第2話 カースト制 施行

 

 翌日。今朝も菜摘のマイペースに振り回されて、遅刻しそうになったが、何とか俺は教室に滑り込んで、遅刻する事は無かったが。


「ナイススライディング。ヒロ君」


 何故か俺の教室まで菜摘が暢気ついてきていた。


「お前は5組に戻れ……!」


 俺は暢気に拍手している菜摘を押して行って、菜摘を5組に送ると、教室には、俺と同じ4軍のオタクの塚本が、1軍の安藤と佐村に絡まれていた。

 昨日の事は嘘ではないようだ。早速1年2組でカースト制度が施行されていた。


「おい、塚本。俺さあ、喉乾いて死にそうなんだわ。1分で買ってこいよ」

「だ、だけど。もう授業が――」


 簡単には、安藤の言うことに屈しない塚本。だが、それは決して良い判断ではない。


「おい豚。昨日も言ったが、1軍の命令は絶対なんだよ。メガネ割んぞ?」


 早速、クラスカーストの影響が出ているようだ。

 この光景はどう見たっていじめだ。だが、誰もこの光景を見ぬふりをして、平穏に過ごそうとしている。

 ここで助けにはいると言うことは、確実に俺らの4軍に降格されると分かっているから、誰もこの光景を口に出さないのだろう。


「おい。ならお前の財布貸せよ。お前の代わりに買ってきてやるよ。どうせ大金を持ってるんだろ?キモオタの塚本くんは、美少女のフィギュアを買うために金を貯めてんだからさ~」


 そして安藤と佐村はバカみたいに大笑いしていた。これはすごく不快な笑い声だ。


「昨日さ、渋谷のスクランブル交差点で青い袋を持って嬉しそうに歩いているお前の姿、見たんだわ。すごく気色悪かったわ」

「あ、あれは僕の好きな声優さんのCDを買いに行ったんだよ!フィギュアじゃない!」

「CD買う金あんならさ、俺と佐村にジュースぐらい買ってきてもいいんじゃないか?ケチんなよ。なあ、買ってこいよ豚」


 朝のホームルームはあと数分で始まる。あのまま抵抗していても、塚本の財布を奪って、安藤とたちは買いに行っていただろう。

 それを察したのか、塚本は小さく頷いた。塚本が出ようとすると、チャイムが鳴ったのに、あの二人のために自販機でジュースを買いに出て行った。


「あいつ、マジで買いに行ったわ」

「あ~あ。授業に遅れてまで、ジュースなんか買いに行ったなんて先公に知られたら大目玉だな。ま、俺らは知らんけどさ」


 そして耳につんざくような大きな声で、安藤と佐村は大笑いしていた。


 本当に酷い奴らだ。

 いじめの光景を作り出した安藤と佐村も悪いが、見過ごしていた俺、他の奴らも悪いかもしれない。

 先生が教室に入って、授業が始まった数分後に塚本がジュースを抱えて戻ってきた。

 当然、塚本は授業の遅刻扱いされ、安藤たちの為にジュースを買いに行ったと説明したが、安藤たちは白を切り、塚本だけが怒られていた。




 1限目が終了後休み時間。菜摘はクラスでぼーっとしているのか、この時間には現れず、頬杖をついて教室を見ていると。


「なあ、松原」


 俺の出席番号が後ろの村田尚樹むらたなおきが話しかけてきた。

 五分刈りの髪型、きっと中学校では運動部。この高校でも運動部に入るのだろう。髪型が丸刈りと言う事が、猪俣に良い印象を持たれず、3軍になったのだろう。俺と席は離れているはずなのに、何故か俺に親しくしようとしてきた。


「何だよ」

「なあなあ。お前の彼女、めっちゃ可愛くないか?」


 きっと菜摘の事を言っているのだろう。


「彼女じゃねえ。幼稚園からの幼なじみだ」

「幼稚園からだと……!な、何て羨ましいんだ!」


 村田は彼女がいたことが無いのか?運動部に入っているなら、彼女の一人ぐらいは付き合っていそうなんだが。


「じゃあ、彼女じゃないんならさ、俺、松原の幼なじみに告ってもいいか?」


 告る。つまり、菜摘に告白すると言うのだろう。

 見た目だけなら非の打ち所がない菜摘は、中学校でもよく男子の間では可愛いと噂になっていた。だが俺にべったりとくっついているので、女子、一部の男子にはからかわれ、多くの男子には恨まれていた。

 もしかして、菜摘と仲が良いから、俺と親しくしようとしてきたのか?


「好きにすればいいんじゃないのか?告るのは、村田の自由だ。思いっきり当たって砕けろ」

「おい、全然フォローしていないぞ」


 まあ、きっと菜摘は断ると思う。中学校の時も告白してきた男子は、全員断っているからな。


「アンタさ、何で喋んないの?」


 そう村田と話していると、クラスカーストのトップ、猪俣と日下部が、女子で唯一の4軍、木村茉莉香に話しかけていた。

 二つに結んだ、三つ編みはしていないお下げ髪。制服の上着を着用せず、ねずみ色のカーディガンを着ている大人しそうな印象の木村は、絡まれる要素がたくさんだ。


「……俺、あいつにも告ろうと思っているんだが、どう思う?」


 村田の奴、菜摘だけじゃなく、木村にも告ろうとしていたのかよ。


「告ろうと思っているなら、絡まれている木村を助けに行けよ。助けたら、きっと喜んでもらえるぞ?」

「いやいやいやいや。あの2人に絡んだら、絶対にお前みたいに降格されちまう」


 何て薄情な奴なんだ。そんなんだから、彼女が出来ないんじゃないのか?


「あのさ~。あたしたちと顔合わせてくれない?スマホばかり見るんじゃなくてさ」


 明るい茶髪に髪を染めた日下部が、木村に向かってそう言ったが、木村は一向に気にすることなく、ずっとスマホをいじっていた。指先はずっとスワイプしているようなので、誰かとアプリを使って会話をしているのか?


「……こいつ、頭の病気で話せないんじゃないの?」


 日下部がそう猪俣に話すと、猪俣も納得したように顔を頷かせていたあと、思いっきり木村の机を蹴り飛ばした。


「……」


 机は横に転倒し、机の中に入っていた教科書類は、すべて床に飛散して酷い状況になっていた。だが、目の前が悲惨な光景になり果てていても、木村は動じることなく、ずっとスマホを操作していた。


「……うざっ」


 そう吐き捨てて、猪俣は機嫌を悪くし、そしてもう一度机を蹴り飛ばした後、日下部と共に教室を出て行った。


「……村田。今助けに行ったら、木村は喜んでくれるかもしれないぞ?」

「……俺、木村は諦めるわ」


 木村の動じない様子を見て、村田は木村に告白するのを諦めたのだろう。きっと話しかけても、全く気にすることなく、無視されたままフラれるだろう。これは村田の判断が正しいだろう。




 4限目の授業が終わったチャイムが鳴り、一同が立ち上がって、先生に向けて礼をして顔を上げた瞬間。


「ヒロ君」

「どわぁっ!」


 頭下げる時は、誰もいなかったはずなのに、何故か席の真横にやんわりとした顔で菜摘が弁当の包みを持って突っ立っていた。いきなり現れたので、俺は驚いて大きな声を上げてしまった。


「い、いきなり現れるな!と言うか、授業は終わったのか?」

「ヒロ君。お弁当、食べようよ~」


 話を聞かずに、マイペースに俺と一緒に昼飯を食べようと誘ってきた。


「おい。何度も言っているが、学校の時はただの同級生って約束しただろ。各々で学校生活を送るって約束はどうした?」

「今日は自信作なんだ。ヒロ君にも分けてあげるね」

「……聞いていない」


 そして菜摘は人目を気にせず、俺の腕に抱き着いてくる。俺の腕と菜摘の体が密着している姿を見ていた周りの男子には、羨ましいと言った目線を向けていた。


「ねえヒロ君。私ね、良い場所を見つけたんだ。そこで食べようよ~」


 そして俺の意見を聞くことなく、勝手に俺の腕にくっついたまま、教室の外に出された。

 俺はどこに連れていかれるのか。菜摘の勝手な行動に不安に思って、俺と菜摘が密着し合っている光景を見ている人目を気になりながら、廊下を歩く羽目になった。


 俺たちは校舎を抜け出し、そして体育館の方に向かっていた。


「さっきね、体育の時にお散歩していたら、良い場所があったんだ~」


 体育の時間に散歩するな。絶対に勝手に抜け出して、他の奴らに迷惑をかけただろ。

 菜摘は体育館の裏に回り、そしてプールと体育館との間に出来た、人気が無い、こじんまりとした場所に連れてこられた。

 体育館とプールをつなぐ道は、アスファルトで舗装されているが、道の外は芝生のような草が生えていた。

 そう思っていると、プールの壁に寄りかかって一人寂しくパンを食っている人物がいた。


「塚本。お前、何をしている?」

「……松原君?」


 俺と同じ4軍。今朝安藤と佐村にいじめられていた塚本が身を潜めるように食事をしていた。

 きっとまた教室にいたらいじめられると思って、こんな人気が無い場所に避難してきたのだろう。


「塚本君。私とヒロ君も、ここで食べてもいいかな~?」

「べ、べべべべべべ別にいいよ……!」


 どうやら、塚本は女子にはまったく免疫がないようだ。横にやって来た菜摘に名前を呼ばれた途端、顔を赤くしてオドオドし始めた。


「じゃあ、お邪魔するね~」


 菜摘は塚本の隣に座り、そして俺は無理矢理、菜摘の横に座らせられた。

 見た目は、完全にオタク。デブでメガネと言う要素の、女子が引くレベルの見た目の塚本。だが、菜摘はそんな事無く、普通に塚本にやんわりとした顔で話しかけていた。


「塚本君は、ヒロ君と友達?」

「……全然。……今、初めて話すよ」


 俺はこの機会が無かったら、絶対に塚本とは話していなかっただろう。こんな見た目のせいか、俺は話そうと思わない。


「……そもそも、僕は小学校から友達はいないんだ。……昔から太っていて、そしてこんな丸メガネをかけているから、男子にはいじめられて、女子には気持ち悪がれるんだ」

「そうかな? 私は塚本君、まん丸でゆるキャラみたいで可愛いと思うな~?」


 その菜摘の言葉に、塚本は顔を真っ赤にしていた。菜摘のような女子に可愛いと言われて照れているのだろう。


 塚本、お前はそれでいいのか?

 女子に可愛いと言われているんだぞ。カッコいいと言われたくないのか?


 菜摘は顔を赤くして俯いてしまった塚本の方をじっと見つめていると。


「あっ。スマホについているストラップって、ヒロ君が前に付けていたのと一緒だよね?」


 膝の上に置いていたスマホに付けているストラップを見て、菜摘は俺の上着を引っ張って来た。


「……俺友の、高間アリサか」

 一年前に放送していたアニメ。『俺の友達の彼女が可愛くてしょうがないんだが』のサブヒロイン。黒髪ロングの美少女、高間アリサってキャラクターだ。普段はクールな印象だが、主人公が他の女子と仲良くしていると、ヤンデレ化するキャラだった。


「可愛いよね~。ヒロ君と一緒に見て、私もアニメを見たら好きになったんだ」


 俺が菜摘に俺友の話をして、菜摘も視聴すると、菜摘も高間アリサが好きなキャラになっていた。


「……見てたの?」

「うん。一通りは見たよ」

「……松原君も?」

「ああ。塚本、俺もお前の同志だ。俺は四ノ宮ルリ派だけどな」


 そう言うと、塚本は俺の前に颯爽とやってきて、俺の掴んだ。


「松原氏~!まさか、君も同志だとは~」

「お、おう……」


 こいつ、俺がアニメオタクだと知ると、キャラが変わったんだが。リアルの世界で『氏』とつけて呼ぶ奴、初めて見た。さっきまでがよそ行きの姿。そして今が本当の姿なのだろう。


「嬉しい!嬉しくて涙と手汗が止まらんぞ~」


 涙は分かるが、なぜ手汗が止まらないんだよ。手汗が酷すぎて、俺の手はベトベトだ。こいつ、俺もオタクだとと知ると、すごく暑苦しい奴になる。


「松原氏。……えっと」


 塚本は俺にはすごく馴れ馴れしくしてきたが、菜摘にはすごくデレデレしていた。太ったオタクが、赤面してモジモジしている姿は結構キモいが、菜摘ははんなりとした顔で塚本に向けて手を振っていた。


「松宮菜摘って言います」

「……松宮殿か」


 そして塚本は俺にキラキラした目をして。


「松原氏! 松宮殿! 某と一緒に俺友について語ろうではないか~!」


 クラスでは見たことない、生き生きとした顔で、俺たちに俺友について語りだした。

 どの回が神だったか。四ノ宮か高間、どっちがメインヒロインなのか。そんなことだけでも、俺たちの会話は盛り上がっていて、この時が、高校の中でも一番楽しい休憩時間だった。




 話が盛り上がって、少し話疲れると。


「……同志と知って以上、松原氏には相談がある」

「何だよ」


 今度は真剣な顔で、俺たちに相談を持ちかけてきた。


「……某、実は猪俣殿が好きなんだが。どうすれば良い?」


 そんな相談を聞いたら、俺は思いっきり吹き出した。


「……ちょ、ちょっと待て!お前、散々キモオタ扱い、豚扱いされていたじゃないか! どうしてそんな気持ちになった!?」


 塚本は高校初日に、散々と猪俣に気持ち悪いと言われ、キモオタと言われていた。


「……いや~。実は某は幼稚園以降、先生と親戚の女子以外話したことなくてな~。こんな某にでも話してくれたことが嬉しくてな~。あと胸が大きいのもあるな」


 こいつの過去、寂しすぎるだろ……。俺とは真逆の人生を送ってきたんだな……。そのせいか、塚本は女を見る目はまだまだのようだ。少し優しくされたら、すぐに好きになってしまうパターンだ。


「……それで、どうしたらいい?」


 まあ、性格はクソだが、見た目だけなら、原宿にいそうな、読モにいそうな顔で、スタイル抜群の猪俣だ。性格さえよければ、きっと男子たちは惚れていただろう。


「告白すればいいんじゃないかな?」


 話を聞いていた菜摘が、煮豆を1粒ずつ食べながら、そう答えた。


「女の子って、男の子にに告白されたら、みんな嬉しいんだよ?自信を持って告白すれば良いと思うな~」


 女の子の菜摘がそう言うなら、それはきっと当たっているだろう。あんな見た目の猪俣でも、異性に告白されたら嬉しいに違いない。これは塚本はやるしかない。


「……やる後悔より、やらない後悔の方が大きいぞ?」

「分かった。今日の放課後に実行する」


 拳を握って、そして決意が固まった塚本。

 村田の場合は全く応援したいと思わなかったが、こうやってモテない奴の告白を応援したくなってくる。


「松原氏!協力してくれるよな!?」


 塚本は、俺に暑苦しい顔を近づけ、俺に協力を求めてきた途端、昼休み終了のチャイムが鳴った。

 おい。ずっと話していたせいで、まだ俺は昼飯を食ってすらいないんだが……。


「私、ヒロ君が食べ終えるまで、ちゃんと待っているからね~」


 と言っている菜摘も、まだ丁寧に一粒ずつ煮豆を食べていた。

 仕方ない。5限目の授業に隠れて弁当を食うか……。



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