第56話 幼なじみたちと夏休み ~プール~

 紫苑の提案で、俺たちはプールに行く事になった。スマホで天気予報を確認したら、今日の最高気温は、36度の猛暑日。プールに入れば、確かに気持ち良いだろうが、みんな考える事は一緒で、大規模なプールがある昭島市にある公園に行くと、混雑していた。


「太陽。問題だけは起こすなよ?」


 菜摘は確実に迷子になるので、俺は何度も菜摘に紫苑から離れるなと言い聞かせて、俺たち男性陣は、菜摘と紫苑が着替えてくるのを待ちながら、田辺と待っていた。


「そうならないよう、俺をちゃんと見張っていろよな?」


 菜摘だけじゃなくて、なぜ田辺も見張らないといけないのだろうか。これ以上、俺の仕事が増えたら、俺は全くプールを楽しめず、ただ人混みとマイペースな幼なじみたちの相手に疲れるだけになる。


「正義と同様、俺は菜摘様にも会っていないが、菜摘様は相変わらずだな」

「そう思うだろ? 太陽が思う以上に、マイペースが深刻化している」

「マジか。いやー、修学旅行で、先生も俺たちも見つけられないから、先生たちが捜索願を出しかけたと言う、あの伝説を残す以上な事をしているのか?」


 その話は、ちゃんと覚えている。中学の修学旅行は京都と奈良、大阪の関西だった。俺が、ほんの少しだけ目を離しただけで、菜摘は消えて、先生たちが地元警察に捜索願を出す寸前に、菜摘はホテルの自分の部屋で、みたらし団子を食べていたと言う、伝説を作った。勿論、菜摘は先生にめちゃくちゃ怒られていたが、菜摘はずっとボーっとしていたので、何を言われたのか覚えていないらしい。


「常に授業を抜け出しているとか、数秒前にいなかったのに、菜摘が目の前にいるとか。最近は、人間離れをする事が増えた」

「菜摘様らしいな」


 田辺は、可笑しそうに笑っているが、いつも菜摘の相手をしている俺にとっては、笑い話じゃない。楠木、木村がいなければ、俺は更に苦労しているだろう。


「マロ~ンっ!」


 そして紫苑が、水着姿で俺の腕に抱き着いて来た。


「――っ!」


 腕には、紫苑の柔らかい物が当たり、俺は鼻血が出そうになったが、俺は堪えて、空を見上げた。


「高村さん。めっちゃ似合ってるっすね」

「ありがとうなのですよ~」


 田辺に褒められた後、紫苑は、俺の方を無言で見てくる。


「……可愛いです」

「えへへ~。そんな大胆ですよ~」


 紫苑は、白の生地に水色の線が入ったストライプ柄のビキニだった。いつも俺が参考にしている保健体育の人たちより、可愛くて最高だと思ってしまった。


「時間だよ~。1分経ったから、離れようね~」

「菜摘ちゃん、もう少しだけお願いしたいのですよ~」

「約束は守ろうね~」


 きっと道案内のお礼という事で、俺に抱き着く時間を与えたのだろう。水色のオフショルダーの水着を着ている菜摘は、紫苑を引き剥がして、今度は俺の腕に、菜摘が抱き着いて来た。


「……可愛いぞ」

「だよね~」


 俺の言葉に、菜摘は嬉しそうにうなずいてから、少しだけ頬を赤らめて、口を閉ざしていた。

 菜摘の下着姿、Tシャツで寝転がっている菜摘を見ても、特に何も思わないが、やっぱり水着と言う衣装は格別で、どんだけ長く幼なじみを見ていても、水着姿の菜摘は可愛く思えた。





「はぁ~。極楽なのですよ~」

「紫苑。プールと温泉は別物だぞ」


 紫苑の提案でやって来たプール。この猛暑のせいか、プールの水も少し温く感じるが、やはりプールは快適だ。俺と太陽は、流れるプールをぐるりと泳いで来たが、紫苑は、浮き輪に浮きながら、プールを温泉のように浸かっていた。どちらかと言うと日光浴と言った感じだろう。


「正義。ここは天国だな」

「だろうな」


 俺の予想通り、今日は子供連れの客が多い。田辺好みのロリがたくさんいる。もし迷子のロリの女の子がいれば、田辺が即行で声をかけて、そして補導される未来が見える。


「高村さん。のんびりしたいなら、ビーチみたいなプールもある、向こうに行った方が良いかもね~」

「それもそうですね~。こうやっていると、結構人とぶつかってしまいますので、そうするとしましょうか~」


 俺たちは、菜摘に勧められたプールに向かうと、紫苑は浮き輪に浮いて、再び温泉のようにプールに浸かっていた。


「意外だな。てっきり、ウォータースライダーでも乗りに行くと思っていたんだが」


 紫苑の性格上、俺はひたすらウォータースライダーを乗っていると思っていたが、紫苑は意外にものんびりしていて、菜摘もマイペースにゆったりと泳いでいた。


「後で乗りに行きますよ~。けど今は、今まで出来なかった、マロンとプールでのんびりしたいので~」


 やはり、紫苑にとって、海外生活は辛く、大変だったようだ。英語を全く話せない紫苑は、きっと俺たちのような仲の良い友達も出来なかったのだろう。小学生以来に過ごす日本の夏、今はただ、この至福な時間を過ごしていたいのだろう。


「……さて、充分のんびりしましたし、マロンも一緒にウォータースライダーに行きましょうっ!!」


 急に起き上がった紫苑は、俺の手を掴んで、ウォータースライダーに連れて行かれそうになった。


「若い二人は、楽しんで来ればいいよ~。私は、空を眺めていたい気分だからね~」


 珍しく、菜摘は俺の傍にいようとせず、マイペースが発動して、ボーっと夏の空を見ていた。


「行って来いよ。菜摘様の相手なら、俺に任せておけ」


 田辺なら、菜摘を任せられる。菜摘がそばにいれば、田辺もロリを探す旅もしないと思うので、俺は思う存分に、紫苑とウォータースライダーで遊ぶことにした。





「マロン~っ! とても、とっても楽しいのですよ~っ!」


 俺と紫苑は、数分待つことになっても、何度もウォータースライダーで遊んだ。

 遊んでいる時の紫苑は、とっても無邪気で、心の底から楽しんでいる、キラキラした笑顔だった。


「もう一度行きましょうっ!」

「その言葉、何度目だろうな……」


 そう思いながら、俺は紫苑に腕を抱き着かれ、腕に柔らかい物が当たり、鼻血を出さないように堪えながら、再びウォータースライダーの列に並ぶと、俺の前には、見慣れた顔がいた。


「あら? またあんたと顔を合わせるなんて、最悪の気分だわ」


 この前、渋谷で会った、俺のクラスのトップで女王様、猪俣だった。


「こっちも最悪な気分だ。知らん顔しておけばよかったのにな」

「それでもよかったけど、こいつが黙っていないわ」


 猪俣は、自分の横に立つ、金髪でこんがりと日焼けした女性を横目に見ながら、そう話した。


「うわー。相変わらず、間抜け面な松原君だー」


 初対面の女性に、いきなり笑われた。猪俣の、他校の友達かと思ったが、この女性は、俺の事を知っていた。


「あんま松原を罵倒すんのはよしなさい。松原に抱き着いてる、横の女がキレて、面倒くさい事になるから」

「そーなんだ。けどさ、こんな幸せそうな顔をしてる女みたら、体が勝手に動いて、血と涙でぐちゃぐちゃになるまで、殴ってるかもねー」

「それは絶対にすんじゃないわよ? 警察沙汰になって、せっかくの夏休みが台無しになんから」


 猪俣は、こんな危なっかしい奴とも絡んでいるのか。そうなると、そう簡単に猪俣に勝負を挑むのは難しいのかもしれない。それより、こんな不良のような女子生徒、学校にいただろうか? いたなら、俺の耳に入ってくるはずなんだが。


「あ、それよりさ、松原は最近、あの葛城と絡んでいるわよね?」

「成り行きでな」

「どうせまた夏休みの時に会うんでしょ? 1軍命令で伝えてもらえる? 『あんたとの遊びに付き合ってあげる』って」


 いつの間にか、葛城は猪俣に成敗勝負でも仕掛けたのだろうか。そうとなれば、あまり敵に回したくない猪俣と、戦う事になるのだろうか。


「ああ、しっかり伝えておく」

「頼んだわよ。そんじゃ、もう夏休みの間は、二度と私の前に現れないようにしなさいよ」


 そう言って、猪俣はウォータースライダーで滑っていった。


「……前回、あんな事をしたのに、よく我慢出来たな」


 あの金髪の女性に、俺が罵倒されていても、紫苑は何も言い返さず、ずっと唇を噛みしめていた。ここで渋谷の時みたいな状態になったら、あの金髪女性と喧嘩に発展していただろう。


「……みんな、スタイル良すぎじゃないですか?」


 紫苑は、怒りを堪えていた訳ではなく、猪俣のスタイルの良さに嫉妬していた。


「……菜摘ちゃんもそうですし、雫ちゃんだって……私、結構自信あったんですよっ!? ……マロンは、ずっと雫ちゃんの胸とか、菜摘ちゃんのお尻とか、ずっと見ていましたよねっ!?」


 紫苑は、かなりショックを受けている様子だ。変に慰めようとしても、かえって紫苑を傷つけてしまう。


「まあ、男ならそう言った箇所は見てしまうが……。紫苑は、今までの事を振り返ってみてほしい……」


 紫苑は、ずっと並んでいる時でも、俺の腕に抱きついて、ウォータースライダーから飛び出して、楽しさを共有しようと、俺の背中に飛びついてくる。それは、ずっと紫苑の程よく膨らんだ胸が、当たり続けているという事だ。


「なるほどなのですよ。マロン、顔、真っ赤ですけど、もう日焼けしましたか?」


 紫苑も勘付いたようで、俺の顔の赤さを指摘した後、紫苑は、ニヤニヤしながら、更に胸を押し当ててきた時だった。


「ヒロ君」

「おわっとっ!!」


 そして唐突に、俺たちの目の前に、菜摘が現れたので、俺はびっくりして、紫苑を正面から抱き着いてしまった。


「マ、ママママママ、マロン~っ!!」


 そして紫苑は、全身が真っ赤になって、気を失ってしてしまった。何だか申し訳ない事をしてしまったが、紫苑にとっては、この夏最高の思い出になったかもしれない。


「良い感じな所、申し訳ないんだけどね~。ちょっと問題発生だよ~」

「……太陽か?」


 とりあえずウォータースライダーの列を外れ、菜摘は気を失った紫苑を介抱しながら、俺にこう説明した。


「爽やか君、警察署で寝泊まりする事になるかもしれないんだよ~」


 俺たちはプールの管理事務所に向かったら、田辺が色々と話を聞かれていた。どうやら、田辺好みのロリがいたようで、じっと見ていたら、親御さんに通報されたらしい。俺と田辺と必死に弁明したら、閉園時間ギリギリになってしまった。


 やはり、クーラーの効いた部屋で、ラノベ消化をしていた方が、有意義な一日を過ごせたかもしれない。


































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