第7話 急接近

 

「あいつ、来なくなったわね」

「……余程ショックだったんだろうな」


 昨日はすっかり楠木にお世話になり、約束通りに楠木はメイド服で俺にパンケーキ、菜摘に再び気が変わったプリンを提供して奉仕してくれた。

 それで菜摘の次ぐらいに女子の中では仲良くなった楠木は、授業間の休み時間でも、普通に話しかけてくるようになった。

 それで俺が楠木と仲良くなったことを知った、一応友達の村田は、俺が楠木と仲良くなったことを知ると、泣いてどこかに行ったしまった。

 村田の事を全く気にすることなく、空いた村田の席で、楠木は座って話しかけてくると、その話題が出た。


 渡邊が楠木に威張りすぎ、偉そうにし過ぎたせいで、ゴミ扱いのD軍に降格された。

 その翌日は学校に来ていたものの、猪俣たち、1軍の奴らは本当に渡邊と言う人物が実際にいないような扱いをして、徹底的に渡邊を無視していた。

 D軍に関わると、渡邊と同じような扱いになる。それが知れ渡っているクラスメイトは、誰も渡邊と関わろうとしなかった。


「まあ結局、私たちが底辺って事は変わらないって事よね」

「そうだな」


 そして今日学校に来てみると、渡邊は学校を休んでいた。きっとこれからも休み続けるだろう。不登校、登校拒否って奴だ。

 渡邊が来なくなったせいで、結局D軍と言う階級は隠れた闇に葬られた、存在すら忘れてしまう階級になっていた。


「そう言えばさ、松原。今日は彼女さんは来ないの?」

「彼女じゃねえ。ただの幼なじみだ」


 いつも通りに、俺と菜摘の関係を否定をすると、楠木は可笑しそうに笑いだした。楠木は、俺の反応がおかしくてからかっているようだ。


「いい加減に認めたらいいのに~」

「菜摘は、ずっと俺と一緒にいるから懐いているだけだ。きっと恋愛とかそんな気持ちはないだろ」


 前に安藤たちに言っていたことは本当なのか。俺がいない時に、菜摘は俺の事を好きと言っていたが、それは本心なのか。俺が直接聞く勇気なんて無いし、それは菜摘にしか分からない事だ。


「まあ、松原がそう思っているなら、何も言わないけどさ」


 楠木は何か知っているのか、俺の言葉を聞いてにやにやしていた。


 本当に菜摘が俺の事が好きなら、それはそれで嬉しいんだが。

 見た目はすごく可愛いし、俺に告白して来たら、俺はどうするだろうか。まあ、その時にならないと分からんな。




「……やっぱり、4軍は嫌」


 楠木がクラス中のみんなから集めたノートを抱えて、そう愚痴を溢していた。

 4限目の数学の授業が終わると、先生が抜き打ちでノートをしっかりとっているかの確認するため、ノートを回収した。

 だが、先生一人では持っていけないようで、級長辺りにノートを運ばせようとしたが、ここで1軍の奴らが出しゃばって来た。


『今日の当番は、松原と楠木なんでー、二人に行かせた方がいいと思いまーす』


 佐村が、先生に俺と楠木の名前を棒読みで挙げて来たのだ。このような展開に嫌な予感がしていたが、予想は的中した。

 それで、俺らの承認も無しに、勝手に1軍の奴らに先生の雑用を押し付けられたって訳だ。


「……重いのか?」


 横に歩いている楠木の様子を見てみると、若干苦しそうな顔をして、ノートを持っていた。

 メイド喫茶でバイトしているから、材料を運んだり、料理を運ぶから力仕事は慣れていると思ったんだが、そう言うわけではないようだ。


「……少し持つか?」


 すると楠木は一気に嬉しそうな顔になっていた。どんだけ重かったんだよ。


「松原ならそう言ってくれると思った。じゃあお願いします~」

「全部は持たんぞ。少しだけ持ってやる……って、おい」


 楠木が持っているノートの半分だけ持ってやろうと思ったが、楠木は持っていたノートを全部持たせてきた。


「応援してあげるから、頑張って歩こー。 フレー、フレー」

「応援する元気があるなら、これぐらいのノートを持てるだろ」


 俺がそうツッコむと、楠木は暗い表情になり、そして廊下の真ん中に座り込んだ。


「……歩くのしんどい。……もう一歩も歩けない。……歩けない」


 どんだけノートを持ちたくないんだよ。そんなか弱い女子アピールをしても、俺は全く情けをかけない。こんな態度は、菜摘で慣れている。楠木も結構面倒臭い女子のようだ。

 こう言うのは、相手にしない方がいい。こんな事する人って、大体は構って欲しいからやるんだ。なので、俺は楠木に構わず、クラス全員のノートを持って歩くことにした。


「歩けないんならそこで待ってろよ。ノート運んで、気が向いたら戻って来るからな」

「……ま、松原! こんな可愛い女子が廊下で座り込んでいたら、普通は助けるでしょう!」

「悪いな。俺は両手が塞がっているから、楠木に手を差し伸べることが出来ないんだよ。そんな叫ぶ体力があるなら、歩けるだろ」


 そう楠木に突き付けると、楠木は立ち上がって俺が持っていたノートを半分持った。


「悪かったわよ! 一人で楽しようとしてごめんなさいね!」


 まあ、俺も結構きつい言い方をしたから、怒ると思っていたが、案の定、楠木は不機嫌になって、スタスタと先に歩いて行ってしまった。




 そして職員室までノートを運び、ようやく解放されたと思ったが、今度は職員室でばったりと会った科学の先生に、再び俺たちにお願いをしてきた。

 それは、6時間目の科学の授業の準備。

 ただ単に準備室から、実験用具を科学室から運んでおいてほしいと。そうお願いされたのだ。

 俺は楠木と共に、嫌々と実験の準備をしていた。楠木が科学の先生に飴をもらわなければ、俺たちはこんなことをしなくても良かったかもしれない。


「あ~あ。松原が先生の内申点の話に釣られなければ、こうならなかったかもね~」


 俺は早く休みたかったので、先生のお願いを断ろうとはした。だが俺が判断を渋っていると、先生が『頼みを聞いたら、松原の内申は上がるのにな~』とうまい話を言ってきたので、その話に食いついてしまったのだ。


「いや、楠木が飴をもらわなければ、俺は断れたんだ」


 俺は内申の話で釣られたが、楠木なんて棒が付いた飴をもらって、先生に買収されていた。


「嘘言わないで。松原が内申の話に釣られるからいけないのよ」

「ああ言えばこう言う奴だな……、楠木は……!」

「それはこっちの台詞。ホント、優柔不断と言うか、相変わらず女々しいわね、松原は」


 互いの文句を言い合い、そして俺と楠木は睨み合ったが、俺はすぐに顔を逸らした。


「……やめだ。……いがみ合っている時間があるなら、さっさと終わらせた方がいい。……楠木、疲れているなら、先に戻っていればいいぞ。……残りは俺やっとく」


 ダメだ。

 楠木は菜摘と同様、顔はすごく可愛いので、慣れていない女子の顔を見つめ合っていたら、急に心臓の鼓動は早くなった。楠木の怒った少し膨れた顔でも、顔はすごく可愛い。ずっと見ていたら、照れてしまったのだ。顔が熱いから、きっと顔は赤くなっているだろう。

 今俺が行った事は、楠木から顔を逸らすための建て前だ。


「……だ、大丈夫よ! 松原一人じゃ大変でしょ? 松原一人きりにさせるのも酷だし、私もちゃんとやる。……だ、だから、ちゃちゃっと終わらせるわよ!」


 楠木は、俺の言葉通りに帰ると思ったが、意外にも手伝うと言ってきて、そして楠木は俺から顔を反らして、ビーカーの入ったかごを持って。


「……気遣い出来る優しい男子は、嫌いじゃないわ」


 楠木も顔を赤くして、そして俺から顔を背けてそう言った後、楠木はこの雑用が終わるまで俺と目を合わせようとはしなかった。




 昼休み終了まであと10分前。

 ようやく必要な実験道具を準備して、俺たちはさっさと教室に戻って昼食を食べようして、扉に手をかけたのだが。


「待って」


 俺の手首を掴んだ楠木が、少しだけ顔を赤くして、そして息を荒くして俺を呼び止めていた。


「……ずっと気になっていることがあるの」

「何だよ」

「どうして、『ヒロ君』って呼ばれているの?」


 俺の本当の名前は正義まさよしだ。だが菜摘には幼稚園の頃からヒロ君と呼ばれている。楠木のような、初対面の人には誰もが疑問に思う事だろう。


「……まあ、色々とあるんだよ。……小さい時に戦隊シリーズにハマっていたから、自分を正義のヒーローとみんなの前で言っていたからな。そこからだと思うぞ」


 それはあくまでも俺の憶測だ。菜摘の奴も、いつの間にか、俺の事をヒロ君と呼ぶようになっていた。どう言った過程で呼ぶようになったのかは、俺にもはっきり分からない。


「……嫌じゃないんだ?」

「まあな。変なあだ名ではないしな」


 なぜ楠木ががそんな事を聞いてくるのか。少し顔を赤くして、そして潤んだ瞳で俺のあだ名の由来を聞いてくる。


「じゃ、じゃじゃあさ……。私が『ヒロ』って呼んでも、嫌じゃない……?」


 楠木が、俺から顔を少しだけ逸らして、そして俺の顔色を窺うように、チラチラと見ていた。


 まさかと思うが、楠木は俺と菜摘の関係に憧れを持ったとか?


 他の女子とは気が合わないのか、楠木は渡邊以外の女子とは仲良くしているところを見たことがない。男子は俺以外と話そうとはせず、話す相手がいなければ、一人でスマホをいじっている。

 そして俺と同じ4軍となった楠木は、今回の事をきっかけに俺と仲良くしようとしたのだろう。


「それは楠木の好きなように呼べばいい」


 女子高生にあだ名で呼ばれる事は、全男子高校生の憧れだ。女の友達がいるだけで、そいつは勝ち組入りする。

 菜摘はずっと昔からそう呼ばれているから何も思わないが、楠木のような可愛い女子、アキバのメイド喫茶でバイトしている女子にあだ名で呼ばれるとか、最高過ぎるだろ。


 俺からオッケーの返事が聞けた楠木は、更に顔を赤くして、言葉をもごもごさせて。


「……じゃあ。……ヒロ」


 俺の名前を呼ぶだけで、顔が段々と赤くなっていく楠木。


「……今日の帰り道さ。……松宮とじゃなくて、私たちだけで帰らない?」

「……お、おう。……楠木がいいんだったらな」


 この昼休みで急展開。

 俺はラノベ主人公のように鈍感じゃない。数多のラノベ、ラノベ原作のアニメを見て来たのだから、俺には分かる。


 つまり、俺は楠木にデートを申し込まれたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る