【付録】 事件推移報告

 最後の付録は、前回に引き続き事件のバックグラウンドのまとめ編です。


 あの事件、この出来事の裏で何があったのか、ウルフラムの視点から時系列順に整理して書き連ねてあります。



【事件の詳細な推移】

 神聖杯ネクタールの盗難とルクスデイ家の追放に伴い、護衛担当だった聖騎士ウルフラムも降格と左遷の処分を受ける。


 ウルフラムはしばらく聖騎士を務め続けたものの、やがて冷遇に耐えかねて聖騎士団を出奔、行方を晦ましてしまう。


 その後、再び表舞台に姿を表したときには、ウルフラムは邪竜に不死の力を与えられた黒騎士となっていた。



 ……以上が聖騎士団の公式見解だが、真相は異なる。


 冷遇に耐えかねたというのは単なる演技。


 ネクタールを盗み出した犯人は、他ならぬウルフラム自身だった。


 大人しく処分を受け入れたことすら偽装工作の一環に過ぎず、聖騎士団を離れるもっともらしい理由をでっち上げることで、誰に悟られることもなく、隠匿していた神器を持ち出して邪竜教団の軍門に降ったのである。



 ウルフラムにとって最も都合のよい展開とは、ルクスデイ家が全員死罪となり、事件当時を知る者がこの世から消え失せることだったに違いない。


 だが、現実はその正反対。

 被害者が厳罰を望まなかったことから、一家は全員が追放刑に留まり、命を繋ぐ結果となった。


 これはウルフラムにしてみれば、真相が露呈する可能性を残した不都合な処分であった。


 当主自身は病没したものの、次女エヴァンジェリンと神聖杯ネクタールの契約は未だに健在。


 事件当日に居合わせた長女のセラフィナ共々、姉妹の存在は事件の真相に繋がる『消しきれなかった手掛かり』だった。

 (神器との契約が生きていたことで、エヴァンジェリンは他の精霊と契約を結ぶことができなくなっていたが、ウルフラムにとっては興味も関係もない瑣末事に過ぎない)



 そして事件から十余年、騎士団を離脱して数年。


 邪竜教団の最高幹部にまで上り詰めたウルフラムは、己の不死性の秘密に迫る最後の手掛かりの抹消――ありきたりな天使狩りに見せかけた、ルクスデイ姉妹の抹殺に着手する。



 こうして、セレスティアル・ファンタジーの物語は幕を開けたのである。



 ウルフラムは秘密の漏洩を嫌い、作戦を可能な限り自分自身の手で遂行することを好んだ。


 専門外の分野に関しても、なるべく教団の助力を仰がず、私的に雇った手駒を優先的に用いていた。


 その筆頭が死霊術師のサーシだった。


 サーシは両親の亡骸を報酬としてウルフラムに雇われ、その真意も知らぬままに命令をこなし続けた。


 主な任務は、ウルフラムが用意した遺品や亡骸を用いて死者を降霊し、指示された情報を引き出すというもの。


 仮にルクスデイ姉妹の抹殺が成功していれば、彼女達の魂も犠牲となっていただろう。


 そして本来の歴史においては、聖騎士アヤを降霊してリビングデッドとすることも命じられるはずだった。



 しかし、現実にはそうはならなかった。



 作戦の初動に失敗したウルフラムは、雷霆槍ケラウノスを強奪せよという邪竜の指示を陽動に、第二の作戦を始動。


 それは島の守りが神器奪還に割かれた隙を突き、セラフィナを強襲するというものだった。


 ところが、またもやレイヴンの介入によって状況が一変する。


 ケラウノスを運ぶ船がグラティアに変更されたことで、二つのターゲットが一箇所に集まる千載一遇の好機が訪れたのである。


 ウルフラムは教団の部下を足手まといと断じ、通常航路を外れていたグラティアを襲撃。


 戦闘を終始優勢に進めていながら、しかしエヴァンジェリンが神器に干渉するという不測の事態で形成が逆転する。

 (エヴァンジェリンは事件の真相と神聖杯ネクタールについて何も知らないはずだったので、これを予想するのは最も親しい友人の聖騎士アヤにも不可能だった)


 ウルフラムの不死性の源が神聖杯ネクタールであるという事実は、飛空艇グラティアのクルー全員の知るところとなった。


 もはやグラティアは確実に抹殺するべき標的の筆頭。

 彼らの逃走を許すという選択肢は存在し得なかった。


 ――それ以降の顛末は、既に明かされた通り。


 レイヴンはウルフラムの行動を読み切り、強行突破の脱出に見せかけて高空に戦場を移し、高濃度エーテルの大気によって神聖杯ネクタールの暴走を誘発させ、見事にウルフラムを討ち取ってみせたのだった。

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