小説『ピアノ』
【エピソード6】
諦めかけていた私の人生だったけれど、私はまだもう少し生き延びることになった。
ある南国の小学校へ行くことになった。
こんな古ぼけた私でも、ここでは貴重なピアノとして行く。
私は自分の運命に決して逆らおうとはしないが、それでも待ち受けている人がいることに感謝した。
もう、これから1年に1回も調律されないかもしれないけれど、私を喜んでくれる人がいると思うと、生きていく希望が湧いてくる。
神戸も東京も北海道でも誰かが私を支えてくれた。
今度は私が支える番だわ。
音程が狂ったとしても、きっと私のメロディに誰かが心を満たしてくれるはず。
たとえ、誰もそんな人がいなかったとしても、ピアノは、存在しているだけでもピアノよ。
私は日本をあとにして、船に乗った。
夕暮れが迫る崩れかけた教室。
窓から夕日が入る。
熱帯の風もひんやりとしてくる。
誰もいない小さな教室。
そこへ足音が忍び寄る。
廊下から教室に入ってくる小さな足音。
赤い小さな布切れに身を包んだ少女。
周りに誰もいないことを確認する。
そっと忍び足で、私に近づく。
今朝、先生が「日本」という東の小さな国から届いた「ピアノ」という楽器を紹介してくれたのだ。
先生が弾いてくれたピアノの音は、少女がこれまで聞いてきた、どんな音とも違っていた。
少女の心がピアノの音に共鳴したのだ。
少女はピアノの前に立ち、もう一度、周りを確認した。
そして、そっと鍵盤の蓋を持ち上げる。
白い鍵盤と黒い鍵盤が並んでいた。
その配列が、少女の何かをくすぐった。
恐る恐る、右腕を伸ばし、人差し指で鍵盤をそっと押す。
「天国の天使が鳴らす楽器だわ」
少女はひとみを輝かしながら、そう思った。
少女は満足すると、蓋をした。
「明日から、この天使の楽器を毎日触ろう。そうだ!先生にピアノの弾き方を習おう!」
少女は満足すると、駆け足で家族が待つ小さな家に向かって駆けて行った。
(終わり)
詩『朝顔のつぼみ』 @horai_japan
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