第55話 幼なじみたちの夏休み ~タイムカプセル~

 紫苑が不意に思い出した、あの公園に埋めたタイムカプセル。俺たちは紫苑の記憶を頼りに、公園に植えてある大きな木の下を少し掘ってみると、お菓子が入っていたであろう、四角い缶の箱が出てきた。


「開ける前に、何を埋めたか、覚えているか?」


 俺がそう聞くと、田辺と紫苑は首を傾げた。


「小学生の時だから、変な物を入れていると思わないが……」


 俺も記憶は無いので、正直な事を言うと、開けるのが怖い。もし、今埋めたら、田辺はモザイク処理しないといけない物を埋めそうだし、俺は菜摘に見つかりたくない、貴重な参考書を埋めそうだ。


「菜摘を呼ぶか」


 きっと、菜摘の物も入っているだろう。俺、菜摘、田辺、紫苑の4人で埋めたはずなので、ずっと紫苑の事を覚えていた菜摘なら、何を埋めたか覚えているに違いない。


「と言うか、正義。今日は菜摘様と一緒じゃないよな?」

「太陽に物を渡して、すぐに帰るつもりだったからな。菜摘は、普通に俺の部屋でラノベ読んでいる」


 菜摘は、夜には家に帰るが、日の出より早く俺の部屋にやって来て、自堕落な生活をしている。田辺と菜摘も長い付き合いで、田辺の事をよく知っているので、菜摘は、田辺と会うと言っても、楠木たちの時みたいに、特に警戒しない。


「……あ、菜摘か? 今、近所の公園に――」

「あ、爽やか君だ~」


 今、菜摘に電話をかけたと言うのに、なぜか俺の横に菜摘がいて、菜摘は田辺とハイタッチしていた。


「……菜摘。……ずっといたのか?」

「普通に、ヒロ君の部屋の本を読んでいたよ~」


 夏真っ盛りの今、午前中と言っても、すでに気温は30度は越えていて、数分外にいるだけで、汗が出てくる。しかし、菜摘は汗を全くかいていないので、本当に数秒前までに、家にいたのだろうか。


「あ、懐かしいね~」


 そして菜摘は、紫苑が手に持っていたタイムカプセルを見つけ、懐かしそうに眺めていた。


「菜摘。何を入れたか、覚えているか?」

「私はしっかりと覚えているよ~。けど安心して欲しいな~。こんな本は入っていないからね~」

「持ってくるなーっ!!」

「これを読んでいる最中に呼ばれたからね~」


 菜摘は、背後から俺の大切な、大人向けの保健体育の本を持ってきていた。やはり、屋根裏とかに隠さないと、菜摘に漫画雑誌感覚で読まれてしまうようだ。


「丁度良いタイミングだね。爽やか君、これは本当に爽やか君が、ヒロ君に貸した物かな?」

「ああ。菜摘様も気に入ってくれたか?」


 この本は、田辺が貸した本じゃない。菜摘が怒るという事が分かっているから、田辺は菜摘に嘘をついていた。流石、幼稚園からの幼なじみで、意思疎通が出来ている。


「そうだね~。みんな綺麗な人、胸の大きい人ばかり。大事な所を上手く隠している写真もあれば、際どい水着とか着ている写真もある。高村さんも、ヒロ君たちの趣味に興味あるかな~?」


 そして菜摘は、そっと後ろから紫苑に保健体育の本を見せられると、紫苑は恐る恐る読み始めていた。


「……お、おぉ。……マロンも男の子なので、こう言った水着が良いのでしょうか? ……え、ええっ!? ……こ、これなんて着けている意味があるんでしょうか?」


 紫苑が顔を真っ赤にして、本の感想を言い始めてしまったので、俺は菜摘を轟沈させてから、保健体育の本を取り戻した。


「高村さん。正直、こんな水着を着ている女性が実際にいたら、男でもドン引き。けどフィクションだから、背徳感を感じながらも、楽しめるって訳っすよ」

「そ、そうなのですね~。男の子の気持ちって、難しいものですね~」


 田辺の意見に、何故か紫苑だけではなく、俺も納得してしまった。


「話がかなり脱線したが、このタイムカプセルをさっさと開けるぞ」


 俺は未だに思い出せない、何を入っているのかも分からないタイムカプセルを開けた。


「……おい。これは、太陽が入れたのか?」


 中には、『女子〇学生 禁断の愛』と言う題名の、エロ本じゃなくて、エロビデオが入っていた。流石に俺はこんな物は所有していないので、田辺が確信犯だと思って、そう聞くと、田辺は手の平を叩いていた。


「……ああ、ここに入れたんだったな。これ、親父に見られたくない、俺のお気に入りの奴だったから、前に掘り返して、ここに入れたんだった」

「タイムカプセルを、私用に使うなっ!」


 小学生の頃の、何か貴重なおもちゃとか、小物とかが入っていると思ったのだが、まさかの田辺の秘蔵のエロビデオ。こんな展開になるなら、ずっと忘れていた方が――


「ヒロ君。本当に忘れちゃったのかな?」


 復活した菜摘は、ビデオの下に隠された、茶封筒を取り出していた。


「開けてみろ。正義が見るべきものだな」


 エロビデオを隠していた太陽に言われたくないが、俺は言われたとおりに、封筒の中身を取り出すと、1枚の便箋が出てきたので、俺はそれを読んでみると。


『正義のヒーローのうた 作詞作曲 マロンイエロー』


 あ、これ、小学生の頃に考えた、俺の黒歴史の一部だ。


「懐かしいですねっ! マロンが作った歌、今でも歌えますよっ! 正義のヒーロー、果物戦隊~マロンレンジャ~」

「止めてくれ~っ!!」


 こんな黒歴史、菜摘か田辺に何度も殴ってもらって、記憶を消したいぐらいだ。そしれて、この間のカラオケの時もそうだったが、紫苑は絶妙に歌が上手い。俺の黒歴史のおかげで、紫苑の歌が上手になったのなら、不幸中の幸いだ。


「すべてを忘れているヒロ君の為に朗報だよ~。何と、親切な事にカセットテープも同梱だよ~」


 これは、後で捨てておこう。小学生の頃は、まだカセットテープが主流だったから、黒歴史の録音の為に、使用したようだが、こんな物を聞いたら、俺はマジで頭がおかしくなる。


「マロン。捨てようとお考えではないですか? それは駄目です」


 意地になって、菜摘からカセットテープを取り返そうとしたら、紫苑に手を掴まれた。


「タイムカプセルは、大事な事を教えてくれました。昔から、私たちの友情は変わらない。ずっと仲良しのままでいる事の、素晴らしさと楽しさです。こうやって、ワイワイと出来る事、私が望んでいた日常なのですよ」


 確かに、それは紫苑に一理ある。卒業アルバム、写真とは違って、当時の頃を鮮明に教えてくれるし、ずっと俺たちの仲の良さを教えてくれる、素晴らしい物になった。


「で、本音は?」

「マロンの、小さな頃の声を聞きたいのですよ~!」

「確か、みんなで合唱するパートがあったはず。俺は、小学生の、高村さんと菜摘様の声を聞きたい」


 田辺は相変わらずだが、紫苑も俺たちといるせいで、変な影響を受けている気がする。


「……まあ、捨てる事はしないが、どこかの幼なじみが、俺の黒歴史を学校に広めないよう、太陽が、タイムカプセルを管理して欲しい」


 菜摘の事だから、校内放送でヒビト君以上の黒歴史を広められたら、俺はもう学校に行けない。猪俣たちには笑われ、一応手を組んでいる葛城にも、ニヤニヤしながら、俺をからかうだろう。


「おう、任せとけ」


 まだ、田辺個人の範囲で、楽しめられていた方が、俺の被害が少なそうなので、俺はタイムカプセルの中身を、田辺に託した。


「そんじゃ、暑いし、もう今日は解散――」

「待って欲しいのですよ~っ!!」


 更に気温が高くなっている気がするので、俺は家に帰って、クーラーの効いた部屋でラノベを読もうと思ったら、紫苑が俺を呼び止めた。


「こんな事があろうと、私は常時、水着を着用していますっ! せっかくなので、今から私たちでプールに行きませんかっ!?」


 確かに、プールに行ったら、多少は涼しく過ごせるだろう。菜摘、紫苑の水着姿を見られるなら、俺にも行くメリットはあるし、田辺も水着姿の幼女が見られて、田辺にもメリットがある。


「マロンには物足りない、大人しめの物ですけど、せっかくの夏休みなので、楽しく過ごしましょうよっ!」

「……そうだな。……夏休みを、ラノベ消化に使うのも違う気がするし、行くか」


 紫苑に、キラキラした目で見られると、俺は頭をかいてから、そう返事をした。

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