小説『ピアノ』

【エピソード2】


タバコの煙が立ちこめるジャズ・バー。

隣でベースが鳴り、向こうでドラムが響く。

銀のドレスを着た女が歌っている。

私を弾くのは40歳過ぎの男。

軽いタッチで、流れるように私の上を行き来する指。

男女のおしゃべりと、食器が触れ合う音。

そこが、私の2番目のすみかだった。


朝の4時には、私一人になる。

神戸の風景を時折、暗闇の中で思い出す。

東京のジャズ・バー

静寂な時間は一日にほとんどない。


ここでは生活が競争だ。


始発電車とともに、都会は目覚める。

サイレンとクラクション。

季節の無いバーの中では、私はピアノとしか生きていけない。

話しかけてくるのは、一人の老人だけ。


1日の終わりに、私についたタバコのヤニを拭いてくれる。

時代は冷酷で、流行遅れの芸人はあっという間に消える運命。

その中で、このバーは往年のスターを身近で楽しめた。

季節を感じることができなくても、幸せなのかもしれない。

円熟した芸人の歌にあわせて、私も歌うことができるのだから。

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