第二話 降霊術師の告解

 ――俺が伝えた作戦内容に、アヤ達も最初こそ驚きを隠しきれない様子だったが、すぐにメリットを理解して全面的に賛同してくれた。


 しかし、この作戦が実行可能だと確信するには、まだまだ情報が足りない。


 原作知識だけでなく、該当分野の専門家からも意見を聞く必要がある。


 そのために俺は、ようやく使い道を得たばかりのグラティアの医務室へと足を運んだ。


「あっ、レイヴン艦長……!」


 真新しいベッドに横たわっていたサーシが、慌てて上半身を起こす。


「そのままでいいよ。ちょっと話をしに来ただけだからさ。ところで……ローエングリンも担ぎ込まれてたはずだよな。どこか行ったのか?」

「は、はい。エリシェヴァ様が心配とか何とかで……」

「ならよかった。ちょっと二人だけで話したいことがあるんだ」


 俺が本題を切り出そうとした矢先、サーシはいきなり深々と頭を下げた。


「あ……あの! 本当にごめんなさい!」


 想定外のリアクションに思わず面食らう。


 サーシは普段の口下手具合からは信じられないくらい饒舌に、そして今までにないくらいに真剣な面持ちで、ここに至るまでの事情を――それこそ俺達と出会う前から順を追って語り始めた。


「私は、両親を探して旅をしていました。正確に言うと、両親の遺品か遺体を、です」

「遺品か遺体? ああ、そうか……ご両親の魂を呼び出すために……」


 降霊術で目当ての霊を呼び出すためには、幾つかの条件を整えなければならない。


 遺品や遺体の確保はその典型例だ。


「両親も降霊術師……でした。遠く離れた空域で大仕事をしていたときに、内乱だか何だかに巻き込まれたんだと、聞いています。もうすぐ帰れるはずだから、お土産を楽しみにしてね……そんな手紙が最後でした。もう……十年以上、前のことです」


 サーシの目元に涙が滲む。


「そのために、色んな空域で色んな仕事をしてきました。悪事の片棒を担ぐ仕事でも、知らない振りをして依頼を受けてきました。最近は、遺品を報酬にしてやるって言われて、邪竜の手下からも……だから私は、本当なら……死霊術師、と呼ばれるべきなんだと、思います」


 降霊術と死霊術に明確な違いはない。

 セレスティアル・ファンタジーではそう設定されている。


 あくまで本人の行動、言ってしまえば善悪で呼び分けられているに過ぎない。


 つまり、サーシがあえて死霊術師を自称したのは、きっとこれまでの自分の行動に罪悪感を抱いているからなのだろう。


「私……エヴァンジェリンの友達になる資格なんて、最初からないんです。私達、シェパード島で会いましたよね? どうしてだと思います?」


 サーシは懐から古びたペンダントを取り出し、絶え間なく湧き上がってくる嗚咽を必死に堪えながら、掌に乗せたそれをじっと見つめた。


「シェパード島に暮らしていた天使の魂を呼び出せ……そんな依頼を受けてたんです。どう考えても分かってたのに……依頼主が天使を殺すつもりだって……殺した天使を操らせる気なんだって……」

「……待った。それってまさか……」


 何が何だか分からない――のではなく、理解できてしまったからこそ言葉に詰まる。


(セラフィナ……エヴァンジェリンの姉さんか! それにあのペンダント! けど……だとしたら……)


 辻褄は合っている。筋は通っている。


 だけど、そんな偶然が本当にあり得るのか。


「エリシェヴァ様にも、たくさん迷惑を掛けた……と思います。依頼主は、詳しいことは全然……これっぽっちも教えてくれなかったけど……天使様の敵の手伝いをしてるんだってことくらい、私にも分かっていたんです……」


 これはきっと、神器ケラウノスのことだ。


 具体的にどれくらいなのかは分からないが、ここまで的確に狙われ続けている原因のいくらかは、サーシの降霊術を悪用して情報を引き出した成果なのだろう。


 そして今回の出港直前に、サーシがいきなり『作戦が失敗する予言があった』と言い出した理由もきっと――


「こんなことになったのは、全部私のせいなんです。私がちゃんとしていれば、自分の頭で考えてさえいれば、こんなことにはならなかったはずなんです!」

「馬鹿じゃないの?」


 ――突然、俺ではない誰かの――いや、誰の声かはすぐに分かった。


 腕組みをしたアヤが、医務室の扉にもたれかかって、呆れ混じりの眼差しをサーシに投げかけている。


「仮にあんたが要求を拒んだところで、別の死霊術師が雇われるだけに決まってるじゃない。そうじゃなくても他の手段はいくらでもあるわ。どうせ神器もエヴァも同じように狙われて、同じような犠牲が出てたでしょうね」

「アヤさん……でも、私は……」

「それとも何? 自分がこの世で一番の死霊術師だから、他の誰にも代わりは務まりませんって言いたいわけ?」


 サーシは癖っ毛の髪を振り乱して、ぶんぶんと首を横に振った。


 アヤはそんなサーシの様子を眺めながら、仄かな微笑みを浮かべていた。


 突き放したような口振りも、皮肉めいた言い回しも、あえてそうしているだけ。


 露骨な肩入れをして慰めるより、批判的な視点から見てもこうなのだと伝える方が、サーシを納得させられる――きっとアヤはそう考えたのだろう。


 ……まったく、アヤは本当に不器用だ。


 けれどそんなアヤだから、俺は何に変えても助けたいと願うのだ。


「じゃあ、この話はおしまいね。責任感があるのは結構だけど、必要以上に自分を攻めても空回りするだけよ」

「でも、いくら代わりがいたとしても……自分がやったことの責任は、取らないといけないと……思うんです。他の人にできることでも、悪いことっていうのは変わりません……」


 アヤが無言でこちらに横目を向ける。


 続きはあんたが言いなさい――微笑み混じりの眼差しが言外にそう告げていた。


「……サーシ。どうしても自分を責めずにいられないなら、罪滅ぼしだと思って俺の手伝いをしてもらえないか」

「レイヴン艦長……」

「本当はこんな交換条件みたいな形じゃなくて、普通にお願いするつもりだったんだけどさ。神器と天界、それとエーテルについて詳しい霊を呼び出してほしいんだ」


 これこそが医務室を訪れた理由。


 作戦を立てるために必要な専門知識を、サーシの降霊術の力を借りて、その道のプロからダイレクトに聞き出したかったのだ。


「ウルフラムはまだエヴァンジェリンを狙っている。仮にこの場を切り抜けて、神器を無事に送り届けたとしても、奴が諦めることはないと思う」


 そしてウルフラムが俺達を狙い続ける限り、アヤがあいつに殺される可能性もまた、消えることなく付き纏い続ける。


「だからこそ、ここで奴を倒す。逃げるんじゃなくて、何としてもここで倒したい。だから君の力を貸してくれないか。エヴァンジェリンの……君の友達のためにも」

「私が……エヴァンジェリンを……」

「俺達が考えている作戦が、本当に実現できるものなのか。それを知っている人を呼べるのは君だけだ。君にしかできないことなんだ」


 見開かれたサーシの瞳に大粒の涙が滲む。


 サーシはポロポロと涙を零しながら、しかし決して顔を伏せることはなく、俺の顔をまっすぐ見つめ返してきた。


「……私の方から、お願いします! やらせてください! 今度こそ、胸を張って、言えるようになりたいんです! 私はエヴァンジェリンの友達だって!」


 心の底からの覚悟が伝わってくる。


 これほど強く思ってくれる友達ができるなんて、少し前までのエヴァンジェリンは想像もしていなかったに違いない。


 何だかエヴァンジェリンが羨ましくなってしまいそうだ。


「あ……でも、触媒はどうしたら……降霊のための触媒がないと、私なんかじゃ……」

「心配には及びませんわ」


 特徴的な口調の声が、部屋の外から医務室に投げかけられる。


 アヤが意地悪な笑みを浮かべて扉の前を離れると、横開きの扉がひとりでに開放され、部屋の前にいた少女達の姿が露わになった。


 釣られてそちらを見たサーシが、上ずった悲鳴らしき甲高い声で叫んだ。


「ひ、ひゃああああっ!?」


 入り口に立っていたのは二人の天使。


「えへへ……すみません、立ち聞きするつもりはなかったんですけど」


 はにかみながら壁際からこっそりと顔を覗かせるエヴァンジェリン。


「わたくしの手元には正真正銘の『本物』がありましてよ? 触媒としてこれ以上の存在はありえませんわ」


 わざとらしいくらい大袈裟に髪をかき上げるエリシェヴァ。


 サーシは恥じらいと緊張で、顔を赤くしたり青くしたりと忙しそうだ。


「たとえ天使の霊であろうと遠慮は不要です。このわたくしがデウスクーラトの名の下に許します。心置きなく降霊を……」

「ど……どこから聞いてたんですかぁ!? 場合によっては死にます! この場で今すぐ霊になりますぅ!」

「……わたくしの! 話を! 聞きなさい!」


 半泣きのサーシと眉を吊り上げたエリシェヴァ、そんな二人を見て大笑いしているエヴァンジェリン。


 このあまりにも楽しそうな空気に水を差したくなかったので、俺とアヤはさり気なく視線を交わし合い、ひとまず医務室を離れることにした。


 夜明けまでまだ猶予がある。


 少しくらいなら、こういうことのために時間を使っても罰は当たらないだろう。


 それと、実はエヴァンジェリン達が最初から部屋の前にいたという事実は、サーシには伝えないでおこう。

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