第二話 心安らかなティータイム
日本人がイメージする新鮮なフルーツとクリームがたっぷりのケーキではなく、酒漬けのドライフルーツとスパイスと蒸留酒を練り込んだ、航海向けの長期保存可能なパサパサしたパウンドケーキ。
それを一切れ口に咥えたアヤと、バッチリ目が合ってしまった。
「…………」
「…………」
黙って目を逸らすアヤ。
「いやいや、食べてていいから。俺も同じ用件で来たんだし。ちょうどいいから飲み物でも淹れようか?」
「……じゃあ、何か適当にお願い」
アヤはブスッとした顔でテーブルに腰を下ろした。
決まりの悪さと恥ずかしさを誤魔化しているのが丸わかりで、お茶の準備をしながら頬を緩めてしまう。
いわゆる『推しキャラ』と二人きりでテーブルを囲むのみならず、原作では見られなかった表情まで目の当たりにしてしまったのだ。
多少気持ち悪い笑みを浮かべてしまったとしても、そこは大目に見てもらいたい。
「そういえば、エヴァンジェリンは一緒じゃないんだな」
「私だって、別に四六時中エヴァの近くにいるわけじゃないからね? 護衛の必要がないなら別行動くらいするって」
アヤは自分のケーキをフォークで一欠片切り取って、しかしすぐには口に放り込もうとはせず、物思いに耽るように頬杖を突いた。
「それに、あの子が仲良くなれそうな奴なんて、滅多にいるもんじゃないし。ベタベタひっついて邪魔すんのも悪いでしょ」
果たしてそれは、サーシのことなのか、それともエリシェヴァのことなのか。
尋ねたところで答えてはくれないだろうから、ひとまず気に留めなかった振りをして、アヤと一緒に差し入れのフルーツケーキを頂くことにした。
凝縮された濃厚な甘みが疲れた脳に染み渡る。
パサパサしすぎた口当たりも、むしろお茶の味を引き立てるアクセントだ。
緩い満足感に気を緩めていると、一足先にケーキを食べ終えたアヤが、ティータイムの雑談としか思えない気楽さで口を開き――
「ねぇ、レイヴン。エリシェヴァの作戦が失敗するってこと、サーシに占わせて分かったって言ってたじゃない? あれ、本当は嘘なんでしょ」
――想定外にも程がある一言を言い放った。
「げほっ……! な、なんだよいきなり……」
アヤの唐突過ぎる発言に、思わずお茶を零しそうになる。
「美術館でエリシェヴァから話を聞いて、大慌てでグラティアまで引き返したと思ったら、その後すぐにハルが来た。ほら、降霊させてる暇なんてなかったじゃない」
なるほど確かに妥当な推論だ。
一連の経緯を知らないハルシオンと違って、アヤは最初からずっと行動を共にしていたのだから、言い訳の不自然さに気付かれるのも当然だ。
むしろどうして気付かれていないと思ったのか、自分でも不思議になってくる。
ここは下手に誤魔化すよりも、素直に白状してしまった方がよさそうだ。
「……悪い、その通りだ。ハルシオンにも手伝ってもらえたら、途中で何が起きても安心できると思ったからさ。とにかく理由を作って引き留めようと思ったんだ。サーシには口裏を合わせてもらうつもりで……気を悪くしたなら謝るよ」
「面白いこと言うわね。これが気を悪くしてる顔に見える? どうせハルも『ちょうどいい口実が転がり込んできた』って喜んでると思うけど。ひょっとしたら、嘘だと分かった上で乗っかってるだけかもよ? 正直あいつそういうとこあるし」
アヤは言葉の通りに愉快そうな笑みを浮かべ、椅子に背中を預けてぎしりと音を立てた。
「そんなことより、一体いつから気付いてたのよ」
「え、何の話だ?」
「決まってるじゃない。エリシェヴァの作戦が失敗するってこと。もっと言うなら、デラミン島でエヴァと私が襲われることも、最初から知ってたんでしょ」
頭が真っ白になった――ありきたりな比喩表現なんかじゃなくて、本当にそうとしか表現のしようがない。
脳の周りから一気に血の気が引いていく。
安心させてからのクリティカルなんて不意打ちにも程がある。
どうして気付かれたんだ?
どこまで気付いているんだ?
勘違いや早とちりの産物じゃないのか?
いっそ本当のことを打ち明けるべきなのか?
一瞬のうちに、色んな考えが頭の中を駆け巡ったけれど、これが正解だと確信できる考えは全く浮かんでこなかった。
「……ど、どうしてそう思ったんだ?」
結局、自分でも呆れたくなるような返事をするのが精一杯だった。
こんなの誰が聞いても『核心を突かれて焦り倒した反応』でしかない。
ほら見ろ。アヤの奴、俺のリアクションを眺めてニヤニヤと笑っているじゃないか。
「根拠って呼べるほど上等なモンはないんだけど、私ってこう見えて、思考回路の根底が割とネガティブで後ろ向きなのよね。だからあんまりにも都合のいい『偶然』が続いたりしたら、ひょっとして裏でもあるんじゃないの、って思っちゃうわけ」
信ずるべき天使の諍いで家族を奪われ、天涯孤独となったことで培われた悲観主義。
俺が原作知識を使って不都合な展開を避けてきた一方で、アヤは『不都合な結末が都合よく回避された』ことに違和感を覚えていたわけだ。
「まともに現存しないはずのグレイル級を『偶然』見つけて、機能停止した人工精霊を『偶然』再起動させて、その直後に私とエヴァが『偶然』依頼を持ちかけたうえに、肝心のグラティアは『偶然』にもすぐに急行できる場所で待機していた……」
アヤはデラミン島で起きた『偶然』を指折り数えあげていく。
こうやってハッキリ並べられると、疑問を抱かれるのも当然だと納得せざるを得なくなってくる。
「どれもこれも偶然が重なっただけってのは、さすがに無理があると思わない? 最初から全部知っていたって考える方が自然でしょ。どうやったのかはともかくね。手段は色々と考えられるわけだし」
「……他には、どんなところが怪しかったんだ?」
俺がそう聞き返すと、アヤは待ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「デウスクーラト家の天使から直々に呼び出されるなんて、普通ならサーシみたいに震えて動けなくなってもおかしくないんだけど、あんたは違った。きっとリネットみたいに肝が座ってるだけじゃなくて、エリシェヴァの計画が失敗する前提で今後を見据えていたんでしょう」
「それは……ハルシオンだって同じだろ」
「最近まで零細の運び屋に過ぎなかった一般人が、現役騎士で領主の娘なアイツと同じ視点に立ってる時点で、何かもう色々とおかしいでしょうが。それとも一般人ってとこから偽装だったとか言うつもり?」
「……参った。俺の負けだ」
俺は両手を肩の高さまで上げ、よくある降参のジェスチャーをした。
自然と口元が綻んでくる。
こうも見事に読み切られてしまうのは、一周回って逆に爽快ですらある。
「まったく。こんなことなら、最初から打ち明けとけばよかった」
「さて、どうかしらね。いきなり『俺は未来を垣間見た! 君達は殺される!』とか言われたら、正直ドン引きだけど? 場合によっては聖騎士特権で斬り捨ててたかも」
「……そんな特権あんのか?」
「ないけど?」
愉快げに笑うアヤ。
ちくしょう、さっきから手玉に取られっぱなしだ。
「言っとくけど、別に隠し事をしてたのを怒ってるわけじゃないから。言えないことがあるのはお互い様。ただ……私はエヴァを守るためなら、できる限りの手段を取るつもりでいるわ。あんたの秘密を聞き出すのも含めてね。失望した?」
「これが失望した顔に見えるか?」
むしろ、それでこそアヤだと言いたい。
目の前でアヤらしさを発揮してもらえて、逆に感謝したいくらいだ。
「さて、どこから説明したらいいのやら……もしも、俺が実は違う世界の住人だったって言ったら、どうする? 信じてくれるか?」
「自分だったら信じてたと思う?」
「だよな」
明らかに、アヤは今のをジョークと受け止め、愉快そうに笑っていた。
俺だってアヤの立場なら同じ感想を抱いていただろう。
結果は分かりきっていたけれど、せめて一度くらいは確認しておきたかった――ただそれだけの寄り道だった。
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