罪を犯した友の為に

宵町いつか

第1話

 この世界には五つの掟がある。


 一つ、魔法を非魔法使いに見せてはならない。

 一つ、魔法で人を殺してはならない。

 一つ、過去で死んだ者を生き返らせてはならない。その逆も然り。

 一つ、過去から未来に時間移動する魔術を行使してはならない。

 一つ、他者に魔力を譲渡してはならない。




 日の落ちた放課後に滅多に使われない魔法実験室から光が漏れていた。

 等間隔で設置された長机の一つ。その上に小さな蝋燭が2本、ゆらゆらと炎を揺らしている。漏れていた光の原因はこれだろう。

 その蝋燭を囲むように二人の学生が立っていた。

 一人は律儀に学校指定の対魔法の施されたローブと帽子(もちろん魔法使いらしい先の尖った帽子と地面につくほど長ったらしいローブである)を身に着けている人間。性別はよく分からなかったが声からして少女だろうか。

 もう一人はだぼっとしたパーカーを着た青年だ。

 瞳にかかるすこし長めの前髪にシュッと細い瞳。

 俗に言うイケメンといわれる美青年だった。

 青年が言いにくそうに口を開いた。

「本当にやるのか」

 少女は帽子の鍔をくいっと上げ、宝石のように輝いている黒瞳を細めた。

千紗ちさが言ったんでしょ?この方法なら助けられるって」

 責めるような口調で少女は言う。

 千紗と呼ばれた青年はすこしうつむきながら口を開く。

「僕らも掟を破ることになる。最低でも2つも同時に、だ。それでもいいのか。

 それに魔力の問題で戻れるのも彼女が……一澄かすみが犯した後にしか戻れない。結局、みんな大罪者だ」

 少女は迷いなく頭を縦に振った。

「あの子はなにも悪いことはしてない。ただ、非魔法使いに魔法を見せただけなんだから。大罪を犯すのは私達だけだよ」

 千紗は目を閉じ、意を決したように手を胸の前で叩いた。同時に気味の良い音が魔法実験室に響く。

「やるか」

「うん」

 二人は空に手を伸ばし、杖を創り出した。

「手順通りに」

 少女が呟き、杖で空間に線を描いた。

 杖の先からにじみ出てくる緑色のそれは星屑のように淡く光っていた。

 少女の手は手慣れた動きで陣を形成していく。

 体に染みついた動きで精密に、緻密に。

 約一時間ほどで少女の手が止まった。

 それと同時に千紗の杖から黒の混じった緑色の魔力が糸のように飛び出した。

 その濁った緑はちょうど陣の中心にあたり、徐々に陣全体に色を浸透させていく。

「come backtime,to here」

 少女はつぶやくと同時に杖を一振りした。

 次の瞬間、蝋燭が消えた。

 その場所からすべての光が消えた。






 実験室のちょうど中心に二人の学生がいた。

 千紗が少女の肩を揺らす。

「木原。起きろ、木原百歌!」

 揺られながら少女は呻いた。

「ん……大丈夫。生きてるから」

 そう言って百歌は体を起こし周囲を見渡す。

 一見、目覚める前と全く変わらない景色のように思える。ただ一つ、日が昇っていることを除いて。

「行けた?」

「成功したらしい」

 千紗がポツリと呟いた。

 その声を聞いて百歌は息をゆっくり吐いた。

「良かった。それで今何時?」

「あの日の14時だ。まだ時間はある」

 百歌は立ち上がり千紗を見て言った。

「はやく行こ」

 千紗も頷き、辺りを警戒しながら魔法実験室から離れていく。






 一年前のこの日、二人の幼馴染である桐宮きりみや一澄かすみが大罪者として死んだ。

 非魔法使いに魔法を見せたとして少女は殺された。

 閉鎖的なこの魔法界の罪の中で一番重い罪を犯したとして魔法協会によって処刑された。

 これに納得した者は居なかった。

 ただ、仕方なかったと考える者が多数であった。ただ、いつ定められたものかわからない掟をただなんとなく守っているだけなのだから。

 その中で二人だけは違った。

 この世界の理に歯向かおうと決意したのだ。

 もともと魔法の才があった二人にかかれば禁忌の魔法陣も二人でなら行使できることも実験済みだった。

 ただ二人の願いは一つだけ。

 幼馴染を、友を助けるということだけだった。

 その目的のためなら禁忌も掟も障壁とはならなかった。

 過去に戻って一番気を付けなければいけないことは。


「過去の自分と会うこと」

 民家の影で百歌が千紗に念を押すように言った。

「そんなこと当たり前。会ったら未来がどんなことになるか想像がつかない」

 千紗はパーカーの帽子を被りながら言う。

「そもそも今日、僕は部屋に籠もってたし、百歌だって買い物でこの町にはいなかった。だから大丈夫なはず」

「……そうだね」

 百歌は相槌を打ち、歩きだす。

 その後ろをぴったりと千紗はついていく。

 穴が空くほど見た新聞には一澄は町外れの森の中で殺されたらしい。

 処刑なんて大層なものではなくただの不意打ちの暗殺。協会にはどこにも正義の味方らしいところはない。

 百歌たちは周囲をキョロキョロと警戒しながら進んでいく。

 過去色の景色の中を成長している自分たちが歩いているという不思議な感覚を百歌は味わっていた。

 自分だけ先に進んでいるのがすこし申し訳なくて悲しくて、心のなかで一澄に謝った。

 二人は無言で進んでいく。

 40分ほどで森に着いた。

 森の中は昼でも薄暗く、木の根が地形を変形させており動きが制限される。

 そんな状態でここからは手探りの状態で進んで行かなくてはならない。

「追跡箱、使う?」

 百歌は千紗に話しかける。

 千紗は悩む素振りを見せずに

「まだ。殺される時間まで1時間以上もある。この森に入ってくるまでもう少し時間があるはず」

 そう言った。

「分かった」

 百歌は呟いた

 友を、最愛の友を助けるために暗闇に足を向けた。






 すこし先を少女が通っていく。

「きた」

 千紗は疲れ切った声で言った。

 一時間近く木の下に隠れるようにしてしゃがみこんでいたのだから仕方ないだろう。

 それとは正反対の声色で百歌がローブに手をのばし手のひらサイズの小さな箱を取り出した。

「じゃ、使うよ」

「ん」

 百歌は杖を振る。

 すると箱に小さなヒビが入り細かな光の粉が流れ出た。

 その粉は地面につくと薄っすらと足跡のようなものを残す。

「バレないように」

「わかってるって」

 千紗が苛立ったように言う。

 足音を極力立てないようにしながら二人は光を頼りに進んでいく。

 足場の悪い場所を黙々と。

「っ……ストップ」

 小声で百歌が言い、すぐにそばの木の陰に隠れた。

 遅れて千紗も隠れる。

「どうした?」

 千紗が困惑した様子で尋ねる。

「すこし先で誰かが一澄のことつけてる」

「協会の人間か?」

「多分」

「じゃあ殺しとく?」

っておいて損はない」

 少しの会議の後、百歌が杖を構え深緑色の魔力を相手にぶつけた。

 びくりと相手は震え、動かなくなった。

 他者の魔力に影響されて魔力が暴走したのだ。

「殺った。証拠隠滅お願い」

 千紗に向かって百歌が言う。

 千紗は素早く杖を地面に向けて、魔力を与えた。

「apart」

 そうつぶやくと、殺された人間が土に囲まれ一瞬で飲み込まれた。その場所はまるでさっきまで人が居たことなど微塵も感じさせないほど、跡形もなく消えた。

「終わった」

「知ってる」

 淡々とした会話の後、また追跡を続ける。

 すこし開けた場所で一澄が止まっていた。

 障害物がなくここからなら不意打ちで殺せる。さっきのやつはここから狙って殺そうとしていたのだろう。

 一澄が口を開いた。

「もう隠れるのやめたほうが良いんじゃないですか?」

 そう言って百歌たちがいる方を向いた。

 二人で目を合わせ、百歌が前に進んだ。

 きっと百歌のほうが一澄も話しやすいだろうし信じてくれるだろうから。

「やっほ」

 百歌が手を挙げる。

「……百歌?協会の人間じゃない?

 あれ?百歌って今日買い物じゃなかったけ?おかしいな?」

 首を傾げながら一澄が困惑した声を出す。

「私達は未来から来た。一澄を助けるために」

 百歌がそう言うと、合点がいったようで

「ああ、そういうこと」

 と冷静に言った。

「ということは私は未来では死んでいる、いや処刑されているってことか。そりゃ掟2つも破ったんだから仕方ないか」

 どこか諦めたように言った。

「ちょっとまって」

 百歌は一澄の言葉を止めた。

 さっきどうしても聴き逃がせないことを言っていたから。

「2つも掟を破ったってどういうこと?」

 すると一澄はきょとんとした顔になった。

「協会も隠蔽するのうまくなったのかな?それとも単純に馬鹿だっただけかな?」

 ひとり、一澄が呟いた。

 その言葉は百歌が知っている一澄の言葉では無いように感じられた。

「私ね」

 一澄が笑顔で話し始める。

「いとこの魔力奪ったの。

 簡単なんだよ?ちょっと杖に自分の魔力込めて相手の魔力の波長に合わせる。それだけで簡単に奪えるの。だから今頃非魔法使いになったいとこは協会に殺されてるか家出とかしてるんじゃない?

 非魔法使いになったいとこのおかげで私は大罪者になったんだけど後悔はないからさ」

 百歌は震えた声で話す。

 ああ、そういうことか。

 一澄はいとこの魔力を奪った。非魔法使いになったいとこに一澄は魔力を奪う魔法を見られた……ということだろうか。

「なんでそんなことしたの」

「なんでって……なんでだろうね?楽しそうだったから?」

 一澄は言う。

 もう百歌は目の前の幼馴染の形をしたなにかから逃げたくて仕方なかった。

 純粋な恐怖だった。理解できなかった。

 眼の前には魔女が居た。

「……もう私の知ってる一澄じゃないのかもね」

 百歌が呟くと一澄は笑いながら言った。

「何言ってるの?ちゃんと私は一澄だよ」

 一澄は杖に手を伸ばした。

 自然と百歌の手も杖に伸びた。

「これ以上話さないで。

 もう貴方の為に罪を犯したことが馬鹿らしくなってきたから。

 これ以上嫌いにさせないで。せめて好きなまま殺す」

 百歌は睨みながら言う。

「あはは。大丈夫だよ?」

 笑いながら一澄は言った。

 一澄は杖を百歌に向けた。

「だって殺せないから」

 百歌が一歩踏み出した瞬間、体のあちこちから黒色の光がにじみ出てきた。

「うっわ、魔力真っ黒じゃん。それだけ掟破ったの?私より黒いんじゃない?」

 ふらりと百歌の体から力が抜ける。

 百歌は膝をつく。

 どんどんどんどん魔力が奪われていく。

 百歌の黒い魔力の間を縫うようにして百歌の頭上を魔力の玉が通り抜けた。

 その深緑の玉は一澄の眼の前で四散した。

「千紗、酷いじゃん。幼馴染を殺そうとするなんて」

 森の中から千紗が出てくる。

 その目には殺意が灯っていた。

「うるさい」

 怒気の孕んだ声で杖を構え、もう一度放った。

 が、それも一度目のようにかき消えた。

「だからなんで殺そうとするかな?駄目なんだって。掟破りは」

 そう笑いながら一澄は言った。

 千紗はそれを無視し、百歌を思いっきり蹴飛ばした。

 その瞬間、百歌から魔力の流出が止まった。

「……僕らを騙したのか?」

 千紗が問う。

「騙してない。勝手に騙されたって勘違いしてるだけ。騙すっていうものは信頼の上に成り立つものだから」

 一澄は淡々と言った。

「そうか」

 千紗は諦めたように言った。

 そして杖を仕舞い、百歌をおんぶした。

「あれ?何もしないの」

 一澄が残念そうな声で言う。

 千紗は振り向かずに言った。

「だってお前は死ぬからな。僕が保証する」

 千紗は立ち止まらずに離れていく。

 一澄は苛ついたように言った。

「……だから私、千紗が嫌い。優等生。嫌いなんだよ、その澄ました態度がっ」

 千紗は一澄に聞こえるように大きな声で言った。

「奇遇だな。僕も君のことが嫌いだ」

 ついさっきからな。

 千紗は言葉を零した。

 千紗は百歌を背負いながら山を降りていった。

 魔法を使い、地面の地形を変えつつゆっくりと。

 山を降りたときちょうど百歌が唸りながら目を開ける。

「……痛かったんだけど」

 百夏は小さく言った。

「ごめん」

 千紗は表情を変えずに言う。

 二人の間に沈黙が流れた。

 街の人たちがちらりと物珍しそうな目で見ている。

 百歌が千紗に呟いた。

「あれで良かったの?千紗」

 千紗は足を止めずに言う。

「起きてたんだ。

 ……多分良かったんだよ。過去は変えられないんだ。魔法を使っても何をしても。

 止まっている人間には何も訪れないんだよ。ただ暗い過去を変えようとしてもその分、今が暗くなる。黒くなるんだ。嫌いになりたくなかったのに嫌いになってしまうんだ」

 千紗は俯いた。

 百歌は「そっか」とだけ囁いた。

「じゃあ帰ろうか。私たちの時間に」

 百歌はそう言ってぎゅっと腕に力を込めた。

「暗くなっちまったけどな」

 千紗は言った。

「大丈夫だよ。私がいる。ひとりじゃない。苦しくない。

 私達はいつでも一緒だよ」

 百歌はそう優しく言った。

「……僕らはいつから間違ったんだろうな」

 千紗の声は静かに町に溶けていった。

 百歌は知らないふりをした。

 千紗の震えている肩のことも。

 手に落ちてくる温かい涙のことも。

 千紗は一人の世界に入り込んでしまったようで、小さくうわ言を垂らしている。

 その背中で百歌は目をつぶり、ローブの中に忍ばせている杖に片手を伸ばす。

 そしてほんの少し魔力を流し込む。

 一澄に奪われたが、一人が帰る分の魔力はありそうだった。

「一澄、千紗が優しくて良かったね」

 そう一人の魔女は呟いた。

 私は……ゆるさないから。


〈了〉

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