第64話 菜摘の宣戦布告
木村のスマホが、渡邊の勝手な行動に腹を立てた紫苑は、思い切りのビンタを食らわせていた。
「高村さん。お前、何やったか分かってる?」
「はい」
手を出してしまった紫苑は、じっと渡邊の顔を見ていた。
「ならさ、お前は加害者で、私は被害者。暴力振ったって事で、停学」
「構いません。先生が来たら、ちゃんと言います」
そして紫苑は、自分の席に座って、俯いたまま、動かなくなった。俺も同声をかけたら良いのか、そう思っていると、渡邊はまた暴れ出した。
「おい、スマホ花子のせいで、2学期初日から停学者が出ちまったじゃないか」
何かと木村に因縁をつけ、そして液晶がダメになっている木村のスマホに、更に追い打ちをかけるように、再び踏み始めた。
「今度は、誰が止めに入る?」
他人のスマホを壊すのが快感なのか、興奮気味に話す。
猪俣、日下部、佐村などの、クラスでは上位に立つ奴らは、終始ニヤニヤして、この状況を楽しんでいるし、渡邊にペナルティを受けた生徒は、終始怯えて、動こうとしない。
紫苑が動いたのだから、俺も動かないといけないと思い、席を立とうとした時だった。
「そこまで」
紫苑が渡邊にビンタした時から、他のクラスの奴らが、野次馬でやって来てきている。そしてこの騒動に駆け付けた、トップの葛城が、渡邊を羽交い絞めにした。
「なんだお前?」
「初めまして。私は葛城果歩。スクールカースト制度では1軍でトップ。1年生代表って感じかしら」
「へえ。お前が私の学年のトップか。猪俣さんの言う通り、何か鼻につくな」
そう言って、渡邊は葛城の足を思い切り踏んだり、脛や膝を思い切り蹴っていた。
「流石トップ。器が大きくないと、トップに立てないもんな?」
反撃しない葛城を嘲笑うように、渡邊は止めと言わんばかりに、自分の足を葛城の足にねじ込んでいた。
「そうね。渡邊さんの気が済むまで、罵ったり、蹴ったり。私を好きなように、遊べばいいと思うわ」
「その余裕そうな顔、いつまで持つかな?」
そしてしばらく、渡邊は葛城に羽交い絞めにされながらも、葛城の足を踏んだり、蹴ったりしていた。
「渡邊さん。一応警告しておくわ。あまりやり過ぎると、スクールカースト制度でマイナスで受け止められる。現在の最底辺、松原君より下になって、貴方が最底辺になるわ」
「ならないって分かってるから、私は好きなだけやれる」
「あら? そんな自信、どこから湧いてくるの?」
渡邊は、俺の方を見て、ニヤニヤしながらこう言った。
「あの人から聞いた。破廉恥極まりない、美少女がたくさん出てくるアニメ好きな奴は、問答無用で4軍だってな。だからあんなキモい女ばかり出てくるアニメなんか大嫌いって、あの人に宣言した。あ、そう言えばさ、駅のコンコースとかにあるだろ? スマホアプリの広告、あれを蹴り飛ばす動画を取って、あの人に見せたら、私は社会に貢献したって事で、3軍にするって約束されてんだよ」
渡邊が言っている意味が分からない。どうして駅で撮った迷惑動画が、社会に貢献したことになるのだろうか。
「だから、松原君。お前も大人になれよ」
何故か、俺が渡邊に注意されると言う、意味の分からない事が起きた後、ホームルームが開始するチャイムが鳴った。
「なあ、葛城さん。トップならどっちの行動が正しいか、分かるよな? もし私に反対するなら、私がサクッと下剋上するからな」
そして葛城に宣戦布告すると、担任の吉田先生が入って来て、集まっていた野次馬を解散させた。そして紫苑は正直に、渡邊に便足したことを報告し、ホームルームが終わった後、紫苑は吉田先生と共に教室を出て行った。
「おい、村田君。さっきから私の胸ばかり見てるよな?」
渡邊は、好き放題に動いている。授業中だろうが、平気に教室内を歩き回って、猪俣と会話したり、授業中では禁止にされているスマホで、仲の良い人と大きな声で会話している。
「学校来んなよ」
そして休み時間になれば、渡邊は何かしらの因縁をつけて、クラスメイトに暴行を加えている。
「あーあ。学校つまんねー」
村田を殴った後、渡邊は朝の時みたいに、教卓に座った。本当に目障り、学校が退屈なら、二度と来ないで欲しい。
「確かに、学校はつまらないよね~。中学校の時のヒロ君も、退屈が口癖だったよね~」
そしてこんな状況でも、菜摘は俺の横に立ち、今朝の時に勝ってきたのであろう、コンビニスイーツのエクレアを食べていた。
「あ、松原君の幼なじみだー。私の事、覚えてる?」
そして渡邊は、菜摘にも興味を持ってしまい、そう聞いていた。
「見かけない顔だね~。転校生かな~?」
「うわー。私はずっと覚えていたのにー。人の名前を忘れるなんて、無いわー」
渡邊は、クラスメイトと同様、菜摘を殴ろうとしていたが、当然、菜摘に当たることなく、一瞬で、渡邊の後ろに立っていた。
「机に乗る事は、私でもしないよ? 落ちそうになるなら、乗らない方が良いと思うな~」
そのまま渡邊は、菜摘に何としても一発殴りたい思いで、何度も攻撃し、次第には足も使い始め、蹴りが机に当たって倒れても、菜摘は、エクレア、バームクーヘンを食べながら普通に避けて、避けながら倒された机を直していた。
「大分フラフラだね。もう疲れてきたの?」
「お前、何者だ?」
「ヒロ君の幼なじみかな~」
そして、菜摘は残りのバームクーヘンを食べた後、俺の横に立ってこう言った。
「私ね、自分のクラスにいるより、このクラスにいる方が楽しくて、居心地がいいんだ~。お菓子貰えるし、ヒロ君がいる。だから、そんな環境を壊す人は、私とヒロ君が許さないかな?」
菜摘は、ひっそりとやって来る野良猫みたいな存在だ。菜摘の言う通り、俺のクラスの女子が、菜摘にお菓子や菓子パンをあげたり、話しかけたりする光景は見た事がある。菜摘は、自分の1年5組より、1年2組に馴染んでいる。そんな環境を壊す渡邊を、菜摘は許さないようだ。
「は? 正義のヒーロー気取りかよ。4軍が私に勝てるはずないだろ」
「そうかもしれないね。けどね、それをひっくり返すのが、ヒロ君だよ」
菜摘は、俺を巻き込んで、渡邊を成敗しようとしていた。
「松原君。私に歯向かう?」
「……まあ、渡邊は好き放題にやり過ぎだ。そのうちにやる、スクールカースト制度の検査で、渡邊の階位がはっきりして、2軍だろうが、3軍だろうが、どんな階位になってでも、俺がお前を成敗する」
「はは。おもしれ―バカだ」
再びこの騒ぎで、また野次馬が集まり始めた頃には、遂に生徒指導部の先生がやって来た。しかし、渡邊は捕まりたくないようで、生徒指導の先生から逃げ出し、教室からようやく出て行って、被害を受けたクラスメイトは、一気に緊張が解けて、大きく息を吐いていた。
「最近のヒロ君だったら、逃げていたし、俺を巻き込むなって感じで、私を怒っていたよね? どうしてやる気を出してくれたの?」
今度はワッフルを食べ始めた菜摘は、俺にそう聞いてきた。
まだ俺は、渡邊に殴られていないが、実際に殴られるのは、俺も嫌だ。この現状だと、誰も渡邊を止めようとしないし、更に被害が拡大する可能性が高い。
「なんだろうな。木村のスマホを壊したから、紫苑を傷つけたから、アニメをバカにしたから。あまりにもムカつく事が多かったからかもしれないな」
そう答えると、菜摘は頷いて、ワッフルを食べ切っていた。
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