機の頭部に玉藻の右腕が炸裂する。

 龍宮寺は大きく後退し錫杖も叶夜に奪われてしまう。

 叶夜はその錫杖を遠くへ放り投げる。


 「フム、水虎との戦いとの経験が生かされとるようじゃな。感心感心。」

 「いや、まるで全部自分のお陰みたいな事言ってるけど違うからな。」


 玉藻は普段通りに叶夜に声を掛けていたが心の中では別の事を思っていた。


 (…これだけの短期間でこれだけ成長できるとはのう。…運かそれも天性の才か。いずれにせよ陰陽師で生まれていたら持て囃されていたじゃろうに…むしろ対峙するとは、因果なものよのう。)


 その様な事を玉藻が考えているとは思わないで叶夜は吹き飛ばした龍宮寺に言う。


 「どうだ龍宮寺。今のは効いただろう。」

 「…ええ一本取られたわ。」


 そう認めつつ龍宮寺は陰陽機を起ちあがらせる。


 「そして思い上がってた。…全力では無いとはいえ大妖怪の【怪機】相手に一体一で勝とうだなんて。」

 「撤退してくれるか。」

 「まさか。」


 そう言うと龍宮寺は陰陽機の脚部に収納されていた巨大な札を二枚取り出す。


 「悪く思わないで。これが本来の陰陽師の戦い方よ。…来なさい!牛頭!馬頭!」


 龍宮寺は札を宙に投げると二つの札が光を放ち陰陽機と同じ大きさをもった牛の頭をもった妖と馬の頭をもった妖が現れる。

 二匹とも鼻息荒く玉藻を見ている。


 (あっ、ヤバいかも。)


 三対一となった現状を理解し叶夜はただそう思った。

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