第九話 方針

 一口に獣人と言っても、その外見は様々だ。


 獣が服を着て二足歩行しているような姿の者もいれば、人体に獣の特徴が上乗せされたような姿の者もいる。


 十人数分の視線が一斉に注がれて、思わず怯みそうになる。


 この状況、どう考えても俺は異物でしかない。


 雪那は後者のタイプの獣人に近い姿になっているが、俺は頭の上から爪先までただの人間だ。


 こういう場合に、異物がどんな扱いを受けるのか。


 想像するだけで思わず身構えてしまう。


 しかし実際に返ってきたのは、俺が思っていたのとは全く違う反応だった。


「見ろ! 龍族だ!」

「ほ、本物なのか……?」

「本物に決まってるだろ。見ろよあの立派な角」

「まさかこんなところでお目に掛かるとは」

「いい土産話ができちまったぜ」


 ああ、うん。誰も俺なんか気にしていない。


 白龍の雪那がここにいるという事実の方がずっと重要で、一緒にいる男が獣人なのか人間なのかを気にしている余裕もないのだろう。


 拍子抜けというか何というか。


 騒動にならないのは良かったけれど、何となく釈然としない気持ちがあるのも否定はできなかった。


「ようこそ! ゴウ一族の御方ですね! うちで一番の部屋をご用意します!」


 人間的な顔をした兎の獣人が、接客用の笑顔スマイルで俺達を部屋に案内してくれた。


 宿の二階、最も見晴らしがよく、広さだけなら王宮の寝室とも遜色ない。


 うちで一番という売り文句に偽りなしの上等な部屋だ。


 二人は並んで横になれそうな寝台ベッドが二つあり、芸術的な細工が施された衝立で仕切られている。


 ただの相部屋なら反対していたかもしれないが、こんなに広いと同じ部屋にいるという実感も薄くなりそうだ。


「ほら、丁度いい宿があると言っただろう?」

「都合が良すぎるだろ……獣人相手には顔が利くんだな」

「上と伯父達の名声のお陰さ。そんなことより、休憩がてら今後の話をしようか」


 雪那は龍人状態のまま、備え付けの高価そうな椅子に腰掛けた。


 獣人の利用を前提に作られた椅子なのか、背もたれの下半分には背板が取り付けられておらず、龍人状態の雪那の太い尻尾もそこに通されている。


「前の宿では込み入った相談ができなかったからね。ここなら盗み聞きされる心配はないし、龍だと気付かれないようにする必要もない。そういう意味でも丁度いいんだ」


 雪那は俺が反対側の椅子に腰を下ろしたのを見計らい、どこからか取り出した大きな地図を机に拡げた。


 大陸全体を描いた地図だ。


 細かい地形は正確とはいえないが、大まかな位置関係を把握する分には充分である。


「読み方は分かるかな。まず大陸中央から東にかけての範囲が、いわゆる中原ちゅうげん、人間の国家が存在する領域だ」

「分かるに決まってるだろ。これでも次期国王の候補だったんだぞ」

「おっと、失礼。君は知識階級の上位層だったね。話が早そうでありがたいよ。それじゃあまず、僕達が出会ったのは地図上のここで……現在位置はこの辺りだ」


 中原ちゅうげんは八つの大国によって分割統治され、東側だけが海に面している。


 故郷のケイ国は八大国の西端に位置する、周囲を山岳に囲まれた盆地の国。


 国土を横切る大河のお陰で土地は肥沃、山岳地帯も天然の城塞となっているのだが、そのせいで水運以外の貿易には向いていない。


 俺が散々苦労させられたのも、貧弱な山越えの街道の利用を強制されたからだ。


「現在位置の国名はキュウ国。これも君にとっては周知の事実かな」

「北の隣国だからな。国土全体が涼しい高原で、人間国家の中で最も蒼穹そらに近い国……故にキュウ国。気候のせいで稲作はできないから、小麦と羊の肉と乳が主食なんだっけか」


 まぁ、この辺りは雑学の範疇だ。


 雪那の本題もまた別のところにあるのだろう。


「君も知っての通り、中原ちゅうげんの周囲には人間以外の国が乱立している。西の獣人に南の鳥人といった具合にね。そしてこれらの更に外、大陸を囲む四つの海が龍王の領域だ。ただし東だけは例外で、人間の国家と東海竜王の領域が直接隣り合っているんだけど……今は関係ないかな」


 世界地図の各所を指で指し示しながら、雪那は中原ちゅうげんの外の情勢を簡単に説明した。


「この宿はね、西の獣人国家からやってきた使者や証人が、キュウ国の首都に向かうときの中継地点として建てられたものなんだ。君の故郷には、そういうものはなかったのかな?」

「獣人ならたまに来てたけど、うちの首都は一番西の端っこにあったからな。中継地点は必要なかったんだろ。そんなことより……地理の勉強はもういいんじゃないか? そろそろ本題に入ってくれ」


 これはこれで興味深い話ではあるが、俺達の目的に関係あるかと言われたら、首を傾げざるを得ない。


 大部分は覚えておく必要があるのかも怪しい情報だ。


 せいぜい、ここは俺の故郷の北の隣国で、この宿は西からやってくる獣人のための宿、という程度だろう。


 雪那が小さく頷き、大陸の西に広がる西海に指を置いた。


「僕は西海龍王の娘として西海で生まれ育ち、見聞を広めるための長い旅をしているところだった」


 細い指先が西海付近から東に動き始め、大陸西方の獣人領域を経由して、キュウ国の辺りを指し示す。


「それから南を目指し、山脈を飛び越えていた最中さなかに、何者かの襲撃を受けた。このときに呪いを受け、宝珠を奪われたんだ」

「……だからあんな山奥にいたのか……」

「犯人は北に向かって逃亡した。恐らくキュウ国に滞在している間に目をつけられて、人里離れた場所に行く瞬間を狙って尾行されていたんだろう。だから、最初に探すべきはこの国だ」


 自然と腑に落ちる経緯だ。


 嘘や矛盾の存在は特に感じられない。


「まずは首都を目指す。人、物、情報……全てが集まるのは大都市だと相場が決まっているからね」

「道理だな。手がかりはあるのか?」

「僕と宝珠の間には霊的な繋がりがある。近付けばそれと分かるし、既に移動させられた後だったとしても、多少の痕跡を感じ取ることはできるはずだ」


 ――方針は決まった。


 今日のところはこの宿で夜を越し、朝を迎えたらキュウ国の首都を目指して出発する。


 さすがに龍の姿で空を飛んでいくのは目立ちすぎるだろうから、しばらくは陸路での移動になるのだろう。


 今のうちに、できるだけ心身を休めておいた方がよさそうだ。


「ちなみに食事の味付けは獣人向けだからね。舌とお腹に合うものを探すのも醍醐味と思ってくれたまえ」

「……だから不安になるようなこと言うなっての」

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