第579話 クロエの誤算

 正直、困った事になった。

 ローハンとの話し合いで私の役割は『オベリスク』へサリアを迎えに行く事。その際に彼女の問題を解決しつつ、他二組が残りのメンバーと共にやってくるまで待機すると言うのが流れだった。


“『オベリスク』と『ゴースト』って奴らの情報が少ない。だから、サリアと接触するのはお前に任せる”


 カイルとレイモンドではこの手の経験は足りない。

 『ゴルド王国』には『旧世界の力』が蔓延ってる事もありシャクラカンを倒せてもその後は私ではどうにもならない。

 なので、この人選に文句はなかったのだけれど……


「どこまで吹き飛んだのかしら?」


 『オベリスク』に南東から侵入した私は、謎の大爆発に対して、衝撃波に乗ることで被害を回避した。けど思ったよりも勢いは強く、かなり北東まで流されたと感じた。

 体感1時間ほど流れ飛んだ私が着地した所はかなり温度が低く、踏みしめる感触から雪に覆われた環境であると認識。

 森の中の様だ。魔力探知を行うと魔物以外の反応を検知しそちらへ向かう。

 地図もコンパスも看板さえ読めない私からすれば情報は他人から仕入れるしか無い。なので、“話せるヒト”である事を願いつつ一団のキャンプ地へと声をかけた。


「こんにちは」

「ん? おほ」

「おお? どうしたぁ? ねぇちゃん」

「俺たち『サンハジ』のガリデブ派に何か用かい?」

「うひひ」


 数は感知では6から7。停止する荷車には荷物が乗っていて馬の鼻を鳴らす音も聞こえる。

 荷を運んでいる商団……にしては口調が荒い。視線も即座に私の胸と腰へ向けられたわね。容赦は必要なさそう。


「私は旅の者です。すみません、道に迷ってしまって」

「おお、そうかい。俺たちは依頼でな。奪われた荷を取り戻して帰る最中だったんだ」

「帰る? どこへ?」

「どこって……『ハイワーン』しかねぇだろ?」

「うひひ」


 ローハンが読み上げてくれた地図によると『オベリスク』の北部には傭兵団『サンハジ』が主体となって栄える街『ハイワーン』がある。

 けど……そこは『オベリスク』の首都からかなり離れてるので寄ることは殆ど無いとして集める情報の優先度は低かった。

 そんな、遠くまで流されていたとは。


「『オベリスク』の首都に行きたいのですがここから向かうにはどの様なルートを取れば良いですか?」

「んん? 『オベリスク』の首都だぁ?」

「ねぇちゃん、『解放軍』に入りてぇのか? 止めとけ止めとけ」

「それに首都は何もねぇしな。それよりもよぉ――」


 男達が立ち上がり、私を囲むように移動した。


「俺たちゃ寒くて凍えそうなんだ」

「『ハイワーン』まで後、半日はかかるしな」

「ねぇちゃんは道に迷ったんだろぉ? ここはお互いに協力しようぜ」

「うひひ」


 ぞろぞろと集まってくる。数は……全部で9人ね。見張りとかでキャンプを離れてる人が1〜2なら10人以上かしら。


「協力? 取りあえず『ハイワーン』がどの方角か教えてくれませんか? 後は自分で調べます」

「おいおい、そりゃねぇぜ」

「ねぇちゃん一人じゃ、また迷うのがオチさ」

「夜の雪林は危険だぜ? 腹を空かせた魔物がうようよいる」

「俺たちと一緒にいりゃ、安全は確約よ」

「勿論、それなりの対価は貰うがな」

「うひひ」

「対価って?」


 そう尋ねると私を囲む視線は身体の至るところに向けられる。足に向いてる視線もあるわね。どう言う癖なんだか……

 無論、いい気分はしない。


「まぁ、その話し合いをする前に剣は置こうぜ」

「そうそう。丸腰で話し合おうや」

「これから深い関係になるのは身体だけで十分だしなぁ」

「うひひ」

「ハァ……ハァ……なんつー、エロい女だ。女ァ……」


 分かった情報は、ここは雪林である事と彼らが『サンハジ』のガリデブ派と言う事。それが何なのかは分からないけど、少なくとも紳士な派閥ではないようね。


「で、ねぇちゃんよ。これから俺たち全員を温めて貰うんだが……剣を捨ててくれなきゃ、ちと痛い目に合わせる必要があるぜ?」


 さて、もう情報は引き出せそうに無いわね。近くで魔物の気配もあるし、彼らのお腹を彼らで満たしてもらいましょうか。


「ん? おい! お前ら何やってんだ! 荷物の側に居ねぇと魔物に荒らされるだろ――」


 離れていた見張りね。これで、この場に全員が揃ったので、取りこぼす事はなさそう。

 派閥に所属している手合は生存者を残すと後々尾を引く形になるので、皆殺しの方が煙に巻ける。


「サントル! お前も混ざるか? 極上の女が降って出てきたんだぜ?」


 文字通り、降ってきたのでそれだけは正しいわね。


「はぁ? 女? あっちの魔物が多い深林を抜けたら『ゴルド』だぞ。そっちから来るなんて――う゛!?」


 と、サントルと呼ばれた男の視線が私に向いた瞬間、彼はそんな声を上げた。


「な、な、な……何でこんなトコに?!」

「なんだ、サントルてめぇ、こんな美女と知り合いか?」

「馬鹿! お前ら、この人から離れろ! 見るな! 近づくな! 顔中の穴から血を噴き出して殺されるぞ!」

「はぁ? 何言って――」

「この女は【水面剣士】だぞ! 知ってんだろ?! 『ノーフェイス』をぶっ殺して、あのベクトランを素手でボコった女だ!」


 ザワ……と場が畏怖の緊張に包まれた。どうやらサントルと言う彼は私が『コロッセオ』で戦った場面を見てたみたいね。

 『ノーフェイス』とベクトランの名前は彼らの中でも有名みたい。少し揺らしてみましょうか。


「あら、貴方。私を知ってる?」

「おおお、待って、待ってくれ! 俺は関係ない! アンタには関わらないし、指一本触れない! 何なら視界にさえも入らない様にする!」

「私は目が見えないから視界は無いの。でも、貴方達の心臓の音はよく聞こえるわ」


 その瞬間、彼らの心臓が緊張するように早鳴り出した。分かりやすいわね。


「頼む……マジで……殺さないでくれ……金目の物は全部やる……」

「私からの要望は最初から一つだけよ? ね?」


 私は最初に応答した男へそう微笑むと、ひょひっ! って変な声を上げたから少しクスってしちゃった。


「『ハイワーン』への方角を教えて欲しいの。そしたら、この出会いはお互いに無かった事に出来るわ」

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