第580話 一緒に走る?

 『ハイワーン』への方角を教えてもらい、約束どおりこの出会いは無かった事にしてお礼を言って先に進む事に。


「困ったら声をかけてくださーい」


 と言う声を揃えた彼らに微笑みながら手を振って別れる。彼らのガリデブ派で私の事が広まってくれれば今後は面倒事も減りそうね。


 半日かかると言っていたのは整備された道なりを進めばと言う話らしく、荷物を運ぶ彼らはそれくらいの時間がかかるとか。直線距離なら数時間で着けるらしい。

 ただし、魔物などと遭遇する可能性が高く、特にこの辺りは『陸蛸ガイ・オクトパス』が生息しているとか。


「せめて、暖かい所で休みたいわね」


 体力はまだまだ余裕だが、完全に疲れてから休むのはタブー。どのタイミングで避けられない戦闘になるか分からない以上、最低でも6割ほど残して一日を終えるのが理想。


「さて――」


 勿論、私は直線距離を選択する。のんびり事を進める気はない。半日で『解放軍』に合流する手筈だった事もあり手荷物も多くない。走り出してから次に止まるのは『ハイワーン』が見えてからだ。


「すー……」


 呼吸し、身体の動きを戦闘から疾走へと切り返る。


「ふー……」


 カチッ、と心の中でスイッチを入れ替えた瞬間、私は林の間へ駆け出した。

 雪で覆われていても洗練された『音魔法』は雪の下の凹凸も正確に把握。足を踏み違えないように跳ねるように前へ。


「……これは滝ね」


 軽快に問題なく進んでいると、正面から水の匂いと音を聞き取る。

 ドドド、と流れる落ちる水流の音が近づき、進行先には滝による川の隔てがあると把握。そして、そこに魔物も集まってる反応もあった。


「グガ?」

「ちょっと通るわ」


 滝の中を登る魚を手で弾いて取っていた『グーズリ』(熊系の魔物)の横を抜けて、『水魔法』で宙に水面足場を作る。そして、『音魔法』でその水面を弾きながら対岸へ渡った。

 その際、『音魔法』に驚いた滝登りの魚達が『グーズリ』の方に逃げるように跳ねていく。


「グガ!?」

「ふふ。あげる」


 そして、振り返らず疾走を再開。広い窪みは木々を蹴って飛び越え、拓けた空間に出た。

 腰ほどの高さの青草の地帯。止まる必要はない。そのまま走り抜ける。すると――


「あら、一緒に走る?」


 『ナイトウルフ』(狼系の魔物)が私を獲物として見出したのか並走していた。体長は二メートルほど。青草に姿を隠しているのだろうけど私には関係ない。数は三匹。囲いを縮めるように接近してくる。

 拓けた場所から正面の林に戻るまで二キロほど。走る速度は――


「ガァ!」


 『ナイトウルフ』の方が速い。横の青草の中から飛び出すと私に食らいかかって来た。

 顔を向けずに身をかがめて回避。頭上を通過させる。


「懐かしいわね」


 より、動物的な動きを学ぶ為にファング様と山籠りをした時に『ウルフェン』(狼系の魔物)と戯れた時の事を思い出す。


 ガサガサガサ、と今度は低い位置と飛びかかりの二方向からのアタック。私は少し速度を緩めて接触の起点をズラすと外させた。


「慣れてるわね」


 こちらの回避に合わせて即座に対応してきた。この手の狩りを日常的に行っている証拠だ。となれば“詰め”は――


「ガォ!」


 後方から追ってくる一頭が速度を落とした私に喰らいつく。


「アナタ達は優秀な狩人ね」


 私は即座に地面を蹴ると急加速。元より最高速度は出していない。残念だけど、牙の食いつきは届かないわ。


 ガチンッ! とアギトが閉じる音が空を切った事を聞き取り、私は一気に三匹を振り切る。

 彼らに悪意はない。元々、そのテリトリーに侵入しているのは私なのだから殺さずに逃げ切れるならそうするべきだ。それに――


「相手が悪かったわね」


 私を捕まえるなら『ナイトウルフ』百匹でも足りないわ。


 その時、私の索敵は“ある物体”を捉えて、その場から大きく前に飛び転がった。


「……これは――」

「ガウ!」


 周囲の青草に対して保護色になっているソレに気をかけていると、追いついた『ナイトウルフ』が飛びかかり――


「ガォ?! ガアッ!?」


 空中に停止した。ナニかが巻き付くように『ナイトウルフ』の身体は不自然に浮き、ソレが何なのか私は全容を捉えている。


「アナタが噂の蛸かしら?」


 『陸蛸ガイ・オクトパス』。その大きさは胴体だけでも5メートル級の大型個体だった。






 『陸蛸ガイ・オクトパス』は特定の森を縄張りにする陸上の魔物でも特に危険な存在である。

 二メートル以下であれば他の魔物の餌であるが、三メートルを超えた段階から食物連鎖の位を大きく上昇させる。

 八本の食腕はそれぞれが大木を圧し折る程の力を発揮し、狭い木々の間も容易く移動する。

 捕食者としてあまりに多くのギフトを持つ『陸蛸ガイ・オクトパス』最大の特徴は環境擬態にあった。

 彼らは環境に合わせて体色を変えて風景に溶け込む。その為、基本的な狩りは“待ち”を選択し、テリトリーに入った獲物を捕食するのだ。


「グガガ……」


 『陸蛸ガイ・オクトパス』に捕まった『ナイトウルフ』はそのまま締め上げられる触腕にパキ……メキメキ……と絞られた果実のようにされると絶命。

 食べやすくなった『ナイトウルフ』を『陸蛸ガイ・オクトパス』は身体下の口に運んで、ゴリゴリと捕食した。


「ガオオ!!」

「ゴガァ!!」


 兄弟を殺された残り二匹の『ナイトウルフ』は『陸蛸ガイ・オクトパス』へ喰らいかかるが、顔面に届く前に見えない触腕に捕まった。


「ガァルル!!」

「ガワァァガ!!」


 暴れるも胴体に巻き付いている為に爪も牙も届かない。触腕は、最初の一匹目と同じように二匹にも同じ運命を与えようとして――


「ごめんなさい」


 ソレは叶わず、捕まえている触腕が切り落とされた。


「このアナタと彼らの接触は本来なら無かったモノ。だから――」


 『陸蛸ガイ・オクトパス』の目が剣を抜いているクロエを見る。


「この森を抜ける間は私も、この食物連鎖に参加するわ」

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