第十三話 情報

 聞き込みから戻ってきた雪那と合流して、さっそく情報を共有する。


 念の為、誰かに聞かれる危険性を最小限に抑えられるように、個室を提供している料理屋を利用させてもらうことにした。


 決して安い店ではないはずだが、そこはさすが龍王の姫。


 懐から取り出した金貨で、顔色一つ変えずに支払いを終えてしまった。


「店主によると、数日前に霊獣らしき輩が一暴れしたらしい。目撃者には箝口令が敷かれ、表向きには霊獣と無関係な事件ということにされたそうだ」

「それでも店主のとこには情報が流れてきたんだな。人の口に戸は立てられないってわけか。その霊獣が犯人の可能性は?」

「現時点では何とも。事件自体、本当に突然の出来事だったらしいからね」


 雪那は甘い餡入りの菓子を齧りながら、霊獣の件以外にも仕入れていた情報を一通り説明した。


 しかし残念なことに、手がかりになりそうな情報は他にはなかったようだ。


「……俺からも一ついいか? 話半分に聞いてもらっていいんだが……」


 孔雅コウガと名乗った仮面の法術士から接触を受けたことを、包み隠すことなく正直に報告する。


 もちろん、父上や黎禅レイゼンに従っている法術士なので、全面的に信用することはできないと念を押しながら。


「なるほど。孔雅とかいう人間の目的が何であるにせよ、この国の法術士に接触してみるのは悪くない。まずはそちらから当たってみるとしようじゃないか」


 雪那は齧りかけの菓子の残りを口に放り込み、色の薄い唇に笑みを浮かべた。


 本人がそれでいいと決めたなら、反対する理由は俺にはない。


 ただ、一つだけ、何とも言えない漠然とした不安がある。


 理屈ではない。根拠の有無以前に、何が不安なのかを具体的に説明することもできない。


 法術士の孔雅と遭遇したとき、妙な違和感があった。


 無理矢理言葉にするなら、どこかで嗅いだことがある匂いがしたけれど、一体どこで嗅いだのか全く思い出せないし、何の匂いなのかも分からない……といった感覚に近いだろうか。


 ひょっとしたら事は単純で、法術士が儀式で焚くこうの残り香が漂っていて、王宮で暮らしていた頃に嗅いだ記憶が呼び起こされたのかもしれない。


(ただの思い過ごしならいいんだけど……やっぱり状況が状況だけに、細かいことが気になってしょうがないな……)


 合理的な説明をいくら考えても、胸の奥底にこびり付いた一抹の不安が消えてくれない。


 とにかく、あの奇妙な感覚の存在だけは忘れないようにしよう。


 俺はそう心に決めて、引き続き情報収集に協力することにしたのだった。


◆ ◆ ◆


 孔雅から紹介された法術士は、名をシュウ伯恩ハクオンというらしい。


 名前と職業だけで探すのは大変かもしれないと思ったのだが、意外なくらいにあっさりと居場所を特定することができた。


 それもそのはず。


 周伯恩は孔雅が説明していた通り、キュウ国の王族に仕える法術士で、この麓城ロクジョウの街でも名士として知られている有名人なのだ。


 さっそく伯恩の屋敷に向かい、孔雅からの紹介だと伝えて面会を希望する。


 普通なら一笑に付される要求のはずで、屋敷の使用人もあからさまに迷惑そうな顔をしていたが、主人に話が通ると状況は一変。


 俺と雪那は即座に屋敷の中へ案内されて、周伯恩と対面することになったのだった。


「急な訪問に応じてくださり、誠にありがとうございます」

「いえいえ。兄弟子の紹介とあらば、応じないわけにはいきますまい。ちょうど非番の日でもありましたからな」


 周伯恩は恰幅のいい壮年の男だった。


 孔雅の素顔は知らないが、兄弟子ということは伯恩よりも年上なのだろうか……いや、そうとも限らない。


 あくまで同じ師匠の下で修行を始めた順番で決まるので、子供くらいに年下の兄弟子も充分にありうる話だ。


(また、さっきと同じ気配? 同じ流派なら同じ儀式をしてるはずだし、やっぱり原因は法術士としての何か……俺の考え過ぎか……?)


 深く考えるだけ無駄なのかもしれない。


 そもそもが曖昧な違和感に過ぎなかったのだから。


「それで、ご用件は?」

「……それはですね……」


 隣の雪那に目線で合図を送る。


 俺が全て説明してしまってもよかったが、本人の口から語ってもらった方が誤解や附則が起こらないだろう。


「僕達は『ある霊獣』を探しています。この街に霊獣が現れたと聞き、もしやと思って尋ねてきたのですが、どうやら口止めが行き届いているようでして。あるいは周法士ほうしであればと思い、伝手つてを頼らせていただきました」


 俺も雪那も、普段とは違う他所行きの態度で応対している。


 どちらも立場は違えど王族の一員。


 お硬い場面での立ち居振舞いは慣れたものだ。


「事情は分かりました。しかし箝口令は王族の決定で、私の一存では如何いかんとも……ふむ、そうですね……」


 周伯恩は一旦奥に引っ込んだかと思うと、丁寧に丸められた一枚の紙を持ってきて、俺達の前に拡げた。


「詳細は伏せてお尋ねします。これについて何かご存知ではありませんか? 返答によっては、王族に渡りを付けることができるかもしれません」


 その紙には文字ではなく絵が描き込まれていた。


 まるで病人の患部を写生スケッチした医学資料のような。


「黎駿……まさか、これは……!」

「ああ、間違いない……あのときの……!」


 俺と雪那は同時にその正体を悟り、顔を見合わせた。


 伯恩が持ってきた紙に描かれていたもの――それは間違いなく、雪那を苦しめていた漆黒の呪詛と同じものであった。

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