第9話 米食べ亭オープン!

 新しく仲間に加わった獅子人のガオン。

 その顔はライオンそのもの。周りの立て髪はアフロ状でボリュームがある。

 筋肉質で、その背丈は2メートルを超えている。

 そんな彼はよく働いてくれた。


「おい旦那。米の収穫は終わったぞ。脱穀は俺の木属性魔法でできそうだ」


「ああ、助かるよ。その米は麻袋に詰めてくれ」


「あいよ」


 みるみる作業は捗った。

 店の改修工事は無事に完了。

 そうして、オープンを迎える。


 店名は米食べ亭。

 見た目は和食の小料理屋だ。


 初日は満員御礼だった。

 なにせ、噂を聞きつけた周辺の村人が押し寄せてくれたのだから。

 大工のダン。養鶏場のターマさんにタマネギ作りのネギーラ。来てくれたのは親しい面々。

オープン初日は最高の走り出しだった。


 しかし、日が経つに連れて客足が遠のく。

 みんな外食を毎日するほど裕福な家柄ではないのだ。

 村の中では噂の店だが、まだまだ暇な時間が多かった。


「客が来んのーー」

「ははは。昼を過ぎると一気に暇になりますね」


 うーーん。

 この時間は休憩できるけど、夕方までは時間があるな。


 ガオンは腕を組んだ。


「王都の客が来てくれたら、もっと繁盛するんだがな」


 それだ!


「よし。宣伝に行こう!」


 俺はビラを作った。

 それを王都で配ることにする。


 俺たちは、人の多い通りへとやってきた。

 俺とガオン、アミスとグラ。2手に別れてビラを配る。


 ガオンは過ぎ行く人の服を掴んだ。

 

「おいお前。美味い米が食えるぞ。店に来い」


 と、睨みつけながらビラを配る。

 みんなは震えながらビラを受け取っていた。


「お前。絶対来いよ」


「ひぃい! い、行きます!」


「うむ。来なかったらわかっているな。ガオォオオ!!」


「ひぃいいいい!!」


 いやいや。


「ガオン。流石にやり過ぎだ。客が怖がっちゃ、なんにもならないよ」


「しかし旦那。俺たちが配るビラは、誰も受け取らんではないか」


「確かにな……」


 通行人は素通りしていく。

 どうやら、未知の食材をビラだけで宣伝するのは難しいようだ。


 アミスたちはどうだろう?


「ちょっと2人を見に行こう」


 俺たちは2人に合流する。


「そっちはどうだい?」


「はい。もうすぐ配り終わりそうです」


「え!? どうやって配ったんだ!?」


「え? 普通にやってますけど?」


 普通にやっても見向きもされないのだが?


 通りゆく子供はグラの姿に見惚れていた。


「ご主人の作るお米料理はめちゃくちゃ美味いんじゃ!」


 聞いたこともない食材の名前に小首を傾げる。それでも照れながらビラを受けとった。


「なぁ、コメってなんだよ?」


「なんじゃ! お米も知らんのか!」


「し、知らねーよ」


「食えばわかるのじゃ。めちゃくちゃ美味いんじゃからな! アハハ!」


 男の子はグラの笑顔に頬を染めた。


「ん、んじゃあ、父ちゃんに頼んでみるよ」


「うむ! 絶対に来るのじゃぞ!」


 なるほど。

 これは米が目当てじゃないな。

 と、なるとアミスはどうなんだ?


 道ゆく男たちは彼女の声に立ち止まる。


「パンにも変わる主食のお米です。どうぞお立ち寄りください」


 その声は、さながら、天使の囁く透き通った声音のよう。

 男は全身を熱らせる。


「お、お姉さんはその店で働いてるのかい?」


「はい。ウェイトレスをしています」


「そうか。じゃあ行こうかな」


「はい! お待ちしていますね♡」


「お、おう……」


 なるほど。

 これで2人のビラ配りが早い理由がわかった。

 遠巻きに、「素敵すぎる」とか、「可憐だ……」「あの男、羨ましいな」などの声が聞こえてくる。


「ガハハ! 旦那ぁ。こりゃ敵わねぇな!」


「だな」


 可愛いは正義。とはよく言ったもんだよ。


 2人の活躍のおかげで、ビラ配りは終わりに近づいた。そんな時のこと。


「おいおい。可愛い女じゃねぇか」


 と、3人のゴロツキが現れる。

 彼らはC級冒険者のバッヂを付けていた。


「そんなくだらねぇビラ配ってねぇでさ。俺たちと遊ぼうぜ。ヒュッハ!」


「ちょ、やめてください!」


「おいおい。立派な剣なんか腰にぶら下げちゃってよ。勇ましいウェイトレスだな! ゲヘヘ」


「なんじゃこの不逞な輩は!」


「おっと、嬢ちゃんは黙ってな!」


「離せこの! 離すのじゃ!! 離さんと……」


 いかん!

 グラが怒れば神獣の姿に戻ってしまう。

 街中でそんな姿になったら大騒ぎだぞ。妙な噂が立てば米食わせ亭の評判がガタ落ちだ!


「よすんだグラ!」


 と、俺が出るより先に、前に立ったのはガオンだった。


「おいおい三下。この子らは俺の仲間なんだがなぁ?」


「ゲッ! ガオン!」


 こいつらガオンを知っているのか。


「文句があるなら俺が聞くが?」


 と、地面から植物の蔦を生やした。

 それはグラを掴む男を締め付けた。


「グァアアアアッ!!」

「ぐぅ……! て、てめぇ! 俺たちは黒豹だぞ!」


「ああ。あのつまらんギルドな。道理でつまらん冒険者がいるもんだ」


「い、言わせておけばぁ〜〜」


 と、短剣を抜く。


「お、おいおい! やめとけって、俺たちが敵う相手じゃねぇよ」

「チッ!」


 ガオンが蔦を緩めると、男たちは「覚えとけよ!」と捨て台詞を吐いて去って行った。


「グハハ! グラが本気出したら、お前たちなんか一捻りだからな! 俺は命を助けてやったんだよ! この恩知らずがぁ! ガハハハーー!」


 ふぅ。

 やれやれだな。


「あんな輩は我の爪で引き裂いてやったのじゃ!」


「ハハハ。そうはいかねぇよ。そんなことをしたら旦那の店の評判が落ちちまうじゃねぇか」


 それにしても、


「黒豹というのはなんだったんだ?」


「くだらねぇ盗賊のギルドだよ。昔、スカウトされたことがあったんだ。噂ではヤバいことをしまくってるくだらない連中さ。俺はそんな連中の片棒を担ぐのは嫌だったからな。断ったんだがよ、それ以来、目の敵のようにされているのさ」


 なるほど。

 それで知っていたのか。


「まぁ、旦那は気にしなくていいよ。あんな連中が来たって俺がおっ払ってやるからよ」


「むぅ! 我もおるからな! あんな連中は我の敵ではないのじゃ!」


「わ、私だって、ちょっと不覚を取っただけです! 本気を出せばバッサリいっていましたよ!」


 ははは。

 これは頼もしい仲間だな。


 ビラを配り終わり、帰ろうとした時である。


「ちょいと待ちなぁ」


 それは黒豹の顔をした女だった。

 マントの姿の凛々しい出立ちである。


「随分と、あたいの子分が世話になったみたいじゃないかい」


「やれやれだ。ちょいと下がっていてくれ旦那」

「知り合いかい?」

「さっき話した黒豹のギルド長だよ」

 

 ああ、なるほど。

 親分がやって来たというわけか。

 彼女の後ろには、さっき俺たちにちょっかいを掛けて来た冒険者たちが見えるな。

 自分たちが敵わないから親分にやってもろおうって寸法だな。


「久しぶりだね。ガオン。元気そうじゃないかい?」


「お前もな、ニャギエラ」


「あんたの噂は聞いているよ。なんでも小料理屋を手伝っているんだってね?」


「ああ。米食い亭という米の料理を作ってくれる素敵な店さ」


「ははは! コメだがなんだか知らないが、深緑のガオンが地に落ちたもんだねぇ。飯屋を手伝ってどうすんのさ? 人も殺せない所であんたの腕が腐っちまうじゃないの!」


「俺は昔の俺じゃないのさ。人は変われるんだ」


「ははは。本当に腐ってるわね。これはどうしようもないわ。アハハハ!」


「その喉仏を噛みちぎられたいのか!?」


「ふん! そんなことをしてみな。たちまち、あんたたちの店が火事になっちゃうかもね!」


「何ぃいい!?」


あたいらはあんたと違って賢いのさ。真っ当に対面するだけが戦いじゃないんだよ」


「グルルルゥ……! 貴様ぁ、そんなことをしてみろ! 皆殺しにしてやるぞ!」


「アハハハ! 凄んだって怖かないよ! くだらない飯屋で働く獅子人なんてね!」


「米料理を食ってもねぇのに、そんな口は利くな! 旦那の料理は世界一なんだ!」


「噂には聞いているよ。天下一食闘会では王族を唸らせたってね」


「ほぉ。だったら、そんな口は控えるんだな」

「そうじゃそうじゃ! 女! ご主人の米料理を食べたら、ほっぺたが落ちるのじゃぞ!」

「そ、そうです! 稲児さんの作るお米料理は美味しんですから!」


 やれやれ。


「とにかく、争うのはやめてくれ。今日は店の宣伝に来ただけなんだ。あんたらの迷惑はかけていないだろう!」


「ふぅーーん。あんたが店主かい?」


「ああ。米田 稲児だ」


あたいは盗賊ギルド黒豹のギルド長。ニャギエラさ」


「じゃあ、ニャギエラさん。悪いが俺たちは帰らせてもらうよ」


「おっと、そうはいかない。あたいの可愛い子分が舐められたんだからね」


「それは君の子分が彼女らにちょっかいを出して来たのが悪んだよ」


「ふん! どっちが悪いなんてどうでもいいのさ。あたいらは舐められたら終わりなんだからね。許してやるから土下座して謝罪しな」

 

 なんでそんなことを、


「断る」


「あらそう。だったら寝込みは気をつけな。せっかくの店が燃えちゃうかもね」


 店に火を点けると言いたいのか。

 それに、土下座をしたところで本当に許してくれるかも危ういな。


「じゃあ、俺の料理を食べに来てくれよ。美味い料理が食べれる場所なら、なくなったら困るだろ?」


「……米料理ね。そんな物が美味しいとは思わないけどね」


「食べてもないのに、そんなことはわかないじゃないか」


「アハハハ! わかるわよ。天下一食闘会の噂は聞いているもの。なんでもスシとかいうあっさりした料理だったんだろ?」


「他にも色々な種類が作れるさ」


「なんでも、パンに代わる主食になるとか」


「ああ。俺はそう思っている」


「ふん。だったら尚更だね」


「どういう意味だ?」


「主食なんてのは淡白な味付けじゃないか。じゃがいもにしろパスタにしろねぇ」


「何がいいたいんだ?」


あたいは味の薄い料理が嫌いなのさ。食った気がしないしね」


「じゃあ、濃い味付けの米料理にすればいいさ」


「アハハハ! その場合、料理人は濃いソースをぶっかけるんだよ。でもそれって主食が濃い味ってことじゃないだろ?」


 ふむ。

 

「スパゲティで言えばミートソースを掛けるようなものだな」


「そんなのは認められないね。それはソースが濃いだけさ。あたいは濃い味の主食が食べてみたいんだ」


「ほぉ」


「まぁ、できないだろうね。そんな主食は聞いたことがないもの。どうせソースで誤魔化すに決まっているんだ」


 ふぅむ。


「いや。そんなことはないと思うが?」


「へぇ。随分と自信があるじゃないか」


「ああ。じゃあ、濃い味の米料理を食べたら満足してくれるんだな?」


「まぁね。その時はあんたを認めてやるさ。でも……」


 でも?


あたいが満足しなかったら、ガオンを貰う」


「何?」


「当然だろう? あんたが勝てばあんたの非礼を許してやる。負ければガオンは黒豹で盗賊の仕事をしてもらうんだ。ククク」


「なんじゃそれは! どっちに転んでもお前に有利な条件ではないか! 卑怯じゃぞ!」


「アハハハ! 嬢ちゃん、それがあたいのやり方なのさ! どうだい米田。この勝負、受けるかい?」


「旦那。こんな女に付き合うことはない。俺が終わらせてやるよ。グルルゥ」


 いや。


「やめてくれ。俺は料理人だ。料理人には料理人の戦い方がある。ここは俺に任せてくれないか?」


「そりゃぁ……。旦那がいいなら俺は構わんが……」


「ありがとう」


 俺は胸を張った。


「受けようその勝負。あんたが美味いという。濃い味の米料理を食べさせてみせる!」



────

 

次回予告。


こんにちはアミスです。

盗賊ギルド黒豹のギルド長をしているニャギエラさんは、自分にとって条件の良い勝負を挑んで来ました。

濃い味の米料理を食べさせないと、ガオンさんを貰うですって!

彼は米食べ亭にとって必要な人材です。彼がいなくなるなんてとても考えられません。

でも、濃い米料理なんかあるんでしょうか?

しかも、濃い味のソースはダメだって念を押されてしまいました。

本当に大丈夫ですか、稲児さん?


「スパイシーで美味い米料理を作ってみせるよ」


次回。異世界米料理。


稲児風チャーハン。


お楽しみに!

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