第61話 もう一つの幼なじみ関係


「……」


 銅像のように全く動かないスクールカースト制度の実行委員長の榊原先輩。


「……ったく。……今から彼女と出かけるんだよ。……早く来いよ」


 都のお偉いさんがのんびりとしているせいか、次第にイライラし始めた3年の荒俣先輩。そしてさり気なくリア充アピールをする。こういう、彼女いますよ宣言は、世界一どうでもいい宣告だろう。


「榊原先輩。俺、トイレに行っても良いですか?」

「……なるべく早く」


 俺は、緊張でトイレに行きたくなってきた。榊原先輩にトイレに行くとだけ言っておいて、俺は会議室の近くにあったトイレで用を済ませた。緊張すると、どうしてトイレが近くなるのか。そんな疑問を思いながら、トイレを出ると。


「私の予想、当たったでしょ?」

「お前は、俺のストーカーか?」


 男子トイレを出た所に、廊下の壁に寄りかかって俺に話しかけてくる葛城がいた。どうして俺がトイレに行った事を知っているのだろうか。


「松原君。これは、スクールカースト制度を廃止に追い込む、機転だと思うの」


 俺のツッコミはスルーされて、葛城は続けて話を続けた。


「4軍の松原君なら、1軍、2軍、3軍の本当の姿を知っている。この過酷な現状を赤裸々に語ることが出来る。榊原先輩、それともう一人の先輩に負けないよう、しっかりと都のお偉いさんに、この制度がどれだけ愚かな事を訴えてほしいの。出来る?」


 俺だって、このいかれたスクールカースト制度には大反対の人だ。そんな事、葛城に言われなくても分かっていた事だ。


「葛城に言われなくても分かってる。ありのままの事を言って、大袈裟に、4軍は哀れだとか言わないようにする。そういう事だろ?」

「そう思っていてくれていたなら、私も安心。応援してるわ」


 そう言って、葛城は微笑んだ。葛城は、俺にかなり信頼して、これからの出来事に期待している。どこまでできるか分からないが、多くの生徒が望むような結果につながればいいなと思っていると。


「気色悪い光景ね。元陰キャが青春している光景は、見ているだけで吐きそうになるわ」


 葛城の背後からそう話しかけていたのは、俺らのクラスの女王、スクールカースト制度でも上位、1軍の座に就く猪俣だった。

 なぜ猪俣がここにいるのか。俺の呼び出しの放送の時には、猪俣は日下部たちと教室を出て行ったのを見たんだが。


「……猪俣……さん」


 猪俣の声を聞いた葛城は、肩をビクッとさせ、そしてゆっくりと背後にいる猪俣の方を見た。かなり猪俣に怯えているように見えるのは、俺だけだろうか。


「初めまして。と言うべきかしら? あんたの誘い、ちゃんと時間を空けて、遊びに来てあげたわよ」


 ニヤニヤしている猪俣とは違い、葛城は化け物でも見たような顔で、ずっと引きつっていて、そして足ががくがくと震えていた。


「ダっサい三つ編み、赤いメガネ。あのクっソダサい格好はやめたの? 髪をストレートにして、メガネを外せば、男子からモテるって、ようやく思いついたの?」


 猪俣にそう言われると、葛城はこの場に座り込んでしまい、過呼吸の状態になっていた。


 葛城の周りだけ、空気が無くなったように、凄く苦しそうに呼吸をしている。これって相当ヤバい状態じゃないのか!?


「卑怯ね。やっぱりこいつ、昔の事は話していない。松原は全校生徒に黒歴史を放送で話したのに。松原より最低ね」

「あれは菜摘が勝手に話したんだよ」


 きっとヒビト君の事を言っているのだろう。俺の黒歴史は猪俣たちには絶対知られたくなかったんだ。本当に菜摘を恨む。


「それはそうと、前回のプールの時と言い……。お前と葛城は、どういう関係だ?」

「幼なじみ。そう言えばいいかしら?」


 これは意外な事実だ。葛城や猪俣は、今までそんな素振り、知り合いのように話し合っている姿を全く見せなかったから、俺も猪俣がそう言うまで、全く分からなかった。


「……猪俣さんが、他校に引っ越すまで。……中学1年生まで、私は猪俣さんのおもちゃにされていた」


 多少咳き込む中、何とか正気を取り戻した葛城は、ダウン寸前のボクサーのように立ち上がった。


「……も、もう昔の私じゃない。……そうでしょ? 今じゃ、私の方がスクールカースト制度では、猪俣さんより上。この学校が、貴方が発案した制度が、そう証明している」


 やはりまだ猪俣が怖いのか。口調では強がっている葛城だが、足はがくがく震わせていた。


「早速遊びたいところだけど、私も暇じゃない。この後も予定が入ってるし、私と葛城、今後のスケジュールについて話しておくわ」

「……今後?」

「まず、葛城が降格します」


 猪俣は、預言者のような口ぶりで、葛城が降格すると言った。


「それはなぜか。それは、私の連れが、暴れるから。学校巻き込んで、葛城は責任とって降格って感じかしらね」

「言っている意味が分からないわ」

「意味が分からないなら、葛城はトップにいる資格はない。さっさと地獄に落ちろって事」


 猪俣がそう話した時の顔は、本物の悪魔のような、凄く悪い顔をしていた。


「……へえ。……面白そうじゃない」

「あら。絶望しないのね? あれは、中学の時だったかしら? あんたが本気で挑んだ定期考査で、私が完勝しちゃったら、あんたの顔は傑作だったわ。あの時みたいな、絶望した顔をすると思ったのに。つまんないわね」

「それは申し訳ないわね。勉強ばかりしているせいか、面白い顔をするやり方を忘れちゃったみたいなの」


 葛城は、自分の頬を思いっきり叩いて、喝を入れていた。


「私は、貴方にどれだけ絶望させられたか。あれを越えるような絶望なんて、この世に存在しないと思っているから」


 葛城は、猪俣にどんな事をされたのか。すごく気になる所だが、俺は空気を読んで、葛城の行動を見守った。


「猪俣さんが転校して以降、私は成績、社交性、運動神経も、猪俣さんに劣らない、猪俣さんを越える人になったの。貴方こそ、超絶美少女になって、運動も出来て、勉強も出来る、完全無欠の私に勝てないと思って、絶望してる? それでも私よりまさっているなら、ここで絶望する、面白い顔のお手本を見せて欲しいわ」


 最後に葛城は、猪俣にあっかんべーをしていた。猪俣がキレると思い、俺は警戒していたが、猪俣は葛城に関わる事を止めて、何も言わずに猪俣が来た道を引き返していた。


「な、何とか、乗り切りれ……た……」


 猪俣がいなくなったので、緊張が解けたのか、すぐにその場に座り込んで、激しく息切れをしていた。


「……頑張ったな――」

「……もう少しでちびっちゃうところだった」


 せっかく労いの言葉をかけようとしたのに、今の言葉で台無しだった。女子がちびるとか言うな。


「まさか、お前がいじめられっ子だったとはな。だから、スクールカースト制度を無くしたいって言っていたのか」

「……他にも理由はあるけど、大まかな理由はそう」


 葛城はいじめられる気持ちが分かる。自分のようないじめられっ子をこれ以上出さないように、自分がトップになり、底辺にいる生徒を救おうとしたのだろう。


「そうなると、尚更協力しないとね~」

「……ああっ!!」


 いつの間にか現れた、菓子パンを食べている菜摘を見て、俺は大切な事を思い出した。


「菜摘……? 質問会はどうなった?」


 俺は都のお偉いさんの質問会をすっぽかしてしまった。確実に、俺は榊原先輩にペナルティを課せられるだろう。


「たった今終わったよ? けど大丈夫。私がヒロ君になり切って、程よく答えておいたから~」


 不安しか残らないので、俺は生徒会室に向けて走り、榊原先輩に謝りに行った。


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