第27話 演説

 帰りのHRで、成敗と下剋上。夏野先輩が説明された事を、担任の吉田先生が説明をしていた。

 そしてその最初の勝負に、菜摘と2軍の法田が勝負することになった。この場合、法田が菜摘に勝負を挑んだので、成敗勝負になる。


「ヒロ君が買ってくれたから、から揚げさんとドーナツがとても美味しく思うよ~」


 放課後、がらんどうになった教室の片隅で、菜摘は爪楊枝でちびちびとから揚げを食べていた。

 から揚げさんだけのはずだったのに、ついでにレジの所に置いてあったドーナツまで奢らされた。もう、軽々しく奢るとか言わない方がいいな……。俺の小遣いが底を尽き始めている。


「それで、話すことは決めているの?」

「それが決まっていないから、楠木たちに相談しているんだよ」


 とてもじゃないが、俺と菜摘だけで演説の内容が考えられるとは思えない。


「……少し冷めている」

「けど美味しいのが、コンビニのから揚げなんだよ~」


 菜摘なんて、スマホをいじっていた木村に、から揚げを一つあげていた。

 暢気にから揚げを食べて、暢気に教室を徘徊し、暢気に木村にから揚げをおすそ分け。演説の事なんて、微塵も興味を持っていないようだ。


「……負けたら、しばらく4軍なんでしょ? そして勝ったら10位だけ上がれる。……全く、松宮には得にならない話よね」


 それがあるせいか、尚更菜摘は興味を持たないのかもしれない。菜摘は昇格を望んでいないし、俺と同じ地位にいたがる。


「……まあ、兎に角だ。演説の話だけでも考えておく。……って、菜摘ー!!」


 またもや、菜摘はどこかに姿を消して、そして俺が菜摘の名前を叫んだあと、数秒で俺の後ろに現れてびっくりした。どうやら、暢気に廊下の窓に当たって流れている、雨の雫を見ていたようだ。


 菜摘を席に座らせて、俺は菜摘に問いかけた。


「菜摘。公約は?」

「ヒロ君は、お腹が減っているのかな~?」


 どうして俺が、菜摘に食料を強請っている事になっているのだろうか。


「……もしかして、俺が菜摘にこんにゃくを寄こせと思ったのか?」


 公約とこんにゃく。何となく発音は似ているが、幼なじみに、急にこんにゃくを寄こせと言うタイミングとかあるのだろうか。


「ピンポーン。正解だよ――痛いよ、ヒロ君?」


 寝ぼけた事を言っている菜摘の頭にチョップを入れて、俺は公約の意味を説明すると、菜摘は即答で答えた。


「私のこーやくだっけ? 私が勝利してやりたい事は、ヒロ君を邪魔する人、狙う人は、即死刑とか?」

「せめてペナルティって言おうな」


 本当に俺と一緒にいたがる以外、何の興味を示さない菜摘。


「けどな、それはやめてくれ。俺が男子生徒にゴミを投げられる回数、尚更ひどい物を投げられる可能性が一気に高くなる」


 前に一人でトイレに行った時、多分、菜摘と同じクラスの男子生徒だろう。俺の横で用を足している男子が、菜摘の事を可愛いなど、彼女にしたいなど、好き放題言っていた。やはり高校生になって、更に魅力的な美少女となった菜摘は、この高校の男子でも人気があるようだ。

 村田と話した時も、2,3年の中でも菜摘は可愛いと一部では噂になっていると、野球部の先輩が言っていたらしい。

 そんな校内放送で、俺と一緒にいたいとか言ったら、俺は4軍の地位プラス、菜摘への妬ましい気持ちが合わさって、悪化する恐れもある。


「……別に公約とか、そんな事しなくてもいいと思う」


 スマホをいじるのを止めて、俺の悩みに真面目に解決しようとしてくれる木村。


「……松原君は、政治での選挙の演説の概念にとらわれ過ぎ」

「……どういう事だ?」


 俺は木村が言っている意味が分からなかった。


「……さっき配られた資料には、昼休みに校内放送で演説としか書いていない。……特に演説の内容には決められていないようだから、公約じゃなくて、自分のアピール、そして何か面白い話。……そう言った路線で行けばいいんじゃないかな?」


 成程。そう言う手があったか。

 確かに俺は、演説と聞いた瞬間、政治家のように、何かの公約をあげないといけないと思っていた。だが、夏野先輩や先生の話、配られた資料にも特に演説の内容としては決められていない。


「確かに。生徒会役員の選挙でもするわけでもないんだし、その手もありかもね」


 楠木も木村の話には納得のようだ。


「……放課後に法田と松宮さんで投票をやる。……つまりこの勝負は、どっちが大きく印象、好印象を持たれるか。……遊びのようなこの勝負。……堅苦しい話か、面白くて印象に残る話。……私たち高校生なら、どっちを選ぶ?」

「……面白い話だな」

「うん……。そうだよね……」


 俺が呟くと、木村は嬉しそうに頷いた。


 もしこの場に木村がいなかったら。もし木村と未だに距離を置かれていたら。俺と楠木で、ずっと頭を悩ませていたかもしれない。菜摘は全く興味が無いようだし、この場は本当に木村がいて良かった。


「ありがとな、木村。今回は木村がいてくれて助かった」


 俺は、解決策を提案してくれた木村に、お礼を言うと。


「……お役に立てたなら、私も嬉しい」


 木村は、何故か俺よりも嬉しそうな顔で、そして頬を赤く染めて微笑み返していた。




 そして翌日の昼休み。

 俺と菜摘、そして菜摘が何を起こすか分からないと言った理由で、昼休みを犠牲にしてまで、楠木と木村も放送室に来てくれた。


「よう、松宮」


 そして放送室に入ると、にやにやした顔で菜摘に挨拶する安藤。


「演説はちゃんと考えて来たのか? 子守歌のような、退屈な話はやめてくれよな? 昼休みの一興として、楽しませて――」

「頑張るね~」


 安藤の問いかけに、菜摘は素っ気なく返していた。


「この前の仕返し、ここで晴らさせてもらうからな」

「晴らせるといいね~。まあ、お互いに頑張ろうね~」


 安藤とは反対に、2軍の法田は菜摘を忌々しそうに見ていた。

 頼んだガトーショコラを菜摘に食べられ、そして皿を口に突っ込まれたと言う悲劇にあった法田。

 法田も可哀そうだと思うが、こんなバカみたいな勝負で恨みを晴らそうとする法田に、俺は疑問を抱いていた。


「……余裕そうだな」


 放送室に入る前、安藤は俺に話しかけて来た。同じクラスなのに、俺と安藤は全く話そうとはしない。基本的に安藤は教室にいないからな。


「余裕じゃないさ。菜摘がマイペースに変な事を言いだしそうだから、ずっと冷や汗かきっぱなしだ」

「はっはっは。幼なじみにモテると苦労するんだな」


 互いに棒読みで言い合い、そして心の底から笑っていない笑いをしてから、放送室に入った。


 昼休み開始5分ごろ。

 購買で買った物を持って、教室に戻ってくる時間、そして団らんと弁当をつつき合う生徒。会話が弾み、丁度休息の時間、大体の人が教室にいる時間、そのタイミングを狙ったように、第1回の成敗勝負。最初の演説が始まった。


「さあ、始まりました! 第1回、自由川高校の2軍の生徒が4軍生徒に鉄槌を下すこの勝負! 1年4組の法田ほうだ龍生りゅうせい対、1年5組の松宮菜摘さんの勝負が今、開幕します!」


 きっとこの人は放送部の人だろうか。学校祭の司会を仕切るような、ノリノリの口調で、成敗勝負の司会をしていた。

 これも烏丸先輩の作戦なのだろう。堅苦しい放送では、誰も聞きもしない。放送開始の前に音楽を鳴らし、そしてこのノリノリの口調で勝負を始める。やはり烏丸先輩は頭の切れる人だ。


「まずは鉄槌を下す側。1年4組、2軍の法田君からの演説です! さあ、お願いします!」


 そしてまずは法田の演説から。


 法田の演説は、ちゃんと原稿紙にびっしり書かれた文を黙々と読んでいた。

 淡々と読み上げる法田の演説は、卒業式の答辞を読み上げる生徒のような、全く心を惹かれない演説だった。ただ、このスクールカースト制度をやって、今の自分の気持ちを読み上げていた。


「……は、はい! 法田君の演説でした!」


 堅苦しい演説のせいで、放送部の人も白けていたが、すぐにノリノリのテンションになっていた。


「では、2軍の鉄槌に立ち向かえる側、1年5組の松宮さんの演説です!」


 そして菜摘の出番になった。


「ほら、逃げようとしないで、ちゃんと話してくる!」

「……自信を持って」


 菜摘は突然消えて、逃亡する可能性があったので、これだけのために楠木と木村に来てもらったようなものだ。


「……やりたくないんだけどな~」


 楠木と木村に両肩を担ぎ込まれた菜摘は、観念したように、ようやく解放されて、重い足取りでマイクのある席に座った。


「松宮、本当に演説考えてこなかったのか?」

「ずっと菜摘の幼なじみをやっているが、俺にも分からん」


 法田のように原稿用紙を用意せず、何も持たない状態で、菜摘が話そうとしていたことに、安藤は驚いていた。


「……テステス。……おお、ちゃんと入ってるね~」


 そしてマイペースにマイクテストをする菜摘。さっきまで使っていたのだから、やる必要はないだろ。


「何だかアナウンサーになった気分~。将来はアナウンサーになろうかな~」


 この一瞬の放送だけで、菜摘の将来の夢が決まったようだが。


「特に話したい事は無いかな~。けど、何も話さないとヒロ君に怒られる……。そうだ、木村さんの助言通り、ヒロ君について話そうかな~」


 嫌な予感がして、急に汗が噴き出してきた。


「ヒロ君~。面白い話をすればいいんだよね~」


 放送中でも、菜摘は俺に話しかけてくるので、俺は大きく首を振って返事をした。


「じゃあ、ヒロ君が中学生の時の話でもしようかな? ヒロ君は、確か中学3年生の頃かな? 丁度ソードアーチャーストーリーにハマっていて、それで剣使いの主人公、ヒビト君に憧れて、夏なのに黒いコートを着て、修学旅行で買っていた、木刀を剣のようにペンキで塗っていて、剣の練習をしていたんだよね~。それでヒビト君になりきったと思って、普段着がしばらくその格好で――」


「誰が、俺の過去の黒歴史で笑いを取れと言ったーっ!!」


 俺の嫌な予感は的中した。

 校内放送、しかも俺が隠しておきたかった黒歴史を、菜摘はマイペースに語りだしたので、放送中でも俺は菜摘の頭を叩いて、菜摘を轟沈させた。


「……演説は以上なんで、演説を締めてください」


 轟沈した菜摘を引きずりながら、放送部の人にそう言ったが。


「……は、はい」


 菜摘の演説で、俺は放送部の人に笑われ者だ。顔から火が出そうだ。


「はい、面白い話をありがとうございました! では、これで両者の演説は終了とさせていただきます! それでは今日の放課後……」


 放送部の人が、今回の演説放送を締めている中、俺は楠木たちに。


「何か、ヒロらしいわね」

「……中二病の松原君も、カッコいいと思うよ?」


 そんな慰めの言葉を言ってくれるが、2人ともニヤニヤしていたので、全く嬉しくなかった。


「私は黒いコートを着て格好つけた、中二病のヒロ君でも好きだよ――」


 復活した菜摘が、全くフォローになっていない事を言ったので、俺は再び菜摘の頭を叩いて、轟沈させた。

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