第26話 成敗と下剋上

 

『1年5組の松宮。至急、生徒会室に来なさい』


 昼休み、安定のように突然、菜摘が俺の教室にやって来た途端、校内放送で菜摘の名前が呼ばれていた。

 だが、菜摘は俺が一緒に行かないと絶対に行かないと言い出したので、俺はせっかくの休み時間を犠牲にして、衣替えの季節で薄着になったカッターシャツの菜摘に、胸を押し付けられ、腕にくっつかれたまま、生徒会室に向かった。

 何気に初めての生徒会室。前回は行く必要性が無くなり、自由川高校生徒会の雰囲気が分からない。中は一体どうなっているのか、少し期待をして、ノックをしてから入ると。


「……普通だな」

「普通と言うより、地味の方だと思うよ~?」


 生徒会。漫画やアニメでは、校長より絶大な権力を持っていると言う、謎設定が付き物だ。まあ、この高校もそうなんだが。

 だからきっと中もきっとすごいと思って期待して入ったのだが、中は俺らの教室とほとんどの変わらない。机や椅子が中心にちょこんと置いてあって、パソコンが1台ある程度。期待して入ったせいか、すごくガッカリだ。


「そこ、生徒会に何を期待していたのですか?」


 そして中には、一人の黒髪美人の女子が座って何かの作業をしていた。生徒会の人だろうか?

 この女性は、俺らにそう言うと、俺らの前に立ち、菜摘の方を見てから。


「1年の松宮さん……っと、そちらの方は?」

「ヒロ君だよ?」


 俺のあだ名にこの人が通じるわけもなく、この女子は首を傾げていたので。


「……1年2組、松原正義。……菜摘――松宮さんに、無理やり連れてこられたんです」


 俺の名前を聞くと、合点がいったように顔をハッとさせていた。


「ああ、あなたが1学年で最底辺の方ですか」


 もう俺は、最底辺だと言う事は、有名になったらしい。4軍を示す、真っ白なバッチを付けているし、見れば4軍だと分かってしまう。


「……と言う事は、あんたは1軍か」


 この女性の胸元には、金色に輝くバッチがついていた。つまり、この人は1軍と言う事だ。


「申し遅れました。私、2年1組、生徒会副会長の夏野なつのと申します。そしてれっきとした1軍。少しは先輩として敬ったらどうかしら?」


 俺らとのスクールカーストとは別だが、この人は2学年の中で1軍、2学年の頂点に立つ者のようだが、俺が4軍の最底辺だと知ると、夏野先輩は、見下すような目で俺を見ていた。


「来てもらって悪いけど、松原さんは出て行ってくれる? 呼び出したのは松宮さんだけ――って、松宮さんは!?」


 いつの間にか、俺の横いたはずの菜摘が姿を消していた。たった数秒の会話で、菜摘はあっという間に姿を消すなんて、どうやったらそんな人間離れなことが出来る――


「ヒロ君~。このパソコン、ゲームソフトが入っていないよ?」


 そしてパソコンがある席に座って、パソコンをいじろうとしていた。


「い、いつの間にっ!? と言うか、どうしてパスワードが分かったの!?」

「えっとね……。何となく?」


 何となくで、パソコンのパスワードなんて分からないだろ。

 たった数秒で、菜摘は生徒会に1台だけあるパソコンに電源を入れ、どうやってパスワードを解除したのか分からないが、普通に起動し、生徒会のパソコンでゲームをしようとしていた。


「……夏野先輩。菜摘は、ご覧の通りに凄いマイペース。俺がいないと、絶対に手を焼くと思うし、変に生徒会を荒らされても困ると思います。俺を出て行かせるのは、間違った判断だと思いますよ?」

「是非、松宮さんの傍にいて!」


 一気に2年の1軍、そして生徒会副会長を手玉に取るなんて、本当にマイペース過ぎる、俺の幼なじみは怖い。




 生徒会室の机と椅子を借りて、俺たちは三者面談のような形で面談することになった。俺らの前に、夏野先輩。そして俺の横には、当然のように菜摘が俺の肩に寄り添って座っていた。


「松宮さん。あなたに成敗勝負が申し込まれました」


 夏野先輩が謎な勝負を言ったので、俺と菜摘は一緒に首を傾げた。


「下位の者が上位の者に勝負を仕掛けるの勝負を下剋上。そして反対に上位の者が、下位の者に勝負を仕掛ける。それを成敗と言います」

「……そんな勝負、あの発表の時に言っていなかったですよね?」


 あの時の発表、ただスクールカースト制度を実行するとしか言っていなかった。詳しい内容は裏表のプリントの資料に書いてあって、どうやって地位が決まるか、どんなメリットがあるかなど、一通り読んだが、そんな勝負が出来るとは一切書いてなかった。


「はい。先程決まった事ですから」


 きっとあの烏丸先輩が考えた策なのか、それともあの安藤が考えたのか。何の意図があってやるのか。


「烏丸は安藤さんの話に興味を持ち、そしてこのようなスクールカースト制度を実施しました。ですが、今の学校の状況をよろしくないと思っているようで、新たなルールを設けようとしているのです」


 そんな変なルールを作るぐらいなら、さっさとこのいかれたスクールカースト制度を廃止にしてほしんだが。

 夏野先輩は、俺の肩に寄りかかって眠っている菜摘を見て、深い溜息をついてから、俺の方を向いて。


「スクールカースト制度を導入した意味、松原さんは理解していますよね?」

「学力向上、そして学校の風紀を良くするため、だろ?」

「ご名答」


 このスクールカーストを導入したメリットにはこう書いてあった。


『スクールカースト制度で底辺になった者は、底辺で定住せず、上位を目指すため、定期テストで良い結果を残すように、日々勉学に励み、上位の者は、降格されないよう、日々勉学に励むこと。そして生徒の手本になるように、清廉潔白な行動をする』


 そう資料には書いてあった。


「この制度を導入したら、生徒は勉学に励む。そう思っていたようですが、今の現状では4軍が底辺の地位にどこか安心感を持ち、そして下位の者を手下に出来ると思い、2、3軍は身勝手な行動を振る舞っている。それが烏丸の目に留まり、新ルールを考えたのです」


 今の学校の現状は、2、3軍が1軍よりも威張っている印象がある。1軍みたいに、4軍にペナルティを与えることは出来ないが、好き放題やっているのは確かだ。


「……話は分かりました。……それで、勝負とは何をするのですか?」


 勝負と言えばいろんな方法がある。体力とか、勉強とか。一体何の勝負をされるのか。


「まずは選挙。昼休みの時間、校内放送で勝負する者同士、それぞれの主張を演説してもらって、そして放課後に勝負が行われている学年の生徒で投票をしてもらいます」


 完全に政治家の選挙と同じじゃないか。そんな事、菜摘が出来るのか――


「……って、寝るな」


 完全に居眠りをしていた菜摘の頭を叩き、菜摘を起こした。と言うか、何で俺が真面目に聞いているんだ? やるのは菜摘だろ!?


「……ヒロ君が代わりに聞いておいて」


 そして菜摘は再び眠ろうとしていたので。


「菜摘。最後まで聞いていたら、帰りに何か奢る」

「から揚げさんが良いな~」


 菜摘は、コンビニで売っているから揚げを食べる気分のようだ。奢ると言ったら、すぐに起きた。


「……すんません。……話の続きをお願いします」


 今の俺と菜摘のやり取りを見ていた夏野先輩は。


「カップル?」

「ただの幼なじみです」

「どう見たって、彼氏彼女にしか見えない……」


 夏野先輩に、少し羨ましそうに見られた後、咳払いをしてから再び話し始めた。


「話の続きを。放課後、投票を行なった後も、翌日も勝負になります。昼休みに小テストを行い、そして投票とテストの結果で、勝敗が決まります。それが新しく設けられる勝負の内容です」


 どうやら2日間かけて、そして貴重な昼休みの時間を削ってこの勝負をやるようだ。

 聞いていると、俺らには何のメリットもないんだが。


「成敗勝負の場合、上位が勝つと、下位は降格されて、定期テストでも1か月は昇格出来なくなり、上位が負けると勿論、降格です」


 成敗勝負だと、上位の方が有利だと思うが、負けた場合のリスクが半端ないだろう。わざわざリスクを冒してやる必要性は無いだろう。


「下剋上勝負は、下位が勝つと10位だけ昇格出来て、勿論上位は降格になります。2軍から3軍になると言う事です。そして下位が負けた場合は、降格、そしてペナルティがあり、1ヶ月勝負は不可能。1か月、負けた上位の言いなりになってしまいます」


 下剋上だけペナルティが酷な気がする。そんなペナルティを多くしたら、尚更上位を目指さなくなるんじゃないか? 烏丸先輩は、どんだけペナルティを与え、人に苦痛を与えるのが好きなのだろうか。ドSな性格だな。


「もし、1ヶ月以上、誰も勝負をしないと言うなら、2軍から4軍の皆さん、全員にきついペナルティが科されるらしいですよ?」


 両者とも、あまり得にならない、誰もやろうとしない事を分かっているから、烏丸先輩はこのようなルールを付け足したのだろう。


「どのみち、今までのように有意義に過ごせなくなり、更にこのスクールカースト制度を意識するようになると思いますよ? この勝負から1軍の以下の人たちは逃げられないって事です」


 そして話疲れたのか、夏野先輩は大きく背伸びをしていた。あんな長々と説明していたのだから、当然疲れるだろう。


「……じゃあ、松宮さん。この勝負を――って、またどこに行ったの!?」


 夏野先輩が、菜摘に意思確認をしようとしたら、菜摘はまたいつの間にか消えていた。ほんのさっきまで俺の肩に寄り添っていたはずなのに、どうやって気配を消して抜け出せるのか。


「その勝負はお断りかな?」


 俺の椅子の後ろに寄りかかって座って、そしてどこからか取り出した菓子パンをもぐもぐと食べながら、立ち上がって夏野先輩に向かい合っていた。


「断る事は原則的に無理ですよ? 断ったらペナルティが――んっ!」


 菜摘は例え生徒会の副会長でも関係なしに、夏野先輩の唇に指を置いて黙らせていた。


「やりたくない。もう一度言うよ? 私はやりたくない」


 以前聞いた、楠木に喧嘩を売った時の、あの冷やかな声で、菜摘は夏野先輩に自分の意思を伝えた時だった。


「それは無理な話だな、松宮」


 菜摘が夏野先輩の唇に指を置きながら話していると、この生徒会室に2人の男子が入って来た。


「松宮。逃げたら、松原をどん底に落とすぞ?」


 ニヤニヤとして菜摘に話しかけるのは、このマイペースに惚れた、スクールカースト制度の実行委員長の安藤。そしてアキバのゲーセンで嫌な企みをしていた、2軍の法田だった。


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