第五幕 転入―プリーモニション―
叶夜と玉藻が契約を結んでの翌日。
本日は平日の金曜日でありつまりは叶夜も学校に向かわなければならない。
その通学路においてやたらと周りを気にしながら通学する叶夜の姿があった。
「我が言えた事ではないかも知れんがのう叶夜。今のお主だいぶ不審者じゃぞ。」
そしてその後ろで付いて(憑いて?)来ているのは勿論玉藻である。
叶夜も本来ならば連れて来たくは無く強く拒否したのだが玉藻が子どものように駄々を捏ね始めた上に。
『連れてもらえんのじゃったらこの辺り一帯に厄をまき散らすぞ!』
そう段々と昔ぽい話し方が抜けてきた脅しをかましてきたので叶夜は一帯の安全の為、そしてそんな玉藻を見ていられなくなり仕方なく一緒に通学路を歩いている。
「そのように警戒をせんでも我の姿も声も普通の人間には認識されんぞ。」
「うるさい。玉藻には分からんさ、隣に痴女一歩手前のような恰好をした連れが歩いている気持ちは。」
と叶夜は周りに聞こえない程度の声で喋るがその一方で玉藻の音量は上がる。
「痴女!我の恰好を痴女と申したか叶夜!当世ではこうした露出は普通だと聞きたぞ!?」
「…やりすぎなんだよ。誰がそんなに胸元を空けるものか。それをしていいのは二次元世界の住民だけだ。」
「そ、そうじゃ…た、のか。」
「本気でショック受けてるよこの大妖怪。」
そのような話をしていると後ろから叶夜に声を掛けてくる人間がいた。
「よ!叶夜。何がショックだって?」
そう言って駆け寄って来たのは信二であった。
叶夜は友達が非常に少ないのでこうして声を掛けてくるのは信二ぐらいしか居ないのであるが。
「い、いや。昨日卵を買いそびれてな。」
「ありゃ~。ま、次があるさ。」
そう言いながら二人は一緒に登校を始める。
しばらく適当な会話を続けていく中で叶夜は玉藻が周りに見えていない事を確信していた。
信二は良くも悪くも素直な性格である。
そんな信二が玉藻を見れば騒ぎ立てる事間違いない。
最初は気を使っている可能性も考えていたが表情を見る限り本当に見えていないと叶夜は決定づけた。
伊達に中学からの腐れ縁では無いのである。
「お、そうそう。あの話聞いたか?」
「ん?どの話だ。」
「何でもお前んとこのクラスに転入生が来るんだとさ!」
「転入生?この中途半端な頃にか?」
現在の暦は四月の中旬、新生活もスタートし始めたこの頃に転入してくるという事実に疑問を感じる叶夜。
「まあ親の仕事の都合か何かじゃねえの?それよりもその転入生、超美人だってよ。やったな大将!」
「へぇ~。」
「おい、青少年ならここはテンションを上げる所だろ?まあ、お前らしいと言ったららしいけど。」
そう呆れたように信二は肩を竦める。
(まあ、美人なら今後ろにいるしな。)
そう心の中で思っていると後ろから声がする。
(ほう、嬉しい事言ってくれるのう叶夜。)
(…頭の中を勝手に読まないでくれませんかね玉藻さん。)
いつの間にか復帰した玉藻が声を掛けて来たのである。
(フン!どうせ我は痴女じゃからな!頭の中を覗く位ええじゃろ!)
(…まだ引きずってるのかよ。)
訂正、完全には復帰しきれなかった模様である。
(そんな事よりも叶夜。あ奴はお主の友か?)
(…そうだよ。だからちょっかい掛けるなよ。一応数少ない友達なんだから…。)
(その様な子どもじみた事はせん。揶揄いがいのある性格をしてそうじゃがの。)
滅茶苦茶しそうだ、と思いかけるが全力でかき消す。
それを知ってか知らずか玉藻は信二の方を向きながら叶夜と話す。
(…あ奴の魂は善良じゃ。良き友を得たな叶夜、大事にするとええぞ。)
(…ああそうだな。)
叶夜は信二を見つめながら過去を思い返す。
扱いづらいと言われていた叶夜に分け隔てなく接してくれたのは信二ぐらいであった。
口にはしないものの感謝はしていた。
「ん、どうした叶夜?…俺に惚れたら火傷するぜ。」
「…別に何でもない。が、もしよければ水をぶっかけようか?」
ハハハと信二は笑いながら前を歩く。
それに習うように叶夜は学校への道を急ぐのであった。
縁真高校の1-B。
朝礼までの時間は生徒は様々な事をしている。
友達との会話を楽しむ者もいれば、一人で時間を潰す者もいる。
叶夜は当然後者であるがそれ以外の生徒は普段とは違う様子である。
例の転入生の噂は少なくともクラス中に伝わっている模様である。
特にプレイボーイと噂されている高梨は浮足だっているのが見え見えである。
「ハァ…アホくさ。」
(…青春を謳歌する年齢とは思えん言葉じゃな。)
(喧しい。達観してると言え。)
(じゃが転入生との『らぶろまんす』は若者の憧れではないのかえ?)
(ねぇ、さっきから思ってたんだけど玉藻の若者への情報てどうやって手に入れるの?)
(ん、時々【裏世界】に流れてくる本とかからじゃな。)
(…とりあえずそれ今後見るの禁止で。)
(何でじゃぁぁぁ!!)
誰にも聞かれない玉藻の叫びが教室に響く中、朝礼開始の音が鳴り始める。
「は~い!皆さん席について下さいね~。」
そう言って1-Bの教室に入って来たのは仲村 由香(なかむら ゆか)教師。
生徒想いで非常に人気のある先生ではあるがこの仲村先生、年齢は三十一なのだがそれにしては若干キャラがキツイと噂されている。
ちなみに三十までに結婚出来なかった事がよっぽど悔しかったらしくその話をするとまるで顔が般若ようであったという所から裏では【般若の仲村】と呼ばれている。
それはともかくとして仲村先生(三十一、独身)が朝礼を進めていく中でようやく例の話題について切り出す。
「は~い、それでは普段なら終わる所ですが今回は皆さんにサプライズがありま~す。」
(サプライズも何も、もう皆知ってますけど…。)
そう思っていても口にしない叶夜。
時として伝えない方が物事がスムーズに行く事もあるのだ。
…結婚の事とか年齢の事とか。
「それでは龍宮寺さん。入ってきてくださ~い。」
そう仲村先生(彼氏募集中)が言うと閉められていた教室が開かれる。
オォォ~!!
そして龍宮寺と呼ばれた生徒が入って来ると教室は興奮やら驚きやらが混ざったどよめきで占められる。
背は凡そ180ぐらいであろうか?
まるでモデルのような身長をもったその女子生徒は凛とした空気を醸し出していた。
艶のある濡れ羽色の長い髪をポニーテールにしているのもその一員かも知れない。
キリッと引き締められた表情と眉毛が真面目さを表しているよう。
そして男子生徒が一番注目していたのはその胸部であった。
縁真高校の制服はブレザーとなっているがそのブレザー越しでもその大きさは一目瞭然であった。
その女子生徒は皆の前に立つと一礼したのち黒板に名前を書いていく。
「は~い。それでは自己紹介してもらいましょう。龍宮寺さん、どうぞ。」
「本日よりこの縁真高校に転校しました龍宮寺 八重(りゅうぐうじ やえ)と言います。これからよろしくお願いします。」
お手本のような挨拶をすると龍宮寺は再び一例をする。
「龍宮寺さんは前は京都の出身ですけど両親の都合でこっちに引っ越してきました~。皆、仲良くしてあげて下さいね~。」
それに同意する声が教室に響く中、叶夜は龍宮寺からの視線を感じていた。
「な!やっぱり美人だったろ!」
「ん?あ、ああ思っていたより美人なのは認めるよ。」
時は経ち昼休みの学食内にて叶夜は信二と駄弁っていた。
開幕の話題は勿論転入してきた龍宮寺についてである。
あれから昼休みになるたびクラスどころか学園を越えて美人転入生と噂の龍宮寺を一目見ようと集まってきてクラスの生徒はトイレ行くのも一苦労な状況であった。
そんな迫り来る野次馬たちに対して龍宮寺は一人ずつ丁寧に対処していった。
…時々叶夜を見つめながら。
(アレってやっぱり気のせいとか俺の自信過剰じゃないよな。)
(うむうむ。あの視線はお主に向けられていたに違いない。色男じゃのう叶夜。)
「…冗談はよしてくれ(ボソッ)。」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何にも。」
そう言って叶夜は注文したカツ丼を一口食べる。
出汁が効いた卵がカツと一体となり何とも言えない味わいを出している。
ここの学食は中々美味しく叶夜は弁当を作らず学食をよく利用していた。
(ゴクリ。)
唾を飲みこむ音が近くから聞こえる。
信二ではないだろう、いま彼は好物のうどんを楽しんでいる。
となれば答えは一つ、玉藻だ。
(な、なあ叶夜。一つ頼みがあるんじゃが。)
(カツ丼はやらんぞ。)
(な、なんでじゃ!いいじゃろ一口くらい!祟るぞ!)
(カツ丼一口で祟られるって前代未聞もいいところだろ。まったく…。)
そう言うと叶夜はキョロキョロと周りを見渡す。
そして誰もこっちを見ていない(信二はうどんに夢中)のを確認した後、カツ丼をつまんだ箸を玉藻の方に向ける。
すると玉藻は躊躇なくカツ丼を頬張る。
見た者がいるとするならばカツ丼が空中で消えたように見えたであろう。
(う!美味いぞ~!!人間はずるいのう!!こんなにおいしい物が毎日食えるなんて初めて我は人間に嫉妬しておる!!)
飛び跳ねながら喜びを表現する玉藻に呆れつつも冷めない内に残りを食べようとした時、凛とした声が叶夜の耳に入って来る。
「隣、いいかな?」
その問いかけて来たのは時の人である龍宮寺 八重であった。
「え、えっ~と。」
叶夜はその返事を迷っていた。
食堂は混んでいるとはいえそれでも空いている所が無い訳では無い。
だというのにわざわざ叶夜の隣に座ろうとしてくる。
それが恋愛感情を持っているからだと思うほど叶夜の自意識は高くない。
だがその返事は思いかけず信二の方から出される事になる。
「おう、遠慮せずに座っていいって。」
(信二…。)
頭を抱えそうになるのを我慢しながらこうなっては仕方ないと龍宮寺に頷く。
それを受け龍宮寺は叶夜の隣の椅子に座る。
その手のお盆にはソバが乗せられており龍宮寺は手を合わせると粛々と食べ始める。
その所作はどこかの狐とは違いとても美しいものであった。
「…ところで龍宮寺、さん。何でわざわざその席に?空いてる所は他にもありますけど?」
その直球すぎる言い方に信二がフォローに入る。
「ハハ、すまねぇな龍宮寺。こいつこんな性格だけど根はいい奴なんだ。」
「…お前は俺の母親か何かか?」
「…フフ。」
叶夜と信二がいつもみたいなやり取りをしていると初めて龍宮寺の笑い声が聞こえた。
「ごめんなさい、二人のやり取りが面白くて。それに朧君に対しても別に悪く思ってない。直球なのは嫌じゃないわ。」
そう笑みを浮かべながら言う龍宮寺は改めて叶夜の方を見る。
「確かに私は朧君の隣を狙ってたわ。出来るだけクラスの人と仲良くなりたいから。」
(ま、それだけじゃ無かろうがな。)
そう玉藻が呟くのを聞きながらも叶夜は今は龍宮寺との話に集中する。
「…そう言う事なら。これからよろしく龍宮寺さん。」
「ええよろしく朧君。それから呼び捨てでいいわよ。」
そう言って二人は握手をする。
その様子を信二は頷きながら見守っていた。
「うんうん。お前も青春の道を歩き始めたんだな。」
「…お前は本当に俺の何なんだよ。」
「そうだ例の同好会の件、考えてくれたか?」
「まだ諦めて無かったのかよ。」
「当然だろ。で、いつ結成するよ妖怪同好会!」
「妖怪、同好会?」
その話に何故か龍宮寺が食いつく。
「そうそう、こいつが妖怪について詳しいからそれで同好会にしようってな。」
「…頷いたつもりはないんだけど。」
「いいじゃねえか、どうせ暇なんだろ?だったら一緒に青春しようぜ。」
「その話、私も一枚噛ませてもいいかな?」
その龍宮寺の言葉には叶夜もだが信二も驚いた。
とてもじゃないが妖怪に興味があるとは思えなかったからである。
「え、何。龍宮寺も妖怪詳しい感じ?」
「うん、わたし京都の山奥出身だからそういった話にはとても興味があるわ。」
「へぇ~そうなんだ。どうだ叶夜、これで三人集まったぞ。」
「…もう俺は確定なのね。」
「よおし、そうと決まれば色々準備しないとな!早速行くぜ!」
そう言って信二は残ったうどんを平らげるとどこかへ去ってゆく。
「元気ね。」
「まぁ、そうだな。」
信二を話題にして会話を続けているとその間に割って入る者がいた。
「やあ龍宮寺さん。ここにいたのか。」
そういいつつ近寄って来たのは高梨であった。
イケメンモードを全開に龍宮寺に近づこうとするが彼女は席を立ってしまう。
「ごめんなさい。食べ終わったからこれで。」
「あ、ああそう。…ね、ねえ龍宮寺さん今度みんなで遊びに行かない?」
「…悪いけど。」
そう言いながら高梨を見る目はとても冷たいものであった。
「ナンパな人とは仲良くする気は無いわ。じゃあ。」
そう言って食器を返しにいく龍宮寺をしばらく見ていた高梨であったが。
「チィ!」
盛大に舌打ちして食堂から去って行った。
(フム、高校生とやらも中々大変のようじゃのう。)
(アレを代表にされるのは不本意だけどな。)
そう会話して叶夜はすっかり冷めたカツ丼を頬張る。
もう昼休みも時間があまり無いので急ぎで。
(さて叶夜。授業とやらが終わったらお主暇か。)
(出来れば買い物したいけど暇といえば暇だよ。それが?)
(無論、力を手に入れた者がすべき事など一つしかあるまい。)
そう言うと玉藻はニヤッとした顔を叶夜に向ける。
(修行じゃ!!)
(あ、じゃが買い物してからでよいぞ。夕飯、期待しとるからな!)
(ハァ…。)
すっかり食べる気である玉藻を見ながら食費の管理を徹底しなければと強く思う叶夜であった。
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