小説『ピアノ』

【エピソード3】



タバコの煙にも都会の喧騒にも慣れた。

私には都会のほうが合うのかもしれない。

もう、神戸のことを思い出すことも、あまりない。


私が奏でる音楽も変わった。

ショパンでもモーツアルトでもなく、ジャズのスタンダードやポップスばかりになった。

年老いたバーテンダーは来年には、ここを去って、生まれ故郷で老後を過ごすと言っていた。


きっと、新しい男の人が私を磨いてくれることになるのだろう、そう思っていた。

ある日、一流だけど高齢のミュージシャンが私の前で倒れた。

私を弾いている最中に、突然、鍵盤に肘を打ち付け、そのままステージへ体を崩していった。

脳溢血で、そのミュージシャンは二度と意識を戻さなかった。


私の上をいろんな人生が通り過ぎてゆく。

街の風景すら、私は思い出さなくなってしまったというのに。

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