第10話 稲児風チャーハン
俺たちは米食べ亭に戻った。
盗賊ギルド黒豹のギルド長、ニャギエラと子分の3人は店の椅子に座る。
彼女は黒豹人族で、顔は黒豹。体は人間の女である。
「姐さん。随分と良い店じゃねぇですかいニヘヘ」
「ああ。これは燃やすのは惜しいね」
やれやれ。
随分と物騒なことを言う。
「じゃあ、俺が濃い味の米料理を食べさせることができたら、約束どおり俺の店には手を出さないでいてくれるな?」
「まぁね。でも、ダメだったらガオンは貰うからね。フフフ」
俺は厨房に入った。
作る料理は決まっている。
チャーハンだ。
まずは肉から用意しよう。
フライパンに油を引き、ニンニクのスライス、生姜、鷹の爪を入れて炒める。
そこに、塩胡椒で下味を付けたもも鶏肉を入れ、醤油と蜂蜜を加えて炒める。
「ふぅうう〜〜! 良い匂いだね。でもそれは肉じゃないか! もしかして、それと米を食べさせようって寸法じゃないだろうね? そんなのは肉の旨さだからな! 認められないよ!」
「まぁ、見てなって」
焦げ目の付いたもも鶏肉は微塵切りにする。
これはチャーシューの代わりなんだ。
この世界には豚がいない。
だから、猪の肉になるんだが、猪は少し癖がある。
それをチャーシューにするより、鳥を使った方が癖が少ないチャーハンが作れるんだよな。
他の肉としてエビも入れる。
捕って来たのは川に棲む手長エビだ。
日本では高知県の四万十川なんかでは高級食材だな。
煮ても焼いても美味い。
この世界にも似たような種類がいたのでそいつを使う。
それを皮を剥いてプリプリの実だけを取り出しておく。
ぶつ切りにしてスプーンで掬った時に米の中に入るようにしておきたい。
野菜は充実している。
アサツキ、タマネギ、レタス、ニンジンを微塵切りにする。レタスは少し大きめにカットするのがいい。
大きなフライパンにたっぷりの油を引き、野菜とエビを炒める。
塩と胡椒で下味をつけるのは忘れちゃいけない。
火が通ったら、そこに溶いた卵を入れてかき混ぜる。
すぐさま、米と鶏肉を入れて炒める。
強火でしっかりと炒めるのがコツだ。
塩胡椒で味付けする。
米全体に旨みをプラスしたいので、鶏ガラで出汁を取ったスープを少量入れる。
米はスープを吸うので少々硬めにしておくのがコツだろう。
鶏ガラスープが蒸発したら完成だ。
これが、
「稲児風チャーハンだ」
それは茶色に色づいていた。
エビと鶏肉が所々に見え隠れ。緑と赤は野菜の色だ。
「へぇ。これが米料理かい。このつぶつぶなのが米なんだね」
ふむ。
彼女は米自体が初めてだからな。
「1口だけ、ノーマルな米を用意した。その小皿に置いてあるのが通常の主食として使う米さ。水と一緒に炊いて、ふっくらと仕上げた」
「なるほど。白いね。これが米か」
「まずはそっちを食べてみてくれ」
「あいよ。んじゃ、早速。モグモグ……。なるほど。淡白だね。確かにパンやじゃがいもに代わる主食になり得る食材だ。噛めば噛むほどやんわりと甘い」
「その米を利用したのがこのチャーハンなんだ」
「ふぅん……。色が全然違うね。それなのにソースがかかっていない……」
「これが濃い味付けの米料理さ」
「あの淡白な味がどこまで代わるんだかね? パンだってパスタだって、それ自体に味を付ける料理なんて食べたことがないんだ。本当に濃い味付けになってるのかね?」
「まぁ、食べてくれよ」
「ふん。とても期待はできないけどね」
ニャギエラはチャーハンをスプーンで掬う。
その中にはしっかりと鶏肉と米が乗っていた。
パクリ……。モグモグ。
「んん!? な、なんだいこれは!?」
さぁどうだ?
彼女の反応にみんなが注目する。
「こ、これは……!?」
ニャギエラは2口目を運んだ。
「んんんん!? こ、濃い!! この米は濃い味付けだ!!」
よし。
良い感じだぞ。
「米の1粒1粒にガツンと味が染み込んでいる! 噛み締めると米の甘みが口の中に広がるんだ! 加えて野菜の甘さ!」
3口目、4口目と続く。
「うん! うん! これは止まらない! 米よりもガツンと来るのが……。鳥だね! さっき焼いてた鳥のステーキだ! それを細かく切っているんだね! だから、米とよく絡む! 米だけでも十分に濃い味付けなのにさ、追い討ちを掛けるようにガツンと濃い味付けなんだ! 鶏肉は噛むとジワァっと肉汁と甘い汁が口に広がる。ニンニクと生姜、蜂蜜の甘さがマッチして、最高の味付けになっているんだ!」
彼女はスプーンが止まらなかった。
次々に口の中へとチャーハンを運んでいく。
「鳥とは違う、ややあっさりとした旨みのある塊があるんだ! これはエビの味だね!」
「ああ。川に住む手長エビを使ったんだ」
「エビは米の味と抜群に合うな! 鳥肉と米。エビと米。はたまた、鶏肉、エビ、米のトリプルコンボだ! ははは! どれを食べても仲が良い! 最高のコンビじゃないかい! 例えるならば、戦士が米。それを回復するエビの僧侶。はたまた、米の戦士にバフをかける鶏肉の魔法使いといった感じかい! こいつら最高のパーティーだよ!」
「あ、姐さん! こりゃあ最高ですぜ!」
手下たちも大絶賛。
ニャギエラ一味は瞬く間にチャーハンを平らげた。
「ふぅ……。もう無くなっちまったのかい……」
さて、
「どうだった? ご希望に添えることができたかな?」
彼女はつまらなさそうに鼻でため息をついた。
「ふん……!」
これは……。
満足できなかったのか?
「ガオンがこの店に肩入れするわけだ……」
「どういう意味だ?」
「こんな完璧な米の料理を出されちゃあ、心が奪われちまうってことさ!」
「じゃあ?」
「ふん! 悔しいけどね! 負けを認めてやるよ!」
グラは飛び跳ねた。
「ウワッハーーイ! ご主人が勝ったぁあああ!!」
「やりましたね! 稲児さん!」
ふぅ。
少しヒヤヒヤしたが、なんとかガオンを奪られずに済んだな。
「それにしても米田の旦那。あんた中々の腕だね。あの淡白な味の米をよくここまで濃くしたもんだ」
チャーハンは日本でもポピュラーな料理だ。
俺はそれをアレンジしただけに過ぎない。
まぁ、中国の食に感謝だな。
ガオンは机をゴンと叩いた。
「旦那ぁあ! 勝負がついたんなら、俺たちにも、そのチャーハンってのを作ってくれよ! ニャギエラだけ狡いじゃねぇか!」
「我もじゃあああ!!」
「わ、私も食べたいです!!」
ふふふ。
「ああ。じゃあすぐ作るよ」
ニャギエラはソワソワする。
「あ、そ、それって……。お、お代わりとかもあるのかい!?」
「あ、姐さんだけ狡いですよ! 俺たちも食いたいです!」
空腹のまま客を返すなんてのは、米食べ亭の名折れだよな。
「ちょっと待ってな。みんなの分はすぐに作るからな」
「は、早くしておくれよ!
「おいニャギエラ。お前も旦那の米料理に心が奪われてるじゃないか」
「うるさいね! あんなに美味い料理を食べさせられて正気を保てる方が狂ってるわよ!」
「ははは。違いねぇや!」
「くぅうう……! こ、こうなってくると噂のスシってのも気になってくるわねぇえええ」
「グハハハ! 米はあっさりした料理も美味いからなぁ! 酒を飲んだ後の茶漬けなんて最高なんだぞ!」
「ちゃ、ちゃづけ? なんだいそれは!?」
「お茶をご飯に掛ける料理さ」
「お、お茶を掛けるのかい!? そんなのは料理として成立してないじゃないの! 米の旨みが台無しだ!!」
「ガハハハ! それが完成された料理になっちまうのが旦那の凄えところなのさ! あんな美味い料理食ったことがねぇよ!」
「な、なんですってぇえええ!? そんなことを言われたら凄まじく気になるわ!!」
「グハハハ! お茶漬けを知らずしてこの世を去るなんてのはありえんな。酒飲みならば尚更だ」
「ぬぐぐぐぅううう!」
えーーと……。
「どうするんだ? 茶漬けも作れるが?」
「グヌヌヌヌゥゥウウウウウウウッ! チャ、チャーハンだよ! 今はチャーハンの腹になってんだからぁあああ!! あああ!! でも茶漬けも食べたーーーーいッ!!」
「五月蝿い女じゃなぁ。どっちも食べればいいじゃろうが」
「そ、そうか! よし、それじゃあチャーハンの次は茶漬けだ!!」
やれやれ。
「腹は大丈夫なのか?」
「3杯は余裕よ!」
「姐さん。太りますぜ?」
「うっさい! あんたは黙ってな!」
「でも、ガオンにそんな姿を見せるのは嫌なんでしょ?」
「ギャーー! 何言ってんだいアンタはぁあ! 良い加減なことを言ったらはっ倒すよ!」
ん?
ということはニャギエラがガオンに固執するのは魔法使いの技量だけじゃないってことか。
「ガ、ガオン! さっきのは手下の戯言だからね! あんたのことなんかどうでもいいんだからな!!」
「ああ、俺は気にしてないさ」
「ったく。そんなことよりチャーハンだチャーハン!!」
「なんじゃ女。真っ赤な顔になりおって。バレバレじゃな」
「なってなーーい!!
「「「 ははははーー!! 」」」
俺たちはみんなで笑うのだった。
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