お前はまだ幼なじみの恐ろしさを知らない

第63話 金色の悪魔

 長かったようで短かった夏休み。4軍と言う理由で、学校の雑用、補習として学校に来ることが多かったせいか、今年の夏休みはあっという間に過ぎた気がするが、今日から新学期、2学期が始まる。


「……そう言えば、秋に学校祭があるのよね」


 学校の最寄り駅で合流した楠木と一緒に学校に向かい、学校に到着し、教室に向かって歩いていると、楠木がそう呟いた。


 学校祭。勉強だらけの学校の中、唯一生徒が羽を伸ばせ、学校の行事の中で盛り上がる行事に入るだろう。自由川高校の学校祭はどのような事をするのかは知らないが。


「ヒロたちの中学って、どんなだったの?」

「俺の学校か? ほぼ一日中体育館に集まって、クラスの寸劇を見せられて終わりだったな」


 欠伸が出るぐらいな、誰得な各クラスの寸劇、夏休みにあった優秀賞をもらった自由研究の発表など。中学の学校祭は、アニメで見るような盛大な事をしていなかった。


「まあそうよね。私の学校もそうだったわ。ほとんど記憶が無いし……」


 楠木の学校も寝てしまうぐらい暇だったようだ。寝てしまうぐらい、退屈な学校祭にならなければいいんだが。


「……あっ、忘れてた!」

「どうした?」


 急に大きな声を上げて、苦虫をかみつぶしたような顔をしている楠木。一体、何を思い出したのか。


「夏休みの時、ずっと半日だったでしょ? だから、昼食を買うのを忘れていたわ……」


 俺たち4軍は、購買で昼食を買う事も制限されているので、学校外で買う方がいい。パンの耳、おにぎりの海苔ぐらいしか売ってくれないからな……。

 以前は、家の近くのコンビニで買っていたらしいが、最近は駅の中にある店で買った方が楽らしいので、俺と合流する前に、昼食を駅中の店で買っているようだ。


「……まだ、時間はあるわね。ヒロ、私、駅に戻って昼食買ってくるわ」

「おう。学校には遅刻するなよ」

「分かってるわよ」


 そして踵を翻して、楠木は急いで駅にとんぼ返りしていった。


「楽しそうなので、私も楠木さんについて行っていきます~」

「……だろうな」


 駅で食べ物を買うと思ったのか、菜摘のすぐ楠木のあとを追いかけて行った。菜摘のせいで、楠木が学校に遅刻しなければいいんだが。




 一人になった俺は、見慣れた廊下を歩き、そして見飽きた1年2組の教室に入ると、教卓の上に座って、俺を見てバカにしたような口調で話す女子生徒に話しかけられた。


「あ、松原君は、全然変わってな~い。ていうか、お久じゃん?」


 こいつは、菜摘たちとプールに行って、猪俣と遭遇してしまった時に横にいた、金髪の女性だ。

 こんな女子生徒、うちのクラスにいただろうか。夏休み明けでイメチェンした日下部、広瀬の顔ではない。


「まだ思い出さないの? なら殴って、思い出してみる?」


 日下部、広瀬は、このような品位を落とすような行動はしない。そもそも、俺に君付けで呼ばないし、見下すような目で、バカにしたような目で見ない。ゴミを見るような目で見てくるし、日下部、広瀬が俺に話しかけてくる事も無い。俺に近寄ろうとはせず、意味も無く嫌っているようだ。


「3……2……」


 カウントが終わる前に、こいつは殴ろうとしている。殴られる前に、頭をフル回転させて、俺は、一つの結論に至った。


「……まさか、渡邊なのか?」


 教室の一番後ろの席は、猪俣、日下部の荷物置き場になっている、登校拒否になっている渡邊の席だ。

 だが、ふと見ると、机の上はきれいになっていて、2学期にしてはきれいすぎる通学用の鞄が置かれていた。

 猪俣たちが夏休みの間、整理整頓したか、新しく鞄を買い替えたのかと思ったが、渡邊の席の周りには、猪俣たちの私物らしきものが、散乱して落ちていた。

 それらの情報を踏まえて、別人と否定される覚悟で聞いてみると、その生徒は満面の笑みで笑った。


「せーかい。けど、殴れないのは、つまんないわー。そこは空気読んで、黙って殴らせろよってな」


 ずっと、どこかで見た事のある顔だと思っていたが、まさか、初期のスクールカースト制度の闇に葬られた幻の階級、唯一D軍に落とされて、それ以降は登校拒否になっていた、渡邊が今日から復活していた。

 どうやら渡邊は、登校拒否になっていた間は、非行に走っていたらしい。地毛であった黒い髪を止め、金髪に染めた渡邊。長い髪から覗かせる耳には洒落たピアスがぶら下がっている。腕まくりして見える肌には、花のタトゥーが彫られている。随分、好き放題に遊んでいたようだ。


「すまなかった。大分見た目が変わっていたから、分からなかった」

「いや分かるっしょ。顔は弄ってないし、髪色変えただけで分かんなくなるとかさ、松原君の幼なじみに、嫌われるよ?」


 やはり、入学日のインパクトが強かったのか、ずっと学校に来ていないかった渡邊でも、菜摘の事はしっかりと覚えていた。


「ま、いいや。松原君は、ギリギリごーかく。という事で、松原君も全員来るまで、自分の席で、静かに座ってろよー。うるさくすんと、殴るから」


 渡邊は、間違いなく躊躇なく殴るだろう。階位関係なく、渡邊は同じクラスの人に、覚えているかを聞いて、そして答えられなかったら、容赦なく殴る。答えられなかった人は、頬が赤く腫れて、制服には足跡が付けられていた。


「うわー。かわいそー。と言うかさ、先公の目の前って、嫌じゃない?」


 俺の席に着いても、目の前には渡邊がいる。教卓の上に座っているので、関わりたくなくても、絶対に関わってしまう距離だ。


「まあな。迂闊に昼寝も出来ないな」

「昼寝すんの? おーい猪俣さん、松原君、私より悪い事してんぞー。先公の前で堂々と居眠りだってよー」


 昼寝より、見境なく人を殴る方が、もっと悪いだろう。


「それは見過ごせないわね。4軍の松原に、ペナルティを執行」


 そして猪俣も、俺に躊躇なく電流を流す。俺が痛がっている姿を、渡邊は大爆笑していた。


「ほどほどにしておきなさいよ~。また学校に来なくなるつもり~?」


 そして猪俣は、この異常な光景を楽しんで、渡邊に茶々を入れていた。


「それも良いかもな。今度は冬休み明けに来て、松原君のお望みどおりに、整形してこよーかなー」


 渡邊がそう話した後、今度は安藤が、教室に入って来た。

 安藤は、スクールカースト制度実行委員会の代表を降ろされると、再び猪俣たちと絡む事もなく、休み時間にはどこかに姿を消し、授業も真面目に受けている。不気味に思うぐらい、安藤は大人しい。


「安藤君だー。ねえ、私――」

「渡邊か。学校来たなら、さっさとスクールカースト制度の試験して来い。やってないの、お前だけな」


 安藤は一発で当てて、そして元実行委員長のつもりなのか、そう渡邊に忠告してから、荷物を机に置いて、すぐに教室から出て行った。


「猪俣さーん。安藤君と、喧嘩してる?」

「別に。春馬、最近一匹狼ぶってて、それをカッコいいとか思ってんじゃないの?」


 猪俣も、今の安藤とは、疎遠になりつつあるようだ。入学初日の時なんて、猪俣と安藤はノリノリで、スクールカーストの事を話し、一気にこのクラスの代表に上り詰めていた。あの頃のような、関係ではなくなっているようだ。


「おっはようごっざいまーすっ!!」


 そしてこの状況知らない、紫苑がいつものように大きな声であいさつをしていた。


「あ、プールの時の奴じゃん」


 勿論、渡邊は紫苑の行動に舌打ちをして、紫苑の腕に蹴りを入れていた。


「私、うるさい女嫌い。けど、苦痛で顔を歪ませ、泣き叫ぶ女は大好き」

「貴方も、私と同じく転校生だったんですね~。初日から、羽目を外し過ぎですよ~」


 未だに、ニコニコしている紫苑だが、握っている拳は、プルプルと震えていた。相当、怒りを堪えている様子だ。


「私、渡邊。お前は?」

「高村紫苑ですよ」

「高村さんは除外。だって、私が遊びだす前にはいなかったから」


 渡邊は、あいさつ代わりに紫苑に蹴りを入れたが、特例として、紫苑を許した。


「あー。スマホ花子だー」


 紫苑が自分の席に座った途端、今度は木村が教室に入って来てしまった。


「……」

「ちょいちょい。挨拶してんのに、無視は無くない?」

「……」


 渡邊がそう話しかけるが、木村は渡邊を無視したまま、自分の席に座ったが、渡邊は許さなかった。


「おい。無視すんなよ」


 気にせず、スマホを触ろうとした木村だが、それが渡邊を怒らせる一因になってしまい、木村のスマホは、渡邊に蹴り飛ばし、そして床に落ちた木村のスマホは、渡邊が踏んずけて、木村のスマホを破壊した。


「これで対等だな? スマホ花子、私の事――」


 渡邊は、木村に話かけている時に、廊下まで聞こえるであろう、紫苑の思い切りビンタを受けていた。

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