第8話 稲児風茶漬け 【後編】

「てんめぇええ! 俺様を舐めるとただじゃおかねぇぞ!」


 凄まじい剣幕。

 その鋭い犬歯は今にも俺の喉仏を刺さりそうな勢いである。


「俺はふざけてなんかいない。お前こそ、俺を舐めるなよ」


「何ぃい?」


「俺は料理人だぞ。客人には失礼なことはしない」


「きゃ、客人……? 俺が?」


「そうだ。この店は、まだオープンしていないが、お前は立派なお客だよ」


 素行は悪いがな。


 彼は手を離す。


「ふん! だったら信じてやる。でもな、これだけはわかっておけよ! 少しでも不味い料理を出してみろ! この店の悪い噂を王都中に広めてやるからな。こんな不味い料理を出す店には行くなってな。言いふらしてやる!」


 やれやれ。

 絶対にそんなことはさせられないな。


 俺は調理の続きに入る。

 と、いってもやることはそんなに無いんだ。


 この世界は野草が豊富だ。

 日本の野原と同じように食べれる野草がそこいら中に生えている。

 今回使うのはミツバだ。まぁ、こっちの呼び名は違うと思うがな。

 このミツバをみじん切りにして、このお茶をかけた飯の上にパラパラと振りかける。

 これで、


「完成だ」


「何ぃいいいい!! 貴様ぁあああ! やっぱりふざけているじゃないかぁあああ!!」


 彼は再び、俺の胸ぐらを掴んだ。


「おい。この手を離せ。俺は嘘はつかない。客に出す料理は全力で誠意を尽くすんだ」


「この野郎……。ほ、本当だろうな?」


「ああ」


「……ち! まっすぐな目をしてやがるぜ。わかったよ。信じてやる」


 この世界に箸は存在しない。

 よって、スプーンで掬って食べる。

 まぁ、ちょっと変わっているが異世界らしいのかもしれんな。

 これが、



「お茶漬けだ」



 みんなは湯気の立つ椀に目が釘付けだった。


「俺の故郷でもオリジナルレシピだったからな」


 正確には、


「稲児風茶漬けだな」


「おいガオン! この蔦を外せ! 我も食べるんじゃからな!」


「ちっ! うっせぇな、ほらよ」


 彼はあっさりと、グラとアミスを解放した。

 みんなは席に着く。

 目の前には初めて目にする異国の料理。


「おい店主よ。これはササミ肉を焼いて乗っけただけだろう?」


「ああ。そこにお茶をかけてミツバを乗せたんだ」


「そ、それが料理なのか?」


「ササミにはしっかりと塩を振っているからな。まぁ、食べてくれよ」


 グラは鼻の穴を広げた。


「変わっておるぞ! 変わっておるが、もの凄く良い匂いなのじゃああ。焦げ目の付いたササミ肉の匂い、お茶の香り、アクセントを加える野菜の微塵切り。そして甘い米の湯気がなあ、こう、食材が合わさってなんとも良い匂いがするんじゃよぉ。すぅうううう。うふふ。腹が減ってくるのう♡」


「うーーむ。そういえばそうかもな。この……。お茶漬けといったか? これは酒が入った胃袋が欲する匂いを発しているな」


 ふふふ。


「まぁ、匂いの考察はその辺にして、食べてみてくれよ」


 みんなはスプーンで米とお茶を掬った。

 わずかに乗っているは小さく割いたササミである。

 3人はフーフーと冷ましてから一斉に口に入れた。


「何!?」


「なんじゃと!?」


「こ、これは!?」


 さぁ、どうだ?


「美味い!」


「美味しいのじゃ!!」


「美味しいです!!」


 よし。

 上手くいったな。


「店主よ! これはお茶ではないぞ! スープじゃないか! ちゃんと味が出ている!」


「それは違うのじゃ! 我はお茶漬けにする前の緑茶を飲んだからの! その時はこんなにも旨味がなかったぞい!」


「本当に不思議です! お茶をかけただけなのに、しっかりと旨味が効いたスープになっています!」


 ふふふ。

 説明しようか。


「この旨味はササミ肉が出しているんだ」


「「「 ササミが? 」」」


「そう。ササミ肉に大量の塩をまぶして炭火で焼いた。そこにお茶をかけると旨みの強いスープになるんだよ」


「おいおい。茶をかけただけで、これほどの味が出るのかよ?」


「ああ。コツはササミの身を細く割くこと。これは食べやすさも考慮しているけど、旨味を引き出す役目もあるのさ」


「なるほどぉ。肉汁がお茶に溶け込むってことだな?」


「そうさ。そこに焦げ目のアクセントが効く。お茶の苦味と抜群に合うんだ」


「むほぉお! こりゃあ美味いぜ!!」


 みんなはパクついた。


「フー、フー、パク! ハフハフ! 美味しいのじゃ!」


「本当に美味しいです! このミツバの青臭さがアクセントになってて上品に味わいになっています」


「ふふふ。ミツバは無くても十分に美味しいんだけどね。白い米とササミ肉だけじゃ殺風景だろ? 緑色は見た目の完成度も上げてくれるんだ」


「確かに! 色鮮やかで、見ているだけで食欲が増します!」


 3人は瞬く間に平らげた。


「プハーーーー! うーーーーむ……」


 ガオンは俺を睨む。


「おい店主。これはあっさりしているな。噂では卵と合わせたこってりとした料理があると聞いたが?」


「オムライスのことだな」


「なぜ、それを出さなかった?」


「お前が酔っ払っていたからさ」


「何ぃ?」


「酔っている時は、体が塩分を欲しがるんだ。水っ気があって塩辛い物がいい。加えてあっさりしていると胃に優しいんだ。脂っこい料理は疲れるだろう?」


「た、確かにな……。酔っ払った時に出る飯には嫌気が差していたところだ。アッサリしたスパゲティでさえ重い時がある」


「パスタ関係はオリーブオイルを使う。どれだけあっさり作ろうが、酔った胃には重いのさ。その点、俺の茶漬けなら、油はササミ肉が出す、わずかな肉汁だけだからな」


「それなら胃にかかる負担も少ない……」


「そういうことだな」


「お、俺のことをそんなに考えて……や、優しいんだな」


「ふっ。当然だろ。客を労わるのは料理人の勤めさ」


「と、当然か……。こんなに酷いことをしたのにな。お前の作る料理は優しい」


 やれやれ。


「何があったか知らないが、酔っ払って周囲に当たり散らすのは間違っていると思うぞ」


「……うう。うううううううううう!!」


 彼は急に泣き始めた。


「おい、おっさんどうしたんじゃ!? 腹でも壊したのか!?」


「俺は、俺はダメな奴なんだ……うううううう!!」


 やれやれ。

 S級認定を受けた魔法使いがダメな奴か……。


「落ち着けよガオン。俺でよければ話は聞くよ」


「聞いてくれるか……ううう……」


 アミスはハンカチを渡した。


「これを使ってください」


「うう……。ありがとう。ぐすん……」


 彼は落ち着きを取り戻す。


「俺は隣国の王城からS級認定を受けた木属性の魔法使いだった。10年前は各国の戦いが盛んだった。それはお前たちも知っているだろう?」


 俺はこの世界に来たのが3年前だからな。

 俺の来るより前の話か。


「その時は俺の活躍は目覚ましかったさ。戦争では俺は王城から必要とされていた。ところが各国が平和条約を結び始め、戦いが無くなると、兵力は誇示するだけの存在となった。次第に俺の居場所はなくなって、ギルドで冒険者をするようになったんだ。戦争ではチヤホヤされた俺だったがな。パーティーを組んで冒険をするとワンマンな行動がどうにも浮いてしまう存在だった。やがて冒険には参加しなくなって、酒を飲むようになった。毎日がつまらない。刺激を求めてこの国に移住してみたが、結局同じさ。ギルドではつまはじき。俺は過去の栄光にすがってS級認定を受けたことを自慢するだけになったのさ。本当にどうしようもない男だよ。それで、この村では評判のお前の料理を聞きつけてふらりと立ち寄ったというわけさ」


 なるほど。

 そんなことがあったのか。


「横暴な態度の俺に、誰が優しくしてくれるんだよな。それに獅子人の見た目は怖いからな。みんな近寄ってこねぇんだ。もう、そういうのも面白くなくてな。余計に暴れちまう。怖い見た目には怖い態度だってな。みんなが嫌がる行動をとってしまうんだ。わかってたんだ。わかってはいたけどやめれない。ううう……」


「泣かないでくださいガオンさん」

「そうじゃぞ。おっさん。泣くことはない」


「ううう。酷いことをしたのにすまないな……」


 変われない自分か……。

 よし。


 俺は新しいお茶漬けを作った。

 それをガオンの前に置く。


「まだいけるだろ?」


「……あ、ああ。ははは。情けねぇ。泣いちまったな」


「いや。いいさ」


「稲児風茶漬けと言ったか? このお茶漬けなら何杯だって食えるさ」


 ガオンは1口食べてハッとする。


「な、なんだこれは!? さっきと違うぞ? ピリッとして……。な、なんか美味い!」


「ワンサンビを入れたんだ」


 ここでいうワサビのことだな。

 この茶漬けには抜群に相性がいい。


「ワンサンビだと? それって魔術用の植物だろ? 食用に利用するなんて聞いたことがないぜ?」


「相性が良い美味い物は全て利用するのさ」


 彼はガツガツと掻き込んだ。


「うは! こりゃあ、さっきとまるで違うな! ワンサンビを入れただけでこんなにも変わるのか!」


「ああ。ほんの少し入れただけさ」


「うめぇ! うめぇよ!! ワンサンビとササミの相性は抜群だ!」


 彼は瞬く間に平らげる。


「ふぅうーー」


 そう、ほんの少しの工夫なんだ。




「変われるさ。お前だって」




 彼はまた泣いた。


「ううう……。そうか……。ほんの少しの工夫で……。ううう……」


 その後、彼は5杯もお代わりした。

 

「旦那。すまなかったな。世話になっちまった」


「いや。大丈夫だ。開店したら来てくれよ。次は違う米の料理を出すからさ」


「そりゃあ楽しみだ」


「これから、どうするんだ?」


「ギルドで一からやり直してみるさ」


「そうか。それがいいよ」


「嬢ちゃんたちもすまなかったな。酷いことをしちまった」


「うむ。借りじゃぞ、借り」

「わ、私は気にしていませんから」


「ははは。グラとかいったな。借りは代えさねぇとな」


「当然じゃ」


「旦那もすまなかったな。店を壊しちまった」


 そういえば、床に穴が空いたな。

 修繕が大変だ。


「これ、取っといてくれ。茶漬け代だ」


 そう言って渡されたのが金貨の山。


「え、こんなに?」


「当然だ。あの茶漬けにはそれだけの価値がある」


 しかし、これなら修繕費を差し引いても相当なお釣りが来るだろう。


「あとは……。何かできることがあれば……」


「いや。これだけ貰えば十分さ」


「そうもいかんよ。米は田んぼで作っていると言っていたな」


「え? ああ、店の裏で作っているんだよ」


「なるほど。あれか……」


「ああ、今は苗を植えただけだから実が付いてないんだ。米になるには3ヶ月程度かかる」


「罪滅ぼしをさせてくれ」


 え?


「ガオォオオオオオオオ!!」


 彼は凄まじい雄叫びを上げた。


「なんじゃ、おっさん! 急に大声なんか出しおって! 店を潰す気か!! この恩知らずがぁああ!!」


「おいおい。そんなことするわけないだろ。田んぼを見てくれよ」


 何!?


 そこには頭を垂れる稲穂が並ぶ。


「米が生ってる!!」


「木属性の魔法で成長を早めたんだ」


「これは凄い! これならもう収穫ができるぞ!」


「ははは。喜んでくれたら良かったよ」


「おっさん! やるではないか! 早速、貸しをチャラにしよったな!」


 これは貸しをチャラにするどころじゃないぞ!

 これだけの米があれば店は十分に開ける。


「君の魔法は凄いよ! これは頼めばいつでもやってくれるのか?」


「ああ。いつでも言ってくれ。お前のためなら金なんかいらないからな」


 いや待てよ。

 これだけの米を収穫するには労力も必要だ。


「なぁ、ガオン。ここで働く気はないかい?」


「え? お、俺を雇ってくれるのか?」


「ああ。それなりの給金は出すし、部屋は余っている。それに3食の米料理を約束しよう」


「おいおい。至れり尽くせりじゃないか! 環境が良すぎて気持ち悪いな」


「俺としてもメリットしかないのさ! 君の木属性魔法は稲作との相性がいい。それに収穫の労力が必要なんだ。君は体力もありそうだからな」


「まぁ、力は有り余ってるけどよ……」


「だったら最高じゃないか!」


「で、でも……。また、酒を飲んで暴れるかもしんねぇぞ?」


 グラは煙を発した。

 大きなモグラの姿を表す。


「フハハハ! その時は我が捻り潰してやろう!」


「な!? 嬢ちゃんは神獣だったのか!?」


「グラちゃんは神獣グランデウスの化身なんです」


「おいおい……。タチが悪いぜ……」


「モキュキュ! ご主人に危害を加える輩は我が許さんのじゃ!」


「ははは……。こりゃいいや。俺が暴れてもコイツなら止めてくれそうだ」


 うむ。


「じゃあ、やってくれるかい?」


「ああ。喜んで働かせてもらうよ」


 俺たちは力強い握手を交わすのだった。



────


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