カクヨムやってただけなのに…

神在月ユウ

カクヨムやってただけなのに

「お、伸びてる伸びてる」

 俺は自分が投稿した小説のPV数を見て、思わずにやけてしまった。

「一日で100PV越えじゃん。まだ6時だし、これからまだ伸びるぞ~」

 カクヨムに投稿を初めて半年。

 短編10本と長編3本を投稿し、みんなが俺の作品を読んでくれる。

「俺って文才あるのかね~」

 自分が書いた文章が他の人を笑わせる。涙する。熱くさせる。

 応援の♡がつき、レビューで☆がつき、オススメコメントを入れてくれる。

 応援メッセージが毎日つくもんだから、返信も大変だ。でも折角書いてくれたんだから、しっかりとお返事しないとな。

 俺は専ら読むより書く割合が多いが、読んでもらうためにはこちらも読みにいかなければ。しっかり足跡を残さなければ。面白いやつならそのまま読むし、面白くなければ数話分♡だけ入れてフォロー登録のまま放置になることもある。


『☆☆☆ 感動作です!みなさん、読む前にハンカチのご用意を!」


『☆☆☆ 一話読むたびに引き込まれる。

     まずは読んでみてください。

     一緒に沼にはまりましょう。

     ただし、夜更かしにご注意ください』


「好評だな~、作家冥利につきるってやつですな~」


『まさかの展開でした。まさか彼が裏切り者だったとは…!


   作者からの返信

   → 毎話コメントありがとうございます。

     意表を突けたのならば、練った甲斐がありました!(^^)!

     アルベルトたちの今後にご期待ください!        』


「いやー、コメント返すのも一苦労だわ。嬉しい悲鳴ってやつだけどね」


 俺は次々に応援コメントに返信していく。

 そんな中で、1件のコメントが目に留まった。


『いつも応援しています。ぜひわたしの作品も読みに来てくださいね』


 まただ。

 いつもコメントを入れてくる『ちょみちょみ』というユーザ。

 だいぶ長くカクヨムにいるようで、ユーザページを見てみると、600話以上の投稿をしている。

 前に試しに読んでみたのだが、まぁつまらない。

 だた応援している人はそれなりにいるのか、♡の数は最新話になっても4つはついている。

 段々面白くなるのかと、試しに10話くらい読んでみたが、面白くなる気配が全くなかったので、そのまま放置していた。

 向こうはこちらが新規投稿する度に必ずコメントを残す。

 いや、毎回熱心に足を運んでくれるのはいいことなんだが、コメントにはいつも自分の作品も読んでくれと付け足してくるのだ。

 別に珍しい話じゃない。読んだんだから読んでくれ。読み合いしましょう。

 よくあることだろう。自分の作品を読んでもらうには、まずは自分の存在を知ってもらうところから始まるのだ。俺だって読み合いの自主企画にも参加するし、応援してくれた人には全てではないが、その人が書いた小説を読みに行くことが多い。

 だが、この『ちょみちょみ』は、俺が更新する度に数分後には♡をつけ、テンプレートのコメントを残しては「読みに来て」と書いてくる。

 俺の小説の一話ごとに絶対入っているのだから、もう恐ろしいと言っても罰は当たるまい。

 俺はいつも通り、この『ちょみちょみ』のコメントを無視して執筆活動に勤しむのだった。


 ピンポーン—――――


 インターホンが鳴った。

 ドアホンのカメラを見ると、宅配と思しき女性が映っていた。

「お、もしかしてふるさと納税の返礼品かな」

 俺は椅子から腰を上げて、玄関へと向かった。



       * * *



『いつも応援しています。ぜひわたしの作品も読みに来てくださいね』


 いつも通り、♡をつけてコメントを残す。

 一日最低50ユーザにメッセージを送る。

 もちろん、そんなに小説は読めない。

 わたしの小説を読んでもらうため、とにかく手当たり次第に読みに行き、訪れてはスマホを高速スクロール。♡をつけて、コメント欄にコピーしてあるいつものメッセージをペーストする。

 中身なんて知らない。とにかく訪れてはスクロールして♡とコメント。これを延々と繰り返す。

 自分の小説のPVを見てみるが、最初の数話は50近くで、あとは尻すぼみだ。

「またやろうかな」

 適当にメッセージを送ったユーザの各話のコメント履歴や近況ノートを探る。フォローユーザへのコメントも余さず確認する。連携しているツイッターアカウントも忘れずに。



公開プロフィール

『大学時代から小説を書いています。

 今は総武線に揺られて都内へ通勤の日々です。

 新入社員で覚えることが多くて大変ですが、

 それに負けずにたくさん書いていきます。    』


応援コメントへの返信

『恋愛の心の機微が描写されていて作品にのめり込みました

 実経験など元にされているのでしょうか?

 → 実は学生時代の彼女に振られた経験が元になっておりまして、

   「あの時こうしていればよかった」を込めてみました。    』


応援コメントの投稿

『職場までの計30分、電車に揺られながら何度も笑ってしまいました。

 → コメントありがとうございます

   一話一笑をモットーに書いています。してやったりです😂   』


近況ノート

『5年近く僕の目を楽しませてくれた桜の木が、

 近所のマンション建設で移植されることになりました。

 いつも目の前に当然のようにあったものがなくなる心境。

 いつかこの心を文章にのせて皆様にお届けしたいです。 』


ツイッター

『2週間5階まで階段生活中

 エレベーター故障。しかも2基とも』



 目ぼしい情報に目を通しながら考える。ツイッターはアカウント名がカクヨムと同じだったし、自分の作品PRもしているから間違いない。

 

 大卒の新入社員。新卒ならば23歳か。

 総武線沿線利用者。職場はわからないが、30分ほど電車に乗るらしい。千葉駅からなら快速で錦糸町まで33分。各駅停車なら本八幡か市川。中野からなら浅草橋くらいまでは行ける。でも『都内まで』っていうから、住んでいるのは千葉県だろう。

 新入社員で5年間桜を見ていた……。通勤・通学で?もしくは家からか?だとすれば、大学時代から社会人になっても引っ越していない可能性もある。

 作者の小説に出てくる舞台となっている大学キャンパスの描写を確認する。事務局があるガラス張りの校舎、ぐるりと広場を囲むような食堂や、校舎の数、グラウンドや体育館の配置。仮に千葉県内で探してみる。それらしい大学があった。グーグルマップも確認する。敷地内も見られるとは便利なものだ。あった。総武線沿線ではないな。電車で合計30分……いや、合計か。乗り換えているな。となると、総武線の最寄りは西船橋……いや、津田沼の可能性もあるか。西船橋から総武線なら私鉄と合わせて錦糸町までで34分、津田沼からなら私鉄と合わせて新小岩までで30分。どちらも30分で都内に出られる。これだけでは読み切れない。ひとまず船橋市であたりをつけてみる。

 船橋市内でエレベーターがついた築5年以上の5階建て以上の賃貸。ひとまずワンルームか1Kくらいで絞ってみる。検索は……意外と出てくる。

 SNSで探る。投稿日付近で2週間エレベーターが止まった。マンション建設と桜の伐採。延々と探す。探す。探す—―――――――

 らしいものは3か所。そのうち一か所は船橋市習志野台。例の大学の近くだ。

 グランミュール習志野。5階建て。5階には4部屋ある。空き部屋があった。部屋は不動産サイトによると1K。建物の見た目からして通路が中央にあって、四隅に部屋があるタイプだ。建設中のマンションがあるのは東側。そちらに面しているのは2部屋。うち1つは空き部屋だ。

「ここか」

 十分な確証は得られていないが、あんまり調査ばかりもしていられない。

 必要なものをバッグに詰め込んで、緑色の上着とキャップを被って、わたしは自宅を出る。




 部屋の前に着いた。

 バッグに手を入れて、ナイフシースを掴んで取り出す。

 インターホンを押した。


 ピンポーン—――――


 ………………………


 ……………


 ……



 ドアの向こうから人が来る気配がする。

 ナイフの柄を掴み、刃を露出させる。


 扉が開いた。






















 わたしはリビングの中で立ち上げ済みのPCを見つけた。

 画面にはカクヨムのワークスペース画面が表示されている。

 画面の右上の表示名を確認した。

「正解だったね」

 独り言を言いながら、わたしはマウスを手に操作を始める。


 一度トップに戻って作品検索。

 検索名は『深淵のの黙示録』、ヒットは1件。

 作者は『ちょみちょみ』。

 ☆は12。


 『続きから読む』のボタンがあった。

 意外なことにこの人は一度は読んだらしい。

 でも♡はつけてくれなかったみたいだ。

 

 マウスホイールを使って下にスクロール。

 プロローグ『開淵』をクリック。

 高速スクロールして一番下に。

 ♡を押して、次のエピソードへ。


 カチ、カチ、グリ、グリ、グリ—――


   カチ、カチ、グリ、グリ、グリ—――


     カチ、カチ、グリ、グリ、グリ—――


 延々と、665回繰り返す。

 

 最終話の♡が5つになった。


 最後に忘れてはいけない、カチカチカチ、と☆を三つつける。

 『Excellent!!!』

 ☆が15になった。

 

 1時間くらいして、やっと用が済んだので、部屋を出る。


「お邪魔しました」


 玄関には男が目と口を大きく開けたまま倒れて動かない。

 瞬きもしないし、呼吸もしない。

 すごく静かだ。


 玄関のドアを開けて、わたしはふと思い出し、振り返った。


「全話読破、応援、評価いただいてありがとうございました」


 わたしはまっすぐ家に帰る。


 今日でPVが3kを超えた。


 

 今日は興奮して眠れそうにない。










++++++++++++++++++++


 いかがだったでしょうか。


 あんなプロフィール書かないだろ。

 なんだあのわざとらしいメッセージは。


 良識ある皆さんはそう思われるかもしれませんが、世の中にはSNSの投稿から住所を特定されて犯罪に巻き込まれる人もいます。中には本名を晒してしまっている人もいるほど、意識が違うものです。

 カクヨムはSNS連携で情報を発信することができます。

 皆さん、正しく使って楽しくカクヨム生活を送りましょう。

 くれぐれも、本編のようなことはマネしないでくださいね。



 あ、プロフィールに「都内勤務の会社員」って書いてるよ俺。


 ……皆様、お気をつけくださいね。

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