第三幕 戦闘―アビリティ―

 「なぁ、兄者。あんな人間、もう放っておいて次の人間を襲ってちまった方が早くねぇか?」

 「駄目だ弟者。どうせあの九尾の事だ、庇ってもすぐに飽きて放り出すに違いない。このまま待つぞ。」


 人の気配が無い黒の世界で足長手長は元の大きさに戻り叶夜が入っていった神社より少し離れて出てくるのを待っていた。


 「けどよぉ兄者。もし九尾の奴の気が変わらなかったら俺たち無駄骨だぜぇ?」

 「だとしても弟者。陰陽師の締め付けが厳しくなってる今、簡単に人間を襲えなくなっちまってる。これは賭けだ、それともお前は俺を信じられねぇか足長人。」

 「そ、そんな訳ねえよ!兄者!いや手長人!俺ら二匹揃って足長手長じゃねえか!」

 「フ、それでこそ弟者だ!さてそろそろ九尾の奴も飽きて来た…ん?」


 自分たちとは違う妖気の集まりを感じ手長人は神社の方にその顔を向ける。

 すると凄まじい妖気が暴風となり辺り一帯の建物を吹き飛ばす。


 「グォォォォォ!?」

 「ふ、踏ん張れ弟者!?」


 突然の妖気の暴風に驚きつつも足長人は吹き飛ばされないように踏ん張るが最終的には地面が剥がれ一緒に吹き飛ばされる。


 「ウオッ!?す、済まない兄者!?」

 「ま、任せろ弟者!!」


 そう言うと手長人は長い手を更に伸ばし暴風の影響の無いエリアの電信柱を掴む。


 「た、助かったぜ兄者。」

 「どうって事は無いぜ弟者。それにしても一体何が…。」


 そう言いながら足長手長が神社の方へ顔を向けるとそこには手長人の当初の予想を大きく超える状態であった。

 神社を残しその周り一帯は先ほどの暴風により何もかもが吹き飛ばされていた。

 その廃墟を通り越し更地の中で巨大な鉄の巨体がただ立っていた。

 その巨体は透き通るような白い装甲をしており頭上には狐耳。

 九尾の特徴である九本の尾は見当たらないがそれでも足長手長は二人とも自分たちとは格の違う妖気からその正体を理解していた。


 「あ、兄者!あ、アレはまさか!?」

 「ああ弟者。間違いねぇ!あの九尾の【鉄ノ器】だ!野郎、ついに俺たちを本気で潰しに来やがった!!」


 足長人と手長人、その二人とも体に震えが来ていた。

 今まで玉藻と足長手長は互いの活動に口を出さない事で暗黙の不可侵条約を結んでいた。

 だがこうして玉藻が出て来たという事は自分たちを滅ぼす気である事は明白であった。

 元々口約束すらしていない条約である。

 玉藻にとっては実際その様なもの、どうでもいい事であった。


 「に、逃げようぜ兄者!さ、流石に格が違うぜ!」

 「待て!弟者!!奴をよく見ろ!!」


 手長人に言われ恐る恐る足長人は玉藻の方に視線を向ける。

 彼らの言う【鉄ノ器】は全く動かずその場に直立するのみであった。


 「ん?兄者あれは一体?」

 「弟者、九尾の奴はさっきの人間を乗り手として決めたはいいが動かし方が分からないと見たぜ!」

 「マジかよ!兄者!これは絶好の機会だぜ!!」

 「分かってる弟者!今の隙にあの九尾を倒せば俺たち足長手長の名も上がるってもんよ!!」

 「「九尾の奴とここで決戦だ!!」」



 「…よ。…きよ。起きよ!叶夜!!」

 「…ん、ん~ん。」


 玉藻の声が響き気絶していた叶夜はようやくその目を開ける。


 「…は?」


 だが現状を把握するには至らなかった。

 叶夜が辺りを見渡すとそこはまるでアニメや漫画で見たロボットのコックピットのようである。

 だが目の前には操作パネルや操縦桿の類は一切見当たらなかった。

 あるのは石で出来た手置きと足置きぐらいである。


 「え…えぇ!?これどういう状況!?」

 「フム、目を覚ましたのは良いが少々うるさいぞ叶夜。我の乗り手になったのじゃから堂々とせよ。」

 「た、玉藻様!?い、一体どこに!?」

 「?おかしな事を聞くよな叶夜。我はお主が乗っている【鉄ノ器】。最近の人間の言葉で言うなら『ろぼっと』?という奴に我はなった訳じゃな。」

 「…ハァ?何が一体どうなって?」


 そう言いながら叶夜は様々な所を触ろうとするが。


 「ヒャッ!!」

 「え?」

 「こ、これ叶夜!契約したとはいえその様な所を触るでない。…我にも羞恥心というものはあるのじゃぞ…。」

 「す、済みません。(どこを触ってしまったんだろう?)」

 「う、うむ。それよりもこの状況を一からを説明しても良いのじゃが…どうやらその暇は無さそうじゃな。前を見よ叶夜。」

 「え?」


 そう玉藻に言われて目の前を見るとそこには光と同時に先ほどの巨大ロボの足長手長が現れた。


 「「ハハハ、人間!どうやって九尾を説得したかは知らんが自ら乗り込むとは実に愚かであるな!!」」


 そう言いつつ足長手長はこちらに近づいて来る。


 「ち、ちょっとまて!玉藻様!これどうやって動かすんですか!?」

 「どうやるも何もまずは手と足を置いて…。」

 「「先手必勝!!」」


 ある程度近づいたら足長手長は腕を大きく伸ばし玉藻の首に巻き付ける絞める。


 「う!く、くるしぃ…。」


 手長人の腕が玉藻の首に巻き付かれると同時に叶夜も同じく何かが首を絞める感覚がした。

 叶夜は巻き付いている何かを取ろうとするが手は空を切るばかりで何も掴めない。


 「言い忘れておったが叶夜。我が受けた衝撃はそのままお前にも受けるからの。避けれる攻撃は避けた方が良いぞ。」

 (それを早く言って欲しかったな!?)


 先に言って貰っても動かせないのだから意味は無いのだが思わず叶夜は頭の中でそう叫ばずにはいられなかった。

 そのような事を思っている間にも段々と首が絞まってゆく感覚が強くなってゆく。


 (も、もう。だ、駄目、かも。)


 徐々に意識が薄れてゆく中、叶夜の頭の中では過去の記憶が思い返されていた。

 その中でつい先ほどの言葉が叶夜の中で何度も繰り返される。

 『どうやるも何もまずは手と足を置いて…。』

 叶夜は感覚が薄れゆく中必死に手と足を置き場に沿える。

 そしてただ必死にこの巨体が動くイメージをした。

 すると一歩玉藻が動いたのか振動が響く。


 「ほう、ようやく動かせる事に成功しよったか。」


 そう玉藻が言うが首を絞められてる感覚は未だ残っている叶夜は返事が出来ない。


 「ああ、喋らんでも良いぞ。考えてる事は分かる。」

 (だ、だったら。武器とか無いのですか?)

 「ん?無いぞ。ただ念じれば我が妖力で造りだす事も可能じゃがな。」

 (だ、だったら!!)


 叶夜は再び強くイメージする。

 この締め付ける腕を切り裂く武器を、そしてその動きを。

 すると巨大な刀が玉藻の右手に握られる。

 そして玉藻はその刀を使い巻き付いている手長人の腕に向かって思いっきり切り裂く。


 「ギャァァァァァァァ!!」

 「兄者!?」


 切り裂かれた腕を玉藻の首に残しながら足長手長は大きくよろよろと後退する。

 叶夜は玉藻の首に残っている腕を掴むとそこら辺に投げつける。

 手長人の腕は建物をなぎ倒しながら大地に叩きつけられるとその場で霧散してゆく。


 「ハァ…ハァ…!!」

 「フム、もう少し早く対処出来るかと思うたが…。まあ一人で出来たのじゃから及第点といった所じゃろうな。」

 「ハァ…ハァ…そりゃどうも玉藻様…って!向こう何か血みたいなやつが流れてるんですけど!!」


 叶夜が目の前の足長手長を見ると紫色の血を流しながら切られた痛みに藻掻いている。


 「うむ、そうじゃな。簡単に説明すると人間のような姿もこの【鉄ノ器】の状態も我ら妖の肉体には変わりない、と言う事じゃ。」

 「…イマイチよく分かって無いけれど、要はこのままあの鉄の足長手長を破壊すればいいって事。でいいですか?」

 「まぁ今はそういう事でいいじゃろ。」

 「よし、だったらこのまま…!」


 そう言って叶夜は玉藻の持っている刀を両手で持ち直しこれで決めようと玉藻をジリジリと近づけ始める。


 「人間んんんんん!!よくも兄者をォォォォ!!」


 そう叫びながら足長人は屈伸した後、大きく跳躍する。

 すると足長人の脚がみるみる伸びていき巨大化していく。


 「九尾諸共くたばれ人間!!」


 そう叫ぶと足長人は巨大化した脚を使い玉藻を踏みつけようとしてくる。

 巨大な脚が玉藻に近づいていく中で叶夜は刀を捨て足を受け止める体制に入る。

 そして玉藻と足が衝突すると衝撃波によって周りはさらに荒れてゆく。


 「グッ!このクソ!!」


 その様な衝撃を受けながらも玉藻は傷一つ無く巨大な足を受け止めていた。

 凄まじい痛みが走り叶夜は苦悶の表情を浮かべるが決して諦めはしなかった。


 「押し潰れろ!!」


 足長人は更に脚に力を込めて踏み込む。

 玉藻の脚が大地にめり込みそれと同時に叶夜の脚にも激しい痛みが襲う。


 「さて、どうするつもりじゃ?このままじゃと押し潰れるぞ?」

 「ひと、ごと、だな!」

 「他人事ではあらんぞ。このままじゃと我も死ぬんじゃから。ほれ頑張れ頑張れ。」

 「…チクショウ!どうとにでもなれ!!」


 すると後ろから三本の光輝く尾が玉藻から現れる。

 同時に徐々に足長人の脚が玉藻によって持ち上がりつつあった。


 「「な、何だと!!」」


 手長人と足長人、二人の驚きの声が重なる。

 あの細身で巨大化している自分たちの自重に対抗している。

 妖としての格を考えれば可笑しな事ではないが先ほどまでは足長手長の方が少しではあるが勝っていたというのに今では押されている。

 つまりこの短時間で叶夜が玉藻前の力を少しではあるが引き出したという事である。

 それが足長手長には信じられなかったのである。

 そしてそれは玉藻も同じであった。


 (…尾を一本引き出せば上等だと思うておったが三本か…。意外と乗り手の才能があるかも知れんな。)


 叶夜への評価を上方へ修正すると玉藻は声を掛ける。


 「よく頑張っておるな叶夜。」

 「ほ、褒めてくれるなら何か現状を打破する方法を教えてもらいたいんですが!」

 「ん、そうじゃな手出しをすまいと思うたが…初回特典じゃ我が直々に妖術という物を見せてやろう。」


 そう言うと玉藻の足の周りに炎が渦巻き始める。


 「《狐火・炎哭》。」


 そう玉藻が唱えると渦巻いていた炎は巨大な火柱となって玉藻の周りを囲う。


 「グァァァァァァァ!!」

 「お、弟者ぁ!!」


 それと同時に火柱は足長人の脚を焼き尽くす。

 足を火柱から遠ざけるが時既に遅し、高火力の炎が脚を黒焦げにしていた。

 ヨタヨタと片足で後退する足長手長は徐々に元々の戦闘時の大きさまで戻ってゆく。


 「う、足が。俺の足が…。」

 「弟者!ここは一旦引くぞ!」


 手長人はそう言いつつ火柱に対し背を向けようとする。

 すると火柱はその勢いを止め消えてゆく。

 そしてその後には玉藻の姿は見えなかった。


 「い、一体どこに!?」

 「う、上だ!兄者!!」


 その言葉に手長人が反応し上を見上げるとそこには炎を纏った刀を振り上げこちらに迫って来る玉藻の姿が見えた。

 手長人は防御しようとするが既にその両腕は無く。

 足長人は逃げようと藻掻くがその片脚は既に消し炭。

 そして玉藻は重力に任せ降下すると足長手長を頭から両断する。


 「あ、兄者…。」

 「お、弟者…。」

 「「む、無念。」」


 そう言い切ると足長手長は切られた所から霧散してゆきその場に何も残さず消え去った。


 「ハァ…ハァ…ハァ…か、勝った?」

 「ああ、そうじゃ。お主の勝ちじゃ叶夜。」

 「…二人の勝利、じゃないか?最後の方は手伝って貰った訳だし。」

 「じゃが最後の止めはお前さ差した。じゃからお主の勝ちなのは変わらん。」

 「じゃあ…そういう事に…しとこう…か。」


 そう言うと叶夜は再び意識を失ってしてしまう。



 叶夜が目覚めるとそこは星のない暗闇であったが何やら山のようなものが目を遮る。


 「…アレ、ここは…?」

 「ようやく目が覚めおったか。無防備すぎて危うく喰ろうてしまう所じゃたぞ?」


 すると山の上の方から玉藻の声が聞こえてくる。


 「??」


 叶夜が未だ状況を理解できずにいると玉藻がため息を吐きながら語る。


 「全くこの我の膝で眠れるとは…叶夜、お前の運はもうオケラじゃな。」

 「ああ、それでやけに頭の下が柔らかいと…ん?」


 叶夜はここでようやく頭上にある山の正体に気が付き慌てて膝から逃れる。


 「なんじゃ、無理せずおったらいいものを。」

 「い、いえ。もう、十分です。」

 (危な!もうちょっとで揉むとこだった!!)


 そのような事をすれば今度は叶夜自身が消し炭にされかねないと冷や汗を掻く。


 「やれやれ呆れるほど初心じゃの叶夜。」

 「そ、それよりも本当に元の世界に戻れるのか?」

 「無論。じゃがこのまま【表世界】に戻せば何があるか分からん。取り敢えず【表世界】でお主の家に近い人通りが無い所に移動するかの。」

 「あ、ああじゃあこっち。」


 そう言って叶夜は戦闘の余波でボロボロになった街並みを抜けこの世界での自宅に向かって行く。


 「それにしてもこの世界の損害って、その【表世界】に反映されないのですか?」

 「されん。ここと【表世界】とは完全に隔絶されておる。」

 「…良かった。」


 その事実に安心しながら叶夜は自らの家が視界に入る辺りの袋小路に着いた。


 「この辺りなら人に見られる事は無いと思います。」

 「そうか、なら目を瞑れ。」


 玉藻に言われるがまま目を瞑る叶夜。

 その肩に手を置かれた数秒後。


 「もう良いぞ。」


 叶夜が目を開けると空は夕焼け色で人の気配もしっかりと感じる。


 「うむ、ではさっさとお主の家に入ろうか。」

 「ええ、玉藻さま…ん?」

 「どうした?叶夜」


 そう玉藻が叶夜に話しかける、そう玉藻が。


 (た、玉藻様がこっちに来ているぅぅぅぅぅ!?)


 叶夜は人に聞かれないように心の中で叫ぶのであった。

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