第8話 菜摘と楠木

 

「ヒロ。どこに連れて行ってくれる?」


 放課後。本当に俺と楠木は一緒に帰る事になった。すぐに学校から出てしまったので、菜摘に事情も話せる暇も無かったので、俺は菜摘に先に帰ると、通話アプリでメッセージだけ送っておいた。


「……どこって、楠木が提案してきたのだから、楠木が考えていたんじゃないのか?」

「ねえヒロ。もし、女の子とデートをすると言うなら、ヒロはどこに連れて行く?」

「アキバ」

「ヒロって、そんな人だったわね」


 俺は、アニメ好きの女子としか付き合いたくない。腐っている女子でもいいから、兎に角アニメの事で語り合える女子となら付き合いたいと思っている。なので、俺のデートスポットは秋葉原と決めている。


「……普通、女子と一緒にアキバに行く?」


 俺の回答に呆れた楠木は、ジト目で俺を見ていたが、俺の意見は変わらない。


「文句あるなら、楠木が決めてくれ」

「……」


 どうやら楠木も全く決めていないようだ。完全に俺任せだったようだ。


「私は、パンケーキが美味しいお店に行きたいな~」


 パンケーキが美味い店……。菜摘が前に食べたい店にでも行くか――


「って、おわぁっ!!」

「きゃっ!」


 いつの間にか俺の横に、パンを食っている菜摘の姿があった。それで俺が驚いたせいで、話していた楠木も驚いていた。


「な、菜摘! お前、さっきまでいなかったじゃないか!」

「ヒロ君とアキバに行くのもいいよね〜」


 結構前から、俺のそばにいたらしい。全く気配を感じないので、菜摘は裏で諜報活動でもしているのではないのだろうか。


「……やっぱり、2人っきりになるのは無理って事ね」


 楠木は、菜摘が来てしまった事に落胆すると、仕方なさそうに溜息をついていた。


「まあいいわ。折角だし、3人で食べに行きましょうか」

「パンケーキを?」

「……ええ」


 そして菜摘も一緒になってしまった、今回の楠木との帰り道デート。俺が通話アプリでメッセージを送ったのが間違いだったのかもしれない。




 俺たちは家の最寄り駅のエキナカ、以前に菜摘がパンケーキを食べたいと駄々をこねていたパンケーキ専門店にやって来た。

 数日前にも、メイド喫茶でパンケーキを食べていたはずの菜摘。どんだけパンケーキが好きなのだろうか。今は空前絶後のパンケーキブームなのだろうか?


「お待たせしました。ジャンボメガ盛りパンケーキです」

「おお……!」


 今店員が持ってきたのは、菜摘が注文した奴だ。俺と楠木は普通のパンケーキを頼んだが、パンケーキ大好きの菜摘は、生クリームがたくさん盛られていて、そしてフルーツとチョコレートがかけられている、見ているだけで腹がいっぱいになりそうなパンケーキだった。


「ヒロ君も食べる?」

「俺は要らん。菜摘の物なんだから、菜摘がむぐっ!」


 要らんと言ったのに、菜摘は俺が話して口が開いている隙を狙って、俺に生クリームとチョコがたくさんかかった部分のパンケーキを、俺の口に入れた。


「美味しいよね〜」

「……まあ。……悪くない」


 凄く甘いが、決して不味くはない。まあ、このメガ盛りの量を食べたいとは思わないが。


「ねえ楠木さん。今、ヒロ君に刺さっているフォークは、さっき私が生クリームをすくって食べる時に使った。つまり、たった今ヒロ君は、私と間接キスをした事になるね~」

「……か、かかかかか間接キス!?」


 俺と菜摘が間接キスをしたのが驚きだったのか、それとも聞いているだけで恥ずかしったのか、楠木は顔を赤くして動揺していた。

 楠木は、こう言った事には抵抗がないようだ。うぶなんだな……。


「気にすんな。これは昔からよくされている事だから、もう何の抵抗もない」

「いやいや、高校生だったら気にするでしょ!?」


 見た目にはまったく非の打ち所がない菜摘。他の男子からすると、殺したいほど妬ましい光景だと思うだろうな……。


「松宮も松宮よ。公衆の面前で、堂々と幼なじみの男の子とイチャイチャ……す、するんじゃないわよ……」

「美味しい~」


 楠木の言葉なんか気にせず、美味しそうにパンケーキを食べている菜摘。凄く笑顔で、そして柔らかそうなほっぺにクリームがついているのを見たら、急に意識してしまった。

 こんな可愛い幼なじみと間接キスをしたと思ったら、急に顔が……っ! 楠木が変な事言わなければ、こんな思いをしなくてよかったのに。


「……じー」

「……な、なんだよ。菜摘」


 そう思っていると、菜摘が俺の顔を見つめていた。


「……じー」


 長年ずっと一緒に菜摘といたから、俺は菜摘が何が言いたいのか分かる。


「……だから言っただろ?」

「……ヒロ君、お願い?」


 菜摘の奴、まだ半分以上残っているジャンボメガ盛りパンケーキの残りを食べて欲しいと言ってきた。

 俺、まだ自分のパンケーキすら食っていないんだが……。

 結局、俺と楠木で分けて食べて、それで菜摘は俺のと、楠木の食べかけのパンケーキを食べて、俺はしばらくパンケーキを食べたくないと言うほどの、パンケーキに苦痛を覚えた。




 パンケーキの店を出て、俺はトイレに行きたくなり、駅のトイレで用を済ませ、そしてパンケーキの店の前で待たせている菜摘と楠木と合流しようとしたら、何やら菜摘が楠木の顔に急接近させて話し合っているようだ。

 いつも俺がやられている、菜摘は急に相手の顔に近づけて、そして相手の核心を突く。通称、『ずっと菜摘のターン』を楠木にやっているようだが、何を聞いているのか。

 俺は、菜摘たちの近くにある看板の後ろに隠れて、こっそりと会話を聞いてみることにした。

 何を話しているんだ……?


「楠木さん。ヒロ君の事、狙ってる?」

「べ、別に。……ヒロの事は、何も思っていないわよ……」

「その態度だとバレバレだな~。楠木さんも、ヒロ君の魅力に惹かれたんだね~」


 ぼーっとしている菜摘だが、凄く勘だけは鋭い。女は勘が鋭いと言うが、菜摘は勘が鋭すぎる。ぼーっとしていると思いきや、意外と話はちゃんと聞いているし、状況を把握している。


「ヒロ君は格好いいし、優しいから、楠木さんも惹かれる気持ちは分かる」

「……まあ、顔は冴えないけど、いざというときは頼れるところね」


 俺がいないと思って、堂々と俺の名を挙げて女子トークを繰り広げている。隠れている本人はどう反応すればいいのか。どうすればいいのか分からず、ただ黙って聞いていた。


「成程、成程~。それがヒロ君だからね~。楠木さんの言う通り、ヒロ君はとっても頼れる人だよ」

「じゃあ、松宮はどこに惚れているの? 私は答えたんだし、今日は誤魔化さないでよね――んっ!」


 菜摘は更に楠木に顔を急接近させ、そして人差し指で楠木の唇に触れて、黙らせていた。


「私は、ヒロ君のすべてが好きだよ。髪の毛一本から、ヒロ君の足のつま先まで。私はヒロ君のすべてが好き」


 そして菜摘は、俺の前では聞いた事のないような、凄く冷たい声で。


「ヒロ君は、絶対に譲らない」


 こんな突き放すような、冷たい声を聞くのは、ずっと一緒にいた俺でも初めてな事だ。やんわりと話す菜摘とのギャップがすごくて、俺は少し寒気が走った。


「譲らないって、私にケンカ売ってくるほど、よっぽどヒロが好きなのね」


 菜摘の指を払って、そして楠木も言い返していた。


「いいわよ。私の方が松宮よりセクシーだし、顔も松宮よりもイケてると思うわ。……初めて好きになった異性。まあ、ヒロの事はまだよく知らないけど、これから仲良くなって、ヒロが松宮より私の方が好きになるように、日々頑張る事にするわ」


 楠木も負けじと、菜摘にコツンとでこぴんを食らわせていた。


 菜摘はおでこを押さえ、痛みを堪えながらも。


「……つまり、私と勝負を持ち掛けると言う事かな?」

「……ケンカ売ってきたのは、松宮の方だと思うけど」

「そうかな~? まあ、お互いに頑張ろうね~」


 そう菜摘が楠木に言うと、菜摘は俺が隠れている看板の前にやって来て。


「長いトイレだね~。ダメだよ、こんな場所でトイレをしたら~」


 どうやら、ずっと後で聞いていたのは、菜摘と呆れ顔の楠木ににはバレバレだったようだ……。


「……盗み聞きするなら、顔ぐらいは隠しておきなさいよ。通行人がヒロの事を不審そうに見ていたわよ」


 看板の裏に隠れ、女子高生の会話を盗み聞きしている男子高校生。よく考えると、アウトな光景だ。よく通報されなかったと思う。


「本当にヒロ君は面白いよね~」


 そして菜摘は俺の腕にしがみついてきて、しかも菜摘の成長した胸を押し付けてきた。


「ここは私の特等席。楠木さんも、やってみる?」

「……さ、流石にそれは……! ……で、でででで出来ないわよ~!」


 顔を赤くして、楠木は泣き叫んで改札口を抜けていった。


「まずは1勝目だね~」

「……おい、菜摘」


 楠木に勝ったと思い込んでいる菜摘に、俺は質問した。


「……俺の事をどう思っているんだ?」


 俺の言葉を聞いた菜摘は、いつものやんわりとした微笑みで返した。


「さあ、どうだろうね~」


 いつも通りに、菜摘は俺の話を誤魔化した。

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