第62話 夏の終わり

 都の職員による質問会。会議室に残っていた菜摘が不吉な事を言ったので、俺は即行で生徒会室に向い、謝りに行った。

 一緒に出席していた実行委員長の榊原先輩は、俺は菜摘を代理に立ててサボったと思ったらしく、生徒会室に入った瞬間、電流のペナルティを執行され、そして菜摘がどうも変な回答をしたらしく、都の職員は困惑していたらしい。それで電流だけではなく、もう一つペナルティが科された。


「……どこかの誰かが、ポイ捨てをするから、俺の夏休みが減るんだよ」


 落ちていた空のペットボトルを拾い、それを見つめながら、俺はそう呟いた。

 もう一つのペナルティ。それは学校近くの最寄り駅周辺の広場で、ゴミ拾いのボランティア活動をする事だった。

 ボランティア活動をペナルティと呼ぶのは失礼だが、8月も終わるというのに、まだ35度を超える猛暑日が続く都内。炎天下の下、蝉がまだやかましく鳴く中で、ゴミ拾いをするのは十分にペナルティと言えるのだろう。

 どのみち、この高校から生徒を数名出す予定だったらしい。それで俺たちに白羽の矢が立ったわけだ。


「……軍手って、誰が捨てるのかしら?」

「工事現場で働く人だろ」


 楠木は道端に落ちていた片方だけの軍手を拾って、不思議そうに頭を傾げていた。

 サボった俺、変な回答をして多くの人を混乱させた菜摘は勿論。他に楠木と木村、紫苑。下位の5名が強制で参加された。

 落ちているゴミは、主に空き缶やペットボトル、たばこの吸い殻が多い。この駅周辺を利用している学生、それかマナーの悪い社会人がポイ捨てをしているのだろう。

 炎天下の中、色んなゴミを拾いながら3時間。今回のボランティア活動は終了し、俺はさっさと家に帰って、クーラーで涼しもうとしたら、俺の肩を誰かが掴んだ。


「ヒロ。お願いがあるんだけど、協力してくれない?」


 俺を呼び止めたのは楠木だった。


「……早く帰って、クーラーに当たりたいんだが」

「一人寂しく部屋でいるより、私と一緒にいた方が楽しいわよ? せっかくヒロのためにご奉仕してあげると言うのに~?」


 楠木のご奉仕と言うと、あれだろう。


「……メイド喫茶か?」

「そうそう。最近、ヒロが来てくれないから寂しいな……じゃなくて、発注ミスで食材を多く入ってきて、処分するのももったいないし、それでヒロに食材の消費に協力してほしいのっ! お願い、協力してっ!」


 俺に土下座する勢いでお願いしてくる楠木。ここまで頼まれると、俺も断れない。楠木が働くメイド喫茶の料理は、結構美味しいので、食べれる機会があるなら、行くしかないだろ。


「分か――」

「勿論行かせてもらいます~」


 俺の代わりに菜摘が返事をしてしまった。メイド喫茶の名前が出ただけで、菜摘は目を輝かせて、口からは涎を垂らしていた。


「……久しぶりに甘いものが食べたいからな。楠木が誘ってくれるなら、俺は行く」

「最初からそう言えばいいの。ヒロに、とびっきりのご奉仕してあげるからっ!」


 俺が行くと言う返事を聞いた楠木は、凄くにっこりとした顔で、デレデレとしていた。




 俺たちは楠木がバイトをしている、秋葉原のメイド喫茶にやって来た。メイド喫茶に来るのは、楠木の言う通り、確かに結構久しぶりな気がする。2軍の法田たちが、メイド喫茶に営業妨害のような行為をして、メイド服に扮した菜摘が相手して、法田たちを撃退した日以来だろう。


「……これが、外国の方が日本に来たら絶対に訪れる場所、メイド喫茶ですか!」


 また変な知識を蓄えてしまっている紫苑。外国の人が全員、メイド喫茶に行くと思わないで欲しい。


「そうですよ~。外人さんも多く訪れてくれますよ~」


 メイド服に着替え、メイド喫茶のメイドモードに切り替えた楠木。やはり、メイドモードに入った楠木は違和感がある。ツンとした顔、あまり笑顔を見せない、素の楠木を知っている俺らは、とびっきりの笑顔で振る舞う楠木の姿が、変で仕方なかった。


「お帰りなさいませ、旦那様と3名のお嬢様」


 ダメだ。このメイド喫茶で上位の人気がある楠木が、俺に旦那様と呼ぶと、他のご主人様が俺にナイフとフォークを投げてくる。俺が咄嗟にメニューで防御していなかったら、血まみれだっただろう。


「今日の紗良のお勧めは、超特盛、スペシャルメガ盛りパンケーキがおすすめ――」

「それを4人分でお願いしま――痛いよ、ヒロ君?」


 パンケーキの単語を聞いたら、菜摘は目を輝かせて、しかも人数分を頼んだ。超特盛のパンケーキなど食える気がしないので、注文を言い終える前に菜摘の頭を叩いた。


「菜摘。今の話を聞いていたか? 特盛でスペシャルメガ盛りのパンケーキだぞ? こう言うのは一つだけ頼んで、皆でワイワイ食べるようなんだ――」


「今、紗良ちゃんが言った、超特盛、スペシャルメガ盛りパンケーキを4つお願いしま~す」

「かしこまりん! 無謀パンケーキを4つを、旦那様と3名のお嬢様がご要望です~」


 菜摘が言いそびれたと思ったのか、親切心が働いた紫苑は、楠木に無謀パンケーキを頼んでいた。


「超特盛、スペシャルメガ盛りパンケーキって、どんなのでしょうか~?」

「楽しみだな~」


 紫苑と菜摘は無謀パンケーキを楽しみそうにしているが。


「……食べられる気がしない」

「……どうなっても知らんからな」


 俺と木村は、これからどんな化け物がやって来るか、不安しかなかった。




 待つこと20分ぐらい。数名のメイドと一緒に、無謀パンケーキを俺たちの席に運んできた。


「お待たせしました! 紗良たち特製の、超特盛、スペシャルメガ盛りパンケーキで~す!」


 無謀パンケーキを見た瞬間、俺は笑うしか出来なかった。

 宅配ピザのような直径、それが分厚く焼かれているシフォンケーキが、10段あり、山のように盛られた生クリーム、たっぷりかけられたはちみつとシロップ。見ているだけで腹がいっぱいになって来る。


「……」


 木村は無謀パンケーキが出された瞬間、動きが止まってしまった。木村の体系でこの量が食えるとは、俺は思えない。


「美味しそうです~」

「これぐらいなら余裕かな~?」


 菜摘と紫苑は、無謀パンケーキが出された瞬間、目を輝かせていた。この目の輝きが消えなければいいんだが。


「紗良、旦那様と3名のお嬢様たちを応援しますよ~! お店のために――じゃなくて、紗良のために、頑張って食べてくださ~い!」


 けど、このパンケーキを残すのも勿体ない。これは、発注ミスで、過剰にある食材を消費するために限定的に作られたメニューだろう。


「……ちなみに、これっていくらだ?」

「税込み、4500円です」


 4つで約2万円。残したら倍のお金を取られるとかなりそうなので、ここは何としても食べるしかないようだ。

 気合を入れて、俺は自分の分を何とか食べきった。もうしばらくパンケーキは見たくない。


「……」


 紫苑は2枚ぐらいのパンケーキと食べたら、無表情でフォークで皿を突っついていた。


「ヒロ君、食べて欲しい――」

「責任もって食え」


 菜摘も紫苑と同じぐらいの量を食べたら、俺に食べて欲しいとおねだりしてきた。やっぱりこんな展開になってしまったか。


「……無理して食わなくていいんだぞ」


 木村はもう限界を超えているのか、泣きそうな顔で無謀パンケーキを食べていた。木村は被害者だ、可哀そうに見えてくる。


「ヒロ君~」

「何だ――むぐっ」


 いきなり、菜摘にフォークで刺したパンケーキを口で突っ込まれた。


「今から、幼なじみの私が、愛情を込めて、あ~んさせて食べさせてあげるね~」


 もう食えないようなので、残ったパンケーキは全て俺に食わせる作戦にしたようだ。


「菜摘ちゃんだけズルいですっ! マロンっ! 私も、紗良ちゃんみたいなメイドさんみたいに、サービスでやってあげますっ!」

「……口、開けて」


 菜摘の作戦を真似して、紫苑と木村も、俺の口元にパンケーキを差し出してきた。


「ヒロ! 私もヒロに食べさせてあげる! いいから口を開けなさいっ!」


 菜摘たちの行動が羨ましくなったら、メイドキャラの設定を忘れ、楠木も誰かのパンケーキを取って、俺の口元に差し出してきた。


 俺もこれ以上は食えないので、頑なに口を閉ざしたのだが、俺は菜摘に無理やり口を開けられて、そして菜摘たちにパンケーキを口にねじ込まれた。


 俺は、もう限界だ。なので、俺は咄嗟にメイド喫茶から逃げ出したが、安定に菜摘はパンケーキの皿を持って追いかけて来た。

 腹がいっぱいで、吐きそうになりながら、俺は菜摘と共に秋葉原の街中を走り回る。それが誰かがSNSでおもしろ動画として上げて、それが拡散して、バズってしまう。俺だけが恥ずかしい思いをして、最悪な夏休みの終わり方をした。

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