第十四話 不安

 それから先の展開は本当に目まぐるしいものだった。


 描かれているものが呪いであることと、以前にそれを解呪していることを伝えたところ、伯恩ハクオンの態度は一変。


 協力を渋るような雰囲気は消え失せ、むしろ向こうが協力を請うくらいの勢いで、あちらが直面している問題を説明し始めた。


 曰く、この写生スケッチに描かれているのはキュウ国の要人で、秘密裏に治療方法を探していたところなのだという。


 もしも呪いを解くことができれば、王族からの助力を得られるに違いない――それが伯恩の提案だった。


「僕としても願ったり叶ったりだ。正体不明の霊獣、僕と同じ呪い。とてもじゃないが無関係とは思えない」


 雪那が同意するなら俺も断る理由はないし、無関係とは思えないのは同意見だ。


 そう考えて、協力させてもらいたいと返答したところ――


「ありがとうございます! それではさっそくご案内させていただきたい!」


 ――なんと今すぐ解呪に取り掛かることになってしまった。


 案内された先は宮殿の一画。


 中心にある正殿ではなく、広大な敷地の外れに位置する別棟の一つ。


 俺にとっては懐かしさすら覚える風景だ。


 大勢の従者や侍女に迎えられ、向かった先は寝室らしき部屋。


 そこに寝かされていたのは幼い少年だった。


(子供……だったのか)


 年齢も二桁に達していないだろう。


 少年は上半身裸でうつ伏せに寝かされており、その背中には例の呪詛がびっしりと根を張っていた。


「この御方の素性はお教えできません。どうかご容赦ください」


 伯恩が跪いて深々と頭を下げる。


 恐らくは俺にではなく、苦しげに息をする少年に向けて。


(おいおい、誰がどう見たって御偉方の子供じゃないか。それもかなり高い地位の……そりゃあ解呪を急ぐわけだよ。断ってたらとっ捕まってたかもな……)


 麓城ロクジョウに着いて早々、まさかこんな大事おおごとに首を突っ込むことになるなんて。


 思うところは山程あるが、まずは呪いを解くくうのが優先だ。


「……解呪に取り掛かります。あまり見栄えのいいものではありませんが、どうか誤解なさらないよう。祓われる側に危害は与えません」


 固唾を呑んで見守る従者達に忠告する。


 方法が方法だから、最初に言っておかないとあらぬ誤解を招きそうだ。


 うつ伏せに寝込んだ少年の横に膝を突き、成長期も迎えていない背中に歯を立てる。


 周りの連中が悲鳴を噛み殺した気配がする。


 俺はそんな反応など一切気にせず、以前と同じように呪詛を引き剥がした。


「お、おおお! 見ろ!」

「呪いが消えた! 跡形もないぞ!」

「法術士共が手も足も出なかったというのに……どんな手段を使ったのだ!?」


 驚愕と歓喜の声が響き渡る。


 少年の呼吸も落ち着いていて、無事に苦痛から解放されたのが見て取れた。


 そのまま呪詛を噛み潰そうとしたところ、伯恩がすかさず封印用の壺を差し出してきたので、飲み込むのではなくそこに吐き出しておくことにする。


「お見事です。呪いの分析は我々にお任せください」

「……頼みます。そういうのは専門外ですから」


 伯恩も興奮を隠しきれていない様子だ。


 一方、俺は周囲の反応とは裏腹に、正直かなり気が滅入っていた。


(うぇ……口の中にまだ苦味が……変な臭いもするし……)


 ……そう。この呪い、単純シンプルに不味いのだ。


 さしもの悪食も、何でもかんでも美味く感じるわけではない。


 線引きがどこにあるのかは不明だが、普通は食べられないものに対する悪食の作用は二つに一つ。


 意外と美味びみか、不味いけれど食べられるか。


 今までに食べてきたものでいうと、火炎は刺激的な辛味の前者で、あの呪いはぶっちぎりの後者である。


「お疲れ様」


 従者達が歓喜に騒ぐ中、雪那がさり気なく竹の水筒を渡してくれた。


「まさか、ここまで首尾よく事が進むとはね。見返りとして霊獣の情報が手に入れば大きな前進だ」

「……まったくだ。逆に不安になってくるくらいだね」


 俺も小声で囁き返す。


 現状、あまりにも上手く行き過ぎてる。


 麓城ロクジョウに到着してからの全ての出来事が、文字通り連鎖反応的に繋がって、トントン拍子で最有力情報にまで手が届いてしまった。


 最初はもっと腰を据えて調べる必要があると思っていたのに。


 もちろん、単なる幸運という可能性も十二分にある。


 とんでもない不幸に見舞われたのだから、多少の揺り戻しがあってもばちは当たらないだろう。


 けれど、それでも――


「分かってる。君の心配はもっともだ。けどね、仮に誰かの誘導があったのだとしても、


 雪那は俺の不安を解きほぐそうとするかのように、顔のすぐそばで微笑みを浮かべた。


「虎穴に入らずんば虎子を得ずという奴さ。龍の僕が使うのは妙な言い回しかもしれないけどね。仮に犯人が僕達を誘導しているのなら、それはそれで犯人の正体に近付く手段になるはず……だから、もっと肩の力を抜いてくれていいんだよ」


 優しい声色で諭されて、俺は短く息を吐いた。


 確かに気張りすぎていたかもしれない。


 悪い想像はいくら重ねても尽きないものだ。


 雪那は俺がそいつに押し潰されそうになっていたのを悟り、わざわざ気を使ってくれたのだ。


「……ありがとな。少しは気が楽になったよ」

「なら、よし。依頼主は僕なんだから、もっと頼ってくれたまえよ」


 冗談めかした雪那の口振りに、俺も思わず笑ってしまう。


 これから先に何が待ち構えているのかは分からないが、雪那とならきっと乗り越えられる――そんな予感めいた確信が胸に湧き上がってくるのだった。

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