第三話 告白、俺だけの『物語』

「予言だとか予知だとか、未来を知ることができる精霊術は色々あると思うけど、俺の場合はちょっと違う……変わり種って言うのかな。強いて言うなら『物語』なんだ」


 俺はアヤに全てを――理解してもらえる範疇で伝える決意を固め、表現を選びながら言葉を並べていった。


「架空の物語という体裁の予言書ってところかしら。確かに有り得そうな代物ね」

「物語形式の予言書か。うん、いいな。一番分かりやすい表現かもだ」


 もしもアヤ以外の誰かに説明する機会があれば、この比喩を使わせてもらうとしよう。


「ストーリーは未完結だったし、そもそも俺が作ったわけじゃないから、どんな結末にする予定だったのか全く分からない。もう手元にないから読み返すのも不可能だ。それでも大事なところはちゃんと覚えてるし、これまではその知識を頼りに上手くやってこれたんだ」


 まずはセレスティアル・ファンタジーのメインストーリーの概要を、可能な限り簡潔に説明してみることにする。


 範囲は序章から第八章、つまり神器強奪事件の顛末が分かるところまで。


 第九章から第十二章は別の事件が中心になっているので、今回は割愛させてもらう。


 ――結果的にアヤとの今生の別れとなったプロローグ。


 ――漂着した島でリザードマンとの命懸けの鬼ごっこになった第一章。


 ――メカマニアの天使……エリシェヴァとは別の変わり者にグラティアを狙われた第二章。


 ――エヴァンジェリンが異種族間の諍いを取り持って、やたらと凄い天使のように持ち上げられてしまった第三章。


 ――芸術都市ベガで自称『大怪盗』が巻き起こした傍迷惑な騒動に巻き込まれ、その過程でハルシオンと出会った第四章。


 ――ハルシオンの領地があるヘラクレス空域で、大闘技場の武闘会を巡る陰謀を解決するため奔走した第五章。


 ――第六章は、邪竜の指示で奪われた雷霆槍ケラウノスを取り戻す、神器奪還作戦。


 ――第七章は、ウルフラムが神器強奪事件を陽動として利用し、防衛網の薄くなったアスクレピオス空域を強襲したラサルハグ包囲戦。


 ――そして第八章、ウルフラムに追われる俺達の前に現れる、死霊術師によって蘇らされたアヤとの再会と永遠の別れ。


 思い出深い原作エピソードを一つ語るたびに、心の重石が一つずつ消えていくような感覚がして、心も体もどんどん軽くなっていく。


 そのせいだろうか。

 一通り語り終えた頃には、これまでにないくらいに晴れやかな気持ちになっていた。


「確かに『予言』っていうより『物語』って感じね。いっぺん読んでみたくなったわ」


 アヤは空っぽになっていた皿にフォークを置いて笑った。


「本当なら死んでたんだぞって言われた割に、あまり驚かないんだな」

「当たり前でしょ。私の実力は私が一番良く分かってるんだから。けど、死霊術師に蘇らされてからの展開は意外だったかも。気力だけで命令に抗うなんて、私の根性も捨てたもんじゃないみたいね」


 オーバーな口調で肩を竦めてから、アヤはおもむろに席を立った。


 そして紅茶を俺の分も一緒に注ぎ直し、テーブルに戻るなり口を閉じて黙り込んだかと思うと、しばらく考え込むような素振りをしてから再び口を開いた。


「まぁ……礼は言っておくわ。エヴァのためなら殺されたって構わないし、そのつもりで足止めする気だったけど、好き好んで死にたいわけじゃないもの。だから、その……ありがと」


 頬杖を突いてそっぽを向くアヤ。


 あまりにも強烈な不意打ちの照れ隠しに、脳天を揺さぶられるような衝撃を受けてしまう。


 感謝されたいと思ったことはない。

 最後まで気付かれなかったとしても、それはそれで構わなかった。


 だから、こんな望外の形で報われるなんて、本当に想像もしていなかったのだ。


「そんなことより! 何か聞き流せないことをサラッと言われた気がするんだけど? ラサルハグ包囲戦ですって? それ本当なの?」

「あ、ああ。少なくとも、俺が見た『物語』だとそうなってたよ。神器奪還作戦を支援するために、近隣空域も戦力を提供した……その隙を突かれたんだ。ウルフラムの狙いは、明言されたわけじゃないけど、恐らくは……」

「……セラフィナ、でしょうね」


 セラフィナ・ルクスデイ。エヴァンジェリンの血を分けた姉。


 ウルフラムは最初のデラミン島でエヴァンジェリンを狙ったように、今度はラサルハグ島で姉のセラフィナをターゲットにしたというのが、原作の描写から推測できる最も有力な作戦目的である。


「エヴァ達が狙われる理由、書いてあった?」

「明確にはされてなかったけど、何となく推測できるくらいの情報なら。ルクスデイ家が追放される原因になった『何か』が起きたとき、ウルフラムはルクスデイ家の護衛任務に就いていたんだろ?」


 アヤの整った眉がピクリと動く。


「ええ、その通り。何があったのかは言えないけど、聖騎士団はウルフラムにも責任があるとしてアイツを冷遇した。それに耐えかねて寝返ったんだろうと思われてたんだけど……真相は単純じゃないみたいね」

「原作……物語に出てきたハルシオンも同じようなことを言ってたよ。天使教会を裏切った理由は他にあって、それを知られたくない事情があったから、口封じのために二人を狙っているんじゃないか……って」


 設定上、ウルフラムは聖騎士団を裏切って邪竜側に寝返った裏切り者とされている。


 作中世界での表向きの理由はアヤが語った通りだが、プレイヤーだけでなく作中の登場人物からも、真相が別にあるというのは確定事項のように扱われていた。


「あの男ならあり得ると思うわ。エヴァ達の追放から離反までのタイムラグも、冷遇に耐えかねたと見せかけるための偽装工作だったのかもね。慎重なくせに肝心なところで他人を信用しない性格は、裏切ってからも変わってないみたいだし」


 アヤは椅子に体重を預け、ぎしりと背もたれを軋ませた。


 セレスティアル・ファンタジーのメインシナリオは未完結だった。

 回収されていない伏線も、明らかになっていない謎もたくさん残っている。


 この代表例が、ウルフラムの本当の目的とルクスデイ家追放の真相だ。


「しっかし、とんだ傍迷惑ね。エヴァは何も知らないんだから、口封じも何もないっての」

「そうなのか?」

「ええ。自分達が追放された理由もね」


 アヤはこう言っているけれど、本当にそうなのだろうか。


 原作シナリオのエヴァンジェリンは、何か知っていそうな思わせぶりな雰囲気を漂わせることがあった気がする。


(不思議ではあるけど……さすがに本題からズレ過ぎてるよな)


 今は原作シナリオの説明の続きが最優先だ。


 そう気を取り直そうとした矢先に、アヤがまた別の方向性で本題から外れた質問を投げかけてきた。


「ところで、ずっと気になってたんだけど。何で私を生き残らせようって考えたの?」


 真っ直ぐな追及の視線が、俺を正面から見据える。


「正直に言うけど、あんたの目的が全然見えてこないの」

「俺の目的?」

「少なくとも、物語の予言に従うつもりがないってのは分かるわ。でもね、あんたが未来をどんな風に変えたいと思ってるのか、さっぱり見えてこないのよ。こんな着地点に持っていきたいとか、自分なりの目的があって未来を変えようとしてるんじゃないの?」


 アヤの問いかけは、心の底からの真剣さに溢れていた。


 言われてみれば確かに、傍から見た俺の行動は、不可解で不合理なのかもしれない。


 エヴァンジェリン達と関わらずに予言を回避する道は選ばず、しかし予言に従うつもりはなく、それでいてこれといった目標も見えてこない――こんなの不気味に思われるか、あるいは場を引っ掻き回す愉快犯だと解釈されるかのどちらかだ。


「うーん……色々と切羽詰まってたから、他人の目にどう映るかってのは、あんまり深く考えてこなかったな」


 天井を仰ぎ、軽く呼吸を整える。


 思考回路が妙にふわふわしている。


 さっきの不意打ちの衝撃がまだ頭の中に残っていて、口を衝いて出る本音を止めることができなかった。


「君を死なせたくなかった。本当にそれだけなんだ」


 この世界の正体は、今もさっぱり分からない。


 本当に存在する別世界なのか、事故で死につつある俺が見た最期の夢なのか。


 そんなことは、とっくにどうでもよくなってしまっていた。


 真相がどちらだろうと、自分の意志で元に戻れないのなら同じこと。


 自分が望むままに動けばいいだけだというのなら、結論は決まっている。


「やっぱり、アヤのことが好きだから。助けられるかもしれないのに何もしないなんて、そんなの耐えられないに決まってる。だから損得なんて考えずに動いたんだ。これで納得してもらえ――」


 ふと視線を下ろすと、口をあんぐりと開けたアヤと目が合った。


 綺麗な両眼を丸く見開き、色白の顔を耳まで赤くさせながら、薄い唇を動かして声にならない声を漏らしている。


 ちょっと待った。まずい気がする。さっきの言い方だと、まるで。


「と、登場人物としてだから! 物語に出てくるキャラクターとして一番好きだったってだけだからな!」

「そっ、そうよね! 当然でしょ! 分かってるから! 勘違いとか全然全くしてないから! あー、びっくりした! ったく、紛らわしいわね!」


 お互いに激しく動揺しながら言い訳を並べ立てる。


 今の失言が絶対に本心じゃないと言えば嘘になるが、だからって本人に直接口を滑らせるのは論外にも程がある。


 アヤがここまで動揺するところなんて、原作の回想シーンでも見たことがない。


 こんな空気をどうにかできる手段は、原作知識のどこをひっくり返しても転がってなどいないのだ。


 しばらく気まずい沈黙が続き、どちらからともなく会話を再開しようとした矢先――突如として、激しい衝撃がグラティアの船体を揺るがした。


「……っ! レイヴン! まさか……!」

「グラティア! 敵襲か!?」


 俺とアヤは迷うことなく廊下に飛び出した。


『後方甲板に未確認飛翔体の衝突を確認。索敵範囲内に飛空艇の反応はありません』

「じゃあ何なんだ……?」

『通常の漂流物と衝突した可能性は低いと思われます。すぐにブラウニーを急行させて、現状把握を――』


 次の瞬間、二回目の衝撃がグラティアの船体を揺さぶる。


「ぐっ!」


 危うく転倒しそうになったのを、壁に手を突いて踏み止まる。


 アヤの方は俺よりもしっかりと耐えきっていたようで、さすがは聖騎士だと感嘆せずにはいられなかった。


「また何かがぶつかった……わけじゃないみたいだな……!」

「ええ! 急ぎなさい! この気配、ひょっとしたら最悪中の最悪かも……!」

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