第4話 ぶらり秋葉原

 

「ヒロ君~。起きて~。もう、朝だよ~」


 今日は日曜日。せっかくあのいかれたクラスカーストの束縛から解放されていると言うのに、幼なじみの菜摘が、寝ている俺を起こしにきた。


 俺の母親は、俺の菜摘の関係をニヤニヤして見ている。


『将来、正義と菜摘ちゃんは結婚した方がいいわよ。あんな可愛い子に懐かれるなんて、正義は本当に運が良いと思うわ~。正義が菜摘ちゃんと結婚してくれたら、お母さんに一生悔いは無いわ』


 と言う始末だ。

 もう菜摘は俺のお嫁さんだと勝手に決めつけ、それで菜摘はもう家族当然と思っているので、わざわざ菜摘用の合い鍵を作成したまでだ。


「起きてよ~。早く起きないと、ヒロ君の好きな、モフモフ戦隊、アニマルジャーが始まっちゃうよ?」


 だから菜摘は、その合い鍵を使って、こんな朝早くに俺の部屋にいるって訳だ。


「……おい。……まだ朝の4時半だぞ」


 特撮が入るのは、朝の7時頃だ。まだ3時間も寝ていられたのに、この菜摘のせいで、俺は快眠出来ず、こんな朝方に目が覚めてしまった。

 外はまだ真っ暗だ。太陽すらまだ昇っていない。なのにこのマイペースクイーンは、眠そうな顔をせず、のほほんとした顔をしていた。


「早起きは……何とかの得って言うから、ヒロ君にもこのお得感を分けてあげようと思ったんだ~」

「三文な。……ったく、こんな朝早く起きれる気力があるなら、少しは勉強しろよな」

「……」

「聞こえないフリか~? 現実から逃げるなよ~」


 菜摘は、この性格のせいか、勉強は全く出来ない。受験の時はものすごく勉強し、俺の方が苦労して、菜摘のマイペースは変わらず、菜摘の分まで勉強したようで、なんやかんやあって、菜摘はこの高校に入学していたわけだ。


「ヒロ君。今日はパンケーキを食べに行こうと思ってね~。早速向かおうよ」

「おい待て。菜摘、今は何時か知っているか?」


 そして菜摘の鞄からスマホを取り出して、時間を確認していた。


「……えっとね。……朝の4時半ですね~」

「そう言うことだ。こんな早朝からどの店も開いていない。……と言うことで、店が開くまで寝かせろ」

「いいよ」


 すんなりと俺の要望に承諾した菜摘。朝まで俺に話しかけてくると思ったんだが、これはこれでいいだろう。

 俺は掛け布団を自分にかけ直して、再び目を閉じて眠る事にした。だが、目を閉じて眠ろうとしても、凄く見られているような感じがする。


「……おい」

「何? ヒロ君?」

「……俺の顔なんか見て、楽しいか?」


 菜摘の奴は、俺の寝顔をじーっと見つめていた。そんな見つめられていると、全く寝られない。


「ヒロ君の顔、可愛いなって思って~」


 男は、女子に可愛いと言われると、あまり嬉しくないものだ。どちらかと言われるとカッコいいとか、たくましいとか言われたいものだ。

 菜摘の言葉を無視して、俺は菜摘に背中を向けて、しばらくだけ眠る事にした。




「今日はいい天気だね~」

「……ああ」


 朝食を食いながら特撮を見て、特撮が終わると、俺らと一緒に朝食を食べていた菜摘が、終わった同時に強引に俺の手を引っ張り、俺を外に引っ張り出した。

 菜摘が合い鍵を持っている他に、この家には菜摘用の食器まである。きっと自分の家にいるより、俺の家にいる方が長いのではないだろうか。


「……おい。……行かないのか?」

「ちょっと待ってて……。髪の毛が乱れているんですよ……」


 今日も菜摘のマイペースは絶好調だ。道の真ん中で鏡を取り出して、前髪をいじり始めた。

 菜摘に構っているぐらいなら、今日は撮りとめたアニメでも見てた方がマシだった。菜摘はいつも通りだし、今日も菜摘のマイペースに今日も振り回されるようだ。


「……似合っているな」

「え?」


 俺は菜摘の衣装を見て、つい本音を呟くと、菜摘は首を傾げて不思議そうな顔をしていた。


 赤いベレー帽のような物を深くかぶって、そしてもこもことした白いカーディガンに赤いスカート。黒のタイツを穿いているファッションだった。

 菜摘の見た目なら、例えスエットを身に付けていても、似合うと言った言葉が出てくるだろう。


「何て言ったの? ヒロ君」

「……空耳だろ。……何も言ってない」

「そっか~。私の気のせいって事だね~」


 だが菜摘は、嬉しそうに頬を緩ませ、頬は若干赤くなっていた。


「さて。行こっか、ヒロ君」


 髪の毛を直したのか、ショルダーバッグに鏡をしまい、俺よりも先に歩き出した菜摘。


「晴れているせいかな~。何だか、今日は暑いね~」


 もこもこのカーディガンを着ているからだろう。風は涼しいのに、晴れた空の下では、きっとその服装では暑いのだろう。

 顔を赤くして、菜摘はマイペースに歩いてしまったので、俺も菜摘の後を急いだ。


 五月晴れと言ってもいい青空の下で、俺は菜摘が以前に食べたいと言っていた駅中のパンケーキの店に行くことになったのだが。


「ヒロ君。天気も良いし、ヒロ君の好きなアキバにでも行きましょうか~」


 なぜ天気が良いからと言う理由で、アキバに行きたいと思ったんだよ。天気がいいなら、お台場とか上野動物園、葛西臨海公園とか、外で活動できるところに行った方がいいだろ。なぜ、オタクと外人でいっぱいのアキバになるんだよ。

 あそこは平日に行くべきなんだ。今日みたいに休日や日曜に行ったら、アキバは人でごった返しているだろう。そうなら近くの駅のパンケーキを食って、そして昼から家に引きこもっていた方がいい。


「……パンケーキはどうなったんだ?」

「うんとね~。帰りにでもいいかな?」


 菜摘のマイペースのせいで、段々と予定が先延ばしになっている気がするが、こうなったら本気でアキバに行くつもりだ。

 菜摘と一緒に何度もアキバに入っているが、人の多いアキバで絶対、菜摘は迷子になっている。菜摘を探す時間で、ほとんど何も見れずに帰ってくるのがおちだ。


「ヒロ君。今期のお勧めのアニメ、青い看板のお店で教えてください~」

「……分かったよ。……高校生になったんだから、今回は迷子になるなよ」

「頑張ります~」


 菜摘はやんわり笑顔でVサインをして、俺にそう言ったが、そのやんわりとした顔は、俺を不安にさせるだけであった。





「今期のアニメは、『魔法少女育成牧場の支配人の苦労』が、おすすめだな」

「何を言う。今期は『友達はもののけ』。とものけが一番だろ」


 俺と菜摘は電車の座席に座っていた。

 菜摘は電車の上に映し出されている、モニターのCMをぼーっと見ていている。

 それで俺は、二人組の片割れの吊革につかまっている見た目が完全のアニメオタクの奴らの会話が聞こえていた。


 あのような男性を見ていると、塚本を思い出す。


 オタクの塚本がイメチェンの修行に出て、2週間が経った頃だろうか。桜もすっかり散って、澄み渡った五月晴れに、初夏に向かって行く日々。

 塚本が無断欠席をしているせいか、いじめの対象を失った1軍の奴らは特にいじめと言う行為は見られない。

 ただ単に1軍、そして2軍の奴らが威張り散らして日々を過ごしている。

 それで肩身の狭い、冴えない3軍と4軍は教室でひそひそと過ごしている。

 完全にクラス内に格差が出来てしまっている。仲が良い奴とつるんで、何事も無いのなら、このままいじめの無い雰囲気でいいかもしれない。

 それとも、ただ単に安藤や猪俣がクラスカーストの制度に飽きた、それともすっかりと忘れているか。それなら俺たち、カーストが低い奴らには朗報な事だ。



 電車を乗り継いで、昼頃に秋葉原に到着。

 最寄り駅の私鉄に乗って、巨大なターミナル駅、新宿駅に立ち寄った。しかし、広大な駅と多くの人のせいで、菜摘と一度離れてしまい、菜摘を探し出すだけで、1時間はかかってしまった。

 菜摘を見つけ出し、千葉方面の黄色の電車に乗り換えて、何とか到着した。


「はぁ……。アキバに来るだけですごく疲れた……」

「ヒロ君。私はいつ以来だっけ?」

「俺は春休みの時に一人で来ているから……。菜摘と来たのは、今年の正月以来か?」


 あれは正月。


 菜摘が近くの神社の初詣は行かないと言って、気分転換と言って、なぜか遠く離れた神田明神で初詣をした。

 東京の街のど真ん中にある神田明神は、都内、首都圏や全国から参拝客がやってくる。周りは人、人、人。人混みの中で参拝したので、あの時も菜摘が境内で行方不明になって、見つけた時は、境内にある休憩所で暢気に飲み物を飲んでいたんだな……。

 そしてあまりアキバを散策せず、少しぶらついただけでアキバを出た気がする。それが菜摘と行ったアキバが最後だった。


「お~。そうだったね~。月日が経つのは早いね~」


 そう言って菜摘は、電気街口の広場を見渡しながら歩いていき、青い看板のアニメショップに向かっていった。


 アキバと言ったら、どこを想像すると言ったら、大体はあの大きな大通り、中央通りを想像するだろう。

 かつて電気街として栄えた名残の、マニアックな電子部品を扱う店もある。

 だが、最近は殆どは訪日外国人向けの薬局や、家電店。英語やハングル、中国語のチラシが書かれた免税店。それらが密集するせいか、本当に外国人の姿は多く見れるようになった。

 この人は日本人かと思うと、話している言葉は韓国や、中国語。最近では日本人より、外人の方が多いのでは思う。東京自体がそうなのかもしれないが。


「……人、いすぎだろ」

「けど、人が多いと賑やかでいいんじゃないかな?」


 中央通りを歩いていると、やはりアキバは人でごった返していた。そんな中でも、菜摘はマイペースに駅構内の自販機で買った缶ジュースを飲んでいた。


「飲み物、早く飲み終えろよ」

「それは無理かな? 私、じっくり飲みたいし」


 本当に菜摘はマイペースだ。飲み物を店内に持ち込むことはダメだと思い、菜摘が飲み終えるまで入らないと言うと、菜摘は早く入りたい俺の気持ちも知らずに、暢気に青いアニメショップの前で30分近く待たされることになった。段々と時間が遅れて行くんだが……。


「……あれは」


 菜摘がジュースを飲み終えるのを待っていると、近くのオレンジの看板のアニメショップに見知った顔の人物が歩いていた。


「どうしたの?」

「……いや、何でもない」


 きっと気のせいだろう。

 メガネを付けて変装しているのか、あのお下げの髪型は木村だ。まさか、同人誌を買いに木村もアキバに来ていたのか?

 まあ特に接点も無いし、話しかける必要もないだろうと思って、菜摘が飲み終えるのを待つことにした。




 アニメショップの中を探索し、2、3話を見て、今期のアニメは何が面白いかと菜摘に教えて、そして一通り見て、菜摘は俺が気に入っているアニメの原作の小説を1冊買っていて、俺は前期のアニメのキャラグッズを買った。

 中々いい買い物をしたと思い、俺は満足気にアニメショップを菜摘と一緒に出ると。


「ヒロ君。私、メイド喫茶に行きたいな~」


 菜摘が俺に顔を急接近させて、そうおねだりをしてきた。


「待てよ。何故そう思った」

「えっとね。何となく?」


 何となくで行くような場所ではないと思う。

 俺は一度もメイド喫茶に行った事ない。そもそも行く勇気もない、男一人で行く勇気もなく、中学の時に男だけでアキバに来た時も、外から覗いたメイド喫茶の中の雰囲気に臆して、入らなかったんだよな……。


「何事もチャレンジだと思うな~。ヒロ君、行ってみようよ」

「……お前には、そんな偉そうな事を言われたくないな」


 だが俺も行ってみたい好奇心はある。一人だと無理だが、菜摘となら行ける気はする。女子と一緒にメイド喫茶に行くのもどうかと思うが。

 だが、俺はどのメイド喫茶が有名で人気なのか、そう言うことは全く無知だ。ここはスマホで調べてどの店が人気か調べた方がよさそうだ。


「あっ、メイドさん~。そのチラシを下さい~」


 スマホを取り出してリサーチしようとしたが、菜摘は路上でチラシを配っていたメイドにかけよってチラシをもらいに行っていた。


 よくもまあ、何の抵抗もなくメイドに話しかけられるな……。

 俺があんな可愛いメイドなんかに話しかけられるかってな……。


 そう思って見ていると、何故か菜摘がチラシを配っていたメイドと一緒に歩いてきていた。

 これって許される事なのか?営業妨害とかにならないよな?


「あっ。やっぱり松原」


 なぜこんな可愛いメイドが俺の名前を知っている?と思いながら、顔を見てみると、そのメイドは、俺のクラスメイトの楠木だった。


 いつもの茶髪のセミロングを結んでポニーテール。白と黒のメイド服を着た、俺とはあまり接点の無いクラスメイトの楠木が、菜摘の手を引いて俺のところにやって来た。


「あんたさ、ちゃんと彼女を見ておかないと、そこら辺の男に取られるわよ」

「彼女じゃねえよ。ただの幼なじみだ」


 どうやら、楠木には俺と菜摘の関係を恋人だと認識してしまっているようだ。

 菜摘のマイペースは、もう皆に知られている。きっとメイドの楠木も、こんな人でいっぱいのアキバで菜摘が自由奔放に歩き回って迷子になっていると思って、俺のところに連れてきたのだろう。本当に菜摘のマイペースは周りに迷惑をかける。


「……バイトか?」

「そう。メイド喫茶って、意外と時給がいいの」


 きっと楠木は、大学に進学するために、今からコツコツとお金を貯めているのだろう。それか遊びのためか。まあ、何もしていない俺と菜摘と比べたら、楠木の方が偉い。


「松原は、もしかして、松宮お二人でデート? 良いわねー、私もそんな彼氏欲しいわー 」

「デートじゃねえよ」

「いい加減認めなさいよ。どう見たって、お二人さんが歩いている姿は、デートをしているカップルにか見えないから」


 Tシャツの上にパーカー。ジーンズを穿いている俺。

 ベレー帽のような帽子を被って、もこもこのカーディガン。赤いスカートに黒のタイツ。

 改めて思うと、確かに他の奴らから見ると、デートで遊びに来たカップルにしか見えないな。だから、さっきから色んな男性に殺意のある視線を送られていたのか。


「……楠木の勝手にしてくれ。……なあ。菜摘の奴がメイド喫茶に行きたいと言っているんだが、楠木の店を教えてくれないか?」


「デートのコースにメイド喫茶に行く? ……まあ、いいけど」


 まあ、俺もデートをするなら、アキバのメイド喫茶には誘わないな。普通の少し洒落た喫茶店を選ぶだろう。その楠木の冷ややかな視線が俺には痛い。


「けど私、もうそろそろ上がりだし、接客は出来ないけど、店までなら案内してあげるわ」

「……すまん」


 楠木がメイド喫茶を案内してくれることになったので、探す手間は省けた。

 メイド喫茶って言っても、色んな形式があるから、楠木が働いているメイド喫茶は、普通な物がいいんだけどな。


「おい。行くぞ」


 反対車線を走る車を眺めている、ぼーっとしている菜摘にそう言うと。


「ヒロ君。やっぱり今日は帰りましょうか」


 だが、せっかく行けるメイド喫茶が見つかったと言うのに、ここで菜摘のマイペースが発動した。あまりにもマイペース過ぎるので、俺はずっこけた。


「ヒロ君がさっき教えてくれた小説が読みたくなってきたんだよね~」

「……そうですか」


 菜摘はもうメイド喫茶の事はすっかりと忘れ、さっきアニメショップで買った小説が読みたくなってしまったようだ。流石マイペースクイーン。


「……何かすまん」

「別にいいわよ。私の店、そこまで面白くないし、どこにでもありそうな店だから、気にしないで」


 そう俺をフォローしてくれる楠木だが、行くと言っておいて、急に行かない。ドタキャンをしてしまったような気分になっていた。


「松原。アキバに電車で来たなら、私と帰らない? 入学初日に、公に許嫁って公表してるし、あんたらの関係が気になんのよ」


 ここでまさかの楠木と一緒に帰るイベントが発生した。


「松原たちって、どこの辺に住んでんの?」

「代々木公園の近く」

「だったら、新宿は経由するって事よね? 私、吉祥寺の辺りだからさ、新宿駅まで一緒に帰らない?」


 まあ、むさい男たちで帰る。菜摘と二人きりで帰るって言うより、まだ楠木と言う女子がいた方が、俺はまた気が楽になる。

 菜摘のマイペースを一人で付き合うより、何人かで菜摘のマイペースを対処したほうがマシだ。


「菜摘。お前はどうなんだ?」

「いいんじゃないかな~」


 さっき買った小説を取り出して、もうさっそく読み始めている菜摘はそう答えた。まあ、菜摘は断らないと思ったけどな。


「じゃあ、ここで待ってて。すぐに戻ってくるから」


 そして楠木はメイド服の衣装で、俺たちに手を振って、少し嬉しそうな顔で一度、俺たちと別れた。

 まさかアキバで同級生と出くわして、そしてメイド喫茶でアルバイトしている女子に、手を振られて一緒に帰る事になるとは思わなかった。

 メイドに手を振られたせいか、周りの男性は、俺の事を妬ましい顔で、俺の事を睨んでいた。



 結っていた髪を解き、学校の時の髪型。おしゃれそうなネックレスに七分丈の長袖のシャツを着て、ショートパンツを穿いて俺たちと再び合流した。


 秋葉原から新宿まで。特に楠木と話すことなく、ただ一緒にいると言うだけで、俺と菜摘は楠木と帰った。


 黄色の中央総武線で移動し、電車だとあっという間に新宿のホームに着いた。

 俺と菜摘は新宿で乗り換えだが、楠木はこのまま今電車に乗っていれば、吉祥寺に着く。

 だが、俺と菜摘に興味を持ったのか、しばらく俺らと話をしたいと言って、一度ホームに降りて、駅のホームのベンチに座って話をした。


「松宮って、松原の事をどう思っているの?」

「好きだよ」

「それって、恋愛的な?」

「う~ん。それはどうでしょう?」


 俺が真ん中に座っているせいか、菜摘は本心を語ろうとしない。菜摘が安藤たちと言い争った時は、頬を赤くして俺の事をずっと好きだと言っていたが、どうして俺の前ではその感情を出さないのか。俺には分からない。

 しばらく楠木は菜摘に追及していたが、菜摘は本を読みながらずっと話をそらし続け、そして菜摘の本心を聞くのを諦めた楠木は、俺に話しかけて来た。


「ねえ。アキバに来るって事は、松原ってオタクなの?」

「……まあな。俺はアニメオタクだ」

「へえ~。結構意外」


 俺がアニメオタクと聞いて、楠木はどんな反応をするのか。ここで引かれる確率は80%だ。


「私も時間があったらアニメは見るし、別に松原がオタクだと聞いて引いたりしないわ。クラスの1軍の奴らは、めっちゃアニメを嫌っているけど、私はアニメオタクは何も思わないわ」


 これは俺の方が意外だと思う。

 こんな見た目が少しギャルっぽい楠木が、まさか俺らアニメオタクを擁護するとは思わなかった。オタクに優しいギャルって、実在するんだな……。

 楠木は吉祥寺から、はるばる秋葉原でメイド喫茶でアルバイトしている。アキバでアルバイトするのだから、オタクに対する偏見は持っていないようだ。


「なら、塚本と仲良くしてくれよ。あいつ、ずっと友達がいないらしい。楠木のような女子と仲良くなったら、あいつは泣いて喜ぶぞ」

「塚本は絶対に無理っ! あんな典型的なデブでメガネ。ザ、オタクとは仲良くなりたくないわ。あいつ、ずっと汗かいているから、汗臭いし。あんな奴、店にたくさん来るから、見るのもうんざりなのよ。分かる?」


 アニメオタクを擁護してくれるようだが、塚本のような重症なオタクは嫌なようだ。そこは個人の勝手だが、この事を塚本が聞いていたら、号泣物だろう。


「ま、松原と松宮には、クラスメイトのよしみとして、特別サービスぐらいならしてあげるから、私が働くメイド喫茶に来てみない?」

「……まあ、お前がいいなら」


 こんなの滅多にない誘いだ。断る理由なんて俺にはない。


「メイド喫茶って、パンケーキってあるの?」


 どんだけ菜摘はパンケーキが食いたいんだよ。と言うか、パンケーキを食べに行く話はどうなったんだ?


「あるわよ」


 楠木がそう答えると、メイド喫茶にパンケーキがある事を知ると、菜摘は目をキラキラさせて、俺の腕に揺さぶって来た。


「じゃあ明日でも行きましょうか、ヒロ君~」

「明日は学校よ。学校帰りでも寄っていけ……ば……」


 菜摘を注意していた楠木は、急に言葉を止め、そして顔を強張らせて、正面を向いていた。


「あら。まさか2軍の楠木も4軍の素質があったのね、楠木。メイド喫茶で働く女子オタク。……キモ」


 まさかの新宿の駅のホームでこいつらと出くわすとは……!


 嫌な表表を浮かべ、楠木を見下していたのは、ギャルっぽい服装を着て、ピアスに化粧をした俺らのクラスカーストの頂点に立つ、猪俣と日下部。そして他のクラスの女子が俺たちの前に立ちはだかっていた。

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